そもそも町役場に電話を寄越した「県外の方」が、本当にスピリッツを読んで電話をしてきたのかどうかも疑わしい。週刊ビックコミックスピリッツは、かつては隆盛を誇っていたが2013年下半期の発行部数(印刷部数)は20万部を割り込んでいる。いくら人気漫画だといっても、影響力はその範囲だ。
そこで作者が自らの取材と体験に基づく作者なりの「真実」を書くこと自体が、バッシングの対象になる社会というのは本当に怖い。表現の内容が本当にデタラメならば、その作者から読者(支持者)が離れていくだけのことではないか。
もちろん、表現行為に批判は常につきまとう。表現者である以上、あらゆる批判は甘受しなければならないと思う。私自身、雁屋氏の表現がすべて正しいとは思っていない。雁屋氏には、過去にも似たような騒動を起こした“前科”がある。だが、表現そのものを規制するのは絶対に間違いだ。これはまさしく「表現の自由」の問題なのだ。
スピリッツ編集部の対応も過剰ではなかったか。
今回の事態がここまで膨らんだのは、新聞やテレビなどの一般メディアが取り上げたからだ。日本最大の発行部数を誇る読売新聞は1000万部、テレビの全国放送は視聴率1%で100万人と、スピリッツの発行部数とは桁が違う。そして、その新聞•テレビが報道するきっかけになったのは、編集部がホームページに「言い訳」を載せたことだ。
あの段階で「言い訳」を載せるのは拙速ではなかったか。町役場と同じで、編集部にはいったい何本の電話が寄せられたのだろう。
私も似たような失敗を何度もやっているので気持ちはわかるし、偉そうなことも言えないのだが、編集部に寄せられた数本の電話とネットの炎上に過剰反応して、あわててホームページに「言い訳」を載せ、それを見た一般メディアが次々と飛びつき、それを見た“読者”がさらに批判の声を拡散させて••••••騒動がどんどん拡大していったというのが真相だろう。
原発事故による被ばくと健康への影響は未解明な部分が多い。福島の放射能と鼻血の因果関係はまったく証拠がない。そんな中での“風評被害”とはいったい何なのか? 誰が“風評被害”を広めているのか? 作家が現場を歩いて見て聞いて経験したことをありのままに書くのがそんなに悪いことなのか。報道各社がやるべきことは、「騒動」を伝えることではなく、(本当に鼻血があるのかどうかも含めて)福島の実情(ファクト)を取材して書くことではないか、など。
過剰に反応する前に、もう一度立ち止まって冷静に考えるべきことがたくさんある。
PHOTO 福島県・双葉町WEBSITE「小学館発行『スピリッツ』の『美味しんぼ』(第604話)に関する抗議について(2014年5月7日更新)」より