あの女(ひと)の器

セクシュアリティとか、ジェンダーとか

愛国LGBT「ビアンだけどシスヘテ男性のフリをしていた」

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「Tが入ったレズビアン

原爆、捕鯨、欧米のアジア植民地支配、極東国際軍事裁判テキサス親父。動画リスト、再生リストに並ぶ動画の数々。YouTube、Hさんのネトウヨチャンネルだ。Hさんがアップしたものもあれば、他のユーザーがアップしたものもある。のめり込んでいったのは2009年ごろ。約1年ほど続いたという。

「初めは愛国とは関係のないチャンネルをやっていたんです。きっかけは日本人をバッシングする在日米国人の動画を見たこと。ペルー人だったんだけど、星条旗をバックに荒々しく喋り、米国の『良さ』を押し付け、『日本人はどうして米国のようにしないの?』と日本人をバカにした、責める内容ばかり。日本のLGBTのフェスを映し、日本のゲイをバカにしている動画もありました。日本をバッシングしている外国人のユーザーはたくさんいて、ある原爆の動画では、コメント欄に英語で『ジャップを殺せ』『ベリーファニー!』などと書き込みがあった。なんだこれはと思いました」。

腹に据えかねたHさんはサブアカウントを作って在日米国人に「日本関係のビデオをもう作るな」「日本を利用するな」と抗議に訴えるも、逆にアカウントの停止処分を受けてしまう。

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「そこからですね。捕鯨の問題、第二次世界大戦のこと、原爆のことなどの動画を集めたり、アップしたりするようになりました。大体の右翼さんは中・韓国嫌いなので、反米系で愛国のチャンネルは当時、どちらかと言えば少ない方だったかもしれない。日本と他国との関係についてあまり知らなかったので、驚愕することも沢山あった。YouTubeで学び直していったという感じ。初めから『愛国心』らしきものがあったのかもしれないけど、そうしているうちにだんだん『愛国心』が強く芽生えていった」。

ネトウヨチャンネルは他のネトウヨにも人気が出た。のめり込んでいる時期は毎日のようにやっていた。やがてネットの中で『愛国日本人』の人たちと関わりを持つようになる。

「『愛国日本人』はそれまで興味がない世界でしたが、日本人や日本が危ない?ことを知って、何かすがるような存在だった」と語る。

しかし、Hさんがリアルで右派、右翼のイベント出るようなことはなく、他のユーザーとの交流も、あくまでネット上での関係だった。

実はHさんには他のネトウヨ仲間には容易に明かせない秘密があった。

「T(トランス)の入ったレズビアンなんです。リバタチかな。ネット上は『シスヘテ男性』(※1)を演じていました。ネトウヨにシスヘテ男性が多いことは予想がついた。自分が女ということは隠したほうがいい。ましてやレズビアンだなんてとても言えません」

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反米でネトウヨ、そして「Tが入ったレズビアン」(※2)それがHさんだった。

それでも、YouTubeで知り合ったとある米国人とシンガポール人(※3)には自分のセクをカムアウトした。同年代の女子だった。反米のHさんを彼女たちは「過激な右翼でないことを嬉しく思う」と受け入れてくれたと言う。

誰にも知られない、知られたくない、ネットの中だけの、ささやかな友情だった。

自分ひとりだった

「自分以外のセクマイが本当にいるのかな?と思ったりする」と言うHさんが暮らしているのは、人口の少ない地方都市だ。日常的にセクマイ同士の出会いは到底望めない。もっぱら「出会い系サイトをぐるぐるしてた」のだそうだ。

「小中は学区が同じだから学年、クラスとも同じ顔ぶれになる。高校は学区は関係なく選べるから学年の人数が少し増えたけど、やっぱり田舎だから顔見知りばかりになる」。

「仲間に気付いて欲しい」という気持ちから、あえて短髪でボーイッシュにしていた。だが「誰にも疑われず、仲間も寄って来ずに…みたいな」毎日だった。

小学校の時、オカマっぽい男子と仲良くなったが、中学校に上がって、あろうことか彼が自分の友達と付き合い始めショックを受けた。バイなんじゃないかとセクマイの期待を寄せたが、友達から彼のことを聞かされてさらに打ちのめされる。オカマっぽく見えるからと言って、その子がセクマイかどうかは判らない。

それに、オカマっぽい男子は見て判り易いが、オナベっぽい女子はほとんどいない。女子がボーイッシュにしているからと言って、それはレズビアンでは決してなかった。

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LGBTは20人に1人と言うけれど、本当に本当なのか。それは人口の集中する発達した都市の話ではないのか。レズビアンでなくてもいい。「自分の他にセクマイがいるなら会いたかった」。

「結局、小中高とセクマイは自分ひとりだったんじゃないかなって思う」とHさんは孤独だった昔を振り返る。

Hさんが自分の性指向性を強く自覚したのは、高校一年。ある女子を好きになったことだった。それまでは男子を好きになったり「バイっぽい時期もあった」のだと言う。

好きになった彼女は同級生。Hさんが席を置く同じ部活の部長だ。「一目惚れ」だった。同級生、部長と部員の関係、一目惚れ。まるで百合コミックに出て来るような設定である。

思い切って告白した。「返事が来なかった。直接言えば良かったかもしれないけど、勇気がなくてメールで言ったのが良くなかったのかもしれない。以来、どちらかと言えば自分から避けるようになってしまって。それまでは部員同士で、表面上は普通の関係だった。内心、こっちはドキドキしたりしてたんですけどね。でも返事をスルーされて話にくくなったというか、照れちゃって、疎遠になって行った。いっそちゃんとふってくれた方が良かった…」。

クローゼットとネトウヨ

「自分は初めから愛国だったわけでも、何か思想を持っていたわけでもなく、ある事がきっかけでネットにハマり込んで行くうちに気付いたらネトウヨになっていたという感じ」とHさん。

ネットで動画を集めたり、調べ物をするうちに『ネトウヨ』についても知った。知った時は「あー、自分これだーって思った。うわーって」。

Hさんがネトウヨチャンネルをしていたのは昔の話。今はもうやってない。チャンネルは更新していないものの、現在もネット上に残してある。「YouTube上に日本人が不快になるような動画や言葉が沢山あるから」なのだと言う。

なぜネトウヨを止めることが出来たのか。それについてHさんはあまり多くを語らない。

「ネタが尽きたというか。もともとサブでやってたチャンネルだし。自分はやり尽くしたと思う。でも、おかげで、いろいろと知ることが出来て良かった」。その一方で、ネトウヨの「あの男ばかりの感じ」や「差別用語、汚い言葉を使いまくる点には抵抗があった」とも。

反米のHさんだが、もともとアメリカの古いポップスやヒッピー文化には興味があったのだと言う。

「アメリカが国としてしていることと、その中でもある米国人がしていること、アメリカの文化。それぞれに考えられるようになった。良い面もあれば悪い面もある」。いつしか相対的なものの見方が出来るようになっていたが、ネトウヨに一度ハマったから身に付いたことなのか、それともそうした見方が出来るようになったからネトウヨを止められたのか、それは本人にも判らない。

それともうひとつHさんには変化が訪れた。

「もう自分のセクを隠さなくなった」と言うのだ。「それまでメインのチャンネルでも、サブのチャンネルでも自分のセクは隠していた。今はメインしかやってないけど、そこでは自分のセクをそれとなく知らせている」。

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初めのきっかけは米国人に抗議するためだった。何か意見を言うためにネトウヨ化していったわけだが、そのために自分のセクシュアリティをHさんは犠牲にしていた。レズビアンなのに「シスヘテ男性」を演じていた、そのクローゼットの時期が言わばネトウヨの時期だった。米国人に自尊心を傷つけられたときヒーローだった愛国日本人、一方カムアウトを受け入れてくれた米国人、シンガポール人、コメント欄で交流のあったネトウヨたち。そうした体験を経て今のHさんがあるのだろう。

Hさんはネットとセクマイについてこう語っている。

「セクマイだとネット上でしか言えないことがある。例えばT(トランス)が入ってるとネットでしか自分の心の性を言えなかったり、知らないことや知るべきこともたくさんあって、その調べ物もやっぱりネットでやることになる。だからセクマイはネットにハマると本当にハマって抜けられなくなってしまうのかもしれません」。

(了)インタビュアー、文責/水野ひばり

 

(※1)「シスヘテ男性」 「シスジェンダー」で「ヘテロ・セクシュアル(異性愛)」の男性であるという意味。普通の一般の男性のこと。「シスジェンダー」は「トランスジェンダー」の対義語。性別、ジェンダーアイデンティティについて「典型」が「シスジェンダー」、「非典型」が「トランスジェンダー」。「シスヘテ男性」は「言葉を略している」ように「暗黙の前提」がある。「異性愛者を揶揄している」調子が強い。類似する表現に「ヘテヘテ」などがある。

 

(※2)「T(トランス)が入ってるビアン」TはトランスジェンダーのT。トランスジェンダーと言っても、レズビアン、同性愛の自覚があり、性別を変えたり、ジェンダーアイデンティティが逆転していたりするものではない。一般的にレズビアンやゲイは「シスジェンダー」だと言われている。トランスジェンダーレズビアン(シスジェンダー)のグレーゾーン。伝統的、固定的ジェンダー観から自由でありたい、あるいは違和感や疑念を持つ。ジェンダー文化、規範に対して変性、あるいは革新的なアイデンティティ。「FtX」や「Xジェンダー」「中性」「ジェンダークィア」「クエスチョニング」などを名乗ることもある。アイデンティティセクシュアリティの定義の境界にあるため、言語化しにくく、一定のイメージを求めにくい。様々な自己表現、自己規定が存在する。

 

(※3)シンガポール シンガポールにおけるLGBTの権利 - Wikipedia は大変、厳しい。

 

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