為替と株の値動きです。
生字幕放送でお伝えします伊藤⇒スタジオパークから…観客⇒こんにちは!ありがとうございます。
そして本日のゲストは歌手の城みちるさんです。
城⇒よろしくお願いします。
清水さんと城さん、お二人は?清水⇒今が初対面です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
たくさん聞きたいことがありますし。
年齢的には同世代ですよね。
そうですね。
僕のほうがちょっとお兄さんですかね。
同じですよ。
「イルカにのった少年」。
つらいよ、もう少年は。
中年だからね。
でも当時の歌声。
どんな感じなのか、きょうはスタジオで歌っていただきます。
ありがとうございます。
本当に歌うんですか。
歌っていただかないと。
と言いながらこんな格好をしています。
やる気満々ですよ。
そして城みちるさんはNHKで放送する「ザ・テレビっ子〜懐かし番組大集合!第2弾〜」にもご出演します。
清水さんもご一緒に出演しているということで。
出ています、ぜひ見てください。
そちらの話も伺っていきます。
きょうはよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
それでは、スタジオにお入りください。
拍手
♪〜改めまして本日のゲストは城みちるさんです。
よろしくお願いします。
城⇒よろしくお願いします。
いいですね、スタジオの雰囲気が和気あいあいとして。
お客さんもたくさん、スタジオの中で観覧されていらっしゃいます。
楽しんでいっていただきたいと思います。
そもそも、城みちるさんのお名前なんですけれども。
はい。
一般公募だったんですってね。
そうですね。
当時セブンティーンという雑誌があったじゃないですか。
ありました。
あの雑誌で募集してこの名前が付いたんです。
あの名前を見たときにこれで決まったぞというときにものすごくショックで。
なんでですか。
だって、チルチルミチルのミチルは女の子ですよ。
両方使われる名前かもしれませんよね。
最初すごく抵抗があったのを覚えていますね。
ご本名は城谷晃太郎さんで。
本名は男っぽいんですけれどもねだからなおさらショックで。
おやじが道男でおふくろが馨といって。
偶然だと思うんですけれどもね。
「イルカにのった少年」1973年当時のレコードです。
懐かしい、みてください。
ジャケットですよ。
全身になっているじゃないですか。
斬新ですね。
初めて着せられて衣装に着せられているという感じがあるでしょう。
ベルトの位置も高くて。
あとお城のイメージと王子様のイメージとお顔だちとしっくりきましたよ。
自分では何か不自然な感じがして。
そうだったんですかご自身としては。
当時のコンセプトがロマンチックプリンス。
恥ずかしいこと言わないでください。
そう、夢の国からやって来たロマンチックプリンスというんですよ。
デビューされて、ああ懐かしいと思ってらっしゃる方もたくさんいると思います。
視聴者の皆さんどのくらい城みちる度がありますかうかがってみようと思います。
多いと思いますよ。
選んでいただきましょう。
実際に先ほどお話がありました芸名公募に応募したという方。
これは少ないでしょう。
リモコンの青いボタンを押してください。
ものすごい限定されますよ。
そして、レコード、もしくはブロマイドでも構いません。
持っているよという方。
持っていたという方でもいいですよね。
赤いボタンです。
そして「イルカにのった少年」歌えます。
サビの部分とか、すっと歌えるという方は緑ボタンを押していただければと思います。
皆さんの城みちる度、伺ってまいります。
メールです。
東京都の女性からです。
小学校のとき城みちるさんのファンクラブに入っていました。
おお。
もうまるで王子様。
やっぱり印象がね。
今でもファンクラブの会員証は大切に、どこかに取ってあります
(笑)とあります。
会員証を覚えていますよ。
この時代の歌謡界はすごい楽しそうだったんですよね。
ファンの応援合戦という感じもあったし。
応援合戦というのがあったんですか。
もうライバルたちがすごくたくさんいるでしょう?だからファンの子たちも負けないようにということで応援合戦をするんですよ。
そんな時代が。
そうなんですよ。
歌と歌の間に掛け声を。
うまく入れるとかね。
ライバルどうし、ファンもライバルどうしになって切磋琢磨していたということなんですね。
そうですよ、今のアイドルたちも競うんじゃないですかね。
結果が出ています。
「イルカにのった少年」を歌えるという方が多いですね。
1672。
公募したかった方131。
多くないですか。
そしてレコードを持っているという方は244。
♪〜「イルカにのった少年」今流れていますけれどもすっと歌える方、多いということですね。
でもこれをね娘がたまに見えるんですよ。
娘さんが。
めっちゃ気持ち悪いというんです。
ありえないとか今出たら、これはコントだよねって言われます。
娘さんは今、おいくつですか。
高校3年生です。
確かにこの格好、高校3年生には新鮮なんでしょうね。
このころはおいくつだったんですか。
16歳になったばかりですね。
高校1年生ですね。
今の娘さんよりも若いときですね。
娘さんは似ているんですか。
パーツが似ています。
眉毛の形とか。
データ放送で城みちる度を伺いましたがデータ放送に参加された方、そしてテレビをご覧の皆さんファンの方、男性か女性か比率を聞いてみたいと思います。
男性という方は青いボタン。
女性は赤いボタンを押してください。
女性じゃないかな。
当時は女性が多かったんですか?圧倒的ですね。
最近は、カラオケボックスに行くと「イルカにのった少年」を歌いますという男性はいますよね。
盛り上がるんですよねサビとかね。
振り付けもしたりとか。
またメールが届いています。
東京都の53歳になった方女性の方です。
城みちるさんは私にとって青春期のはじめの1ページ。
中学生時代、友人どうしで銀座のデパートの屋上ステージに見に行った日を、きのうのことのように思い出します。
よくやっていました。
きょうのように、城みちるさんのお元気な様子を拝見するとあのころのようにわくわく元気になります。
最後がはてなマークになっています。
もっと東京のテレビにも出てください。
何ではてなマークをつけちゃったの。
当時は、銀座のデパートの上というのはあったんですよね。
もう、アイドルたちはそこが登竜門みたいな。
立派なステージがあったんですようらやましかったです。
うらやましかったです、東京生活。
広島で地元で今、活躍されています。
集計が出てきました。
女性が75.5%。
男性も、意外、とおっしゃいましたがいらっしゃいますね24.5%。
24.5%もいらっしゃるんですね。
カラオケで歌われる男性の方が増えているかもしれないですね。
メールです。
大阪府の方です。
女性の方です。
昔のロマンチックプリンセスさんからです。
中学時代に寝ても覚めても城みちるさんのことを考えていた気がします。
あれから時が流れてすっかりおばさんになった今でもあのころ城みちるさんに夢中だった少女時代を思い出すとちょうど今の季節のような、青くみずみずしい気持ちになっちゃうのです。
清水さんは、誰を思い出すの?そのころ。
私はどういうわけか男性にいかずに女性が大好きで榊原郁恵さんとか。
御三家とか当時あいざき進也君とか同年代で。
ライバルとしてね。
月刊「明星」とか月刊「平凡」とかうちで必ず取ってました。
たぶんピンポイントでなりたいんですよね、女性に。
仕事があったのかもしれませんね。
なるほどそういうことだったのかもしれませんね。
そんな城みちるさんですがここで恒例、清水ミチコさんにプロフィールを紹介していただきます。
かしこまりました。
ライトチェンジ。
城みちるさんは1957年広島県安芸郡音戸町に生まれました。
姉2人の3人姉弟。
実家は電器屋さんでした。
幼いころから歌が大好き。
中3のとき、伝説の番組「スター誕生!」に出場。
第7回のチャンピオンとなります。
そして1973年12月シングル「イルカにのった少年」でデビュー。
あっという間にトップアイドルとして人気を博しました。
しかし芸能生活は3年で引退。
故郷で仕事をしていましたがやがて、思わぬところから城さん人気に再び火がつきます。
1986年「風雲!たけし城」に出演。
これが話題となり芸能界に復帰。
その後、広島を中心に歌手として、タレントとして活動を続けていらっしゃいます。
ということでございます。
拍手
3人姉弟の末っ子。
そうです。
それも、女、女、男ですから待望の男の子、大騒ぎだったらしいですよ。
電器屋さんを継いでくれるかもしれないって思ったのかもしれませんね。
そんな3人姉弟の末っ子で生まれた城みちるさんですが城みちるさんに、大きな影響を与えた2人の人がいらっしゃいます。
城みちるを作った2人のおやじ。
2人?2人お父様がいらっしゃる。
まず1人目のお父様が実際のお父様道男さんですね。
若いですね。
立派なご実家ですね。
そして掛け軸が2つも3つもあって。
築200年ぐらいの。
文化財級ですね。
そんなうちなんですよ。
電器屋さんで。
お父さんはどんなお父様だったんですか。
父はね大正15年生まれで東京で大空襲にあって、その後広島に帰ってきて原爆にあってつらい時期を過ごしてきた。
その年代の人たちってすごく厳しい部分があるじゃないですか。
家の中でも、わりと厳しく育てられた反面すごく音楽好きだったんですよ。
恐らく父の音楽好きの血を引いていたんだと思うんですけれどもまあ小さいころからすごく父に憧れもあってわりとファザコンでした。
そうなんですか。
お父ちゃん大好き。
ああなりたいと。
はい。
待望の長男、そして電器店を継いでほしいというお父さんの思いが。
電器店を継いでほしいとかいうのではなくて家を守っていってほしいということが。
父ももともと電電公社に勤めていたんですけれども転勤があるということでね。
父も一人っ子だったんです。
家を守るために家で何かできる商売はないかということで電器店を昭和35年から始めたんですよね。
小さかったときですね。
男子たるもの、家を守るものだという考えだったんですね。
大きな家なんですよ、また。
旧家というか。
昔の古いおうちというのはやっぱり男の子が代々引き継いで守っていかなければいけない。
そういう考え方がすごく強くて僕も小さいころからある程度洗脳されていましたある意味では。
城谷家を継ぐと。
9代目でしたよ。
それが芸能活動を目指すわけですよね。
親にないしょでこっそりとオーディション番組に応募したんですよ。
「スター誕生!」に。
伝説の番組ですよね。
こんなひ弱なお坊ちゃまが。
よく立ち上がりましたね。
それがね立ち上がったんじゃないんです。
友達の応募した応募用紙、3枚きたから一緒についていってくれということでよくある話ですけれども一緒に行ったらお友達が落ちて僕が受かったというパターンで同級生ですか。
はい。
今では同級生に感謝ですよね。
でも「スター誕生!」合格したときに父の顔色を見るじゃないですか。
ないしょで受けたわけですよね。
これが不機嫌そうな雰囲気で。
もし1人息子が東京に行って歌手になったらえらいことだという危機感を感じていたと思うんですよね。
でも、あれよあれよという間に「スター誕生!」でチャンピオンになったわけですからそれから父との話し合いとかすごく大変だった。
この世代の方は頑固でもありますしね。
そうです。
説得されたんですか。
父と歌手になりたいという夢をかなえるために3つの約束をしたんです。
1つが3年でアイドルをやめること。
3年で高校生活のときだけね。
もう1つは大学に必ず行くこと。
最後、もう1つは卒業したら必ず家に帰ってくること。
この3つの約束。
家を守るということですね。
その条件で芸能界デビューと。
そうです。
ずいぶん具体的な約束ですよね。
帰ってきてほしかったんですね。
そして広島から東京に上京されて今度出会うのが2人目のおやじ。
そうです。
2人目のおやじは?事務所の社長です。
氷川きよしさんや水森かおりさんも育てた事務所の社長さんでらっしゃいますね。
細いですね。
ウエストが55cmしかなかったんです。
ほっそりした城さんの隣にずいぶんかっぷくのいい。
社長という感じですよね。
32、33だと思いますよ社長はでも貫禄があるでしょ。
迫力がありますね。
刑事役みたいですね。
芸能界でもすごく有名な方でしたしね。
当時怖かったんですか。
周りがねもうみんな、すごい社長に気を遣う方が周りにたくさんいるんですけれどもすごく僕には優しくて城みちるという名前でデビューしたんですけれどもずっと本名で呼ばれていました。
だから、本当に息子のようにずっと接してくれていました。
晃太郎と呼ばれていたんですね。
最初、上京されたときには社長さんのお宅に下宿していたんですね。
社長の家に、下宿です。
僕が広島に住んでるときはすごく田舎なんですよ。
島で、学校に行くのも渡し船に乗って、バスに乗っていくんですけれども僕にとって東京という町はすごく華やかな街で。
おまけに、社長のお宅は浅草だったんです。
下町で、浅草寺の仲見世を毎日通っていくんです。
それで地下鉄に乗るんですけれども人の波もすごく珍しいし地下鉄も珍しいし見るものすべて新鮮で。
しかも東京と言っても浅草。
ザッツ江戸、という感じですね。
ザッツ江戸です。
最初は楽しかったんですけどね。
でもホームシックにかかることもあって特に仲見世のほうを歩いているとわりとその時代、地方から来た家出少年たちがあの辺にたむろしているんです。
僕なんか、あそこで補導員の方にもう、何度間違えられて補導されたことか。
どこか出ているんでしょうね顔に。
田舎から出てきた、という感じでね。
ちょっと話を聞いてもいい?とね。
でも東京のお父さんがいらっしゃったから、なんとかね。
長良じゅんさんですね。
長良じゅんさん当時の城さんのことについてラジオで語っていらっしゃるものがあります。
2010年に出演されたラジオです。
どんなふうに語っているのか聞いてみましょう8月のね、暑いときだったねうちの子どもたちとゴムでできたプールあるじゃないですか。
大きなの。
あそこにねみんな素っ裸で家族で入ってねわあわあ言ってるとこへ14歳の、みちるが来てじゃあ入れ!って裸になってね。
入れ!って言ったらもじもじしてたけど、入れてそれが最初あいつとの出会い。
ともかく坊やでね。
ビール取ってこいって言ったらお勝手へ行かないんだよ。
立ってるんだよ、そしたらおばあちゃんに男はお勝手に入っちゃいけないって言われたとかね。
お前、今頃頭おかしいようなこと言ってるんじゃねえや、みたいな。
だけど、かわいい顔してるしね。
さあ、これどう売るかっていうのはね寝ないで考えましたよ、いろいろ。
清水⇒べらんめえ口調ですね。
14歳にしては怖いですよね。
社長は勘違いしています、15歳です。
お勝手に入ってはいけなかったんですね。
男子たるもの、お勝手に入ってはいけない。
冷蔵庫を開けるのは、なんたることかと言われていました。
最初社長のお宅でごはんでおかずを出されたときにおからがあったんです。
これは、豚が食べるものじゃないかと言ったらすごく怒られたんです。
今でこそ健康食ですけれどもね。
東京のお父様のもとで生活されて東京のお父さんから、どんなことを学ばれたんですか。
とにかく長良さんは気配り、配慮を常に持つようにということをずっと所属のタレントそれから事務所のスタッフには日常茶飯事、言っていました。
社長もそれを実践されている方でした。
気配りのある方だったんですね。
1日24時間の、それこそ20時間は、誰かしら、お仕事の関係でやっているんですけれども本当に少ない睡眠時間で朝起きなければいけない時間に起きたらまずお風呂に行って真冬でも水をかぶるんです。
それを70過ぎるまでずっと亡くなるまで続けていらっしゃった。
ばしっと気合いを入れてね。
自分にも厳しいんですね。
すごい人でした。
それを、ずっと間近で見て尊敬されて、お父さんという感じで。
それで芸能界デビューとなって1973年ですね。
また当時デビューのころの城みちるさんの映像をご覧いただきます。
夢の国からやってきたロマンチックプリンス城みちる君。
「イルカに乗った少年」でデビューした彼は新曲発表会を兼ねてふるさと広島に帰りました。
♪〜3人姉弟の末っ子で甘えん坊のみちる君。
ご両親はもちろん地元広島の人たちもみちる君に熱烈な後押しをしています。
ご覧のとおり、市内のホテルで開かれた発表会にはこんなに大勢のファンが詰めかけました。
♪〜みちる君は今、高校1年生。
沢田研二を神様のように慕い早くあんな立派な歌手になりたいと願う城みちる君でした。
懐かしい、ありがとうございます。
広島平和公園でした。
明確に覚えていらっしゃったんですね。
覚えていますね。
まだデビュー前だったんですよ、恐らく。
デビュー発表パーティーか何かだったと思うんですけど。
緊張するんじゃないですか、人前で歌うのは。
すごい緊張しいだったんです。
始まっちゃうと平気そうでしたけどね。
そうでもなかったです、どきどきしていました。
そしてデビューして。
「イルカにのった少年」、大ヒットしますがその3年後に引退をされてしまったという。
8月に上京したんですけれども昭和48年の8月から昭和51年の8月までという期限で。
まさにお父様との約束の3年間ですね。
3年間です。
アイドル生活は2年と8か月です。
実質は。
そうです。
それはお父様との約束を守らないといけないというのがあったんですか。
新人賞をもらったときにそうは言ってもあと1年8か月かと思いながら歌っていました。
そしてご実家に戻られてまた約束を果たされて電器店を継がれたということですね。
また好感度アップです。
24歳か25歳のときですね。
電器店の売上も非常によくなったというお話も伺いました。
そのころ時代はカラオケブームで家庭用のカラオケの歌える機械が、結構ヒットしていた時代で僕も、その機械をみんなに売ろうと思って、お客さんのところレーザーディスクです、大きいものでこれを売り込むときに歌うんですよ。
そうすると、みんな買ってくれるんです。
だからすごい売り上げを伸ばしましたよ。
理屈はあとで、まず歩けと書いてあります。
いろんな作戦会議があって。
会議のときの様子ですね。
電器店も順調に商売を続けられるんですがそのあとデビューから10年後再び芸能界復帰その番組がこちらなんです。
「風雲!たけし城」視聴者参加型のアトラクションバラエティーで1986年。
そうか。
年月がたつのは早いですね。
指令官、参加された方を蹴落としていく。
谷さんの部下の役をやっていたんですよね。
きっかけは、芸能界復帰で上京されたわけじゃないんですよね。
そうなんですよ。
ちょっとねそのころ、すでに広島で一度結婚していたんですけれどなかなかうまくいかなくて東京の女性だったんですけれどこんな田舎はちょっと、ということで東京に帰っちゃったんです。
それを追いかけるように東京に妻を追いかけて行きまして。
家をしばらくほったらかしていたら、父親に帰ってくるなと勘当されてそんないきさつがありまして。
話さなくてもいいのに。
笑い
東京に来てやることがないし、いまさら芸能界に戻るのもちょっと恥ずかしいし。
でも東京の父に、ごあいさつに行こうと思って。
長良さんのところに行ったんですね。
戻ってくると思ったよと言っていました。
とりあえず俺のそばにいて車の運転でもするかと言いながら人情肌ですね。
芸能界に戻るのは恥ずかしいという抵抗があることを社長に言っていたんです。
車の運転手を1年ぐらいしていてその中である日たけしさんに会長が一緒に食事をするということで同席したんです。
そこで、「風雲!たけし城」という番組があるんだけれど城君出ないということで、たけしさんからあったんです。
週に1回ぐらいだったら楽しそうだしやってみようかなと思ってそこからまた人生が転機が来ました。
歌手のときは違った感じですが「風雲!たけし城」は城さんの人柄の豊かさ穏やかさが伝わってきてさらにファンになった人もいるんじゃないですか。
僕にとってはカルチャーショックでした。
1970年代のときは周りの大人たちに作られるんですよ。
自分の意見よりも周りの大人たちにリードされてイメージを大事にしてこういったほうがいいというのがあったんですが、この時代は自分の素をさらけ出して、言いたいことを言う自然体の人たちがアイドルでも出てきてバラエティーアイドルみたいな人たちもいたでしょう。
自然体がいいんだよということで最初は黄色いふんどしをして相撲取ったりするのが、すごい抵抗があったんですけど、番組の人気が出てくると、それもすごく楽しくなってきて。
長良さんの働きかけといいますかセッティングがあったから、またお仕事をする機会があったんですね。
そうです。
その長良さんは、おととし、事故で亡くなられてしまいました。
急だったから、すごいショックでした。
そのときお仕事されているとき、ですか、ふほうを聞いたときはたまたま名古屋のコンサートを、1回目と2回目の間に電話がかかってきたんです。
最初は信じられなかったんですけど、どうやら本当だったみたいで2回目のコンサートで「イルカにのった少年」涙で声が震えて歌えなかったのは今でも覚えています。
長良さんのおかげで復帰して、活躍されていたんですが一方で、ふるさとのお父様勘当されていたわけですよね。
そうなんです。
戻ってくるなと言われていたんですけれどそのころ「風雲!たけし城」をやっているときに、広島の放送局とかラジオ局からお仕事のオファーを結構いただくようになってレギュラーを持つようになったんですね。
広島と東京とを行ったり来たりするような生活に変わっていく中で広島に帰ると、家のほうの父が住んでいるところとは車で5分ぐらいのところに家があったものですからそこにこっそり帰っていたんですけどそのうちに和解しましてお前頑張っているじゃないかと。
そしてこのお写真お孫さんができて。
満面の笑みですね。
娘さんもかわいいし。
この娘が今、高校3年生ですから。
歌ばかり歌っています。
お父さんはお喜びになったんじゃないんですか。
安心していました。
とにかく好きなことをやっていいんだと。
でも広島に行ってここを拠点にして、家を守ってほしいということでした。
父親との約束というよりも急に父親が病で倒れたんですね。
お医者さんに行くと、僕が呼び出されて父の余命が半年だと言うんですね。
がんにおかされていて。
もちろん伝えなかったんですけれどあんなに元気そうなのに半年おやじには心配ばかりかけてきたよなと芸能界という世界に入って、心配をかけて東京と広島を行ったり来たりして自分が父親の思うような人生を僕は送れなかったことにすごく親孝行できなかったということで、何か父親が喜ぶことをしたいと思ったんですね。
老人ホームのボランティア活動をして父と同じ世代の人たちのところに行って何かすることによって病気で苦しんでいる父親も励みになって喜ぶんじゃないかということで500か所のコンサートを回ろうということでスタートしたんですよ。
それが、この写真ですね。
500か所を前にお父様は亡くなられてしまったんですよね。
施設から来るお手紙とか写真を見ながらねすごく喜んで半年といわれていた命も2年半もちましたからね。
今も続けてらっしゃるんですよね。
もうすぐ1000か所。
なんだかんだ言いながら。
決めたことは実行する男らしい方なんですね。
それが何をやっても続かなかったんですよ、今まで。
でも男だなという感じがしますね。
口癖のようにお前は何をやっても子どものときから続かないよなと言われていて。
最後は、びしっと見せておかないとと思って。
城みちるをつくったお二人のお父様のお話をお伺いしました。
続いてのコーナーはこちらです。
そんな城みちるさん、NHKの番組に、ご出演いただいています。
「ザ・テレビっ子〜懐かし番組大集合!第2弾〜」清水さんも、出ていますよね。
私も出ました。
小堺一機さんがマスターをしている喫茶店に、お客さんとして清水さんがいってさまざまなお客さんのリクエストに応えるという懐かしい番組なんですよね。
その中に城さんが登場するんです。
僕はどんな場面かよく分からないんですけれども。
ぜひご覧いただきましょう城みちるさんの出演場面も含めてご覧いただきます。
昭和の香りいっぱいのバラエティーから懐かしい連続テレビ小説です。
感動の名シーンがよみがえります。
いっつもそれなんだから。
片づけたのはねお母さんなんだから思い出さなきゃだめ!
大竹しのぶのものまねで
やっぱりあの時代から絶対、私天才だなって思ってます。
伊藤⇒何回目かのチャレンジだったの?新沼⇒5回目。
伊藤⇒5回目!そして城みちるさんが「スター誕生!」の仲間たちとあのころを激白。
伊藤咲子さんもいます。
テレビの中に笑いあり、涙ありお茶の間を彩った懐かしい番組が大集合します。
表情がおもしろいですね。
コント漫才みたいですね。
おもしろかった。
久しぶりの「スター誕生!」のメンバーで集まってどうでしたか?しかもうわさのしかも、うわさのお二人ですね。
隣どうしになりました。
カメラが回っているのを意識せずに昔の話をしていました。
あっという間に時間が過ぎたんですけれども。
ちょいちょいお会いになってるということですね。
仕事でも最近はネタにしています。
当時、アイドルどうしが恋愛するというのはご法度だったんですけどね。
タブー中のタブーでした。
懐かしいお話が盛り上がっている番組です。
ぜひご覧ください。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
スタジオで歌を歌っていただきましょう。
本当に、いくんですか。
やる気満々じゃないですか。
準備をお願いします。
拍手
その間にこのあとの総合テレビの番組から1つご案内しましょう。
ラテ欄を使ってご案内します。
今夜8時「キッチンが走る!」杉浦太陽さんが、キッチンカーに乗って全国のおいしいものを求めて旅をします。
今回は静岡清水で旬の味覚、桜えびです。
これがイタリアンにどう変わるのか、楽しみにしてください。
それでは城みちるさんに歌っていただきましょう「イルカにのった少年」♪〜
拍手
ごめん、ちょっと途中で息切れした。
言わなくてもいいのにすごい盛り上がりました。
懐かしんでいただけましたか?静から動に変わりましたね。
質問メッセージがたくさん届いていますのでお答えいただきます。
東京都の方からです。
アイドル時代の体型を維持なさっていますが、日頃から気をつけている健康法はありますか、また最近年だなと感じたことはありますか。
これはしょっちゅうなんですけど本当に忘れ物が多くなりました。
ありますあります。
みっちゃんある?ありますね。
体型なんですけどことしになってから太りぎみで気をつけようかなと思っています。
思っている段階なんですね。
千葉県の方からです。
トップアイドルだった?はてなマークが入っています。
みちるさんのようにお嬢さんは二世アイドルになりたいと言っていませんか?歌が好きと言いましたね。
うちの娘は、ころころ変わるんですよ。
歌は好きなんですよ。
アイドルになりたいと言ったりレディースバンドをやりたいと言ったり最終的になりなるんでしょうね。
何になるんでしょうね。
広島県の30代の方からです、女性です。
髪がいつまでもきれい秘けつは?実は本当はもっと白いのがあるんですけどちょっとそめています。
ごめんなさい。
正直すぎる。
黙っていようかな。
東京都の方からです。
デビューのときからずっとファンです。
これから新たにチャレンジしたいことはありますか。
そうですね。
施設の訪問が、ライフワークになっていますからだんだんお年寄りの皆さんと年が近づくんですが「イルカにのった少年」が踊れなくなるまでずっと続けたいと思っているので体調管理をしっかりして頑張りたいです。
メッセージです。
大阪府の方からです。
ことし芸能生活41年目を迎えられて私もファン歴41年です。
ことし早々に心臓の手術を受けました。
手術前に。
ファンクラブの子かもしれませんね。
手術前に絶対にもう一度みちる君の顔が見たい、声が聴きたいと思い頑張りました、おかげさまで日に日に回復しています。
どうぞみちる君も体だけはくれぐれも気をつけて45年、50年、60年と歌い続けてください。
よく旅行にもファンの子たちと行くんですよ。
来てくださって。
頑張ってね。
佐賀の方からです。
若いころの、城さんもすてきです。
優しい目、優しい口元が人柄を表していますね、今の城みちるさんはもっとすてきです、どんどんテレビに出てくださいね。
ありがとうございます。
そして広島県の方からです。
夫の転勤で1年前に広島に来ました。
テレビで城さんを拝見する機会が多くなりファンになりました。
ありがとうございます。
私がよくきいているから5歳の娘はお風呂で「イルカにのった少年」を気持ちよく歌っています。
うれしいな。
静岡県の方からです。
みちるさんの姿を見て、今でもどきどきします。
きょうはとてもハッピーです。
等身大のみちるさんのポスターを飾ってあります。
ありがとうございます。
きょうは城みちるさんをお迎えしました。
2014/05/09(金) 13:05〜13:52
NHK総合1・神戸
スタジオパークからこんにちは 城みちる[字][双]
▽アイドルは兼業歌手? “懐かし番組”大集合 ゲスト:城みちる、司会:伊藤雄彦アナ、清水ミチコ
詳細情報
番組内容
双方向データ放送番組。テレビのリモコンを使って、ゲストに関するクイズやアンケートに挑戦!気になるゲストの生トークにあなたも参加しませんか?テレビをネットにつなぐとさらに楽しめます。
出演者
【出演】城みちる,【司会】清水ミチコ,伊藤雄彦
ジャンル :
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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