チベットについていろいろ・その1
さて「今後は某女史については触れない」とした小生ですがチベットネタそれ自体についてはいろいろコメントしていこうかなと思います。その場合「チベットに触れた新聞記事やテレビニュース」など、ネタ探しの材料としては「某女史のツィートやブログ」も使おうかなと。
ただし、まーた、反感買ってもばからしいので「某女史のツィートやブログ」からネタを得たとはわざわざ言いません。
結局、「某女史とは関係ないところで見つけたチベットネタ」が多いかも知れません。逆に「某女史のところで見つけたネタ」が多くなるかも知れない(いずれにせよ何をキッカケに見つけたかは基本的に言いません)。どっちにしろその程度の事でまた「ストーカー」とは言わないと思いますけどうですかね。でまず一本目のネタ。
■日経新聞『成長追う英国、中国に秋波 チベット問題棚上げに批判も』
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM03048_U3A201C1FF2000/
2013年12月の記事ですので、少し古いのですが。
まあ、チベット愛好家は無視したがる話ですが、「世の中そんなモン」です。なにも中国とのビジネスを重視してるのは英国だけじゃない。
きれい事ですべてが回ってるわけじゃない。
そういう「世の中」において、チベットが「自治権充実」などの願望を実現するには、どう外交的にうまーく動いていくかが問われてるのに「ペマギャルボが慰安婦否定広告に連名」なんてバカをやっていたのでは、「話がうまく回っていく」わけがないでしょう。まあ、俺は「坊主(某チベット関係者)が憎けりゃ袈裟(チベット)まで憎い」ということで「チベットが大嫌いになりつつある」のでチベットがどうなろうと知ったことではないのですが。
まあ、狭量と言われようと何と言われようと俺はそういう人間です。基本的に今後も「チベット(つうかダライとかペマとか)って本当にどうしようもねえな、ろくでもねえな」と言う文章しか書かないでしょう。
■フジサンケイビジネスアイ『ノルウェー、対中配慮でダライ・ラマと距離』
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/140502/mcb1405020500013-n1.htm
中国を刺激したくないとして、ノルウェー政府が今月オスロを訪問するチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世(78)との面会を回避する可能性があることがわかった。ノルウェー・ノーベル委員会が2010年に中国反体制活動家の劉曉波氏にノーベル平和賞を授与して以来続く、世界第2位の経済大国との緊張関係を緩和したいという意向の表れだ。
議会での議論後、ブレンデ外務大臣は記者団に対し、「わが国は中国との関係を重視しなければならない。ダライ・ラマ14世と会談すれば関係の正常化が難しくなるだろう」と話し、まだ最終的な結論には至っていないと述べた。
トムセン国会議長は4月22日、ダライ・ラマ14世との会談を回避する意向を表明した。ダライ・ラマ14世は、ノーベル平和賞受賞25周年を記念して、ノルウェー・ノーベル研究所の招待により同国を訪問する予定。ノルウェー放送協会のインタビューに対し、トムセン議長は「私の課題は中国との関係を改善することだ」と述べた。
中国は10年、ノルウェーが劉氏にノーベル平和賞を授与したことから、同国との政府高官レベルでの交流を断絶した。2国間の貿易も緊張状態に陥り、中国はノルウェーからのサーモンの輸入を実質的に禁止している。
駐ノルウェー中国大使は昨年、演説のなかで、国交の正常化のためにノルウェーは「レッドポリシーライン(政治的に越えてはならない一線)」を越えないと約束すべきだと述べた。
2014年5月の記事ですので、最近の記事です。
まあ、チベット愛好家は無視したがる話ですが、「世の中そんなモン」です。なにも中国とのビジネスを重視してるのはノルウェーだけじゃない。
■Mukkeエントリ『中国共産党に期待を託して裏切られたチベット人共産主義者の死』
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20140502/1399033624
Mukkeさんエントリ及び、Mukkeさんエントリが紹介する阿部治平氏のエントリ(http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-2743.html)に適当にコメント。なお、文革で酷い目にあわされた後はプンワンも「期待を託して」というよりは「中国共産党とうまくやってくしかないだろ」というかなり現実主義よりの立場であって、単純な理想主義ではないでしょうね。
なおMukkeエントリには別途
>中国侵攻時のダライ・ラマ14世は,まだ若く,進取の気風を持った開明的な君主だった。と言うコメントを既にしています。あの方だとコメント削除するかも知れないのでこちらにもメモっておきます(追記:実際に削除していますね。さすがMukkeさんの「中国の言論抑圧を非難しながら平然とコメ削除という言論封圧を実行できるそのデタラメぶり」には頭が下がりますね)。そういう人がトップなのに「1949年にプンツォク・ワンギャルをラサから追放」するんですか。
プンワンがダライに敬意を持っていたとしてもそれは「チベット仏教信者としてのもの」で政治的には全く評価していないでしょうよ。ダライがインド亡命当初やっていた反中国ゲリラ戦には共産党幹部の彼は、当然ながら荷担してないわけですから。
いつもながら論理性のかけらもないのな。ダライラマ盲従乙。どうすればそこまで「オウム真理教や念仏宗無量寿寺から金もらって恥じないアホ親父・ダライ」を崇拝できるのか教えて欲しいくらい。これで「信仰の力」ですか?。まさに「イワシの頭も信心」ですな。
ひとまずプンワンの死去に哀悼の意を表明します。そのうち人民日報でもそれなりに取り上げるんですかね。
チベット人共産主義者プンツォク・ワンギャルが亡くなった。恥ずかしながらわたしは彼の名を聞いたことがなかった
ええ、そんなんでMukkeさんって、チベット支持者面してたの?。「チベットにろくに興味も関心もない」俺だって「単なる偶然にすぎないが本屋や図書館で阿部氏のプンワン伝記本に出会って」プンワンの名前ぐらいだったら知ってるのに?。まあ、「興味がない」とか言ってても「阿部本をちょっとだけだが読んだ」と言う意味では「日本人としては興味がある方」かもしれません。まあ、正直言って「解放前チベットはすばらしい」というチベットシンパの物言いに「ダライラマ神権体制がそんな立派なわけないだろ」と飽き飽きしてるので「中国の解放の是非はともかく、なんだ、やっぱ解放前チベットって駄目なんじゃん、駄目だから解放前にプンワンは入党したんでしょ?。チベットシンパって本当に嘘つきだよな」という思いでプンワン伝記本を手に取りましたです、ハイ。
それはともかく、「チベット大好き」Mukkeさんなら「月1回は図書館や本屋のチベット本コーナーで新刊チェック」とかしてて「チベットに対して興味もない俺ですら本屋や図書館の新刊コーナーで見つけた本(要するに阿部氏のプンワン伝記本だが)」なんて当然認識し、それをきっかけに「プンワンについて詳しく理解している」もんだと思ったが、このMukkeエントリを信じるとどうも違うらしい。
なお,某女史に簡単に触れると彼女は現時点ではこの件について自ブログやツィートではノーコメントです。
「プンワンを知らない」「知ってるけどプンワンに興味ない」のか、「プンワンの死に深くショックを受けているが考えがまとまらないのであえて触れない」のかは不明ですけど。
1949年プンワンらはチベット政府によってラサを追放された。しばらくしてチベット共産党は中共に合同する道を選んだ。
何でラサから追放されたかと言えば阿部氏のプンワン伝記にも書いてあったと思いますが、「プンワンがチベット政府に求めた内部改革」を当時のチベット政府はありがたがるどころか危険視、敵視したからです。でその結果プンワンはチベット政府に絶望し、「もはや内部改革は無理」と判断して外部勢力との連携を考え頼った先が中国共産党だったわけです。まあ、プンワンはチベット政府に失望してたわけだから、中国共産党でなくても「蒋介石の国民党とか英国とかインドとか」別の外部勢力と手を組んだでしょうね。まあ、彼的にはおそらく中国共産党が一番魅力的に見えたと。
だから彼は悩みもあったかも知れませんが「もはや内部改革は無理」と言う判断の下、
解放軍のチャムド作戦に協力し、チベット政府と中共との和平交渉では通訳をやり、解放軍のラサ進軍を先導し、チベット政府に代る権力機関中共チベット工作委員会の委員となったのである。と積極的にチベット解放にコミットしたわけです。別に中国共産党に媚びたわけではない。
むしろプンワンにそこまで絶望させた「チベット支配層の罪が重い」と言えるでしょう。チベット支配層がプンワンを絶望させなければ彼は「解放前チベット政府要人」として中国と渡り合うという全く違った人生を歩んだかも知れません。
Mukkeさんらチベットシンパが認めたがらないことですけど、プンワンの存在でわかるように「解放前チベットは全然天国じゃない」し、プンワンのような先が見える人なら「なんとかして変えたい」と思うわけです。後でも触れますが実際Mukkeさんは
中国侵攻時のダライ・ラマ14世は,まだ若く,進取の気風を持った開明的な君主だった。なんて言って「当時のチベット政府の反動保守性(プンワンをラサから追放して失望させる頑迷固陋性)」を無視しちゃうから絶句です。いやそう思ってたらプンワンも中国共産党に入党しないだろ。入党した時点で「内部改革は無理」ってプンワンにダライ一味は政治的には見切られてた、見捨てられてたって何で思わないかね。
Mukkeさんエントリには
「プンワン共産入党」は解放前チベットが駄目な代物でかつ「内部改革は無理」と認識したという事だがそれ無視できるid:Mukkeが香ばしい。ってブクマつけさせてもらいましたが何で異常なまでにダライを美化するかね。
まあ、それはともかく。プンワンが「文革時に刑務所にぶちこまれたこと」が一番わかりやすいですが、ただこうしたプンワンの期待には「中国共産党が充分こたえたとは言えないこと」はMukkeさんや阿部氏が指摘するように残念ながら事実でしょう。
1989年1月、十世パンチェン・ラマが死の直前、「中共支配はチベットへの貢献よりも極左政策による加害の方が大きかった」と発言したのはまさに象徴的できごとだった。
Mukkeさんが引用する阿部氏の文章です。ただそういったのだとしてもパンチェンがプンワン同様、中国統治下チベットに残り、ダライらの活動と一線を画したことに注意が必要でしょう。ダライらの運動にはついて行けないものをパンチェンやプンワンは感じたのでしょう。要するに「現実無視で話にならない」と。何せインド亡命当初は「反中国ゲリラ戦」で今のような平和路線じゃありませんしね。
彼によって、現状では民族独立は現実的ではなく、ダライ・ラマのいう高度自治がチベット人にとって有益であること
Mukkeさんが紹介する阿部氏の文章ですけどこういう書き方っていかがなものか。当初のダライ一味は「反中国ゲリラ戦」ですからね。「ダライの言う高度自治をプンワンも支持した」のではなく「何が高度自治だ!。独立を何故主張しない。中国の手先め。」とダライ一味に非難されながら、そして中国タカ派からは「何が高度自治だ!。今のチベット統治に問題などない!」と敵視されながら、「孤独な状況でプンワンが主張してきた高度自治」を「米中国交正常化でゲリラ戦の展望が完全になくなったこと」でダライ一味もプンワン路線に切り替えただけじゃないですか。
プンワンからすれば口には出さないまでも「ダライ亡命政府はもっと早く俺の主張支持してよ」というところでしょう。
インドに亡命したダライ・ラマ周辺の人々は、はじめプンワンを中共の手先、民族の裏切者とした。だがのちにプンワンの辛苦の活動を知り、尊敬するようになった。
文革時に刑務所にぶち込まれたこと一つとっても「到底中国共産党の手先」とは言えないでしょう。
彼の悲劇は
1)チベット解放当時、彼の周りに彼ほど先の見えるチベット人がほとんどいなかったこと
2)したがって改革を志すに当たり「外部勢力に頼るしかない」と考えざるを得なかったこと
3)頼った外部勢力(中国共産党)が今ひとつだったこと
でしょう。
ただ
A)チベット解放時の、彼の「遅れたチベットを何とかしないと行けない」と言う問題意識は全く正しいし
B)文革時に刑務所へぶち込まれたことでわかるように彼は単純な中国共産党支持者ではない
C)彼の「独立など無理」という現実論はダライ一味も認めざるを得ない
ということでダライ一味も最終的にはプンワンをある程度評価せざるを得なくなるわけです。
中国侵攻時のダライ・ラマ14世は,まだ若く,進取の気風を持った開明的な君主だった。
既に書きましたが「進取の気風」があったらプンワンに見捨てられることもないでしょう。Mukkeさんだと「ダライの取り巻きが頑迷なだけだ、彼らの妨害でダライ猊下は改革に挫折したんだ」と根拠レスで言い訳しそうですがどっちにしろチベット政府は「プンワンに見捨てられた」わけです。
しかしオウム真理教や念仏宗無量寿寺から現金もらって恥じないようなアホな男・ダライを良くもそこまで褒めたたえられるもんだと思う(ダライの不祥事、愚行についてはたとえば、ウィキペディア「ダライラマ14世」や人民日報『真相:ナチスやオウム真理教とダライとの関係』(http://j.people.com.cn/94709/6562097.html)参照)。
「それでも、オウム被害を受けた日本人の一員なのか、お前?。同胞愛がないのか?。ダライへの憤りはないのか?」と呆れる。オウムの件だけでも俺はダライを心の底から軽蔑する。「生まれたときからダライ崇拝の世界で生きるらしいチベット人(ある意味選択の余地がなくてかわいそうだと思う)」ならまだしも日本人なのにMukkeさんがここまでダライに盲従できるってどういうことよ。
プンワンと同じような軌跡を辿った人びとは他にも大勢いた。ソ連におけるテュルク系民族の団結と地位向上を願い,反イスラーム政策に反対し,そしてそれゆえに処刑されたスルタンガリエフ。日本との対等合邦を目指し運動したが,裏切られ祖国を一方的に併合され売国奴の汚名を着,悲憤慷慨のすえに亡くなった李容九。中国政府がチベットで抑圧を続け,あるいは日本の歴史修正主義者が韓国併合を正当化する時,プンワンや李容九の懐いた希望と,それゆえに生じた裏切りへの失望が呼び起こされる。
Mukkeさんの文章ですが、やれやれですね。「韓国併合を正当化する日本右翼」とダライやペマが平然とつきあってることをMukkeさんはどう思ってるのか聞きたくなります。李容九云々と偉そうな事を言うなら「日本ウヨとのつきあいは辞めて下さい」と一チベット支持者としてダライやペマに言ったらどうなんでしょうか。
なお「どれほど実権があったのか」と言う問題は勿論ありますけど
文革終了後、全国人民代表大会常務委員、中央民族委員会副主任などのポストを歴任(ウィキペディア「プンツォク・ワンギャル」参照)したわけですから、まあ、李容九やスルタンガリエフよりは中国政府によってまともな扱いをされたわけです。
以上Mukkeエントリへのコメント終わり。次に阿部氏のエントリにコメントしてみます。
ダライ・ラマ17歳のとき、ラサに進駐した解放軍指揮官らを引見したが、なかに伝統のチベット服の青年がいて、3度平伏するチベット式敬礼を行なった。これがプンワンだった。このとき、プンワンは「立派な青年になった貴方が、今こうしてここにわたしとおられるとは……」といっておいおい泣きだしたという。
理由はどうあれ「ダライをトップとする政府に迫害されたプンワン」では「ダライに復讐してやる」なんて無法なことは考えないにしても「ダライには崇拝など特別な感情はない、迫害されてそんな感情は持てるわけもない」「むしろそうした感情を捨ててこそチベット近代化は成り立つ、そうした感情がチベットを後進国にした、と考えてる」と思いきやダライの回想を信じるならば、そうでもないようです。それとも「理屈と感情は別」なんでしょうか。
ダライ・ラマは自伝の中で「プンツォク・ワンギェルは非常に有能で物静かで賢明な、思慮深い人物であった。またじつに誠実かつ正直な人柄で、いっしょにいてとても楽しかった」と語っている。
ダライサイドもプンワンを糞味噌に罵倒したりしないところは興味深い。
プンワンは私に、「以前ダラムサラへ招待があったけど・・・・・・」といった。当時の中共総書記趙紫陽は彼のインド行きを承認したが、結局行けなかった。そのわけを彼は語らなかった。
これだけでは「行けなかった」のか「あえて行かなかった」のかはわかりません。「政治的に有利でない」と考えれば「行けても行かない」でしょうね。その場合「行かない理由を説明することが政治的に不利益」と思うなら説明しないでしょう。
現行の民族政策が続く限り、ダライ・ラマなきあとのチベット高原は抑えが利かなくなって、新疆化・パレスチナ化・アフガン化する危険がある。
阿部氏の文章ですが大変興味深いですね。某女史なんぞは「チベットは平和主義」と言いたがりますがそんな甘いもんじゃないと言う事を「同じチベット研究者」でも阿部氏はきちんと理解してるしそれを口にするわけです。
口にした方がチベットのためにいい、と思ってるのでしょう。
ダライやプンワンという抑えが効かなくなると確かにやばい事態も危惧されますが中国側は「力で潰す」と思ってるのでしょう。
阿部氏が「パレスチナ化」と言ってますがパレスチナのイスラエルも露骨に力で潰す路線に行ってますし、中国がそういう路線に行くことは別に不思議ではないでしょう。結局の所「中国だけ非難しても説得力がない」ということです。
中国は「俺のやり口は非難してイスラエルは非難しないのかよ、結局党利党略なんじゃないか。要するにイスラエルみたいに我が国が力(政治力、経済力、軍事力)をつければ何も言わないし、言えないんだろ」としか欧米相手には思ってないでしょう。
【追記】
1)
ダライ・ラマのインド蒙塵
阿部氏の文章に出てくる言葉です。「蒙塵」とは知らない言葉ですが、前後の文脈から「要するに亡命のことだろ?」と思って読み飛ばしていたのですが、ググったところやはりそのようです。
ちなみにコトバンクによれば
出典は「春秋左氏伝」僖公二十四年。天子が行幸するときは道を清めてから行くが、変事の際はその余裕がなく、頭から道の塵をかぶるという意味。天子が、変事のために難を避けて、都から逃げ出すこと。都落ちだそうです。ダライの場合の変事というのはもちろん「1959年のチベット動乱」ですね。
なお、春秋左氏伝というのは孔子の編纂と伝えられる歴史書『春秋』の代表的な注釈書の1つです(ウィキペディア「春秋左氏伝」参照)。
2)このエントリについたブクマ。
Mukke racism 言及されました
取り敢えず,あのとき彼を諫めたid:tikani_nemuru_Mやid:kyo_juはこれをどう思うのだろう>坊主憎けりゃ
あなたのような「チベット身びいきが酷すぎる坊主が大嫌いだからチベットという袈裟も嫌いになりつつある」と言うのは俺の正直な心情告白ですがそれが何か?
あなたみたいな人がアホなこと抜かしてチベットを擁護すればそりゃあ俺だってチベットは嫌いになりますよ。別に俺、聖人君子じゃないし。
kyo_ju 社会 私の指摘に全く応えてないのもさることながら"チベットが「自治権充実」などの願望を実現する には、どう外交的にうまーく動いていくかが問われてるのに"って何よ。典型的な"「戦略が悪い」論法"じゃん
いきなり「俺の答えに答えてない」とか糾弾されても訳がわかりません。
じかも「戦術が悪い論」と書いて俺を批判したつもりのようですがこれ批判になってるんでしょうか?
「ペマの戦術が悪くない」とでも言う気なんでしょうか?。まあ、ペマの行為は不道徳、非常識の極みで戦術以前の話ですが。
それとも「戦術が悪いから中国が正しい」とボーガスは言ってるとでも妄想してらっしゃる?。そんな事は一言も言ってません。また仮に俺がそういってるとしてもそれは俺の中国擁護がおかしいと言う話であって「ペマの態度が不道徳かつ戦術が悪いこと」には何ら変わりないでしょう。結局Mukkeさんといいkyo_juさんといい「チベット身びいきが酷すぎる馬鹿野郎でまともに相手しない方がいい人種」なんでしょうね。
こういうことを書くとkyo_juさんは気にくわない相手に愛用してるらしいブクマタグ「味わい深い」などをつけて下さるのかも知れませんが、もう本当に好きに勝手にして下さい。あなたもMukkeさんもまともに相手できない人間だと思うだけですので。
3)さらにkyo_ju氏からブクマがついたようなので。
kyo_ju 言論
id:bogus-simotukare "「戦略が悪い」論法"とは、要求自体の当否について自身の態度表明を避ける狙いで、「戦略」などの「要求が実現しない理由」を傍観者的に言い募るやり方のことです。(メタブに続く)
要求自体は別にしていいでしょうよ。誰も否定はしていない。
ただ中国はそうした要求について、どう中国に好意的に見ても「全否定はしていない」としても「かなり冷淡なのは否定できない」わけです。
「積極的にどんどん認めていきます」と言う態度では明らかにない。だったらチベットが取るべき態度は「自分らの主張がいかに現実的か」とか「人道にかなったものか」とか「合理主義的か」とか、社会にアピールする必要があるわけでその場合「全く非の打ち所のない聖人君子でいろ」とは言いませんがそれなりの倫理とか常識は必要でしょう。なお、俺はチベットに限らず基本的に運動家とはそうあるべきだと思いますよ。
しかも「バカだから過ちを犯した(それだって問題だと思いますが)」のならまだしも、「theFACTSに賛同」なんてまさか本気でやってるわけじゃないでしょう。
「嘘を嘘と知りながらウヨに媚びるために真実だと強弁」というペマの態度とそれを容認するダライ一味には「どれほどバカなのか」と怒りしか湧いてこないですよ。
(続き)bogus-simotukareさんも、自称中立風の人から「サヨクの戦略が悪いから歴史修正主義が広まるんだよ。もっとうまくやらないと~」とか言われたら怒るだろうし、あなた自身の考えはどうなんだと問いたくなるでしょ。
正気で言ってるんですかね。俺が「戦略が悪い」と書いたからいけなかったのか。その後ブクマで「戦略以前の問題」「かわいそうなチベットなら何してもいいのか」とも書いてkyo_ju氏にIDコールまで送ったんですけどね。
「左翼の宣伝がへたくそ」なのと「河野談話を否定するウヨのデマに荷担して慰安婦関係者の反感買う」のと全然違うでしょうよ。俺は「どういう広報宣伝がベストか」なんかわからないし、したがってそういう技術論でチベットに対して「戦術云々」なんて批判をしたことは多分ないと思いますよ。あくまでも「非常識なことすると評判が落ちるよ」と言うレベルの話しかしていない。
どうもkyo_ju氏はMukke氏同様まともに相手しないほうが良さそうですね。
変人に関わるのは人生の貴重な時間の無駄遣いでしょう。
4)さらにkyo_ju氏のブクマに応答。
(注:ボーガス氏にとって)ダライ・ラマ氏らの言動が日本の右翼に利用されていることが問題
ええ、その通りです。ただダライは別に「だまされてるわけではなく」、日本ウヨの問題性を知りながら野合してるのでしょうから「利用されてる」と言う表現は甘過ぎです。「醜い野合」とはっきり言いましょう。
非難の対象にすべきは第一に彼らを利用しようとする日本の右翼であり、第二にダライ・ラマ氏らの個々の言動であって、そのことをもってチベット人全体をどうこう言うのはやめるべきだ、ということです。これはチベットやダライ・ラマ氏らとの利害関係の有無にかかわらず当然のことです。
全然そうは思いませんけどね。ダライが「チベットの指導者」を自称して活動し、それをチベット関係者も容認している以上、彼の言動については大なり小なりチベット関係者が責任を負うべきでしょう。自分が責任を負えないようなろくでもない男ダライを本来指導者的地位に就けるべきではない。
まあ、「ダライの下劣な本性を知ることが難しく、かつダライに意見具申もしづらいチベット自治区在住チベット人」に責任を問うのは酷かも知れません(ダライ批判して中国に政治利用されたくないという躊躇もあるでしょう)。まあ出来れば批判して欲しいですけどね。
が、ダラムサラにいるダライの取り巻き連や、欧米に住んでるチベット人や、「チベット人以外の自称チベット支持者(例:Mukkeさん)」、つまりは「チベット自治区在住チベット人以外の人間」はダライの本性を知ることも出来れば、ダライに向かって批判も出来るでしょう。それでダライを批判しないというのは責任を問われて当然でしょう。
「チベット」カテゴリの記事
- チベットについていろいろ・その1(2014.05.01)
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私の指摘とは、昨年11月のやりとりの際の「指導者であるダライ・ラマ氏のとっている行動(の一部)が気に入らないからといって、チベット人を低能呼ばわりするのは妥当ではないし、差別にあたるのではないか」という点です。
指摘内容については理解不能なものではないと思いますが、なぜ今でも指導者の言動とチベット人全体を同一視し、チベット人全体を蔑視されているのか、説得力のある理由をお聞きしたいところです。
"「戦略が悪い」論法"という言葉を使ったことの意味についてはメタブコメでの応答で書きました。
bogus-simotukareさんご自身は、チベット人の要求が実現されるべき妥当なものだと考えているのか、それともそうではないのか、理由も含め示してもらいたいと思います。
投稿: kyo_ju | 2014年5月11日 (日) 23時11分
>指導者であるダライ・ラマ氏のとっている行動(の一部)が気に入らないからといって、チベット人を低能呼ばわりするのは妥当ではないし、差別にあたるのではないか
低能云々については「表現が不適切だった」と認め撤回しましたが?。
ただし、いったん書いたエントリは訂正しなかったと思いますがそれは「残した方が判断材料になっていいのではないか」と思っただけで撤回表明後はそういう表現は使用していないと思います。
それとも「指導者の言動で、指導者に指導される側を非難するのは筋違いだ」ということですか?
「指導者の言動で、指導者に指導される側を非難」ってそれ普通の事じゃないんですか?。それとも「ダライは選挙で民主的に選ばれてないから、欧米や日本の指導者と違う」ってことですか?(ただそうすると、Mukke氏らの言う「チベット人が敬愛するダライ」と言う主張と完全に矛盾する気がしますが)。おっしゃってることがよくわかりません。
しかもそれを「蔑視」と言われてもねえ。批判と蔑視の区別がつかない方なのかとしか思いません。
「不当な批判=蔑視」でもないでしょうに(もちろん不当な批判だとは思っていませんが)
>チベット人の要求が実現されるべき妥当なものだと考えているのか、それともそうではないのか、理由も含め示してもらいたいと思います。
何だかなと思いますね。ここでの話は「俺がチベット問題についてチベットの自治権拡充要求をどう思ってるか」なんてことが関係する問題なのか。
まあ、あえて言えば「チベットの要求が実現されるべきかどうか」は当事者(中国とチベット)が話し合って決めることでしょう。まあ、少なくとも「中国が100パー正しい、チベットなんか無視して構わない」とは俺は思ってないですよ。
つうか極論すれば俺が仮に「チベットが100パー間違ってる、中国が100パー正しい」と言う立場だとして、ここでの問題に限れば、だから何だというのか。なら俺が批判するダライやペマの愚行が正しくなるんですか?。ダライらの愚行で俺がチベットを批判したら行けないんですか?。そういう論理展開にないでしょうに。
投稿: BOGUS-SIMOTUKARE | 2014年5月12日 (月) 00時07分
ブコメでも書きましたが、日本の右翼勢力がダライ・ラマ氏らの言説や知名度を自らの主張の宣伝に利用していることが元々の問題な筈ですから、ダライ・ラマ氏ら以前にまず利用する側を非難すべきで、まして無関係のチベット民衆を非難するのは不当なのでやめるべきです。
(前段)
そうでしたね。言葉遣いの問題だけを認め、指導者の言動から民族全体を裁断する愚やその差別性についてはお応えいただけなかったわけです。
安倍政権を生み出した日本人の問題とか、ヒトラーやスターリンを生み出したドイツやソ連の民衆の問題という捉え方は、自己反省や(外部の人間が行うとしても)内在的批判としてならあってよいと思います。
しかし、「指導者があんなことするのは○○人がバカだからだ」と決めつけるのは内在的批判でも何でもないのではないでしょうか。
(後段)
日本の右翼に利用されるようなことを言うのはやめてくれとダライラマ氏らに求めるとした場合、チベット民衆の自治の要求を妥当だと考えるのかどうか(逆にこの問題で中国を支持するのかどうか)態度を明らかにしないまま彼らの日本での言動の変更を求めるのは、返答次第で中国かチベットどっちにでもつくよと宣言しているようなもので、正義に反した恫喝的な態度だと思います。
(bogus-simotukareさんとしては、自分にそんな影響力はないので別にいいじゃないかとおっしゃるかもしれませんが、ではなぜ熱心にチベット非難を書き続けているのでしょうか。)
投稿: kyo_ju | 2014年5月12日 (月) 01時12分
どうもあなたと私では価値観が違いすぎて対話にならないらしいことがわかってきましたが一応応答してみます。
>日本の右翼勢力がダライ・ラマ氏らの言説や知名度を自らの主張の宣伝に利用していることが元々の問題な筈ですから、ダライ・ラマ氏ら以前にまず利用する側を非難すべき
非難してますけど。まさか「日本ウヨをボーガスは非難してない」とでも思ってらっしゃる?
>まして無関係のチベット民衆
何で無関係なんですか?。チベットの指導者じゃないですか?。あなたの方こそ「無関係」と言う理由を説明したらどうですか?
「日本や欧米の指導者の問題発言」を理由に「日本や欧米の民衆」が批判される場合も「無関係」なんですか?
それともその場合「批判されて当然」なんですか?。仮に「日本や欧米は批判されて当然だがチベットは違う」というならその理由は何ですか?。「ダライがチベット自治区住民に選挙で選ばれてないから」ですか?
仮にあなたがそういうとしてそれは、チベット関係者が「ダライ猊下はチベット人に敬愛されてる」と言うことと矛盾しないんですか?
>ヒトラーやスターリンを生み出したドイツやソ連の民衆の問題という捉え方は、自己反省や(外部の人間が行うとしても)内在的批判としてならあってよいと思います。
だったらチベットだって同じでしょうが。ボーガスは内在的批判じゃないと言うのでしょうが、だったらあなたやMukkeさんが「チベットに対する内在的批判」とやらをやってください。あなたら単に「内在的批判」を口実にチベット批判から逃げてるだけじゃないですか。
>「指導者があんなことするのは○○人がバカだからだ」と決めつける
今はそんなことはしていないつもりですが。ま、低能呼ばわりした前科があるから俺の自業自得ではありますが、今は「チベット人にも責任があると思う」「主観が何でアレ客観的に見れば愚行」としか言ってませんよ?
>返答次第で中国かチベットどっちにでもつくよと宣言しているようなもので、正義に反した恫喝的な態度だと思います。
返答も何も「日本ウヨの歴史修正主義への荷担」なんて非常識なことをする人間にあなたは協力するんですか?。俺なら絶対に協力しませんね。その程度の事が何で恫喝なんでしょうか?
まあ、「歴史修せ永主義に荷担する非常識集団」でも協力したいならあなたとMukkeさんは協力して下さい。
大体「そういうことはやめろ」と言う要請は本来「当たり前の要請」であって、「ボーガスさん、あなたが俺達を支持するかどうかで決める」という問題じゃないでしょうに。
つうか俺がどうこうより「チベットが大好きなMukkeさん」あたりが言えばいいことですよね、本来。
>ではなぜ熱心にチベット非難を書き続けているのでしょうか。
安倍晋三など他の人間、団体への批判と同じでチベットに問題があると思うから批判してるだけですが?。それを恫喝呼ばわりとはあなたの常識を疑いますね。俺の批判が恫喝になるようなら、とっくにダライやペマはあんな愚行辞めてるでしょう。「チベット支持者」Mukkeさんみたいな輩が甘やかすからああいう愚行が起こるんじゃないですか。あなたがMukkeさんは批判しないんだから呆れます。あげくはてなスターまでもらってるし(まあ、あれは「くれ」と言ってもらうもんじゃないですけど)。良かったですね、Mukkeさんにお仲間と思われて。俺ならあんな人に評価されるのはまっぴらごめんです。
投稿: bogus-simotukare | 2014年5月12日 (月) 07時42分
> 非難してますけど。まさか「日本ウヨをボーガスは非難してない」とでも思ってらっしゃる?
この問題に関する限り、どうみても"ダライ・ラマ氏を利用した日本右翼への非難"より"ダライ・ラマ氏らへの非難""チベットやチベット人全体への非難"の方が、書いている量も頻度も継続性も圧倒的に上回っていると思いますが…
ご自身でもそう思いませんか?
> 何で無関係なんですか?。チベットの指導者じゃないですか?。あなたの方こそ「無関係」と言う理由を説明したらどうですか?
・ダライ・ラマ氏やペマ・ギャルボ氏が日本で、日本の右翼を利するような発言を行った。(日本の右翼の依頼で行ったのか、自発的に行ったのかはともかく)
・それを日本の右翼が日本国内やアメリカでの宣伝に利用している。
この過程のどこにチベットの民衆の支持や関与があるのでしょう?
> ボーガスは内在的批判じゃないと言うのでしょうが、だったらあなたやMukkeさんが「チベットに対する内在的批判」とやらをやってください。あなたら単に「内在的批判」を口実にチベット批判から逃げてるだけじゃないですか。
「ダライ・ラマ氏やペマ・ギャルボ氏が日本で日本の右翼を利するような発言を行い、それを日本の右翼が日本国内やアメリカでの宣伝に利用している状況(そしてそのことに関してチベットの民衆は特に支持も関与もしていない状況)」を是正するためには、チベットやチベット人全体を問題にする必要性や必然性はありません。
まずは手の届く所にいる日本の右翼による利用行為を非難しやめさせればよく、それで目標が達せられないときにダライ・ラマ氏らに非難の矛先を向ければよく、その場合でもチベットの民衆にまで矛先を向ける必要などないからです。
必要もなく非難の対象を拡大することは適切ではありませんし、ましてその対象が「他民族や他国の民衆の全体」となれば、容易に民族間の憎悪やレイシズムにつながっていくので、なおさら不適切です。
> 今はそんなことはしていないつもりですが。ま、低能呼ばわりした前科があるから俺の自業自得ではありますが、今は「チベット人にも責任があると思う」「主観が何でアレ客観的に見れば愚行」としか言ってませんよ?
「低能」というような特定の言葉遣いを避けるようになっただけで、指導者個人の特定の言動から民族や民衆全体を裁断する態度が変わっていないことを問題にしています。
> 返答も何も「日本ウヨの歴史修正主義への荷担」なんて非常識なことをする人間にあなたは協力するんですか?。俺なら絶対に協力しませんね。
ダライ・ラマ氏らがどんな事情やどんな真意で日本右翼を利するような言動をとったのかわかりませんが、そうした言動をとったこととチベット人の中国に対する要求の実現が妥当かどうか(我々が協力すべきものかどうか)は全く別の問題です。
他民族の指導者が我々にとって支持できない言動をとったからといって、相手の民族全体にその責を負わせるべきではないし、まして中国とチベットの侵略・被侵略という関係に何の変わりもないからです。
> その程度の事が何で恫喝なんでしょうか?
「俺(たち)の言うとおりにしたら(この場合、日本右翼に加担する言動の謝罪や撤回をしたら)、お前たちの要求(チベットの高度な自治など)の正当性を支持して(あるいは、支持するように自国政府に働きかけて)あげないでもないよ」と言っているわけですよね。
これは、チベットの中国に対する要求があまり正当とは言えないようなものなら、お互いギブアンドテイクで交渉を持ちかけていることになるかもしれません。
しかしこの場合、チベットの要求は侵略・被侵略関係の清算という意味で疑いなく正当なものなので、それに対する支持・支援にあたって対価を要求するのは明らかに恫喝です。
> 大体「そういうことはやめろ」と言う要請は本来「当たり前の要請」であって、「ボーガスさん、あなたが俺達を支持するかどうかで決める」という問題じゃないでしょうに。
少しも当たり前の要請ではないですよ。日本の右翼に、ダライ・ラマ氏らを利用するのをやめろというのが当たり前の要請であって。
> つうか俺がどうこうより「チベットが大好きなMukkeさん」あたりが言えばいいことですよね、本来。
> 「チベット支持者」Mukkeさんみたいな輩が甘やかすからああいう愚行が起こるんじゃないですか。あなたがMukkeさんは批判しないんだから呆れます。あげくはてなスターまでもらってるし(まあ、あれは「くれ」と言ってもらうもんじゃないですけど)。良かったですね、Mukkeさんにお仲間と思われて。俺ならあんな人に評価されるのはまっぴらごめんです。
私は私の正しいと考えることを、言える範囲で言っているだけですので、それを誰が支持しようがしまいが関係ありません。
保守や右翼を標榜している人とたまたま意見が一致しても、そのことが自分の意見の正しさの証明だとは思わないし、逆に自分の誤りの証明だとも思いません。
逆に原発事故やそれによる被曝関連の議論では、それこそ左派とされる人の一部も含めてほとんど全方位的に意見が一致しない人が多く、「差別者」とか「放射脳の仲間」のように言われているほどですが、他人に気に入られようと思ってやっているわけではないのでそこは割り切るしかありません。(他人の評価が全く気にならない人間はいないと思うので、一定程度気にはしていますがね。)
投稿: kyo_ju | 2014年5月12日 (月) 13時30分
エントリ本文への追記の部分にも応答しておきます。
>Mukkeさんといいkyo_juさんといい「チベット身びいきが酷すぎる馬鹿野郎でまともに相手しない方がいい人種」
私やMukkeさんが「身びいき」、つまり自身がチベット関係者でそれゆえチベットに有利な見方をしている人物だと判断したのでしょうか。もしそうなら根拠を挙げて下さい。
>ダライは別に「だまされてるわけではなく」、日本ウヨの問題性を知りながら野合してるのでしょうから「利用されてる」と言う表現は甘過ぎです。「醜い野合」とはっきり言いましょう
知りながら野合しているとする根拠を挙げて下さい。
それと、中国政府の支配下にあるチベット人がダライ・ラマ氏を非難できないのはやむを得ないが、国外に移民ないし亡命しているチベット人がダライ・ラマ氏を非難しないのは問題だと言っておられますが、これはネトウヨなどの「在日朝鮮人は北朝鮮の拉致などに責任があるから差別されたり排除されたりして当然」という主張と何が違うのですか。
投稿: kyo_ju | 2014年5月12日 (月) 13時56分