エバンスのささやかな日々
後日談的なお話。
サムズ最大のスラムであったエバンスの旧市街地では建物の撤去作業が始められる事に伴い、近隣の集落やクルストスからも連日多くの人々が出稼ぎに訪れていた。
アーサリムとの交易で帝国やティルファ、キト方面に向かう商人達が必ず通る事になる要所の街という事もあり、エバンスの街は嘗て無いほどの賑わいを見せている。
旧市街地へ向けて水道橋が建設されていく中、作業効率を高める方法として、人材の輸送にティルファ式機械車が試験的に導入されている。そして資材の運搬には竜籠が使われていた。
フレグンスはオルドリア大陸で帝国に次ぐ二番目に多くの竜を保有している。
三国同盟で帝国から譲渡された二頭とサムズ動乱の折に朔耶が反乱軍から分捕った四頭に加え、先のアーサリムにおける魔族組織討伐の戦いで鹵獲した二頭の計八頭である。
この内の四頭はカースティアを経由して直接、王都とアーサリムのスンカ山精霊石鉱山を往復しており、残りの四頭がエバンスに資材を運ぶ役割を担っていた。
辺境騎士団本部脇に仮設されていた竜の仮厩舎も、日を追うごとに立派な造りのモノに改築されて行き、それなりの佇まいを備えた正式な厩舎になったのは最近の事だ。
その厩舎で餌肉をもっしゃもっしゃと食べている四頭の竜にそろーっと近付いていく小さな影。
環境が改善され、街の治安も回復傾向にあって外でも比較的自由に遊べるようになった孤児院の子供達は、サムズ界隈では未だ珍しい本物の巨体な竜に興味津々であり、厩舎にどれだけ近づけるかという遊びを楽しんでいた。
気配に気付いた竜がくるりと顔を向けると、子供達はきゃーっと逃げ出す。丸くなって眠っている竜の鱗に触ろうと近寄り、むくっと顔を上げる竜にわーっと逃げ出す子供達。そんな遊びだ。
竜達も子供達が遊んでいる事を理解しており、数日も経つ頃には『寝た振り』をしたり、『気付かない振り』等のフェイントを使って遊び相手をするようになっていた。
厩舎の裏からこそーっと竜の様子を伺おうと顔を覗かせる子供達と同じ様に、厩舎の中からそろーっと首を出して覗き込んでいた子供達と顔が鉢合わせになり――
「わーっ!」
「キョー!」
両者揃ってびっくりしたりする。そんな光景が世話係のおじさんや騎士達を和ませていた。
「ジャックー、お昼だよー」
旧市街の解体撤去作業に参加しているジャックの所に、チューリーが昼食の入ったカゴを持ってやって来た。
精霊神殿に仕えている者は以前起きたサクヤ派絡みの騒動でチューリーの事情と立場を少なからず知っているが、他の一般人には然程詳しい者もおらず、作業をする労働者達からは普通に孤児院の子供として見られている。
瓦礫を除けて開けた場所で各々が食事を摂り、或いは街まで食べに出掛けている者も居る中、旧市街地再建事業の資材置き場に竜籠が着陸した。
「あっ、ピーちゃんたちだ!」
ジャックに昼食のカゴを渡すと、チューリーは竜籠の所へ駆けて行く。
朔耶が竜達と戯れている姿を最初はおっかなびっくり、興味津々に様子をみていたチューリーだったが、交感能力を持つ彼女は竜達と薄っすらとだが意思疎通が出来るので、直ぐに懐いた。
どちらがどちらにというでもなく、チューリーと竜達は仲良しであった。
大きな竜とじゃれ合って楽しそうにしている少女の姿は、見慣れれば微笑ましい光景であった。だが、竜の鼻の上に乗れる程ちまっこいチューリーはそのままパクッとやられそうで、傍から見ているジャックは落ち着かない。
「ピ?」
「ん?」
と、此方を向いた竜とチューリーからさっと目を逸らすジャック。やがて昼からの作業が始まり、ジャックは作業に赴き、竜達は厩舎に飛んで、チューリーも孤児院へ戻る。
「またねーー、ピーちゃん、キョーちゃん、キューちゃん、キュルくん」
「ピ」
「キョー」
「キュー」
「キュル」
貨物竜籠と共に飛び去る竜達に手を振って見送ったチューリーは、空になった昼食のカゴを拾うと作業に向かうジャックに向き直って声を掛けた。
「じゃーね、ジャック」
「竜の後かよ……」
「ん? なあに?」
「なんでもね」
んん? と首を傾げたチューリーだったが、ジャックの聞こえない独り言は何時もの事なので流す事にしたらしく、ひらひらっと誰かによく似た雰囲気で手を振って孤児院へと帰っていった。
その小さな背中を見送り、ジャックはふっと溜め息を吐く。
「竜に嫉妬してるようじゃなぁ……」
歳不相応な自嘲を浮かべながら、解体作業現場に向かうジャックなのであった。
以上、ジャックとチューリーと竜達のお話でした。
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