NHK高校講座 世界史「ローマ帝国」 2014.05.09

歴史の大海原を旅するキャプテン歴史アイドルの小日向えり。
世界中のさまざまなゲストと一緒にいざ船出しよう!今日はローマ帝国がテーマという事でイタリアのローマから情熱的なイケメンがやって来て下さいます。
チャオ!
(ベリッシモ)こんにちは。
こんにちは。
ハイテンションで登場したのは…
日本とイタリアとの文化の懸け橋となるべく活躍しています
僕のローマの実家はねコロッセオから歩いて5分ですね。
いつも遊びに行ってたんですね。
生っ粋のローマっ子って事ですね。
そうです。
ジャジャ〜ン!今回の語り手はこちらで〜す。
私はユリウス・カエサル。
古代ローマの軍人であり政治家である。
かつてローマには……といわれるほど安定した時期があった。
人はそれを「パクス・ローマーナ」ローマの平和と呼ぶ。
私こそがその時代の礎を築いた男だといえよう。
今回紹介する時代は紀元前8世紀半ばから紀元後の4世紀まで。
舞台はヨーロッパ西アジア北アフリカという広大な地域だ。
イタリア半島中部の一都市国家にすぎなかったローマが巨大な世界帝国へと成長していく。
現在のヨーロッパ社会の基礎となったローマの繁栄をご覧頂こう。
やっぱり政治家としてもすごく腕が良かったしあと連戦連勝。
しかもカエサルはすごいモテてたんですね。
だから今もローマに行くとカエサルのような顔をしてる方々がたくさんいらっしゃるんですね。
え〜っ!僕の近所のパン屋さんもそっくりですね。
ここのはげ方とあと鼻。
もっとカエサルの事知りたいです。
でもちょっと待って下さいね。
カエサルの勉強をする前にちょっとねローマの歴史を見てみましょう。
カエサルゲニクリ!うん。
ではローマの建国から話を始める事にしよう。
それは紀元前753年の事と伝えられている。
伝説によれば建国の王は狼に育てられた勇士だったという。
以後王政は7代続いたが紀元前509年ローマは大きな転機を迎える。
政治の実権を握ったのは有力貴族によって構成された元老院だった。
独裁者が現れて個人に権力が集中しないように集団で意見をまとめて国家を運営していこうと考えたのだ。
共和政ローマは強い武力によって周辺の都市国家や部族を征服していき…あまた存在する都市国家の一つにすぎなかったローマはその後も地中海世界に領土を広げていく事となるのだ。
王様を追放したあとは共和政になって独裁政治を避けてもう徹底してますよね。
ローマの人たちは今もその共和政ね非常に誇りに思ってるんですね。
でこういうものを持ってきました。
見て下さい。
へぇ〜ローマ市の紋章…。
この「SPQR」って何ですか?意味は…元老院と民衆?じゃあここにも古代ローマが?古代ローマの歴史が残ってる。
で今もローマに行くとこの紋章いろんな所に使われてるんですね。
例えば街のマンホールとかバスにこういうシール貼ってるんですね。
地下鉄もそうだし。
どこに行ってもこのマークですね。
へぇじゃあローマの街のあらゆる所に古代ローマのSPQRっていう言葉が隠されてるんですね。
そう残ってるんですね。
へぇ〜…。
あれっでもちょっと待って下さい。
今日のテーマはローマ共和国じゃなくてローマ帝国でしたよね。
するどい!やっぱり違うね。
実はこのあとは共和政から帝政になっていくっていう事ね。
ちょっとねカエサルに聞いてみたいと思います。
カエサルお願いします!よろしい。
私がいかにしてローマを帝政に導き平和をもたらしたのかお話ししよう。
ローマの領土が拡大していくにつれて元老院メンバーをはじめとする貴族たちはばく大な富を手にするようになる。
一方軍の中枢を担っていた平民たちは相次ぐ戦争によって疲弊していった。
両者の対立は次第に深まり紀元前2世紀後半からの100年間は内乱の一世紀と呼ばれる状態になってしまったのだ。
私が生まれたのはそんな混乱状態のさなかであった。
やがて元老院の一員として政治に携わるようになった私は共和政の限界を感じ始める。
そしてガリア現在のフランスの反乱を鎮めて凱旋する途中大きな決断を下したのだ。
ローマとガリアの境を流れるルビコン川にさしかかった時の事だ。
この川を越えてローマに戻る時には軍隊の武装を解かなければならない決まりになっていた。
しかしこのまま軍を進めてローマを制圧すれば私個人が大きな権力を手にする事ができる。
そうなればきっと私のリーダーシップで混乱した政治を立て直せるはずだ。
結果がどうなるかは分からないが懸けてみる価値は大いにある。
私はついに進軍の号令を掛けた。
武装したままの軍隊を伴ってルビコン川を渡ったのだ。
この時私が言った言葉を諸君はご存じかな?賭けの結果は吉と出た。
私は武力制圧に成功し紀元前45年強大な権限を持つ終身独裁官となったのだ。
内乱は収まり社会は安定するかに思えた。
だが…。
共和政の崩壊を恐れた人々に謀られて…しかし強力なリーダーシップの下でこそ政治は安定するという私の考えは正しかった。
紀元前27年からのおよそ200年間平和な時代が続いたのだ。
あの時私がルビコン川を渡ったからこそパクス・ローマーナが訪れたのである。
えりちゃん今ねVTR見たらカエサルの彫刻出ましたね。
何かねここら辺だけ似てきた。
ねっここほらはげてきてるから。
うん…カエサルっぽくなった?カリスマ性が増えてきますよ。
いいねぇそうなるといいねぇ。
はい。
カエサルはすごく天才的ででも暗殺されちゃった人って事ですけど日本史にもそういう人がいまして。
戦国武将の織田信長ご存じですか?はい聞いた事あります。
天下統一の土台を築いて世の中を平和に導いたんですよ。
そういう部分でも共通してるなって思いました。
なるほどねぇ。
さて私が土台を築いた平和な時代パクス・ローマーナ。
その様子を物語るポンペイの遺跡をご紹介しよう。
ローマ帝国の地方都市ポンペイは紀元79年火山の噴火によって火山灰に埋もれてしまった。
まるでタイムカプセルのように当時の生活の様子が残っているのだ。
道路は車道と一段高くなった歩道とに分けられていた。
驚くなかれ横断歩道まで作られていたのだ。
水道も整備され市内の至る所に水くみ場があった。
そうそう我々ローマ人が風呂好きである事を諸君も知っているかな?浴室の装飾には贅を凝らしゆっくりと長い入浴時間を楽しんでいた。
そして最大の娯楽といえば剣闘士の興行だ。
試合が行われる日には付近の都市からも大勢の人が詰めかけ大歓声が響き渡っていた。
人類史上最も幸福な時代パクス・ローマーナ。
その一端を諸君も感じてくれたかな?ポンペイの遺跡がすごいのはその落書きが残ってるからね。
えっまだ残ってるんですか?まだ残ってる。
そこでね私いいもの持ってきました。
ジャジャン!これが古代ローマの文字ですか?文字ですね。
へぇ〜。
超超超肉食系の人ですね。
ねっ。
昔の人たちも情熱的だったんですねローマの人は。
情熱的だったからこそローマが大きくなったかもしれませんね。
ベリッシモさんみたいな人たちがいっぱいいたんですね。
きっとね。
そうかもしれないね。
今日はここ伊豆半島の熱川でローマ帝国を感じたいと思います。
こんにちは。
おちゃめなオーナーが経営するこちらのペンションでは古代ローマの食事をリクエストできます
今回は食を通じて歴史を感じちゃおうという訳です
よっ!という訳で早速何から作りましょうか?そうですね。
牡蠣のマリネロンディニウム風というのを作りたいと思います。
牡蠣のロンディーム風?
(須佐)今のイギリスですね。
大量に船で取り寄せて当時のローマの貴族たちは好んでそれを食べた。
中には養殖を始めた業者もいたそうですね。
まず牡蠣をよく洗って水けを切りワインビネガーを1ふり
そして味付けに取り出したのは…
魚を2か月とか3か月とか発酵させてそのエキスで調味料を作ったんですね。
古代ローマの人たちは非常に上手に使って一味加えてたんですね。
オリーブオイルを加えて塩こしょうで味を調えたら器に移しケイパーを添えて出来上がり!
結構簡単です
今回作った古代ローマのメニューはこちら
イギリスの牡蠣以外にもいろんな場所から食材が届けられていたんです
改めてローマ帝国の領土の広さを感じますよね
うん!
(須佐)どうですか?調味料が効いてて牡蠣の臭みがなくなるというか。
古代ローマの料理はあまり凝った味付けをしていなかったので意外と和食に近いかも
みんなも是非挑戦してみてね
私も各地でいろいろと珍しいものを食べたものだ。
私が書き残した「ガリア戦記」には食事の事も載っているので参考にしてくれたまえ。
さて最後にローマ帝国の宗教について話をしておこう。
ローマは征服した国や民族の宗教に対して寛容な態度をとっていた。
それどころか他国の神々をもローマの神として取り込んでいくなど多神教世界であったのだ。
そんな中帝国の東の端パレスティナでイエスという男がユダヤ教の改革運動を始めた。
民族宗教であったユダヤ教の枠を超えて民族や階級に関わらない神の愛と隣人愛を説いたのだ。
しかし彼はローマ帝国に対する反逆者であると訴えられ処刑されてしまった。
イエスの死後弟子たちによって彼の考えが広められキリスト教が成立したのだ。
ローマはといえばパクス・ローマーナの時期を過ぎ3世紀再び政治が混乱し始める。
帝国にはキリスト教に救いを求める人が増えていった。
ローマはキリスト教を迫害した時期もあったがやがて統治に利用するようになる。
ほかの宗教や神を信じる事を禁じ一神教世界へと変わっていった。
現在ヨーロッパの国々がキリスト教国であるのはローマ帝国がキリスト教国になったからなのである。
本村先生!ちょっと質問があるんですけどいいですか?はい。
どうしてローマ帝国の人たちはキリスト教に救いを求めたんですか?キリスト教がはやる3世紀というのがローマ帝国は非常に危機的な状況に陥っていたという事なんですね。
軍人を優遇したために国家の財政がほとんど破綻してしまう。
でそういった混乱の中で結局50年の間に二十数人の皇帝が出てきて。
自分で「俺は皇帝だ」って言った人まで入れると70人以上がいたといわれている訳です。
70人も皇帝がいたんですか?それで不安におののく弱者や抑圧された人々はやはりより強い神に頼ろうという気持ちが強くなっていく。
そういう中でキリスト教の神は唯一神であって全知全能の神ですから。
絶対的な存在が欲しかったんですね。
そうですね。
でキリスト教はローマ帝国に保護されてその後の世界史にも大きな影響を与えた。
それにいろんな美術館に行くと絵画があったりキリスト教的な音楽があったり文学が生まれるというふうにキリスト教を題材としたものが欧米にはあふれているのが今でもそういう状況じゃないでしょうかね。
じゃあキリスト教を知ればもっと世界史を深く知る事ができますね。
また分からない事があったら聞きに来ます。
えりさん古代ローマについてどんな感想を持ちましたか?私ワープして行けるんだったら古代ローマに行っておいしい料理を食べたり大浴場に入って癒やされたり。
やっぱり古代ローマは文化芸術法律そして土木建築ね非常にレベルが高い。
みんな今もすばらしいと思ってるね。
なかなか越えられないね。
でもやっぱり料理っていえば今の方がいいかなって思うね。
さすが料理研究家でいらっしゃいますね。
だから是非私の手料理を食べに来て。
えっ?みんなに同じような事を言ってるんですよね?いやいや。
古代ローマの落書きにもありましたけど恋愛に情熱を燃やすのは古代ローマの人も今の私たちもそんなに変わらないんですね。
今回も歴史と私たちがつながりましたね。
都市国家ローマは王政から共和政へと変わる中で強力な軍事力によって領域を広げていき巨大な世界帝国へと成長していった。
カエサルは内乱の一世紀と呼ばれる共和政ローマの政治の混乱を収め個人に権力を集中して統治能力を強化する帝政への道を開いた。
帝政が始まってからおよそ200年間平和な時代パクス・ローマーナが続いた。
3世紀の危機と呼ばれる社会の混乱の中でキリスト教は信者を増やしついにはローマ帝国の国教となった。
2014/05/09(金) 14:20〜14:40
NHKEテレ1大阪
NHK高校講座 世界史「ローマ帝国」[字]

歴史好きな「歴女」の部屋を、世界各国にルーツを持つ多彩なゲストが訪れ、歴史上の人物のメッセージを届ける…カエサルが語る「人類至上最も幸福な時代」

詳細情報
番組内容
▽混乱のローマを力で統治…カエサルの決断▽人類史上最も幸福な時代「パクス・ローマーナ(ローマの平和)」▽カエサルの子孫は今もいる?【学習ポイント】「ローマ帝国の繁栄…都市国家から世界帝国へ」「ポンペイ社会の喜怒哀楽」「キリスト教の成立…多神教世界から一神教世界へ」【司会】小日向えり【ゲスト】ベリッシモ・フランチェスコ【講師】本村凌二(元東京大学教授)【語り】池田秀一
出演者
【講師】早稲田大学特任教授…本村凌二,【ゲスト】ベリッシモ・フランチェスコ,【司会】小日向えり,【語り】池田秀一

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趣味/教育 – 中学生・高校生
バラエティ – その他
趣味/教育 – 大学生・受験

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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