GPIFは短期ポートフォリオ新設を、国債大量売却も-植田教授 (1)
5月12日(ブルームバーグ):年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF )は今後数年間に限定した投資戦略を新たに定めるべきだ-。先月までGPIFの運用委員会の委員長を4年間務めた東京大学大学院の植田和男教授は、物価・金利の上昇リスクがある過渡期には、国債をいったん大量に売却するなど長期の運用方針から離れた対応が必要になると言う。
GPIFの資産構成比率を定めた基本ポートフォリオは、長期金利が「3-5%」程度で安定した後の「50-60年」にわたる運用方針だ、と植田教授(62)は説明。景気変動の周期に近い5年程度の投資戦略については運用委員会で「折に触れて議論したが結論には至らなかった」が、安倍晋三内閣と日本銀行の黒田東彦総裁が2%の物価目標を掲げる中ではインフレ率と長期金利の水準が「がらりと居所を変える可能性がある」と指摘した。
基本ポートフォリオだけでは「無理がある局面」になるため、短期のポートフォリオを「戦略的に分けた方が上手く行く」とし、持続的な2%インフレが達成されるかは「五分五分」だが、国内債券を「ある程度、思い切って落とすのは十分あり得る戦略だ」と述べた。今なら「インフレリスクを感じ、長期的に望ましい構成比率より国内債を少なくした」と説明できると言う。
植田教授は8日のインタビューで、GPIF改革をめぐる「一連の流れは官邸の強いバックアップを受けている」ため、従来なら「言い出しても通らない雰囲気だった思い切ったことも実現できる可能性がある」と指摘。これまで運用委員の「頭の中にはあった」という、基本ポートフォリオから「かなりずれた」期間限定のポートフォリオ策定をGPIF内部から提案する意義があると話した。
厚労相も「分散投資を」GPIFは国内債比率の引き下げと収益向上という課題に直面している。昨年11月には政府の有識者会議が国内債偏重の見直しやガバナンス(組織統治)改革などを求める提言をまとめた。安倍首相は1月、スイスの世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で行った基調講演でGPIFのポートフォリオ見直しに言及し、5月1日にはロンドンで、運用改革を訴えた。
麻生太郎財務相は4月16日、GPIFの動きが6月以降に出てくるので外国人投資家が動く可能性が高まると発言。翌日にはGPIFの運用のあり方を6月までの成長戦略の改定作業で検討していくと述べた。田村憲久厚生労働相も昨日、国内債だけでなく分散投資を進めることがリスクの最小化につながると指摘。厚労省は3月の報告書で、5年に1度の公的年金制度の財政検証に向け、GPIFにあらかじめ国内債中心の運用を求めない方針を示している。
国債は「相当大量に」売却植田教授は、短期のポートフォリオを定めて国債を「相当大量に」売却した後、現金で保有するか、国内株や外貨建て資産に振り向けるかは「人によって意見が分かれ、難しい」と語る。最も安全なのは現金のまま金利が上がるのを待ち「利回りが向上した国内債を買い直すことだが、政府は国内株に投じてほしいだろう」と言う。「官邸は明らかにGPIFを使って短期の株価や為替レートを支えることで日本経済を支援できたら、という意識があると推察される」とも話した。
有識者会議で座長を務めた伊藤隆敏政策研究大学院大学教授も5月のインタビューで、GPIFの裁量を拡大すれば、国内債を「金利上昇の過程でいったん30%まで落とし、場合によってはその後50%に戻すことも可能だ」と述べた。
昨年51%上昇したTOPIX は年初来10%強の下落となっている。一方、日銀が物価目標達成のため月6兆-8兆円の長期国債を買い入れる「量的・質的金融緩和」を進める中、長期金利の指標となる新発10年物国債利回り は足元で0.6%台と世界最低の水準で推移している。
GPIFが策定を植田教授は短期的な投資戦略は「行き当たりばったり」ではなく、基本ポートフォリオとは全く異なる「ある種の理屈に基づく」必要があるとも指摘。「プロセスについても非常に厳しい説明責任が必要だ」としている。また、短期ポートフォリオの新設以外にも、保有国債のデュレーション(平均残存期間)短縮や、乖離(かいり)許容幅の一時的な拡大、年金財政への拠出金枠の戦略的な増額と活用などもあり得ると説明した。
GPIFは従来、保有資産の構成比率が市場実勢に応じて目標値から乖離しても途中では何もせず、許容幅の上限・下限に達したら適宜リバランスするのが唯一の「機械的な作業」だったと、植田教授は言う。しかし、短期的な投資戦略の策定や運用は「責任は重いが、GPIFの内部で十分できる」と言い、早めに動かないと意味がないが、インフレリスクの程度も見極めつつ、段階的に実施すべきだと述べた。
厚生年金と国民年金の積立金128.6兆円を抱えるGPIFの資産構成比率を定めた基本ポートフォリオで国内債は60%、国内株は12%、外国債券は11%、外株は12%。昨年末時点では国内債が55.2%と2006年度の設立以降で最低となる一方、国内株は17.2%と07年12月末以来の高水準を記録した。外債は10.6%、外株は15.2%だった。GPIFが注視する年金特別会計分も含めた区分では国内債53.4%、国内株16.7%だ。
GPIFは、基本ポートフォリオの目標値からのかい離許容幅を「弾力的に適用する」と表明している。5月1日には、同許容幅を超えてかい離した場合も「原則として」範囲内に戻す方針に変更。国内債比率の低下や国内株の上昇が一段と進む余地が広がった。
4月21日に運用委員長を退任した植田教授は、GPIFのガバナンス改革の「長期的な一つの方向感」として、長期経済見通しの作成や財政検証の相当部分を「厚労省から出してGPIFに入れる」選択肢を提示。基本ポートフォリオの策定もGPIFが担うことになれば「意思決定プロセスは大きく違ってくる」と述べた。短期のポートフォリオはGPIFが定める役割分担になれば「それがある種の独立性を担保する」との見方を示した。
GPIFがうまく機能するかは「優秀な人材をどれだけ抱えられるか」によると指摘。ただ、短期のポートフォリオも決められず、基本ポートフォリオは厚労省が実質的に決める体制のままなら「人材を採ってもあまり使い道がない」と語った。
田村厚労相は4月22日、運用状況の監視や三谷隆博理事長への建議などを担うGPIFの運用委員7人を任命。うち3人は有識者会議から選ばれ、任期満了となった9人中、再任は1人のみだった。委員長に選出された早稲田大学大学院の米沢康博教授と委員長代理の野村総合研究所の堀江貞之上席研究員はともに有識者会議の委員を務めた。植田教授は自身を含む運用委員会の人事に関してはコメントを控えた。
記事に関する記者への問い合わせ先:東京 野沢茂樹 snozawa1@bloomberg.net;東京 野原良明 ynohara1@bloomberg.net
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更新日時: 2014/05/12 11:43 JST