「嫌韓・ヘイト本」ブームを終わらせるのは誰?

2014-5-7 水曜日

 朝日新聞に「売れるから『嫌中憎韓』」という記事が掲載されたのは、今年の2月11日でした。
この中で、都内の三省堂書店神保町本店が 「1階レジ前の最も目立つコーナーに刺激的な帯のついた新書が並ぶ」と紹介されましたが、書店営業されている方には、どの店でも馴染みの光景ではないでしょうか。
 実際、アマゾンで「嫌韓」を検索ワードにすると400件以上の本がヒットします。なかには、『ネットと愛国』(安田浩一)や『その「正義」があぶない』(小田嶋隆)といった、嫌韓ムードに異議をとなえる本も含まれますが、ざっと200点以上の嫌韓本や韓国や中国への偏見を増長するようなヘイト本が稼働しているようです。

 しかし、どれを「嫌韓・ヘイト本」と呼ぶかは、人によって一様ではありません。
 たとえば、小社が3月に刊行しました『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(加藤直樹)の営業のために書店を尋ねた際、こんなやりとりがありました。
 朝日新聞の記事でも特に売れている本として『呆韓論』(室谷克実)が上げられていますが、書店員さんに、「ヘイト本に負けたくないので、『呆韓論』の隣に置いてください」とお願いしたところ、その方は「エッ!」と驚いて「『呆韓論』もヘイトですか!?」とおっしゃられました。わたしは、「ザ・ヘイトです」と答えましたが、まったく腑に落ちない様子だったのです。

 また、同じく朝日新聞の記事が伝えるように、『週刊文春』が2013年に発行した49号のうち、「見出しに『中国』『韓国』『尖閣』『慰安婦』などがついた記事は48号に上った」といいます。
 今年になってからも、同誌はパク・クネ大統領の写真に「高齢処女だなんて、キムチ悪いわ」というキャプションをつけて、韓国を揶揄する気分と同時に反日感情を煽っていました。
 まさに「日本最大のヘイト雑誌」と言って過言ではないのですが、同誌を書店の店頭から排除しようという動きは聞いたことがありません。

 ことほどさように、なにが「嫌韓本」で、どれを「ヘイト本」と呼ぶのか、だれもが納得する基準はありません。
 

  さて、ここから宣伝です(笑)。
 小社が、嫌韓・ヘイト本の洪水に一矢報いようと刊行した『九月、東京の路上で』は、初版2000部でスタート。著者とは「10年かけて売り切りましょう」と話していたのがウソのように、2週間で3000部の増刷を決定。それも4月10日には半分以上を出荷したため、3刷を決め、累計1万部を突破しました。
 公称20万部の『呆韓論』などと比べると「微々たる」数字かも知れません。
 しかし、90年前のヘヴィーな出来事を描きつつ、反差別を標榜する本としては異例の売れ行きではないでしょうか?
 これまでに本書は、コラムニストの小田嶋隆さん、ライムスターの宇多丸さん、書評家の豊﨑由美さん、小説家の重松清さんらに紹介されています。
 さらには、くだんの『週刊文春』でさえ、本書を「今週の必読」として紹介しました(4月10日号)。

 また、嫌韓・ヘイト本を派手に展開する書店に対して「おたくは、本ではなく偏見を売るのか?」と強烈な皮肉を言った人がおられたと、ツイッターで拝見したことがあります。
 しかし、「嫌韓・ヘイト本を売る書店が悪いのではなく、作る版元があるのがおかしいのだ」との思いをもつ有志によって、「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会(仮)」が立ち上げられ、フェイスブックページには1ヶ月あまりで700人以上から「いいね!」が寄せられています。

ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会(仮)

 個人的には、賛同版元が協力して「反ヘイト本フェア」を書店に提案できればいいなと思っていますが、嫌韓・ヘイト本をめぐる状況は、明らかに変化しつつあります。

 かつて「臭いものはモトから断たなきゃだめ!」というCMがありましたが、書店をスケープゴートにするのではなく、版元が嫌韓・ヘイト本を作らなければいいのです。
 そして、反ヘイト本をたくさん売って、「こっちの方が売れる」と思ってもらえばいいのです。
 Jリーグでの「JAPANESE ONLY」事件や遍路道での排外貼り紙などもあって、「排外主義は自分たちの社会を息苦しくする」という認識が広まり、世間の潮目は変わりつつあります。行き過ぎた排外主義に賛同する人は、決して日本社会のマジョリティではないのです。
 だからこそ、出版業界から始まった「嫌韓・ヘイト本」ブームを、みずからの手で終わらせるべきだと思います。

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※その後、三省堂書店神保町本店では1Fレジ前の「特等席」に『九月、東京の路上で』が平積みされましたことを付記いたします。
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ころから の本一覧:版元ドットコム


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