憲法9条にノーベル平和賞を―。神奈川県座間市の主婦が昨年5月にネット上で始めた呼び掛けだ。
意表を突くアイデアは、世界に誇れる憲法の重みを再確認させてくれる。
共感が広がったのも、うなずける。8月には地元の「九条の会」などの協力で実行委員会が発足した。平和賞への推薦を資格のある人に依頼したり、後押しのために署名を集めたりしている。
実行委の共同代表、落合正行さん(81)=座間市=は故郷の諏訪市できょう、憲法記念日の集まりに合わせて署名を募る。
<既定路線のように>
ネット上を含め、これまでに集まった署名は5万2千人分を超える。平和賞という目標の実現もさることながら、取り組みを通じて憲法への関心を高めてもらうことに意味がある。落合さんは、そう考えている。9条は「人類が到達した英知」だと強調する。
それだけに、安倍晋三首相が目指す集団的自衛権の行使容認への危機感は強い。
行使容認に向けて首相が設けた有識者懇談会は、今月中旬にも報告書を提出する。これまで政府が憲法解釈上、許容されるとしてきた「必要最小限度」の実力行使に集団的自衛権も含まれると主張する方向だ。
私的諮問機関の意見であり、解釈変更のお墨付きになるものではない。にもかかわらず、行使容認を既定路線とした政府の動きが加速している。報告書を先取りする形で自衛隊法などを改める準備が進む。官邸や自民党は秋の臨時国会で成立させたい考えだ。
<ひとたび認めれば>
集団的自衛権は、密接な関係にある国が攻撃されたとき、自国への攻撃と見なして武力行使する権利だ。例えば、米軍が攻撃されたら、日本は直接攻撃されていなくても自衛隊が反撃する。
歴代政権は、日本への武力攻撃を自衛権発動の要件とすることで自衛隊と9条との折り合いを付けようとしてきた。集団的自衛権の行使は、これまでの憲法解釈の土台を突き崩す。容認できる余地がないのは明らかだ。
批判をかわそうと、政府や自民党はここに来て、「限定容認」論を持ち出している。公海上で米艦が攻撃された場合の自衛隊による反撃など具体的にケースを絞って「必要最小限度」の実力行使に含めようというものだ。
他国を守るとなると、自衛隊の出動は、その国の事情に左右される。憲法上可能となれば、どんなケースを「必要最小限度」に含めるかは、政府の判断次第だ。縛りはゴムひものように伸縮自在になる。米国の求めで広げざるを得ないといった場面も考えられる。
これまでとは違い、いつ日本が争いの当事国になってもおかしくない状況になる。海外での自衛隊の交戦が現実味を帯びる。
解釈変更の先に首相が見定めるのは改憲だ。1年前には、96条が定める憲法改正要件の緩和に意欲を示していた。憲法に縛られる側が自らに都合よくルールを変えようというやり方は、強い批判を浴びた。その後、解釈改憲へ路線を転じている。
安倍政権は既に、平和主義の象徴だった「武器輸出三原則」を撤廃した。禁輸の原則に対し、歴代の政府が例外を増やしてきた。その既成事実の上に、ルールを明確にするとの理屈で輸出拡大の新原則を決めた。早速、共同開発などの動きを活発化させている。
集団的自衛権の行使に道を開けば、9条も同じ展開をたどりかねない。自衛隊の活動を拡大して憲法の規定と実態を懸け離れさせた上で、現状に合わせる形で改憲を主張する可能性がある。
政府は、閣議決定で憲法解釈を変更する考えだ。民意を問うことなく、事実上の改憲を進めようとしている点も見過ごせない。
<国民の不断の努力で>
「9条にノーベル平和賞を」の実行委は、「日本国民」への授賞を求めている。賞を受けられるのは個人か団体で、9条は対象にならない。そのため、70年近く平和憲法を守ってきた国民を候補者とすることにした。
憲法12条の規定を思い起こさせる。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」
できることから始めたい。平和賞への推薦のほかにも、各地で九条の会が学習会を開くなど地道な取り組みが続いている。きょうは憲法について考える集会なども開かれる。
全国の市町村議会では、憲法解釈の変更に反対する意見書が可決されている。特に長野県内は目立つ。地元の議会でまだ動きがなければ、働き掛けるのも手だ。
国民を置き去りにしたまま、突き進もうとする政府の姿勢を許すわけにはいかない。解釈改憲に反対の声を上げていきたい。