2014年02月10日 公開
《『Voice』2014年3月号より》
政府が、将来発展しそうな産業を選んで、それに補助金を与えるのが成長戦略と考える人が多いのだが、そのような産業政策で成長率を高めることはできない。まず、政府に成長産業を選ぶ能力がない。政府がそのような能力をもっているくらいなら、民間がとっくに投資している。政府が補助金をくれるなら、民間はそれを待とうと思ってしまうが、それでは世界のライバルに追いつかない。
そもそも過去の産業政策――政府が成長産業を選び出すという政策はうまくいっていたのだろうか。
一橋大学の竹内弘高教授たちの研究チームは、1990年代に日本が競争力をもっていた20の産業(自動車、カメラ、カーオーディオ、炭素繊維、連続合成繊維織物、ファクシミリ、フォークリフト、家庭用エアコン、家庭用オーディオ、マイクロ波および衛星通信機器、楽器、産業用ロボット、半導体、ミシン、醤油、トラック・バス用タイヤ、トラック、タイプライター、VTR、テレビゲーム)と、もっていなかった6つの産業(民間航空機、証券業、ソフトウェア、洗剤、アパレル、チョコレート)を比較している。
前者の成功産業において、政府の役割はまったくといってよいほど存在しなかったという。大規模な補助金制度も競争への介入もほとんど存在しなかった。例外はミシン産業であるが、日本のミシン産業の長い歴史のなかで、政府による政策が競争優位に影響したのは戦後の10年ほどにすぎない。また、90年代に競争優位をもっていたのは、政府が保護した家庭用ミシン産業ではなく、産業用ミシン産業であったという。
これに対して、後者の失敗産業においては政府の広範な介入があった。たとえば証券業界では、手数料は固定制で、社債や国債発行における市場シェアは企業別に割り当てられていた(竹内弘高「第5章 日本型政府モデルの有効性」、貝塚啓明『再訪日本型経済システム』有斐閣、2002年、所収)。
さらに農業について考えてみよう。日本の農業のすべてが弱く、TPPなどによって貿易自由化されれば、すべての農業が壊滅すると思っている人が多いようだ。たしかに、コメには778%、小麦には252%、脱脂粉乳には218%、砂糖には328%の関税がかけられているが、野菜の関税率は3~9%にすぎず、花はゼロである。りんごは17%、メロン、いちごは6%である。これらの中間のものもあって、牛肉は38%、オレンジは40%(みかんの出回らない時期は20%)である。
ところが2013年のコメの出荷額1.8兆円に対して、野菜は2.1兆円、果樹は0.7兆円、花は0.3兆円、牛肉は0.5兆円、生乳は0.7兆円、砂糖はてんさい390億円とさとうきび214億円を合わせて604億円である。
すなわち、保護されていない農産物の出荷額が、すでに保護されているものの出荷額を上回っている。要するに、保護された農産物は停滞し、保護されていないものは発展しているのである(出荷額は農林水産省HP「農林水産基本データ集」および「生産農業所得統計」、関税率は清水徹朗・藤野信之・平澤明彦・一瀬裕一郎「貿易自由化と日本農業の重要品目」『農林金融』2012年12月などによる)。
これまでの成長戦略とは、医療、介護、保育産業やエネルギー産業にお金をつぎ込めば成長率が高まるというものだ。しかし、どこかにお金をつぎ込むとは、どこかからお金を取ってくることだ。太陽光から生まれた電気を高く買えば、ソーラーパネル産業の成長率は高まるだろうが、高い電気を買わなければならない産業の成長率は低下する。
日本はそもそも戦略的に何かを選ぶことが下手な国であることも認識しておいたほうがいい。たとえば、オリンピックにかける日韓の予算とメダル数を比較してみよう。
2010年、バンクーバー冬季オリンピックで、人口4800万人の韓国が金メダル6個を含むメダル14個、一方、日本は金なしのメダル5個であった。韓国のオリンピック強化予算は597億円、日本は40億円(国立スポーツ科学センター調べ)ということから、オリンピックでメダルを取るために予算の増額が必要だと訴える人が多い。
たしかに、多くの予算を使えば、少しは成績が上がるだろう。しかし、すでに使っている予算に追加して、さらにオリンピック予算も増大させるというようなことを続けていけば、すべての予算が増大し、日本の財政は破綻してしまうだろう。というか、過去にそういうことを続けてきたから、とんでもない財政赤字になっているわけだ。
オリンピックのメダルが欲しければ、他の予算を削らなければならない。成功の秘訣は、何をするかではなくて、何をしないかだ。韓国はアジア人の体格で戦うことの不利な競技には力を入れない。
日本は、やっとサッカーでは韓国と互角以上になったが、ラグビーでは、1969年以来、日本は対韓国戦で22勝5敗2分けと圧倒的である。2013年は、日本は韓国に64対5で勝っている。日本のラグビーはアジアでは断トツの1位だが、世界では絶対に敵わない(トンガなど太平洋諸国にも敵わない)。
韓国は世界で勝てない競技に予算を使っていない。どんな国でも、予算にも、体格と体力と運動能力に優れた若者の数にも制約がある。オリンピックのメダルを増やすために必要なのは、予算を増やすことではなくて、見込みのないスポーツをやめることだ。
2月7日からのソチ冬季オリンピックに派遣される選手では、女性が男性を上回った。これは、見込みのありそうなところに重点投入するという方針の変化かもしれない。そうであれば少しは期待できることだ。
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慶應義塾大学法学部卒業。大阪府特別参与、行政刷新会議公共サービス改革分科会構成員(内閣府)、横浜市外部コンプライアンス評価委員、研究費不正対策...
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