BORDERの作り方〜脚本・金城一紀WEBコメンタリー

第1回 発現2014年4月10日

――制作のそもそものきっかけはどんなものだったのでしょう。 ずっと小栗旬という俳優に興味があったんです。加えて、共通の友人から小栗君の良い評判をたくさん聞いていたので、一緒に仕事をする機会を窺っていました。それで、小栗君に合うようなプロットをいくつか考えて、その中からこの『BORDER』という作品をピックアップし、テレビ朝日さんに売り込みをかけました(笑)。 ――石川のキャラクターは小栗さんの当て書きとのことですが。
そうです。実年齢や容姿も含めて、人物像については小栗君をイメージして作りました。ただ、企画を立てた段階ではまだ小栗君に会ったことがなかったので、あくまで僕のイメージということですが。石川は初回の冒頭で嫌なキャラとして登場するのですが、小栗君は、「金城さんのイメージでは、俺はこんなに嫌なやつだったのか」とショックを受けたそうです(笑)。実際はそういうことではなく、キャラの振り幅のためにそういう設定にしただけのことです。念のため(笑)。
今回は小栗君に限らず、早い段階で役者さんが決まっていたので、非常に書きやすかったです。僕は脚本を書く時に、頭の中で役者さんたちを動かしたり、時には自分で役者さんの声色をマネしてセリフをしゃべってみたりもするので、そういう意味でも配役が決まっていたのは楽でしたし、書いていて楽しかったですね。
――石川が第一話冒頭で口にした「死にたくない」というセリフ。無為に日々を過ごしていたかに思える彼が、その境地に至った理由は?
死というのは、誰しもに一度しか訪れないもの。それは経験しなければ分からない世界ですよね。石川の場合、文字通り生死の境をさまよった経験が、生への渇望を目覚めさせた。その前までは、死者の気持ちなんてまったく分からず、目の前の遺体は刑事としてのノルマに過ぎなかった。ですが、石川は死を体験したことによって、大事なことに気づいたんです。実際、死に直面したら、こんなにも死にたくないものなのか、と。美しい走馬灯が見えるわけでもなく、ただ暗闇が襲ってくる感覚。その経験が、以降の石川の捜査への取り組みに、大きな影響を与えることになる。これまで事件の要素としか捉えていなかった殺された人たちが、そういう思いを抱いて死んでいったんだと体と心で理解したことで、石川はさらに捜査にのめり込んでいく。その境地に至ったからこそ、彼は違法な捜査、いわばダークサイドに足を踏み入れていくことになるのです。 ――一度死にながら奇跡的に生還を遂げた石川。何が彼の命を繋ぎ止めたんでしょう? それは石川の意思かもしれないし、天から与えられた使命なのかも知れない。
つい最近、石川というキャラについて僕なりに煎じ詰めて考えていたら、石川ってロボコップ(1987年版)のようなものだと思ったんです(笑)。あの映画で、ロボコップはキリストのメタファーになっている。一度死んで復活するという部分もそうだし、手を撃ち抜かれるシーンは磔の暗喩で、ラストシーンでロボコップが水の上を歩くのもキリストが起こした奇跡と通じる。特殊な能力を持った救世主という意味で、石川はロボコップだし、ひいてはキリストと重なる。キリストにおける病人を癒す力が、石川の場合は死者の無念を晴らす能力なのかなと思いました。まぁ、かなりこじつけっぽいですけど(笑)、僕の中ではかなり納得がいきました。そんなわけで、石川はこれまでの日本のドラマになかったような重い十字架を背負ったキャラになったと自負しています。
――「人は死んだらどこに行くんだろう」というセリフも印象的。 人類共通のクエスチョンですよね。ただそれは、死者がどこに行くのかというより、生者の中に彼らの無念や記憶が残るということだと思うんです。石川はそれを守るために戦う。人にはそれぞれ死生観があって、もしかしたら死者は意識体として残っているのかも知れないし、石川の中だけの単なる幻想かも知れない。それは謎のままにしておきたいんだけど、その設定はあながち完全なフィクションというわけでもないと思うんです。人間の脳はまだ完全に解明されているわけではないですから、死を経験することで、普段使っていないスイッチが押されて、かつて人間が持っていた能力が発現することもあるんじゃないかと。ひとつだけ確かなのは、頭の中に残っている銃弾のせいで石川にはまだ「死ぬかもしれない」という切迫感があって、死を身近なものとして感じているということ。だからこそ、石川は“命”という一番大切なものを簡単に奪う人間を絶対に許せないんです。 ――明らかに年下の比嘉にさえ敬語で話そうとする実直な石川。しかし、赤井に対してだけは厳しい態度で接している。その心理とは? やはり、赤井が“犯罪者”側の人間だからでしょうね。石川は、刑事という職業に対して、ものすごく神聖なものを求めているので、犯罪に少しでも加担している人間に対しては、ああいう態度を取ってしまう。もっと言えば、そういう態度を取るのは、彼の自己嫌悪のあらわれでもあるんです。本来ならずっと光の射す場所で刑事として活躍するはずだった自分が、死者の無念を晴らすためにダークサイドに落ちなければならなくなる。その自己嫌悪が赤井に向かっているんです。人の本質を見抜く目が肥えている赤井はそれをおぼろげに分かっていて、広い心で受け止めている。石川は、それに甘えているんです。ある意味、疑似的な親子関係で結ばれているんですね。 ――赤井の方は、石川をどう思っているんでしょう? 自己嫌悪をあからさまにぶつけてくる石川を、いいやつと思っているはずです。赤井に寄って来る刑事に、そういう人間はいなかったでしょうから、逆に一線を引いてくるような人間は信用できる。第一話で初めて石川と接した赤井が、最後に「合格」と言ったのは、石川をテストして、対等に付き合っていい人間かを判定したということ。人の嫌な部分を散々見てきた赤井だけに、石川の際立った高潔さを一瞬で見抜いたということだと思います。 ――比嘉の特別検視官という設定について。
日本の場合、現場で遺体を見る“検視官”と、医局で解剖にあたる“検死官”とが別れていて、そこにいろいろ問題がある。最悪、殺人事件を見落とすことがあるかもしれない。アメリカには、そのふたつの役割を一人が担う制度があるんですけど、この作品内では、比嘉が日本で初めて導入されたそのモデルケースという設定になっています。 ――比嘉の性格に関しては、どんな設定があるんでしょう? 男社会では、事実として分かっているのに、“場を読んで”あえて言いたいことを言わないなんてことが往々にしてありますよね。でも比嘉の場合、科学者の立場で事実は事実としてはっきり言う。とはいえ、彼女は科学万能主義ではない。今の科学では解明しきれない不可解なこともあると分かった上で、事実に関しては誰に対してだろうと絶対に曲げない。そういう性格です。裏設定としては、比嘉のおばあちゃんは沖縄のユタ(巫女)で、自分にその能力が受け継がれていないことを、実はちょっと悔しく思っている。身近にそういう不思議なものを見ているからこそ、目に見えないものに対して頭ごなしに否定することはない。いつかスピンオフができれば、彼女の過去も描いていきたいですね(笑)。 ――第一話では、最後に若い女性が死者として出てきました。石川は、「あなたを殺したのは誰ですか?」と問い掛けますが、実はその後の物語は描かれず、第二話はまったく別の話になるんですよね。 そうですね、あのエピソードが、第二話の冒頭に繋がるということではありません。僕は、個人的にあまり親切に何でも説明し過ぎるのはどうかと思うんです。観終わった後に異物感が残るというか、ドラマを見てベッドで眠りに落ちるまでストーリーに描かれなかった部分をずっと想像してしまうような、余韻のあるラストを残しておきたい。僕ら作り手は、視聴者の心の中に小石を投げる役だと思っているんです。その小石の密度が高ければ高いほどすーっと波紋が広がっていって、これまで見たことのなかった場所へと導けることができるかもしれない。だから、僕はできるだけ密度の高い作品を作り、あとは視聴者の想像力に委ねたいと思っているんです。それが一番、作り手と観てくださる方々の関係として美しい形なんじゃないかと。なので、皆さんには第一話の最後から繋がるストーリーを自由に作ってもらいたい。彼女はなぜ殺され、石川はどうやってその無念を晴らしたのか。一話分の物語を自由に作っていただけるとうれしい。今後もそういうイマジネーションをかき立てられるようなラストを提供していきたいと思っています。

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