2014年5月9日21時52分
今月3日に施行67年を迎えた日本国憲法のいまと未来について、ジャーナリストの桜井よしこ氏、哲学者の東浩紀氏、首相補佐官の礒崎陽輔氏、歴史学者のジョン・ダワー・マサチューセッツ工科大名誉教授、元内閣官房副長官補の柳沢協二氏の5人に聞いた。
■国政選挙に合わせ、国民投票を ジャーナリスト・桜井よしこ氏
現行憲法は、憲法に関して素人の連合国軍総司令部(GHQ)の25人が、わずか6日6晩でつくった。専門家によるチェックがなく、憲法とはいったい何かという、原理原則も踏まえていない。
伊藤博文をはじめとする明治のリーダーは、西欧列強の進出から日本国の独立を保つため、懸命に国のかたちをつくろうとした。様々な国を訪ねて憲法について学び、憲法とは他国のまねではなく、民族の価値観と歴史を反映するものだと知った。その認識を踏まえて、大日本帝国憲法がつくられた。
ところが現行憲法は、その憲法のゆえんたる民族の価値観や伝統を全く踏まえていない。中国や韓国も憲法に自国の歴史や価値観を高々と書いているのに、日本の憲法にはそれがない。無味無臭で、いったいどこの国の憲法なのかと思うほどだ。
憲法前文を貫く精神は、世界が善意と公正さに満ちた国々で構成され、日本さえ悪いことをしなければ、他の国も対応してくれるという考えだ。我々は憲法で手足を縛って軍備を持たず、二度と悪いことをしませんというのが、込められたメッセージだと思う。世界でもこんな変な憲法を持つのは我が国だけだ。
「国民の権利及び義務」を規定した第3章も問題だ。個人の権利や自由ばかりが強調され、日本人の価値観とまったく違う。かつては家庭で「自分勝手なことを言っちゃいけません」と子どもを叱り、育てていた。子どものしつけがきちんとされなくなったのも、家族の役割を憲法で位置付けていないからだ。家族の規定があれば、例えば3世代家族の税金を少し安くするとか、家族の役割を重視する政策も打ち出せると思う。
憲法改正はやはり、安倍政権の最大の課題の一つだと思う。今できるのは、改正の緊急度が高い条項から一つずつ見直すことだ。多くの国民がプロセスに参加できるよう、2年後にも想定される衆参のダブル選挙に合わせ、憲法改正の国民投票を同時に実施するのがベストだと思う。
むろん憲法を一から書き換えるのが理想だ。しかし、そうするには時期が遅くなりすぎた。戦後70年近くを経て、現行憲法に従って様々な司法判断もされてきた。今になって憲法を破棄し、一から組み立てるのは難しい。戦後早々に憲法を改正すればよかったが、当時はできなかった。その負の結果は、きちんと受け止めるしかない。(聞き手・池尻和生)
■国のかたち 時代に合った理想考えよう 哲学者・東浩紀氏
2011年、新憲法草案をつくろうと友人のIT企業幹部や社会学者ら4人に呼びかけた。その年に東日本大震災が起き、私が主宰する雑誌で新生日本の社会や文化についての特集を組む予定だった。自民党も当時、憲法改正草案をつくろうとしていたので、自分たちも誌面の企画として改めて憲法を考えた。
草案は翌12年7月に「憲法2・0」として発表した。念頭に置いたのは経済のグローバル化やIT化。草案では、国内に定住する外国人にも一部の参政権を与え、ネットで集約した国民の意見を国会に反映させる規定も設けた。他方で自衛隊も合憲化していて、従来の改憲論や護憲論とは全く異なる内容になった。
多様な価値観をもつ人が幸せに暮らせる国家をつくる――。それが憲法2・0の考え方で、これからの国の基本的方向になる。そう考えると、12年に公表された自民党草案は復古主義的な内容だ。家族を単位とし、日本国籍をもつ国民だけによって成り立つ従来型の国家を思い描いているように見える。家族のあり方や価値観が多様化するなか、一つの価値観を共有するのは無理がある。
憲法2・0の起草委員に憲法学者はいない。明治前期に東京郊外の村人たちが作り上げた「五日市憲法草案」のように、アマチュアリズムを意識した。憲法の専門家がメンバーに入ると、どうしても今の憲法を変えるのか、変えないのかという議論に偏ってしまうとも考えたからだ。
新憲法草案なんて、しょせん実現性のない夢物語だという人もいるだろう。しかし今の世に民主主義や人権思想が根付いているのは、何百年も前のヨーロッパ人たちが議論し続けてくれたからだ。五日市草案の時代は一から新時代の日本を思い描く高揚感があったと思う。夢をもって国の未来を描く議論の場がなければ、多くの人に興味を持ってもらうことは期待できない。
日本では、五日市草案がつくられた明治以降、国のかたちについての議論が盛り上がることはなかった。でも憲法とは本来、国民が国のかたちを決めるもの。時代に合わせてどんな理想国家を描くのか、まず私たちが自ら考えることが大事だ。
今後は、憲法をテーマにいろんな分野の人を招くシンポジウムを開きたい。子どもたちが学校で憲法草案をつくってみるのも面白い。国のかたちを考えてもらう様々な仕掛けができればと考えている。(構成・佐藤達弥)
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