ソニーは1999年、世界初の家庭用ロボットとしてイヌ型の「アイボ」を発売し、大きな注目を集めた。しかし、2006年3月にロボット事業から撤退。一世を風靡(ふうび)していたのに、なぜ事業をやめたのか――。「アイボ」生みの親の担当幹部と、当時の経営首脳の言い分は微妙に食い違う。土井利忠元上席常務と出井伸之元会長のそれぞれに、撤退に至る舞台裏の出来事を聞いた。

■撤退に反対、社内はメールで激論 ソニー元上席常務・土井利忠さん

 「アイボ」の開発を主導したソニー元上席常務の土井利忠さんは、当時ソニーの会長だった出井伸之さんがロボットからの撤退を決断した、と説明する。土井さんはそれに反対し、「(ソニー社内では)メールを通じた公開論争のような状態」になるほど激論が交わされたと打ち明けた。

 主なやりとりは次の通り。

 ――ソニーが1999年に発売した「アイボ」は、世界的な注目を集めましたね。

 「あれは出井伸之社長(当時)が猛反対するなかで実現したのです。私は『21世紀の技術を開発しよう』と取り組んだのですが、出井さんには『キミがやっているのは19世紀の技術。ネットワーク以外のことはやらないでいい』と言われました。その逆風のなか、社内を根回しして何とか世に出しました」

 ――あれだけ先行していたのに、2006年に撤退したのはなぜですか。

 「04年の経営会議で開発中のヒト型ロボット『キュリオ』の商品化中止を命じられました。ネットバブルが崩壊した後も出井さんの信条はネットだったので、他はいらない、と。このとき出井さんとメールを通じて一カ月以上も公開論争のような状態になりました。私は『何でやめるのですか』『ソニーの将来をつぶすのですか』と、部下のエンジニア100人をCCに入れてやりあった。あの時点でロボット事業からの撤退が決まったようなものです」

 ――本業のエレクトロニクス部門立て直しを名目に、06年に赤字のロボットから撤退したのではなかったのですか。

 「違います。いま申し上げたとおりです。正式な撤退は06年ですが、撤退の方針は04年にほぼ決まったと私は思っています」