日記 - 2014/05/10

結構寝た気がするけどいつ頃起きたっけなーと思って今睡眠ログアプリ覗いてみたら、休日で午前の予定もないからアラームオフにしてたもんですっかり起床しても止めないまま放置しちゃってて23時間も横になっていたことになっていた。最近どうも記憶があやふやなことが多くて、思い出せるには思い出せるんだけど、その出来事がいつあったのか時系列順に並べられないことが多い。一応昨日の晩飯は思い出せるからまだ戦える。

とか言いつつ今日午前中何をしていたのか思い出せないけど昼ごろから映画を一本見た。もしかして昼まで寝ていたのだろうか。

普通にミーハーなので流行ってる作品にはつい手を出してしまうし、好きな俳優が出てると見たくなってしまう。映画とか積極的に見るようになったのって実は割りと最近で、その最初の頃に見た作品の印象は根強く残っている。マット・デイモンは『グッド・ウィル・ハンティング』の印象が強い。『オーシャンズ11』とか『ボーン・アイデンティティー』なんかも結構好きな作品だから印象に残ってるんだけど、それら作品で見られるマット・デイモンと『グッド・ウィル・ハンティング』の時のマット・デイモンは結構色味が違っていて、どっちも好きだけど最初に見たから『グッド・ウィル・ハンティング』の繊細な感じのマット・デイモンの印象のほうがやや強い。俺は鳥か。
本作『エリジウム』のマット・デイモンは『ボーン・アイデンティティー』よろしくマッチョなんだけど、そもそも作品の出来が微妙だったから「うーむ」という感じだった。この作品の監督は確か『第9地区』の人だったと思うんだけど、同じ人が監督しているだけあって映画の作りがどうも似ていて、全編を通して既視感がどことなく漂っていた。『第9地区』はそれなりに楽しめたものの、『エリジウム』はぐっと来るものがなくて、見ていてもあまりテンションが上がらない感じだったのでそんなにおすすめは出来ない。

映画を見終えてから溜まりに溜まっていたゴミを全部出した。部屋が広いからまだ良かったけど、六畳一間ワンルームのアパートだと生活が危うくなるレベルでゴミが溜まっていたので、非常にスッキリした。ついでに掃除機をかけたり布団を干したりしてさっぱり。さっぱりしたところで酒でも飲みに行こうかななんて思いつつ、さっぱりした割には暗い話題に言及したブログを書いていたら友達から飲みに誘われてクラフトビールは諦めることにした。

新宿の思い出横丁にある居酒屋で数時間焼き鳥を貪りつつ酒を飲みつつペチャクチャ喋りまくった。あまり自分のことを話そうとしない奴なので、普段何を話そうかなと困ることもなくはないのだけど、意外と内容によってはいくらでも喋っていられるということが判明して良かった。話の内容と態度が居酒屋で政治を語るおっさんみたくなってしまって、若干自分で引きつつも楽しかったからこれでよいのだと隣のおっさんも若干引いていたような気がしたけど気のせいだと思うことにした。一頻り飲み食い喋りしたあと新宿をぶらついてバッティングセンターで少し身体を動かして帰宅した。これでも昔は野球部員だったのだけど、130キロのボールが全然前に飛ばなくて情けない感じだった。昔はもうちょっと打てていた気がする。昔は……。

帰途について電車の中でスマホを確認してみたら出かける前に書いたエントリが炎上してて若干驚いた。内容が内容だけに炎上するかもなとは思っていたものの、まさかここまで燃えるとは。iPhone用のはてなブログアプリって記事にコメントつくと通知が出るじゃないですか。飲んでる時も何かスマホが震えてるから炎上してるんだろうなとは思ってたけど、実際見てみると思った以上だった。ブクマはまだしも、ブログ自体にあんなにコメントがつくのって初めてですごく新鮮な感じ。50くらいついてる気がする。

ブログのコメントにしてもブコメにしても8割がた言ってることが何かおかしい感じでもうちょっと丁寧に書けば良かったなと思ったけど完全に後の祭なので今度から気をつけよう。

ブコメにも人間皆弱いみたいな意見があって禿同なんだけど、そうじゃないと思っている人も沢山いらっしゃるようで大変恐ろしいですね。皆弱いと思ってるくらいだから別に弱いことに大してなんとも思わないんだけど、弱い上に弱い自覚のない人って自分で自分の首を絞め足を引っ張りそのくせ他人に文句をつけて余計に迷惑をかけまくるクソみたいな人が多いので僕はあんまりそういう人のことを好きになれないんですよね。んで、ああいうこと書いたりこういうこと書いたりしてると、それで自分は強いって言いたいのかなみたいなことを仰られる方が多々見られるんですが、その一方で人様を「弱い」と言うことを罵倒だと捉えていたりして、本当に頭の悪い人が多くて驚く。

「弱い人は死ねってことか」みたいなことを書いてる人もいるけど、どこにもそんなこと書いてないのに何を見てそう思ったんですかね。弱い人に死んで欲しいのだろうか。死にたい人は勝手に死ねばいいし、死にたくない人は死ななきゃいいんじゃないですか、としか俺は考えていない。他人が死のうが死ぬまいが関係ない。そもそも「自殺」が悪いことだとさえ俺は思っていない。自殺したかったから自殺したわけで、本人の問題なんで他人が口を出すのはお門違いだろう。「身近な人がそういう目にあったことがないからこんなことを言えるのだろう」なんて指摘もちゃんちゃらおかしい。自殺者は割合としては少数だけど数としては結構多いので、未遂まで含めると割りと身近にゴロゴロ居る。んで、身近にそういう人がいたから態度を変えるのが俺は気に食わない。身近な人に死なれると悲しいけど、それと自殺者が弱いかどうかは全く関係ない。ちょっと考えりゃ分かりそうなことだけど、多分そもそも考えていないのだろう。それに、親しい人にだけ優しくしてしまうのはわかるけど、それが良いか悪いかで言えば悪い。気持ち悪い。気に食わない。

「どういうのが強い人なの」「どうすれば強くなれるの」みたいなブコメもちょいちょいあったけど、最後の方に書いてた気がするが読まなかったのだろうか。そういうことを人に聞かないことだ。自分で考えて自分で決定してその責任を自分で取ることだ。行動原理を外部に置いてしまっている以上は、外部に振り回され続ける。自らの権利をドブに捨ててしまっていてはいつまでも奴隷のままだろう。どうやったって世の中は不条理なのだから、そうした状況の下では人間皆弱い。弱いことを一旦認めるからこそ強さを志向することが出来る。世の中の不条理性や自分の弱さから目を背けずに、それらを見つめ続けるのが強さだろう。逃げることと見ないことは違う。