【午後6時30分】立会人の井上九段が「封じ手の時刻となりました」と告げると、手番の森内名人はすぐに封じる意思を示した。いったん別室に移り、封じ手となる59手目を用紙に記入して封入。対局室に戻り、その封筒を井上九段に手渡して1日目を終えた。

 持ち時間各9時間のうち、消費時間は森内名人が3時間15分、羽生挑戦者が4時間42分。9日午前9時に再開する。

■挑戦者、猛攻開始か

 【午後4時20分】後手の羽生挑戦者が急戦矢倉を採用した本局。両者が対戦した2年前の名人戦七番勝負第3局と同じ展開をたどっていたが、その時敗れた羽生挑戦者が手を変えた。午前中は猛スピードで手が進んだが、一転して午後は超スローペースになっている。

 2時間9分の長考の末、羽生挑戦者は△8四角を放つ。敵陣ににらみをきかし、攻めを狙った手だ。攻撃態勢を整える後手に対し、森内名人は▲7九玉から▲8八玉と玉を固める。「どうぞ攻めてきてください」と言っているかのようだ。

 副立会人の豊川孝弘七段は「羽生挑戦者が猛攻を開始しようとしている局面です。森内名人がその攻めを封じ込められるかどうかがポイントです」と話した。

■沈黙と爆笑

 【午後3時30分】1時間20分ほど観戦した歌人の永田和宏さんが控室に戻ってきて、棋士たちの検討をのぞき込んでいる。対局室では羽生挑戦者の大長考と△8四角の一手を見て退室した。

 観戦の感想を聞くと、「静寂や沈黙というのは無。何もないのに、こんなに痛いもんだと思わなかった」という。「無が圧倒的な量を持って押し寄せてくる感じ。ヒリヒリ、ピリピリとして、見ているこちらの頭が痛くなるようだった」

 午後1時半から始まった大盤解説会には、すでに80人ほどが入場。長考合戦で局面が動かなくなり、井上九段と豊川七段が軽妙な語り口による解説で来場者を笑わせている。

 「この手は、間に合わじ(淡路仁茂九段)……」「これは、青野取るいち(青野照市九段)!」。ふたりは偉大な先輩棋士の名前を使ってダジャレを連発している。

■挑戦者が大長考

 【午後2時55分】午前中の速い進行から一転、羽生挑戦者が大長考に沈んだ。昼食休憩をはさみ2時間9分費やした48手目は△8四角を着手。ここから前例のない局面に入った。

 まもなく午後3時になり、両対局者におやつが出された。名人がロールケーキ「メイヤーロール」と紅茶、挑戦者がどら焼き「たけおどら」と抹茶を注文した。ロールケーキには武雄の新しい特産品レモングラスが練り込まれている。さらに旅館側はフルーツ盛り合わせ(メロン、マンゴー、リンゴ)も両者に提供。盛りだくさんのおやつを味わいつつ、今度は名人が熟考している。

■対局再開

 【午後1時30分】立会人の井上九段の合図で対局が再開。手番の羽生挑戦者が先に入室。うつむいて、まだ考えている。少しして森内名人も入室したが、すぐにまた席を外した。

 対局室の盤側には、朝日歌壇で選者を務める歌人の永田和宏さんが着座。両者の様子を見つめている。

■昼食休憩

 【午後0時30分】羽生挑戦者が48手目を考慮中に1日目の昼食休憩に入った。消費時間は森内名人が47分、羽生挑戦者が2時間16分。

 森内名人の昼食は地元・カイロ堂の「極上カルビ焼肉(やきにく)弁当」。佐賀牛の霜降りカルビを使った弁当で、冷めても柔らかい食感が楽しめる。今年の第10回九州駅弁グランプリで優勝に輝いている。

 一方の羽生挑戦者はちゃんぽんを注文した。地元の人気ラーメン店・宝龍軒のものだ。ちゃんぽんは隣県・長崎が有名だが、武雄の名物でもある。特徴は地元の野菜をたっぷり使ったところ。麺の上に野菜が山盛りになっている。

■猛スピード

 【午前11時30分】今シリーズ初の矢倉戦は、開始から2時間半で45手と猛スピードで進んだ。森内名人が敵陣に馬を作り「香得」に。43手目までの進行は、両者が2年前に戦った第70期名人戦の第3局と同じ。この時は先手の森内名人が勝っている。

 本局は44手目で羽生挑戦者が手を変え、矢倉囲いの中に自玉を入城させた。森内名人も取った香を自陣に打ち、互いに玉の守りを固めている。

■温泉のまち・武雄

 佐賀県での名人戦は14年ぶり4回目。前回は2000年、第58期(佐藤康光名人―丸山忠久八段戦)の第3局で、今回と同じ武雄市での開催だった。

 2回連続の名人戦対局地となった武雄市は、佐賀県の北西部に位置し、「温泉と陶芸のまち」として知られる。温泉は1300年の歴史を持つ古湯で、温泉街の奥にはシンボルの朱色の楼門が立つ。竜宮城のような構えは、東京駅を設計した辰野金吾の手によるもので、国の重要文化財に指定されている。

 その楼門の前にある旅館「湯元荘東洋館」が本局の対局場。かつて豊臣秀吉による朝鮮出兵の際には武士たちが疲れや傷を癒やし、江戸時代には剣豪・宮本武蔵も立ち寄ったと伝わる名宿だ。

 武雄の街中の至る所には、「名人戦歓迎」ののぼりや横断幕が掲げられている。7日の前夜祭で、両対局者とも「素晴らしい舞台を整えていただいた」と感謝の言葉を述べていた。

■戦型は矢倉

 7日夜、武雄市内のホテルであった前夜祭は、将棋界のスーパースターとじかに交流できるとあって、約250人が集まる盛況となった。佐賀市神野西1丁目の公務員中西正幸さん(51)は、長男で神野小4年の俊太郎君(9)と参加。2年前に将棋を始め、今では毎日のように親子で対局するという俊太郎君は「将棋は逆転できるところが面白い」。羽生挑戦者と写真に納まり笑顔を見せた。

 両対局者が退出した後、解説棋士らが見どころを紹介した。戦型について、副立会人の豊川孝弘七段は「(第1、2局と同じ)相懸かりになると思います」、記録係の折田翔吾三段は「矢倉」と予想。もう一人の副立会人の佐藤天彦七段は「森内名人が負けると一気に追い込まれる。熱い戦いになるでしょう」と話した。

 勝敗予想にまで踏み込んだのは大盤解説担当の中田功七段だ。「森内さんが勝つと思います」とズバリ。その理由を「勝たねばいけない時に勝つのがトップ。いずれにしても大変な将棋になると思います」と語っていた。

 大舞台に使われる将棋盤は2008年5月、同じく森内名人と羽生挑戦者が戦った第66期名人戦第3局(福岡市)で使われたものだ。

 対局開始から1時間、注目の戦型は矢倉に進んでいる。立会人の井上九段が「流れを変える意味でも、名人は得意の矢倉でということですね」と語ったところで、羽生挑戦者が18手目で△5三銀右と上がった。矢倉は矢倉でも、じっくりとした相矢倉ではなく、急戦矢倉を目指した。

■第3局始まる

 【午前9時】森内俊之名人(43)に挑戦者の羽生善治三冠(43)が2連勝して迎えた第72期将棋名人戦七番勝負(朝日新聞社、毎日新聞社主催、大和証券グループ協賛)の第3局が8日、佐賀県武雄市の湯元荘東洋館で始まった。

 午前9時、立会人の井上慶太九段が「定刻になりましたので、森内名人の先手でお願いします」と対局開始を宣言。報道陣のカメラのシャッター音が響く中、森内名人は初手▲7六歩と角道を開けた。羽生挑戦者は△8四歩と応じた。互いに飛車先の歩を突いて「相懸かり」となった第1、2局とは違う戦型に進みそうだ。

 持ち時間は各9時間。対局は8日夕に封じ手、9日朝に再開して同日夜までに決着する見込み。森内名人が1勝を返して反撃開始ののろしを上げるか、羽生挑戦者が一気の3連勝で奪取に王手をかけるか。大きな一番だ。(深松真司)