日本人からすると大げさすぎて、逆に「嘘っぽく」見えてしまう感情の出し方。そうでないと伝わらないということであれば、韓国と日本が「慰安婦問題」ですれ違うのは、「謝罪」に関する双方の認識に大きな隔たりがあるのかもしれない。
また、室谷氏は被害者家族が政府に強く謝罪を求めることに関して、次のように指摘する。
「今回は、犠牲者の家族が『どこも悪くない被害者=絶対の強者』と社会認定されている。その家族の中では、政治的反体制派が主導権を握っていると思われます。彼らは、事件を機に朴槿恵体制にダメージを与えることを目指しているのでは。 労働運動を見れば明らかな通り、『棺(ひつぎ)を担いだデモ』の文化がある国ですね」(室谷氏)
こうした世論の逆風を見て、朴大統領の反日的な外交は変わるだろうか。
「基本的に当面は変わりようがない。ただ、『争点そらし』が見え見えの扇動はしにくくなるでしょう。8・15光復節に、『国会改造』論と絡めて、どんな対日歴史の“教訓”を述べるかが焦点です」(室谷氏)
報道に垣間見える「素顔」の真偽
悲劇を機に韓国社会は変われるか
今回の悲劇的な事故は、日本人が深く知らなかった韓国社会の「素顔」を改めて浮き彫りにし、韓国と日本の違いを感じさせたとも言える。
これまで見てきたように、報道でクローズアップされた彼らの「素顔」には、おおむね正しいものと誇張されたものがあることがわかる。もちろん、悲劇に見舞われた遺族や彼らに同情する韓国人たちが、事件の背景にある社会の歪みに対して怒りを覚え、批判をし、謝罪を求めることは当然のことである。ただ、せっかく盛り上がった問題意識が、それだけで終わってしまっては、失われてしまった尊い命は報われない。
今後は事件の教訓を生かして、自らの社会を改革していく気持ちをどれだけ持つことができるか、そこが焦点となるだろう。隣国の我々としても、目が離せない問題だ。同じ過ちを自国で起こさないよう肝に銘じるべきだし、両国間の政治的・外交的な問題ばかりに囚われることなく、客観的な視点で韓国社会の変革を応援する気持ちを持ちたいものである。