上手に悩むとラクになる

次に挙げるのは、大人のADHDの特徴をもつ方の多くが、幼少期から今日に至るまでの間に陥ってしまう状況です。

  • 自分に自信が持てなくなる
  • 自分を責めてしまう
  • 将来を悲観的に捉えるようになってしまう
  • どうせ無理だとあきらめてしまう

その結果、中にはうつ病や不安障害、物質依存といった別の精神疾患を抱えるようになってしまう方も――大人のADHDについて、前回までにこのような現状をお伝えしました。

こうした結果になってしまった場合、どうしたらよいのでしょうか? また、未然に防ぐにはどうしたらよいのでしょうか?

ADHDの特徴を持っているにもかかわらず、適切な治療を受けないまま生活したことで生じる負の結果を「二次障害」と呼びます。今回は、この「二次障害」をターゲットとした治療法についてご紹介します。

大人のADHDの方の治療では、「認知行動療法」のような心理社会的介入が、薬物療法のみを行うよりも効果が高いことがわかっています。

認知行動療法は、ものの見方や受け取り方を修正したり行動を修正したりすることで、気分を改善させたり問題を解決したりする治療法です。もともとはうつ病の治療のために開発されましたが、今ではADHDを含む実に広い範囲の病気や障害の治療に用いられています。

ここからは、認知行動療法がターゲットにしている「認知」について、詳しく述べていきます。

ADHDの特徴を多くもつ人が大人になり、診断を受けるまでには、既にかなりの年月が経っています。その長い年月の間に形成されるのが「スキーマ」です。

スキーマとは、私たちが世の中を生きていくうえで知らず知らずのうちに身に付けている、物事を認識するための枠組のようなものです。

  • なんだかんだいっても世の中は結局うまくいくものだ
  • 自分は○○というタイプだ
  • 年上の人は優しい
  • 他人はライバルだ
  • 家族って助け合うもの

などがそうです。自分にとってはごくごく常識であり、日頃は意識することもなく当然の真実だと思っているルールのようなものです。

幼少期から思春期あたりまでにかけて形成されたこうしたスキーマを通して(ちょうどメガネのレンズのようにして)、私たちは世の中を見ています。

たとえば、「なんだかんだいっても世の中は結局うまくいくものだ」というスキーマの持ち主は、乗りたかったバスを逃して友達との待ち合わせに間に合うかどうかという状況になっても慌てたり騒いだりせず、比較的落ち着いた状態で友達に遅れる旨の連絡を入れることができるのかもしれません。

逆に「世の中は自分が油断していると思わぬ方向へ行ってしまう危険なものなんだ」というスキーマを持っている人は、同じ状況でもものすごく焦ってしまい、待ち合わせている友人に非難されている自分を思い浮かべて心配でならないかもしれません。

このように、スキーマは私たちの人生に大きな影響を与えています。

大人のADHDの人がよく抱いているスキーマには、次のようなものがあります。

  • 自分はダメだ
  • 自分はちゃんとしていない
  • 自分は○○(社会人、妻、夫、親など)失格だ
  • 自分の能力は低い
  • 自分には無理だ
  • 世の中には手におえないことが多すぎる
  • この先生きていくのは大変だ
  • 他人は私に厳しい
  • 他人は私より優れている

こうしたスキーマをいったん形成すると、私たちはなかなかそれを意識することはできませんし、修正することもできません。というのも、いったん身についたスキーマは、まるでかけたまま外すことのできないメガネのように私たちにくっついているからです。そして、メガネをかけていることを忘れてしまうくらい自然で、揺ぎ無い事実のように見えてしまうのです。

「自分はダメな人間だ」というスキーマを持った人は、その人がどんなに成功したりいい行いをしたりしても、疑うことなく「私はダメな人間です。それは真実です」と言い張ります。

また、そのスキーマに当てはまる事実だけに目をむけるようになり、当てはまらない事実については重要視しなかったり、割り引いて解釈したりします。

たとえば、周りの人が「あなたはとてもうまくやっている」とどんなに励ましても「相手は私に同情しているだけだ」と決め付けてしまい、聞く耳を持たないかんじがそうです。

しかも、10回中9回同情してくれた相手がたった一度だけ「今度はここをもう少しがんばればいいのでは」とアドバイスしてくれたときには、これまでの9回のことは無視してその1回だけを拡大視して「ああ、やっぱり私の能力は足りないのだ。やはり私はダメな人間なんだ」と確信を深めてしまうこともあるのです。

こうして一度形成されたスキーマは維持されていき、なかなか変化しません。

ではなぜ、スキーマは変化せずに維持されるのでしょうか?

大きな要因として「対処方略」が挙げられます。これは、直視するととてもつらいスキーマを回避するための考え方や行動のパターンをさします。

たとえば、「自分の能力は低い」というスキーマを持っている人は、誰かに負けることで自分の能力の低さを感じることがないように、「極力、人との競争を避ける」という対処方略をとるかもしれません。競争を避けていれば、誰かに負けて自分の能力のなさを実感し、みじめな気持ちになることを避けることができるからです。

消極的ではあるものの、結果的に自分の身を守ることにも役立っている「対処方略」ですが、皮肉なことにスキーマの維持にも一役買っていることがあるのです。

他人との競争を避けている人は、たとえば仕事においても誰かと競うようなチャレンジをしなくなるでしょう。ある上司がこういったとしましょう。

上司 「新しいプロジェクトのアイデアを募りたいと思う。Aチームのリーダーは君に、Bチームは佐藤くんに任せたいと思う。チームで競って、アイデアを出して欲しい!」


他人との競争を避けてきた人なら、こうした事態が不安でしょうがないはずです。自分がチームリーダーを任されて、競わなければならないのです。責任重大です。そしてこんなことを考えます。

大人のADHDの人 「これは困った、私が同期の佐藤さんになんてかなうはずがない。リーダーなんて、自分には務まらない! これは上司に相談して、リーダーを降りよう!」


リーダーを自ら降りた後、どんなことが起きるでしょうか。

そのプロジェクトは結局、佐藤さんが率いるチームのアイデアが選ばれました。リーダーを見事に務めあげた佐藤さんは、自分より先に昇進が決まりました。そしてまた、こんなことを考えるのです。

大人のADHDの人 「やっぱり私は佐藤さんにはかなわない。私は能力が低いのだ」


競争を避けるという対処方略が、もともと持っている「自分は能力が低い」というスキーマの根拠となり、スキーマを補強してしまいました。もし、自分のチームが勝っていた場合でも「私がリーダーを降りたから、このチームは勝利できたのだ」と捉え、やはり自分は能力が低いという確信を深めてしまったかもしれません。

こうして「自分は能力の低い人間だ」というスキーマは強化されます。一度身に付けたスキーマは手ごわくて、なかなか修正できないのはそのためです。

他にも、大人のADHDに特徴的な対処方略には以下のようなものがあります。

図表


こうした「スキーマ」や「対処方略」をターゲットにして、これらを修正することで気分を改善し、問題を解決しようというのが、大人のADHDに対する認知行動療法になります。次回へと続きます。


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中島美鈴 (なかしま・みすず)

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。独立行政法人国立病院機構肥前精神医療センター、東京大学教養学部駒場学生相談所、福岡大学人文学部などを経て現在は育休中。主な著書に「私らしさよ、こんにちは 5日間の新しい集団認知行動療法ワークブック」、「自信がもてないあなたのための8つの認知行動療法レッスン 自尊心を高めるために。ひとりでできるワークブック」(共に星和書店)、共訳書に「もういちど自分らしさに出会うための10日間」、「人間関係の悩み さようなら 素晴らしい対人関係を築くために」(共に星和書店)などがある。趣味はカフェ巡りと創作活動。

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