上方落語の会・選「善悪双葉の松」笑福亭鶴光、ゲスト・浜口順子 2014.05.09

ご機嫌いかがですか?落語作家の小佐田定雄です。
いつもごひいきを賜っております「上方落語の会」。
今シーズンもよろしくお願いするのでございます。
実は私今日は大阪市天王寺区にございます生國魂神社こちらへ寄してもうとります。
こちらの神社は今から300年ほど前大阪落語の祖といわれております初代の米沢彦八師匠がここでお客さんからお金を取って営業した。
そういう始まりの地なんでございます。
…てな事をこれまではずっとやってたんです一人で寂しく。
それではあまりおもろないから今シーズンはひとつすばらしいゲストをお招きして盛り上げようとなりまして。
もうそろそろ来てはるらしい…。
あ〜来た来た!こっち!こんにちは。
よろしくお願いします。
今日のゲストでございます。
大阪出身の美人タレント浜口順子さんでございます。
よろしくお願い致します。
恥ずかしいですね。
美人タレントなんて。
私はうそつけんので。
この辺にご縁があるらしいでんな?そうなんです。
通てた幼稚園がすぐ近所でして。
生國魂にも何か縁があると…。
生國魂神社は去年の彦八まつりにちょっと出させて頂きまして。
「…まして」ってあんた落語家みたい。
へえ〜こちらで。
高座に上がらせて頂いたんですよ。
毎年生國魂さんで上方落語協会が行う彦八まつり。
多くの人でにぎわいます。
浜口さんは去年9月1日に行われた色物落語会に出演されました。
ホントにご縁のある…。
今から私がご案内させて頂きます。
では行きまひょか。
はい。
着きました着きました。
立派ですね。
生國魂さんでございますよ。
大きい。
まずご挨拶。
では参りましょう。
はい。
なかなか広々とした境内で。
すごい広いんですね。
お祭りの時は混んでますけどな。
いや〜懐かしいですね。
お店とかいろいろ並んでたんですよ。
こちらの参集殿の方で色物落語会がありまして。
ネタは一体何をやりましたん?創作落語をしたんですけども基は「寿限無」のお話を浜口順子バージョンに。
「寿限無」いうたら長い名前を言うてくやつでんな。
そうなんですよ。
私芸名何にしようかなっていうのを相談するところからお話が始まりまして先輩の名前をずっと重ねていって縁起のええ名前にしよかというそういう落語をさせて頂きました。
皆さん喜びはりましたやろ。
はい。
もうすごい温かいお客様で。
またやりたい?またやりたい。
あっ今聞きました?またやりたいって。
またよろしくお願いします。
こちらこういう形で落語会やってるんですが実はあっちこっちで落語会やってるんですわ。
この番組はNHK大阪ホールで開かれてます「NHK上方落語の会」の高座をお届け致しております。
今回で339回目を迎えました「NHK上方落語の会」。
1961年の5月と申しますから今から53年前に第1回が開催された歴史の古い落語会でございます。
行きまひょか。
はい。
何を頼みました?え〜っとですね芸事が上達しますようにという。
落語がうまくなりますようにってお願いしました。
やる気満々ですね。
はい。
かなえてくれはります。
さて本日の「上方落語の会」は笑福亭鶴光師匠の登場ですが鶴光師匠お会いした事あります?はい。
初めて落語をした時に見台の使い方とかそういうアドバイスを頂きました。
そうですか。
…なんですけど生で落語を拝見するのは初めてです。
その鶴光師匠のお話をこれからたっぷりとまた我々聞かせてもらいますけどねとりあえずホール行きまひょか。
はい行きましょう。
参りましょう。

(拍手)ホンマに高齢化社会でんな。
皆さんの事言うた訳やないんですよ。
ねえ世間一般がせやというだけの話で。
これからねどんどん高齢化社会進んでいきまんのやて。
そうすると見直される職業は何かというと我々落語家なんです。
これはよろしで。
年いきゃいくほど評価が上がってくねん。
ベテランの味。
枯れた芸。
ねえ?せやから定年がないでしょ?だから70でも80でもでける。
今東西で80の噺家なんかゴロゴロいてる。
そのうち90100ってな噺家が出るや分からん。
そらもう昔とえらい違いで。
まあよう考えたらそない体力は使いまへんわな。
要はそっからここまで歩くだけの力が残ってりゃええねん。
あとふかふかの座布団まで与えられて。
ですからね皆さん方今からでも噺家になれるんですよ。
門戸は開かれてんねん。
ただね噺家になるためには条件がございましてねそれは何かというと師匠を選ばないかん。
この選択を間違うと永久に出世はありません。
私入った昭和40年代大阪の噺家が15人前後やってん。
今200人超えてんねんで。
その当時の会長が林家染丸師匠。
その下に松鶴米朝春團治小文枝後に文枝になりますが四天王と。
どっか弟子入りするんですね。
私が選んだんね笑福亭松鶴。
何かこう名前に重みがありまんがな。
「こらええ」と思ってどないして弟子入りしょうか。
分からんでしょ?弟子のしかた。
往復葉書買うてまいりましてね。
「弟子にするなら○しないなら×。
返事くれ」と書いたんや。
来まっかいなそんなもん。
待てど暮らせど。
それでしびれ切らして師匠とこのうちまで行ってほんだら奥さんあーちゃんが出てきはって「今道頓堀の角座へ出てるからそこ行きな」。
で楽屋口で面会を申し込んだらうちの師匠がえらい怒ってまんねん。
ああやっぱり往復葉書を出した事がやっぱり失礼にあたんねんなと思たらせやないねん。
うちの師匠の名前は笑う福亭松に鶴で「しょうふくていしょかく」って読むでしょ?私この「笑う」という字を「松」という字書いてしもてん。
あれ「しょう」って読めまんがな。
松福亭松鶴。
これに怒ってんねや。
「お前な自分の師匠にでもしょうかっちゅう人間のな名前普通間違うかい?アホかお前は。
帰れ!」。
「うわ〜しくじった」と思たらそこへ笑福亭松鶴独演会のチラシを持った業者が入ってきはってん。
そのチラシ見たら「松福亭」になってましてん。
(笑い)ほんでうちの師匠「あ〜こらプロが間違うねやさかい素人が間違うてもしかたがない。
まあこれも何かの縁や。
明日からおいで」という事になったんですけどね。
私躊躇しましてん。
うちの師匠ってねあんまりテレビ出る人やなかった。
だから新聞とか雑誌とかそういうので見てた。
あの写真だいぶ修正してまんな。
(笑い)実物会うてびっくりしたで。
顔が四角で色が真っ黒でね目がギョロっとして目の下にクマが出来てね鼻が大きくて出っ歯や。
秋田のなまはげ。
「うわ〜こんな顔と長いつきあいすんのかなわんな」。
とりあえず親に承諾取ってないんでね「一遍親に話してからまた来ます」ちゅうてごまかして家へ帰って母親に相談したらうちのオカンいらん事言うた。
「アホやなお前は。
昔からよう言うやろ。
顔の怖い人は心が優しい」。
あ〜これは松鶴しかないなと思てスッと入門しましてね…。
だまされましたわ。
うちの師匠顔と心そろえでしたよ。
ちょっとした事で殴りまんのや。
あのね師匠という字は無理偏にゲンコツという字を書くという。
もうちょっとした事で殴る。
師匠の着物の畳み方が悪いというては殴られ師匠の茶わんを割ったというては殴られ師匠の奥さん口説いたというたら殴られ。
ちょっとした事で殴る。
そんな師匠ですからまあ国から賞はもらえないと思たらなんと晩年紫綬褒章というのを頂いた。
ミニ文化勲章。
島之内寄席いうのを建てて上方落語に貢献した。
まあその当時は5日ぐらいでしたかね。
教会でしたんで消防法の関係で。
えらい師匠でっせ。
誰よりも早く来て下足番からするんですようちの師匠。
会長やその時。
おまけに終わったら一升瓶買うてこさして皆にこうついでね「ええか?今は僅か5日とか7日やけどお前らの時代には必ず365日やれる落語の定席作ってくれよ。
頼むで」。
それが今天満の繁昌亭につながってるんですよ。
ねえ!うちの師匠生きてたら喜んでると思うよ今頃ね。
こけら落とし出させてやりたかった口上で。
その上方落語に貢献した事で紫綬褒章。
ところがね30年間市民税ためてたんがバレて取り消しになりまんねや。
(笑い)後でローンで返すっちゅうてもうたらしいですけどね。
まあそんなお酒が大好きでちゃめっ気があって昭和の名人といわれたのが松鶴という人でございましたですがこのお話は上州の桐生…。
群馬県の桐生市ね。
この上州の桐生という所は非常に織物の盛んな土地で景気も上向き。
これをば上州桐生
(上昇気流)。
(笑い)あのね今日の話はこんなんばっかり出てきますから。
決して怒らないようにね。
ここに上方からやって参りまして大成功を収めましたのが河内屋吉左衛門。
この人のうちに11の時から21の年まで勤め上げましたのが信州は松本の在で武助という男。
一文の金も使いませんからこれは全部主人に預けんねん。
まあ主人もようできたお方で武助箱という箱をこしらえまして「武助今日はよう働きよったな」と思ったらちょっと余分に入れてやる。
主人が保管してる貯金箱のようなもので。
昔目安箱というのがございましたね。
住民の不平不満を紙に書いて入れる箱。
それが今では発展して駅に置いてあるお客様の声っちゅう箱ね。
お客様の声をお聞かせ下さい。
おじいちゃん何を思たのか箱に口近づけて「こんにちは。
お客様の声ですよ」。
あれ何か勘違いを起こしてるんでしょうな。
10年の間ためる一方一文の金も使いませんからその箱をば開けてみますとなんと八十何両というお金がたまっております。
昔10両盗んだら首が飛んだんですってね。
「万年も生きよと思た亀吉が10両盗んで首がスッポン」。
面白い歌が残っております。
八十何両という大金。
「武助やえらいもんやな。
ええ?『塵も積もれば山となる』というが八十何両という金がたまったぞ」。
「うわ〜おらたまげやした。
それぐらいのお金があればおいとまを下せえ」。
「ほうそらまたどういう訳じゃ?」。
「実はおらとっつぁまの代に無くした田地田畑買い戻してえと思って一生懸命に働いてめえりやした。
それだけのお金があれば田地田畑買い戻す事ができます。
どうかおいとまを下せえ」。
「そうか。
ああ。
まあ惜しい奉公人だがないつまでも引き止めるという訳にもいくまい。
暇をあげましょう。
しかしな八十何両は中途半端じゃ。
私がそれを百両にかえてあげるからそれを持って帰んなはれ」。
「うわ〜旦那様ありがとう存じます。
いや困りやした」。
「何が困った?」。
「国へ帰んのに何度も宿屋に泊まらなきゃならねえ。
その金を支払うと百両に欠けますで…」。
「ああそりゃそうじゃな。
路銀。
道中の金が要る。
それも私が別に出してあげよう」。
「ありがとう存じます。
いや困りやした」。
「何が困った?」。
「わしゃ今まで膝までしかねえ着物着て働いてめえりやした。
故郷に錦を飾るには裾まである着物着て帰りてえ。
それを買うと百両に欠ける」。
「ああなるほど。
はいはい。
私のつむぎの着物がある。
まだ新しいから上から下までそっくりあんたにあげよう。
それ着て帰んなはれ」。
「ありがとう存じます。
いや〜困りやした」。
「まだ何か困ったか?」。
「村へ帰んのに手ぶらじゃ帰れません。
土産物を買うて帰んなきゃならねえ。
それを買うと百両に…」。
「ああ分かった分かった。
出した船なら港に着けましょう。
でその土産物を買うて帰る家は何軒ある?」。
「え〜親戚合わせましてほんの86軒」。
「86軒!ぎょうさん…。
はい分かりました。
じゃあ私が荷物にして送ってあげますから」。
さて明くる日になりますと朋輩衆とも別れを告げまして信州を目指します。
まあ今はね長野新幹線が出来てますから信州は近い近い。
信州そば。
(笑い)てくてくてくと歩いてあさののねぼしという所へやって参りますと日が暮れかけてまいります。
ちょうどきこりさん杣師とも申しますが一生懸命木の枝を切ってる真っ最中で「お〜い杣さんやい。
わしゃな子どもの時分に通ったきりで信州松本の在へ行くにはどう行ったらよろしいんで?」。
「おおいい所で聞いたな。
ここまっすぐ行くと大きなエノキが立ってるでなそれをこう左の方へ行くんだ。
いいか?間違っても右行っちゃならねえぞ。
とんでもねえ所へ出るからな。
左の細い道を行くんだぞ」。
「ありがとうございます」。
教えられたとおり左の細い道を行きますとこれが山また山。
日がとっぷりと暮れてまいりまして道がだんだん細くなる。
奥へ行くほど細くなる。
「奥の細道」。
(笑い)ゴ〜ゴ〜。
松の枝を揺らす風の音。
オオカミの遠ぼえが…。
「オオ〜オオ〜」。
メスのオオカミが…。
「ああ〜」。
心細うなってひょいと見ると向こうにチラチラと見える明かり。
山の中で道に迷うて明かりを見るぐらいうれしいものはございません。
「街の灯りがとてもきれいねヨコハマ」。
あれはきっと杣さんか猟師さんの小屋に違いない。
あそこで1晩泊めてもらおう。
足早にやって参りますとこれが板屋根の粗末な一軒家。
…と戸をたたきますと「はい」という声がして出てまいりましたのが年の頃なら2122。
目の覚めるようないい女。
美人!大阪弁で言うたらべっぴん!そこらつばだらけになってますが…。
あの〜女の人というのはたとえ小さな子どもにでも顔の事褒められるとうれしいもんやそうですね。
「おねえちゃんどうしたの?その顔。
整形手術でもしたん?」。
「ううん。
そんなにきれいに見える?」。
「いや失敗したんかと思て」。
子どもってのは正直ですが。
こんな山の中にこれほどの美人がおる訳がない。
思わずぞ〜っと致しまして。
「恐ろしや。
これはきっと何かが化けているに違いない。
きつね?たぬき?うどん?そば?」。
(笑い)「どちら様でございますか?」。
「わしゃ山の中で道に迷うて難儀致しております。
1晩泊めて下せえ」。
「あなたは自分で勝手に参りましたか?それとも誰かに教えられて参りましたのか?」。
「ええ。
あの麓で親切な杣さんに教えてもうたんで」。
「反対の道を行けばよろしいのに。
あなたに逆の道を行けとうそを教えたのは悪い悪い泥棒の捨丸」。
噺家の。
それは歌丸。
(笑い)「ここは泥棒の住みか。
私はその泥棒の家内でございます」。
「えっ!あんた泥棒の家内?わ〜おっかない」。
(笑い)「私はどうなる?」。
「あなたがお金をたくさん持っていればそれをとられてあなたは殺される」。
「殺される…。
かかさん正直に申しますだ。
おらここに百両持ってる。
10年の間一生懸命働いてためた金じゃ。
どうか命だけは助けて下され。
お前さんいい人じゃ。
なあ。
助けて下され。
お願い致します」。
「ではこう致しましょう。
あなたは押し入れの中に隠れて下さい。
戻ってまいりましたらお酒を飲まし休ませます。
その間にそっと出してあげますから。
あなたは元来た道を走って逃げて下さい」。
「分かりました。
ほなそうさしてもらいます」。
待つほどもなくザクザクザクと戻ってまいりましたのが先ほどの杣師。
辺りをチロッと見ながら「今戻った」。
「お前さんお帰り」。
「ひで。
カモが1羽迷い込んでいるだろう?」。
「何だい?そのカモというのは」。
「とぼけちゃいけねえ。
年の頃なら2122。
野郎あの懐の膨れ具合からするとずっしり金を持ってるに違えねえ。
どこへ隠した?」。
「あたしゃ知らないよ」。
「このアマふざけやがって!こっち来い!」。
いきなり髪の毛をつかんだかと思うとズルズルと…。
「やいこのアマ!俺が平生からこんこんと意見をしてるじゃねえか。
あれだけ世の中いい事をしても一文も得にもならねえ。
あれだけ悪い心に変えてくれと何度頼んだか分からねえのにまだそのいい根性が残ってんのか!今日という今日は悪い心に変えてやるから覚悟しろ!」。
こいつの言うてる事は逆さまですなこれは。
いろりの中にあった松の木の燃えさしをつかむと「このアマ!」と振りかぶった。
さあこれをば押し入れの中で見ておりました武助思わず飛び出し…。
「待った待った待った!なんちゅう事するだ。
われのかかさんでねえか!そんなもんで殴って傷でもついたらどうするんだ!」。
「野郎!こんな所に隠れていやがったのか。
てめえさえ出りゃそれでいい。
さあさっさと金出しちまいな!」。
「あのな泥棒俺ここに百両持ってる。
これはな田地田畑買い戻すための大切な金じゃ。
なあ。
半分の50両だけお前にやる。
あとの50両俺にくれろ。
なあ半分だけお前に。
半分の50両ありゃ買い戻す事ができる。
半分の50両俺にくれろ」。
「ならねえ!一文の金もやる事はできねえ!」。
「俺の金やないかい。
偉そうに言う…」。
「うるせえ!この野郎!クズクズ抜かしやがったら…」。
「待った!待った!たたっ斬られるの嫌。
えい!とりくされい!」。
「首にひもがかかってんな。
そりゃ道中の金だ。
それも出せ」。
「路銀までとりやがって…。
とりくされい!」。
「いい着物を着てるな。
つむぎだな?それも脱げ」。
「着物まで…。
とりくされい!」。
「もうとるものはねえ。
さっさと出ていけ」。
「出ていくわい!」。
「道中というのはこういうふうに物騒な所だ。
気を付けて行けよ」。
「何ぬかしやんねんアホ。
もうとられるもん何にもないわい!あのな泥棒この山オオカミがほえとった。
オオカミよけに刀を1本だけくれ。
頼む!気味悪うて夜道を歩く事はできねえ。
1本でも…」。
「分かった分かった。
うんてめえはな骨っぷりがいいから刀を1本くれてやる。
床下に20〜30本転がってるだろう」。
「どうせ人を殺してとった刀じゃろ。
ほなこの長いやつ1本もろていく。
ふっ!ふっ!ほこりだらけ。
これもろて…」。
「ちょっと待て待て待て待て!オオカミというのはな火縄の臭いを嫌うんだ。
さあこれをお前にくれてやるからこいつをこう振り回しながら歩く。
そうするとオオカミは怖がって近寄らねえ」。
「へえ!お前なかなか親切なところがあるんだな。
そんな優しい心が残ってんならかみさんのために堅気になれ。
普通の仕事は無理でもせめて噺家ぐらいなら…」。
「やかましわアホ!はよ行け!」。
「ああひでえ目に遭った」ととぼとぼと出ていく武助。
しばらく考え込んでおりました捨丸が「ひで。
鉄砲を出せ」。
「お前さん鉄砲など何するんだい?」。
「野郎いやに落ち着いてやがった。
きっと道しるべをつけて役人を引っ張ってくるに違えねえ。
そうなったら一大事だ。
野郎一発のもとにしとめてやろうとな目印に火縄を持たしてやった。
さあ鉄砲貸せ!」。
「お前さんあんないい人を…」。
「うるせえ!早く貸せ!」。
バンっと突き飛ばして鉄砲小脇にかい込んで表へバッと飛び出して武助の後を追いかけた。
ところが日頃歩き慣れた道をば何に蹴つまずいたかズズッと崖の下。
「あ痛っ!痛〜!脚をざっくりやっちまった」。
脚をけがした場合なかなか労災の保険が下りにくい。
手を切った場合はすぐにお金が出る。
これを手切れ金と申します。
「お前さんどうしたんだい?」。
「年がら年中歩き慣れたこの道をば俺は滑り落ち脚をざっくりやっちまった。
野郎にあの角を曲がられちゃどうにもならねえ」。
砲弾込めてバ〜ンと撃った。
さあ一方武助の方はこう振り回しながらこわごわ歩いてた。
そこへ暗闇から鉄砲の弾がヒュー。
「ひえ〜!」。
びっくりした拍子にひっくり返り火縄どっか飛んでっちゃった。
思わず出た言葉が「じぇじぇじぇ!」。
(笑い)そらね暗闇で鉄砲の弾飛んできなはれ。
こんな怖いもんないよ。
どうしても弱気になる。
その点私の師匠の松鶴という人どんな時でも強気でしたよ。
恐怖心で体が震えてても強がり言うてましてん。
「あのなわいは今までにな何千発ちゅうたまの下をくぐってきた」。
確かにパチンコは好きでしたけどね。
戦争には行ってないと思うんですが。
はうようにして山を下りまして人の情けにすがって元の上州桐生へと戻ってまいります。
「武助!どうした?その姿は」。
「旦那様申し訳ございません。
途中泥棒に会うて全部とられてしまいました」。
「そうか〜。
10年の間あれだけ苦労してためた金とられたか。
さぞかしがっかりしただろうな。
力を落としただろうな」。
「いえそれほどでもないんで。
まあ金ってのは働きゃまたたまりますからね。
どうかお力落としのないように」。
「それはわしが言うねん。
それは。
大丈夫?」。
「大丈夫。
あの〜これはね泥棒がオオカミよけじゃっちゅうてくれた刀でね。
鍋の底でも削って下せえ」。
「何?泥棒がくれた刀。
ちょっと見せとくれ」。
この吉左衛門さん非常に刀が大好きですから目利きができる。
ジャリジャリジャリと抜いた刀をじ〜っと見つめておりましたが「武助この刀はなかなか見どころがあるぞ」。
「いえ。
それは所詮人殺しの持ってた刀でございます」。
「いやいや一度研ぎに出してみますから」。
10日ほど致しますと研ぎ師がやって参る。
なんとこの刀厳寒に氷を割ったと申しましょうか銘煌々とした名刀に変わっております。
これはどう見ても五郎入道正宗の名刀に相違ございません。
それならばとテレビ「何とか探偵団」に…。
まあその時分はそんなもんはなかったもんですから江戸の本阿弥に鑑定に出しますと五郎正宗の刀に相違なきものなり。
箱書きがされて戻ってきた。
なんとこの刀3百両の値打ちものになってん。
ちょうど宝くじに当たったようなもんで。
「宝くじどこに売ってますか?」。
「このあたりのはずれ」。
(笑い)「武助や。
お前が泥棒からもろうた刀あれはな五郎正宗の刀で3百両の値打ちもんじゃ」。
「え〜!おらたまげやした!泥棒に会うて金もうけしたようなもんじゃな」。
これがホントの倍返し。
(笑い)「『正直の頭に神宿る』とはこの事じゃ」。
「旦那様惜しい事したな」。
「何が惜しい事した?」。
「泥棒のうちにはまだ30本ほど刀があった。
あれ全部五郎正宗か?」。
「そんなバカな事があるかい。
武助やこうしておくれ。
お前に2百両あげよう。
この刀は私の家宝として残しておきますから百両だけ持ってお帰り。
あとの百両はなまた泥棒に会うてはかなわんから為替にして送ってあげる。
武助やそうしておくれ」。
「旦那様何から何まで本当にありがとう存じます」と懐に百両の金を入れましてまたもややって参りましたあさののねぼし。
大きなエノキが立ってまして…。
「ここじゃここじゃ。
盗人のやつめ反対の道を教えやがって俺をだまして金とりくさった悪いやつじゃ。
あのかかさんべっぴんさんじゃったな。
ええ人じゃな。
会いたいのう。
何していなさるかのう?う〜ん足が前へ進まねえなこらあ。
それになこんな金で田地田畑買い戻したくねえ。
やっぱり汗と脂のにおいの染み込んだあの金で田地田畑買い戻してえ。
金取り替えてえな。
えいっ!もう一遍いてこませ」。
気楽な男があったもんでまた泥棒のうちにやって来よってん。
「お〜い泥棒野郎おるかい?捨丸やい!」。
「はいどちら様…。
まああなたはあの時の!」。
「これはこれはかかさんでごぜえやすか。
あの時はお世話になりました。
泥棒野郎はおりますかいな」と武助がのぞいてみますとぷんと薬草のにおいがして頬骨が飛び出しげっそり痩せた見る影もない泥棒歌丸の…いや歌丸やない。
(笑い)捨丸の姿。
「どうした?病気か?病気しとんのか?」。
「ああ。
われを一発のもとにしとめてやろうとな目印に火縄を持たしてやった。
そのあとを鉄砲持って追いかけたがどうしたはずみか崖の下に滑り落ち脚をざっくりやっちまった。
そっからどっと毒が入ってこのざまじゃ。
もう長くはもたねえ。
役人連れてきたんなら連れていけ」。
「あの火縄はそういう事か!どこまで悪いやつじゃお前は。
あのな俺は役人連れてきたんでねえ。
おめえのくれた刀が五郎正宗とかいう人の刀で3百両。
2百両俺もろた。
百両持ってる。
けどなこんな金で田地田畑買い戻したくねえ。
やっぱり10年の間苦労したあの金で買い戻してえ。
金取り替えてくれろ!」。
「お前それだけのために来たのか?」。
「そうじゃ」。
「変わったやつ…。
えいとりくされ!」。
「この金じゃ!この金や!汗と脂のにおいの染み込んだ金。
10年の間一生懸命ためた…一文も使わずにためたこの金じゃ!この金持ってな信州松本の在もときむらに帰っておら田地田畑買い戻すだ!」。
「お前今もときむらやと言うたな?」。
「もときむらじゃ」。
「われの村に五兵衛って者は知らねえか?」。
「お前何でおとっつぁんの名前知ってんねん!」。
「じゃあおめえは武助か?」。
「心安う抜かすな。
泥棒野郎に知り合いはないわい!われ村の者か!?」。
「おめえの兄に虎五郎という者がいたはずだが」。
「その名前を言われると情けない。
虎兄さんな年貢の金つかんでどっかへ消えてしもうたんじゃ。
とっつぁんそれ払うために先祖からもろた田地田畑全部売り払うてしもてな。
おらなそれを買い戻すために一生懸命10年の間一文も使わずに働いてためた金がこの金じゃ!」。
「武助すまねえ…。
俺がその虎五郎だ」。
「えっ!お前兄さんか!情けねえな。
とっつぁんがいつも言うていなされたぞ。
『虎五郎は今頃泥棒になってるに違いない』と言わっしゃったが立派な泥棒になって…。
ホントに情けねえなあ!兄さんよ兄さん。
俺が今から言う事をな耳で聞かずに腹で聞けよ。
とっつぁまが亡くなる時になあれだけ愚痴一つ言わなかったとっつぁまがなうわごとのように何か言うていなさる。
「何かいな?」と口に耳近づけるとな蚊の鳴くような小さな声で苦しい息の下から『虎が虎が虎が…』と何べんも言うていなさった。
それ聞いてわれはどう思うたんじゃ!このバカ者めが!」。
「武助すまねえ…」。
虎五郎何を思たのか枕元にあった刀をギラッと抜き自分の胸にブスッ!「兄さん!お前なんちゅう事を!」。
「武助。
俺は今からとっつぁまに謝りに行ってくるよ。
ひでを頼む」。
グサッ!ガクッと息絶えます。
話を聞いてみますとこのおひでさんかわいそうな人で信州上田の道具屋吉右衛門さんのお嬢さん。
山王さんお参りの帰り道に迷いまして「教えてやろう」とだまされて山へ連れ込まれ逃げようとすると「両親を殺すぞ」と脅されてぐっと我慢をしてきたそうです。
後始末を済ませましておひでと共に信州上田へとやって参ります。
信州というたらねあの有名な史上最強の力士雷電為右衛門が出たと。
今でも相撲の巡業があってねいろんな催しもある。
あるお相撲取りがレモン持ってグッと搾って「ここから一滴でも汁が出たら1万円やる」。
力自慢が出てやったけど相撲取りが搾ったって出えへん。
そこへちょっと痩せた中年の男の人がトコトコトコと出ていくなりレモンをつかんでグッと搾ると汁がポタポタと2滴落ちた。
「すごい!あんたお仕事は?」。
「へえ税務署員でんねん」。
(笑い)今日はいてはらしまへんやろな?これは架空の話ですからね。
税務署員の方は一生懸命働いてらっしゃいますから。
信州上田道具屋吉右衛門さんに会いますと「娘は死んだものだとばかり思うておりました。
あなた様は娘の命の大恩人。
こんな泥棒の家内に成り下がった女ではございますがよかったらもらってやって頂けませんか?」。
それならばとおひでさんに聞いてみますと「武助さんの心に従います」。
さあそこで三々九度の杯を交わしまして新婚夫婦手に手を取って信州松本在もときむらに戻りまして田地田畑を買い戻しこれから2人が一生懸命力を合わせて働いたので近郷きっての大地主となり2人は幸せな生涯を送りました…とさ。
(笑い)「善悪双葉の松」という一席。
本日はどうもありがとうございます。
(拍手)さてここからは先ほど高座を終えたばかりの笑福亭鶴光師匠をお迎えしまして浜口さんと共にお話を伺いたいと思います。
鶴光師匠お疲れさまでした。
お疲れさんでした。
もうね私ずっと東京の寄席も今出てまっしゃろ?こういうでかいとこ出るとホンマえらい緊張しまんな。
緊張しはりますか?やっぱこう…何とも言えんみんなが僕を見てるような気が…。
全員見てまんねん。
今日はまた珍しい話を聞かせてもらいましたな。
これは僕の弟子に学光ちゅうのがおりましてねこの友達に旭堂南鱗さんというのがいてるんですよ。
これは上方の講釈師ですな。
講釈師。
これが結構いろいろネタを交換しよるんですよ学光と。
でそれを私が聞いとって俺も仲間に入れてくれやと。
なるほど。
今回のネタもホントは「名刀捨丸」という名前でもやってるんですけど案外東京ではやってないです。
そうですね。
これ私ら「善悪二筋道」というタイトルで聞いた事ありますわ。
これは神田松鯉さんという東京の重鎮の講釈師。
「先生何かええ名前おまへんか?」。
これ初め「善悪分かれ道」やった。
「ぶっ飛んでんな。
『名刀捨丸』っていうのは?」。
「それやると何かいかにも…」。
「じゃ歌舞伎っぽいのでどう?」。
「あいいですね」。
「『善悪双葉の松』」。
「ありがとうございました」。
こんな事聞くと失礼かもしれまへんけど何で松鶴師匠を師匠に選ばはったんですか?六代目松鶴師匠。
あのね松鶴という名前がね松に鶴って縁起がよろしいやんか。
米に朝よりよろしいんか?そんな事言うたら…。
あの米朝師匠にはもうすごい世話になってるんですよ。
仁鶴師匠があの時僕ら大ブームの時でしたから。
もうすごかったです。
「何やかんやわん!どんなんかなァ」…。
知ってる?その時はまだ私生まれてなかったんですけどもでも知ってました。
結局あの当時仁鶴さん三枝さんやすきよさんというのが出てきたおかげでお笑いがもうグ〜なってそのおかげで我々が引きずられるように上がっていったんやから。
師匠なぜあまりテレビにお出にならなかったんですか?噺家という仕事がなかったんよ。
え〜?劇場とか…。
結局劇場いうたってほとんど漫才やもん。
大阪は特にね。
噺家って前から3番目と後ろから3番目のこの2か所しかない訳。
我々はここへ出られへんからどうしても前の3番目を皆で狙う訳や。
取り合いですわな。
師匠は現在みたいにこんだけ上方落語が盛んになると思うてはりました?大阪弁の落語がここまで東京で受け入れられるとは思わなかったね。
昔の小南師匠とか小文治師匠は苦労したでしょうな。
大阪弁が外国語みたいに思われてますもんな。
考えたら。
大阪弁そのものを師匠は伝えましたやろ。
つまり落語より前におもろい鶴光っていうエロなおっさんがいてるって。
そうそう。
深夜の番組でね。
だからいまだにみんなが「何とかでおま」とかそんな言葉なんてね鶴光が作った言葉やねん。
今若い子が言う?「浜口でおま」とか言う?あんまり言わないですね。
言わないでしょ?そういう言葉を作ってしもてだから作ってしもたはええけど大阪弁というのは東京で会った時にものすごく柔らかく感じるんですって。
確かに。
関西弁はすごい温かみがありますもんね。
浜口さんからなんぞ質問があったら師匠に。
師匠はいつもどちらで練習されてるんですか?練習っていうのはね…。
案外新幹線僕使うでしょ?飛行機乗らないから。
新幹線の中でずっとネタ繰ってたらそのうちにすっと寝てまうのよ。
寝てまうんですか?また起きて同じとこばっかりがうまくなって…。
僕は絶対に電車しか乗らないですしねうちの師匠が言うてました。
先輩が。
やっぱりね年いってくると車使てると脚が弱ってくるから噺家は膝と脚が大事や。
歩け歩けって。
歩く速度と落語のネタのテンポが合うねや。
浅草演芸ホール行く時に上野で降りて1時間歩くねん。
え〜!結構な距離ですよ。
ネタ3本頭の中に…。
最後に師匠にテレビ見てはる皆さんになんぞコメントをお願いします。
僕東京で今寄席やってますけどやっぱりね関西へ帰ってくるとホッと自分の居場所を見つけたという感じがしますね。
ですからまた今後とも一生懸命上方落語頑張っていきますんで皆さんも応援して下さい。
私東京に住んでるんですけども久々に関西弁というか上方の落語を聞くとすごい癒やされるんですよね。
今日は楽しい時間ありがとうございました。
それではまたお目にかかりましょう。
さよなら。
2014/05/09(金) 15:15〜16:00
NHK総合1・神戸
上方落語の会・選「善悪双葉の松」笑福亭鶴光、ゲスト・浜口順子[字]

「善悪双葉の松」笑福亭鶴光▽NHK上方落語の会(26年3月6日)から▽ゲスト:浜口順子(タレント)、ご案内:小佐田定雄(落語作家)

詳細情報
番組内容
NHK上方落語の会から笑福亭鶴光の「善悪双葉の松」をお届けする。他にイベントとしての落語会に出演したこともあるというタレントの浜口順子が、東京でも活躍する鶴光のとっておきの話をインタビュー。▽「善悪双葉の松」信州松本の武助という男が奉公して貯めたお金100両を持って、故郷に帰ることに。途中で道に迷い出会った男が、実は盗賊、捨丸であった…。▽ご案内:小佐田定雄(落語作家)
出演者
【出演】笑福亭鶴光、浜口順子【案内】小佐田定雄
キーワード1
落語

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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