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「会計の崖」から落ちたシャープ(繰延税金資産の解説)

突然ですが、「会計の崖」という言葉をご存じでしょうか?

 言っときますが、「財政の崖」ではありません。多分、ご存知ありませんよね。もちろん知らなくて当たり前。そんなことを言う人は今まで誰もいなかったからです。

 では、「会計の崖」とは一体何を意味するのか? 或いは、「税効果会計の崖」と言ってもいいかもしれません。

 少し匂ってきましたか? そうなのです、繰り延べ税金資産が関係しているのです。

 話がまどろっこしくなって恐縮です。会計の崖とは、個別企業が企業会計の不合理な扱いによって翻弄されることを言うのです。

 例えば、来期は黒字であると予想されていた企業が、いきなり大幅な赤字に転落してしまうような‥

 黒字から大幅な赤字に転落するということで、まさに崖から突き落とされたようなもののです。そして、そうなった原因が税効果会計にあるので、「会計の崖」と呼びたいのです。

 私は、何を言いたいのか?

 今、国民から大いなる関心を持って見つめられているシャープ。一体全体シャープは生き残ることができるのか、と。

 それほど心配されているシャープの2012年9月の中間決算における赤字が4000億円ほどに倍増しそうだというのです。

 では、何故そのようなことになるのかといえば、主な理由は、繰り延べ税金資産を1000億円ほど取り崩すためなのだ、と。

 皆さんの中には、繰り延べ税金資産と聞いただけで、もうギブアップしている人がいるかもしれません。そうなんです、繰り延べ税金資産とか税効果会計って、難しのです。

 では、繰り延べ税金資産とは何か?

 分からないならネットで調べればいい。その気さえあるなら、そして労を惜しまないのであれば、だいたいの意味はすぐ分かります

 例えば、次のように説明されているのです。

・繰延税金資産は、税効果会計を適用した際に認識される資産

 うーむ‥これでは何も分からない!

・企業会計上の費用が税務上の将来減算一時差異(当期には税務上の損金と認められないが、将来時点では損金と認められる費用)として否認され、税務上の課税所得や納付税額が増加する場合に生ずる資産

 益々分からない!

 では、何と説明したらいいのか?

 皆さんは、企業会計というのと税務会計という二つの会計があるのをご存知でしょうか?

 企業会計とは、一般的な企業会計のことであり、それに対して、税務会計というのは、徴税の観点から認識される会計です。

 では、これらの二つが具体的にどう違うかと言えば、企業会計の方は、企業の利益を合理的に、そして客観的に認識しようとするのに対して、税務会計の方は、課税を確保する観点から利益を幅広く捉える傾向があるのです。例えば、企業の方からは、ある支出が営業のため必要な経費(損金)だと主張しても、税務署の方からみれば、そのような支出簡単に経費(損金)として認められるとは限らないのです。

 もし、税務署がなんでもかんでも経費(損金)として認めてしまえば、どんなに儲かっている企業利益限りなくゼロに近づいてしまうのです。

 ということで、企業の側からみれば経費扱いされてしかるべき不良債権償却処理についても国税当局が示す厳格な要件を見たしていなければ損金扱いされることがなく、課税所得が膨らむことになるのです。

 で、そうして課税所得が大きくなればなるほど支払う法人税額も大きくなり‥そうなると、当然のことながら当期純利益が小さくなってしまうのです。何故かと言えば、当期純利益は、法人税等の税金を支払った後の最終利益であるからです。

 しかし、利益の額が小さくなったり、或いは赤字になったりするのは、企業の経営者としては、受け入れたくない、と。

 それはそうでしょう。赤字になれば、経営者の責任問題に発展してしまうからなのです。それに、本当に赤字になったと企業経営者自身が認識しているのであればともかく、そうやって税務署との認識の違いで多額の法人税を支払ったから赤字になったというのでは、黙っている訳にはいかないのです。

 だってそうでしょ?

 沢山法人税を納めているのに赤字になっているなんて、どう考えてもおかしいのです。

 一方、税務署の方は、税金さえ支払ってもらえば、後はどのような当期純利益になろうとも痛くも痒くもない訳ですから、当期純利益の計算については、企業側に任せているのです。

 ここで、繰り延べ税金資産を整理してみます。

 ・企業が、例えば不良資産や不良在庫を償却した結果、企業会計上の利益がゼロになったとする。

 ・では、利益がゼロになったから法人税は支払わないで済むのか? 

 ・
税務署は、企業の利益(課税所得)を税務署の観点で認識するつまり、費用(損金)を厳しく認定するため、企業の利益がゼロではなく大きな黒字になることが起こり得る。

 ・その結果、企業は税務署の認定した課税所得に従って税金を納め

 ・このため、企業会計上の利益はゼロでありながら法人税を支払い、当期純利益が赤字になってしまうことがあり得る

 ・一方、企業は、当期に実施した不良債権等の償却処理が、将来、経費(損金)として認められる可能性がある。そうなれば、そうして認められた額だけその期の利益が圧縮され、従って、その期に納める税金の額が減額される。

 ・ということになれば、当期に支払った税金は、将来に支払うべき税金を前払いしたものだと認識することできる。従って、その前払い分を繰り延べ資産として計上することができる

 ・繰り延べ税金資産が計上されれば、その分、当期純利益が膨らんで見え

 如何でしょう? 繰り延べ税金資産の意味が少しはお分かりになったと思うのです。

 ここで話はシャープに戻りますが、では何故シャープは、過去に計上した繰り延べ税金資産取り崩す必要があるのか

 実は、繰り延べ税金資産は、資産という文字がついているのですが、その資産の性格が大変ファジーなものであるのです。

 例えば、通常の資産は、当然のことながら他人に売却して、お金に換えたりすることも可能です。一方、この繰り延べ税金資産というのは、将来の税金を差し引いてもらう権利とでも認識していい訳ですが、当然のことながら他人に売却することできる権利ではないのです。

 しかし、問題はそれだけではないのです。この資産は、将来当該企業が利益を計上し、税金を納めることになって初めて意味を有するものであるので、仮に将来赤字が続き税金を納める必要もないとなれば、その繰り延べ資産が用をなすこともないのです。

 つまり、シャープは当面、黒字に転換するようなことはなかなか期待できないと思われるために、繰り延べ税金資産を計上すること適当ではないと判断されているのです。

 結論を言います。

 将来も確実に黒字が継続するとみられる企業であれば、こうした繰り延べ税金資産を計上しても殆ど心配することはないでしょう。

 しかし、将来も赤字が続くであろうと思われるような企業が繰り延べ税金資産を計上することは、投資家のみならず自分たちをも欺くことになるのです。

 何故ならば、本来計上すべきでない繰り延べ税金資産を計上した分、その期の利益がかさ上げされて見えるからです。

 そして、そうして繰り延べ税金資産という名の資産を一時計上したとしても、将来黒字に転換する可能性がないと思われるとそうした資産の取り崩しが求められ、そうなると企業業績が一気に悪化してしまうのです。

 過去、りそな銀行が繰り延べ税金資産を否定されて、一気に自己資本比率が低下し、国有化される原因にもなったのです。

 繰り延べ税金資産の計上を認めれば、取り敢えず決算を取り繕うことができるのかもしれないのですが、その代り後日却って大きなツケを支払わされることが多いのです。

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