10月7日、在特会らによるヘイトスピーチ街宣に対して街宣の禁止と1226万3140円の損害賠償を命じる判決が京都地方裁判所で出されました。
「学校が北朝鮮のスパイを養成している」
「学校の児童の保護者は密入国者である」
と客観的事実に反する事実を摘示する方式のものと、
「朝鮮やくざ」
「日本からたたき出せ」
「ぶっ壊せ」
「端のほう歩いとったらええんや」
「キムチ臭いで」
「約束というのはね、人間同士がするもんなんです。人間と朝鮮人では約束は成立しません」
「保健所で処分しろ、犬の方が賢い」
「ゴキブリ、ウジ虫、朝鮮半島へ帰れ」
「朝鮮部落、出ろ」
「チョメチョメするぞ」
「ゴミはゴミ箱に、朝鮮人は朝鮮半島にとっとと帰れー」
「朝鮮人を保健所で処分しろー」
「糞を落としたらね、朝鮮人のえさになるからね、糞を落とさないでくださいね」
「朝鮮メス豚」「朝鮮うじ虫」
「日本の疫病神、蛾、うじ虫、ゴキブリは朝鮮半島に帰れ-」
「ぶち殺せ-」
という下品で侮辱的な差別発言に整理して認定しているようです。
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こういった発言を見ると名誉毀損罪という言葉が思い浮かぶ人も多いと思いますが、「事実」として一定の事柄を指摘している前者の発言は名誉毀損罪にあたる可能性がありますが、後者は侮辱罪にあたる可能性があるに過ぎません。
後者の差別発言の方が前者よりもより不快でより相手を傷付ける内容のように感じますが、実は刑法上の罪の重さは侮辱罪の方がはるかに軽いのです。名誉毀損罪は懲役刑もありますが、侮辱罪は拘留と科料のみで刑法典の中では最も軽い罪です。
名誉毀損も侮辱も不法行為(民法709条)にあたる民事上の賠償責任を負わせられることがあり得ますが、実際の賠償額を認定するにあたって刑法上の罪の軽重を全く無視するわけにはいかないように思います。
この事件では計3回の街宣とネット上での動画公開について1226万3140円と名誉毀損に関する事件としては比較的高額な認定をしていますが、この高額認定等をするのにあたって人種差別撤廃条約の解釈適用を行っています。
判決理由では「第3人種差別撤廃条約下での裁判所の判断について」と独立した章がが立てられていてここで、
人種差別撤廃条約2条1項は、締約国に対し、人種差別を禁止し終了させる措置を求めているし、人種差別撤廃条約6条は、締約国に対して、裁判所を通じて、人種差別に対する効果的な救済措置を確保するよう求めている。これらは、締約国に対し、国家として国際法上の義務を負わせるというにとどまらず、締約国の裁判所に対し、その名宛人として直接に義務を負わせる規定であると解される。
このことから、わが国の裁判所は、人種差別撤廃条約上、法律を同条約の定めに適合するように解釈する責務を負うものというべきである。
人種差別行為による無形損害が発生した場合、人種差別撤廃条約2条1項及び6条により、加害者に対し支払を命ずる賠償額は、人種差別行為に対する効果的な保護及び救済措置となるような額を定めなければならないと解される。
としています。
つまり、人種差別撤廃条約が直接裁判所に義務を負わせること、そしてその結果、人種差別行為により損害を発生させた場合人種差別行為を伴わない場合よりも高額な賠償を認定する義務が裁判所にあるとしたわけです。
この裁判が今後どういう展開になるのかわかりませんが、少なくとも人種差別を伴う名誉毀損行為に認定される損害額が高額化する傾向になるではないかと思われます。仮に高裁や最高裁でもこの部分の解釈論が維持されれば、その傾向はより強固なものになると思います。
不法行為の損害認定は本来裁判所の自由裁量で決めることができるので、京都地裁判決が「第3人種差別撤廃条約下での裁判所の判断について」と独立した章を設けて条約の解釈論を展開しなくても、同じ結論を導き出せなくはないかも知れませんが、人種差別撤廃条約の解釈と適用無くしては、単なる名誉毀損や業務妨害ではなく人種差別(ヘイトスピーチ)にこの事件の本質があるということに迫れなかったものと思います。
本判決はヘイトスピーチ問題について自由裁量に逃げ込まずに条約の解釈適用を含めて正面から法解釈を展開したという意味で画期的なものだと思います。
裁判所に人種差別撤廃条約の締約国としての義務ががあるということは、行政府と立法府にも条約上の義務があることは当然です。
この判決は人種差別行為に関する立法や行政の不作為について露骨な言及はしていないものの、
個人に具体的な損害が生じていないにもかかわらず、人種差別行為がされたというだけで、裁判所が、当該行為を民法709条の不法行為に該当するものと解釈し、行為者に対し、一定の集団に属する者への賠償金の支払を命じるようなことは、不法行為に関する民法の解釈を逸脱しているといわざるを得ず、新たな立法なしには行うことはできないものと解される。条約は憲法に優位にするものではないところ、憲法が定める三権分立原則に照らしても許されないものといわざるを得ない。
と一見余事記載と思えるようなことをまるで司法試験の優秀答案かのように丁寧に噛み砕いて書いているあたりは、人種差別撤廃条約締約国としての義務履行に消極的な立法や行政に対する皮肉とも読めます。
もちろん、日本は人種差別撤廃条約の締結時に4条(a)及び(b)を留保することで人種差別の犯罪化を避けているわけです。
人種差別撤廃条約第4条
(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。
(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。
この留保は表現の自由(憲法21条)との整合性を理由にされることが多いようですが、ここは21条原理主義で思考停止に陥っているのではないかと思います。
今回の判決に対する新聞の社説には判決内容について概ね肯定しつつ、まるで司法試験予備校の論点ブロックカードを吐き出したみたいに表現の自由(憲法21条)との対比で書かれているようなものもあるみたいですが、一定のわいせつ表現や名誉毀損表現を刑法で処罰対象としても、憲法21条に違反しないことについては異論がないわけです。
特にわいせつ表現なんかは、特定の個人の利益を侵害するわけではないが、社会の健全な性的風俗を侵害するものとして犯罪化されているわけです。その比較から考えても、特定の集団に対して、都市の大通りで「ゴキブリやうじ虫」「殺せ」と叫ぶヘイトスピーチが社会全体の利益を侵害していないと言い切ることはできないと思います。
ヘイトスピーチに対して全く法規制をしないという不作為自体によって失われる社会の利益があるということについて、この判決を通じて改めて考えさせられました。
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