南シナ海の緊張が高まっている。中国とベトナムが権益を争う海域に中国艦船が集まり、ベトナムの巡視船と衝突した。

 中国は国有企業が現場で石油の採掘を始めると表明し、機材を運びこんでいる。その作業のさなか、中国側が衝突や放水などの行動に出たらしい。

 ゆゆしい事態である。そもそも論争のある海域で、大がかりな経済活動に一方的に着手するのは慎むべきだ。中国側は直ちに作業をやめねばならない。

 現場近くの西沙(パラセル)諸島を中国政府は「わが国の領土」とし、近海での掘削に何の問題もないと主張している。

 しかしベトナムから見れば、自国が主張する排他的経済水域の完全な内側だ。西沙は中国が実効支配するが、ベトナムも領有権を主張している。一方的な通告で済む話ではない。

 南シナ海は多くの国々の利害がぶつかる。島の領有権や経済権益を主張しているのは中越のほかフィリピン、マレーシア、ブルネイ、台湾がある。

 そのなかで中国は、南シナ海のほぼ全域を囲む「九段線」と呼ばれる線を引いている。その性格は不明確で、国際ルールでは説明できない。中国は、その線の内側に排他的な権益があると言わんばかりである。

 南シナ海を管轄するという中国海南省政府が外国漁船の入漁に手続きを義務づける規定を設け、周辺国の反発を招いたのは今年1月のことだった。九段線内での既成事実を積み重ねる狙いがあるのではないか。

 ともに共産国家の中越だが、戦火を交えたこともあって歴史は複雑だ。それでも90年代には陸続きの部分とトンキン湾について、境界線画定の共同作業に時間をかけ、合意に達した。

 当時、南シナ海部分の同時解決はできなかったが、それは両国関係に悪影響を及ぼす争いを避ける知恵だったはずだ。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国の間では02年、南シナ海問題の平和的解決をめざす行動宣言で合意し、具体的な行動規範づくりに取り組むことになっている。今回の中国側の行動はそうした国際公約を踏みにじるものでもある。

 米国政府は早々に懸念を表明した。南シナ海全域で航行の自由の原則が阻害されかねない重大な問題とみるからだ。

 このままではアジアの海が力と力のぶつかり合いの場になってしまう。それは誰の利益にもならない。まずは事態悪化を招いた中国が退かなくてはならない。ベトナムにも冷静な行動を望みたい。