いじめについてはさまざまな考え方があります。ここではいじめについての間違った常識と、それに対する反論をまとめていきます。
いじめについての間違った常識
1:いじめられるリスクの高い子どもへのいじめは避けられない。2:いじめられっ子は「いじめられる要素」を減らすようにしなければならない。
3:普通教育のいじめ防止カリキュラムだけでも、自閉症の子どもをいじめる子どもに対して用いれば効果的に指導することができる。
4:いじめを監視する大人を増やせばすべてが収まる。
間違った常識1:いじめられるリスクの高い子どもへのいじめは避けられない。
自閉症の生徒がいじめを受けない条件
複数の自閉症スペクトラム障害(以下、自閉症)の生徒を観察していくと、すべての自閉症の生徒がいじめを受けるわけではないことが分かっています。いじめを受けない自閉症の生徒には必ず「人に好かれ尊敬されている友人」がいるようです。
その友人は、自閉症の生徒がどのようなことに困っているのか、どうしてあげると自閉症の生徒が助かるのかを良く理解して助け舟を出す役割を担ってくれるようです。
いじめ防止プログラムでは、自閉症の有無に関係なく「いじめを受けるリスクの高い生徒」に「良き友人」ができやすくなるような内容を含んでいます。いじめ防止プログラムはいじめを受けるリスクの高い生徒を守るだけでなく、全ての生徒に対して人道的理解をうながすためにも役立つでしょう。
いじめの精神的ダメージは東日本大震災に匹敵する
いじめの被害が及ぼす悪影響を考えても、いじめを放置することは許されません。いじめはPTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれる症状を引き起こすことが分かっています。東日本大震災の時には多くの人がPTSDになり、日常生活に戻っても恐ろしい状況の映像が頭の中にわき上がる症状を示しています。大規模災害に匹敵する精神的ダメージを与えるのがいじめであることを理解する必要があります。
PTSDの症状の他に、いじめられた人に植え付けられるネガティブな思考は生涯にわたって開く影響を与えることが分かっています。「「自分は愛されない人間だ」:いじめられた人が一生持つかもしれない考え」が参考になります。
このことからいじめの被害は防げるし、絶対に防ぐ必要があると言えます。いじめ防止プログラムを行う際に問題となるのは、教員と生徒に対する教育を行うだけの十分な意欲と時間をさけるかどうかです。
間違った常識2:いじめられっ子は「いじめられる要素」を減らすようにしなければならない。
この常識は「変わっている子は、いじめられても仕方がない」という考え方と結びついています。ですがこの考えは正しいのでしょうか?
どんな人にも等しく人としての尊厳が与えられています。ある個人の尊厳は、他の誰かの尊厳を脅かすものでない限り尊重される必要があります。
例えば、魚に興味がある自閉症の子がカバン一杯に魚の図鑑を詰め込んでいることをいじめの標的にされているとしましょう。この場合、この自閉症の子はいじめられないために魚の図鑑をカバンに入れてはいけないということになるのでしょうか?いいえ、カバンに図鑑を入れていることは他者の尊厳を脅かすものではありませんから尊重されるべきです。
ターゲットコーチングは子どもの自尊心を損なう
善意によって、個人の害のない特性を変えようとすることをターゲットコーチングと言います。どのようなことをターゲットコーチングというのかみていきましょう。
上の例の他にも他者の尊厳を脅かすことがない個人の特性は数多くあるでしょう。例えば、内気であることや、休み時間に魚の水槽や図鑑を眺めること、などがあります。もしかしたらこのような性質があるためにいじめられることがあるかもしれません。
ですが「いじめられにくくする」ために害のない特性を変えさせようとすると、その子どもに対して「あなたはありのままではダメなんだ」というメッセージを送ることになってしまいます。この状況は大人は善意であるにもかかわらず、子どもが傷ついていってしまうという、非常に不幸な状況です。
相手の意図を理解することに障害がある自閉症の生徒の場合はなおさら、大人の善意の行動を別の意味に解釈していく可能性が高いです。
以上のようなことがらをターゲットコーチングと呼びます。いじめの7分類にある「教育的いじめ」は実はターゲットコーチングです。
ターゲットコーチングではなく対人関係理解の指導を
では自閉症の子どもには何が必要なのでしょうか?必要なのは人とか変わる際の基本的なルールや振る舞い方に関する理解です。
例えば、自分が好きなことについて誰かと話をしたいときには気が合いそうな人に話しかける、話しかけるときには「一緒に話さない?」と言って声をかける、話をするときは一方的に話すのではなく相手の話にも耳を傾ける、といったことです。
このような対人スキルを身につけることによって、自閉症の生徒も相手の生徒も楽しく関わることができるようになります。
間違った常識3:普通教育のいじめ防止カリキュラムだけでも、自閉症の子どもをいじめる子どもに対して用いれば効果的に指導することができる。
必要な支援をしない限り、自閉症の生徒はいじめっ子に自分から近づいていってしまう恐れがあります。
他者の意図を読み取る機能に障害があるため、他の生徒なら分かる危険なサインを見落としてしまうことが起こります(参考:)。このような場合は、いじめっ子に対してだけプログラムを行っても意味がありません。
また、いじめにも自閉症にも繰り返しを好むという共通点があります。他の生徒なら行かないという選択ができる所で、自閉症の生徒はつい危険性の高い場所に繰り返し出向いてしまう危険性があります。
以上のことから、普通教育用のいじめ防止プログラムでは不足する点があることがわかります。なお実際にプログラムの内容を見れば分かることですが、自閉症の生徒に対応したいじめ防止プログラムは、他の生徒にとっても理解のしやすいユニバーサルデザインとなっています。
間違った常識4:いじめを監視する大人を増やせばすべてが収まる。
監督する大人に自閉症についての知識がない場合、自閉症の生徒の行動が誤解され、誤った対応が行われる恐れがあります。
例えば次のような状況を監視役の大人が見ているとしましょう。自閉症の生徒が「他の生徒の間近でぐるぐる回って」います。そこで他の生徒は何度か「あっちへいけ」と言いましたが自閉症の生徒はぐるぐる回り続けています。怒った他の生徒が自閉症の生徒をつまずかせて転ばせます。自閉症の生徒は痛くて泣きます。この状況で、目撃している大人に自閉症についての知識がない場合、「他の生徒をイライラさせるようなことをした自閉症の生徒が悪い」と解釈してしまう恐れがあるのです。
このような場合における自閉症の生徒に対する正しい理解は、「他の生徒と関わりたいけど、正しい関わり方が分からないのだろう」となるでしょう。 この場合なら、適切な関わり方を行うための助言や手助けが大人にはできるかもしれません。
このように、自閉症に対する理解があるかどうかによって対応の仕方はまったく異なってしまいます。自閉症に対する理解がない状態でいじめの監視役の大人が対応すると、ターゲットコーチングになってしまう恐れがあります。このことから、いじめの監視役は自閉症に対する知識を身につけておく必要があります。
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