今年3月。
東京で東日本大震災をテーマにした映画祭が開かれました。
この日最も多くの観客を集めたのは福島の高校生3人が作った作品です。
制作に2か月をかけて「福島の今」を描きました。
「地震とか津波直接ではないけど原発の事ではまだ続いてるような気はする」。
「何?この写真」。
「これって最近のだよね」。
「この写真って私たちの今でしょ。
30年後この気持ちを思い出せるように…みたいな」。
生徒たちの映像作りを指導したのは映画監督の是枝裕和さんです。
是枝さんは去年カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞。
今世界中から注目される映画監督の一人です。
生徒たちは是枝監督に臆する事もなく真っ向からぶつかっていきました。
今ぐらい出来てるんだったら…21。
取材から編集まで是枝さんの徹底指導を受けて出来上がった作品は…。
だからそれだけで意味があるんじゃないかなという気はしますね。
福島の現実とそこで生きる高校生の思い。
是枝監督と高校生が格闘した2か月に密着しました。
福島第一原発から50km圏内にある福島県相馬市。
ここは原発事故だけでなく津波でも大きな被害を受けた地域。
今も2,200人が避難生活を送っています。
今年2月是枝裕和さんが福島県立相馬高校を訪れました。
映画やドキュメンタリー作品を数多く手がけてきた是枝さん。
震災のあとにこの高校を訪れ当時の生徒に映像作りを教えた事があります。
今回は3年ぶりの訪問。
部活動の一つ放送局の生徒たちを訪ねました。
こんにちは。
(生徒たち)おはようございます。
映画監督の是枝といいます。
よろしくお願いします。
(生徒たち)よろしくお願いしま〜す!映像を作るのは卒業を控えた3年生の3人。
それを下級生が手伝います。
車…車が来てます。
ドキュメンタリーに挑戦した但野仁美さん。
1月から取材を始めました。
すごいほんとに唐突なんだけどさ…高校の3年間演劇に打ち込み震災をテーマにした舞台の主役を務めてきた但野さん。
卒業を前に「福島の今」を描きたいと考えました。
とにかく考えて甘えてらんないなって。
考えなきゃ行動しなきゃって思ってます。
但野さんカメラを回すのは今回が初めてです。
友人を取材する時いつもある事に悩んでいました。
やっぱりカメラを向けるとやっぱりちょっと高校生ってすごく敏感なんですよ。
それでいつもとちょっと話し方が変わっちゃったり改めてかしこまった言葉を使おうとしちゃったりするんです。
相手が?はい。
何かありますか?コツとか。
自然…う〜んあのねドキュメンタリーが撮れるのってカメラがそこに入って変わってしまった状況しか撮れないんですよ。
それは前提としては受け入れざるをえないというかそういうものとしてドキュメンタリーって成立してるんだというふうに見る側も作る側も思った方がいい。
撮る側と撮られる側の関係に根ざしたしかも…是枝といいます。
ちょっと今日ついていきます。
(村田)お願いします。
是枝さんも取材に同行し相手の気持ちを自然に引き出す方法を考えます。
最近仮設住宅から引っ越したという村田さんの自宅です。
但野さんは3年間の高校生活について話を聞きました。
入学式いろいろ大変な中でやったじゃん。
その入学式から振り返ってみてどうだった?今まで。
(村田)振り返ってみて3年間すごい早かったなあって思って。
私ずっと仮設住宅に住んでたから…。
ちょっとごめんなさい。
今のなしでいいですか。
(但野)いいよいいよそのまま続けて。
不安じゃなかった?あの当時。
(村田)いやもう不安でしたね。
物はないしみんなみたいにいろんな物そろえられなくて。
いつもしゃべる口調でいいんだよ。
ほんとに?「ありましたね」とか言うから。
やだもう。
緊張がほぐれないまま15分が経過。
卒業式はどう?泣きそう?
(村田)多分泣き顔見せると…ありがとう。
ほんとに?えっ?何かろくな事言ってないよね。
(但野)ううん。
すいません。
いきなり来た東京の変な人がいきなり質問する事じゃないかもしれませんが震災の時に携帯だけ持って家を出たってさっき話されてたけど…いや2階に置いてあります。
その時の携帯?その時の携帯です。
何か愛着あって。
(村田)すごいいっぱい入ってる。
どうしよう。
(但野)見せて見せて。
すごい今と違うほら。
眼鏡かけちゃってるよ。
懐かしい。
(但野)おうちの写真は?
(村田)お母さんがおうちの写真結構撮ってるかもしれない。
携帯ある?これいつ撮った?
(村田)泣いちゃった。
子供たちやっぱりかわいそうでね。
ほんとに今こうやって生活できてますけどもほんとにそれまではもう出ていこうかなと思った事正直何回もあったし。
でも子供たちの姿を見ててね投げ出せない事がいっぱいあって。
子供たちに助けられた。
あの携帯の話は思い出させたくないなという何だろうな優しさから躊躇するかもしれないけれどもやっぱりそれだけを持って家を出たっていう非常に貴重な話が彼女から出てきてるから直後に聞かなくてもいいけれどもどこかでやっぱり…。
やっぱりそれを聞いて持ってきてくれたところで彼女が開いたらやっぱりそばに行きやすいじゃない取材者は。
それは友達だから行くわけではなくてあのアイテムは…
(但野)はい。
ありがとうございます。
もう一人ドキュメンタリーに挑戦した根本李安奈さん。
友人へのインタビューを通して震災を描こうとしているのですが…。
やっぱりふだん会話で聞かないようなあえて触れないような事をインタビューするという事がその本人たちに思い出させたりとか…
(根本)聞くのが何か怖いんですよね。
僕だって怖いですよ聞くのは。
聞くのが怖いぐらいな人の方がいいと思いますよドキュメンタリーは。
相手に何かを聞く事が怖くない人間はこんな仕事しちゃいけないと思いますよ。
ずかずかと入っていく事だけがいい取材ではないので。
それはねテクニックではなくてねあなたが持っている…いやおうなく。
これまで根本さん自身も震災の体験を友人に話してきませんでした。
根本さんが暮らしていたのは福島第一原発から20km圏内にある南相馬市小高区。
震災後立ち入りが制限され今も津波の傷跡が残ったままです。
現在日中の立ち入りは認められていますがまだ住む事はできません。
時々祖父母と一緒に自宅の掃除に通っています。
(根本)これとか取ってあります。
根本さんは中学校の卒業式の日に震災に遭い避難しました。
中学生までのアルバムはまだ自宅に残してあります。
(聞き手)少年野球に入ってたの?
(根本)そうです。
女子一人です。
自分にもつらい経験があるからこそ友人に震災の事を聞けない。
それでも撮影しようと考えたのはある友人の何気ないひと言がきっかけでした。
聞きたくなったんですかね…。
友人同士震災の事を話せないという心の壁。
根本さんはこの壁が少しでもなくなればという思いで取材を始めたのです。
この日取材したのは同級生の佐藤さんです。
相手が話しやすい環境をつくるために思い出の場所でインタビューする事にしました。
ここは佐藤さんが3年前までよく遊びにきたという地元の海水浴場です。
津波で多くの命が奪われ震災後は近づこうとしませんでした。
でも今回佐藤さんはあえてここで取材してほしいと希望しました。
何で来なきゃいけないって?だって地元の海だよ。
いっぱいね…。
思い出だし。
来るのはさ勇気要る?そりゃね。
行っていいかなって。
思うか。
うん。
友人の心の壁と向き合い始めた根本さん。
このあとも取材を重ねていきました。
映像を作っている生徒の一人蓑野由季さん。
ドラマ作りに挑戦しました。
タイトルは「これから。
」。
「誰かお願いです!私の話を聞いて下さい!」。
蓑野さんはこれまで震災をテーマにした舞台の脚本や演出を手がけ世の中への怒りをストレートに表現してきました。
「所詮私たちの意見には耳を貸そうともしない。
こんな…こんな今に未来なんて持てるわけないじゃない!」。
今回のドラマでは主人公の一人語りモノローグでその怒りを表現しようとしました。
これらをセリフやシーンの間に入れ話を展開させます。
ある程度問いを投げかける事を自分で言っちゃなんだけど私の味というか何というかポリシーじゃないですけど…みたいな感じのがあるんですよね。
是枝監督は脚本の書き方から指導しました。
まずは切実な思いで書かれたものであるというモチベーションの高いものであるというのは伝わってきます。
という事を前提に…ストレートな言葉が強いというそれが強さになるケースもあると思いますよ。
送って頂いたあの舞台あれは見せて頂いてあれは強いよな。
やっぱり言葉は強いと思いました。
言葉は強いと思ったけれども演劇というのは多分あれではなくてあの先にあるものだと僕は思います。
私のこれからの課題は多分そこだろうなというのは…もうやだ。
そうか。
じゃあんまり僕がここで追い打ちをかけない方がいいのかな。
「怒ってます」ってモノローグでも言わず怒ってる拳を振り上げる描写もないのにあなたの感じてる怒りが伝わるというのが一番強い怒りの表現だと思うんですよ本来はね。
是枝さんから指摘を受けてモノローグに頼らない演出を考える事にしました。
あ〜どうしようかなあ。
実はこのドラマは蓑野さんの体験に基づいています。
5年前蓑野さんは実際幼なじみと一緒にタイムカプセルを埋めました。
今年掘り起こす予定でしたがその子は原発事故の影響で今も福島県外に避難しています。
やっぱり掘り出したいなあって思いも個人的にはあるしやっぱり会って話したりもしたいしというのがあるので…そういう思いがありました実は。
震災さえなければ一緒に笑って過ごせたはず。
蓑野さんはこの悔しさを忘れないという決意をドラマに込めたのです。
主人公は福島の高校3年生未来。
震災から3年がたっても何も変わらない現状に不安を抱いています。
30年後あの震災を忘れるような大人にはなりたくない。
未来は友達2人に「将来への思いをタイムカプセルに入れよう」と誘います。
「もうちょっといい方向に変わってると思うんだ」。
蓑野さんは3人とも30年後の自分に宛てた手紙を入れようと考えていました。
でも…。
タイムカプセルって本来はさいろんな使い方があるじゃん。
例えば3人が皆未来への手紙にならなくてもいいじゃん。
蓑野さんが考えたのは…津波の傷跡が残る相馬市沿岸部の写真です。
主人公だけは震災を象徴するものを入れる事にしました。
そういう思いを表すためにこれを撮りに行ったんですけど。
タイムカプセルを埋めるシーンがこちらです。
「それ何?写真?見〜せ〜て!」。
「ちょっと…それ駄目」。
「何?この写真」。
「これって最近のだよね」。
「うん昨日撮ってきた。
ほらタイムカプセルって今を閉じ込めるものじゃん。
だからさこの写真って私たちの今でしょ。
30年後この気持ちを思い出せるように…みたいな。
じゃあいくよ。
30年後へ」。
この日はラストシーンの撮影。
タイムカプセルを埋めたあとの帰り道主人公が将来に思いをはせる場面です。
はいOKです。
では皆さんこれで撮影終了です。
お疲れさまでした。
お疲れさまでした!終わりました。
やった〜!実は蓑野さん最後のシーンにだけはモノローグを入れたいと考えました。
「この世の中は私が何もしなくても未来に向かって進んでいる。
けれどその未来は不透明で不安ばかりですごくすごく怖い。
けれどもそんな不安の中みんな自分のやるべき道を探し進んでいく。
だから私もこう思う。
この世の中は…」。
「30年後へ」。
是枝さんが編集したものをチェックします。
「この世の中は…」。
僕はね今ぐらいできてるんだったら最後のナレーション要らないんじゃないかなと思ったけどね。
やっぱり一番最後に問いかけで少し終わりたかった気持ちもありまして。
あれを伝えたい思いが…結構これは伝えたいなって思ってるものだったのであのモノローグが私の中では。
むしろ彼女たちの行為がその問いになっていればそこになにも言葉で問いを重ねる事はない。
このあと蓑野さんは試行錯誤を重ねモノローグの代わりにある演出を加える事にしました。
それは…。
「そんな〜。
何それ」。
この曲は蓑野さんが自分で演奏したもの。
30年後はいい世の中であってほしいという自分の夢を曲のタイトルに重ね合わせました。
(「校歌」)今年3月相馬高校の3年生が卒業式を迎えました。
映像作りに挑戦している3人もこの日で卒業です。
(一同)ありがとうございました。
(但野)もう悲しくなってきた。
みんな卒業後は福島を離れます。
効果音は変だよね。
ナレーションも考えてあるんです。
しんみりした方がいいですね。
但野仁美さんは卒業式を経験し友人と過ごした3年間の絆を描きたいと考えるようになりました。
インタビューの言葉とか卒業式のみんなの様子を聞いて「楽しかった」とかあと…こんにちは。
(一同)こんにちは!編集した作品を是枝さんに見てもらいます。
但野さんは8分間の映像にまとめました。
(女性アナウンサー)「平年より1〜4℃ほど高く3月上旬から4月上旬並みの気温となるでしょう。
続いて各地の放射線量です。
単位はマイクロシーベルトです。
各自治体ごとの最小値と最大値です」。
(但野)
これが私たちの日常だ
私たちの3年間は本当に平穏だったのだろうか
「しようと思ったけどうちは家で犬飼ってるから置いていくのはできないし」。
「携帯電話一つで逃げたんで3月11日が一番パニックで何が何だか分かんなくて。
戦後の日本みたいな映像がそこに広がってたから」。
「卒業生のみんなみんなと共に過ごした3年間は私の宝物です。
たくさんの思い出をありがとうございました」。
(但野)「高校生活楽しめた?」。
「うん。
それは楽しかったよ。
周りいい人だったし楽しかったよ」。
「ハハッ!楽しかったよ。
やっぱり仲いい友達とかできてね。
ねっ。
ありがとう」。
それでも今笑顔で素直に「ありがとう」と言えるのには大きな意味がある気がする
是枝さんは作品の終わらせ方に注目しました。
これで終わって…。
でも友達に対する感謝とか楽しかったって気持ちは本物で今回それをすごく強く出したくて。
もうここまで来たら…全然暗く終わらせた方がいいって言うつもりはないんですよ。
ないんですけど…。
見えなかったものを見ようとしてインタビューして見えたんだけど更に見えてなかったものがあったという…。
ここでまとめずに楽しくまとめずに。
自分が作ってるのに自分を置き去りにして作ってたんですよずっと。
というのは私の中に後悔があってすごく。
自分って…今のそのまま見せればいいんじゃない。
そうですよね。
是枝さんの指摘を受けて後悔を込めたナレーションで作品を締めくくりました。
(但野)
この日の涙の理由はきっとみんな違う。
私たちはお互いの事なんて何も知らなかったのかもしれない
まだ全然詰めてないです。
ドキュメンタリーを制作している…友人たちへのインタビューを通して震災が生んだ心の壁を描こうとしました。
心の壁は作品の中でどう表現されているのでしょうか。
根本さんと同じクラスの植田さん。
震災のあと5か月間横浜市に避難していました。
(根本)「うちさ植田が前『自分は逃げた』って言ってたのがさ何かすごい引っ掛かっててさ」。
「うん。
実際に他にも避難で帰ってきてない今もね友達いるんだけどその人がその人の親っていうか『同じ被災者だけどあなたは逃げたでしょ』って言われたらしい。
確かにあの時は逃げるのが精いっぱいだったんだけどさ」。
(根本)「特別楽しかったみたいな思い出はないの?」。
「特別楽しかった…う〜ん」。
「別に。
何か毎日生活するのが精いっぱいだったからね」。
最後に取材した友人は震災後親戚のもとに一人身を寄せている南部さんです。
「リポートして早く」。
(根本)「リポート?今日は南部さんのお宅にお邪魔しています。
何だこれ」。
「ハハハ!いいじゃん」。
(根本)「うちさ今までさ南部に地震の時の話ってできなかったのよ」。
「何で?聞きづらいか。
聞きづらいよな」。
(根本)「南部には聞きづらかったな」。
「そうでしょう普通に。
分かるもんだって。
そりゃそうだよ」。
「遺体見つかってないからね。
うちのお母さんのだよ」。
(根本)「そうなんだ」。
「何か実感湧かなくない?どっかでまだ生きてると思っちゃわない?どうしても。
多分記憶喪失にでもなったのかなぁなんて。
帰ってこれなくなったのかなって。
こういう分かってくれる人だったらいいじゃん。
何も…何もないっつっちゃそれはおかしいけど普通の幸せな家庭の人にね人に話したとしても何か「どうせ」ってしか思わない。
そっちの方が大きい。
いるじゃんだって。
だってあなた家族いるじゃんって。
ハハハ!」。
(根本)「なるよね」。
「あのね駄目なんだよね『お母さんうち死んでほしい』とかバカじゃねぇのって思う。
何も分かってないくせに何言ってんのくそガキ。
ハハハ!」。
是枝さんはまず他の生徒2人に感想を聞きました。
何だろう…。
何て言えばいいんだろうな。
すいません先に…。
え〜やめてよ。
こっちもちょっと泣きそうになってるから。
あぁ〜!何で何で何で?もうやめてよほんと。
はいパス。
多分根本さんの人柄なのかふだんの友達とのつきあい方なのかいろんな事がちゃんとよく出てると思いますよ。
きちんと友達が腹を割って話してくれてるというかな。
そこは間違いなく僕には撮れないものが撮れてる。
だからそれだけで意味があるんじゃないかなという気はしますね。
これアドバイスが難しい。
難しいな。
撮れてるものは強いと思いますよ。
この3年間震災を伝える活動を続けてきた但野さん。
別にかわいそうで泣いたとかじゃないの。
全然そんな事じゃなくて。
何でかっていうと常に震災と向き合う活動をしちゃったもんだから常に忘れられなくて。
楽しそうにしてる人たちが羨ましくて。
周りがすごい脳天気に生きてるように見えちゃって。
これ見てそんなの表に出さなくて当たり前だしみんな何か考えて生きてるなんて当たり前だったのにそれが見えなくなってたなって思って。
何か…自分バカだったなと思って。
結局さうちよりひどい人がいっぱいいるじゃん。
出てきたりしたけどさ。
こういう活動してたじゃんうちね。
それで「ほんとに分かってんの?」って言われた事があったんだよ友達にね。
そういう事を言われるのがさすごい悲しくて。
だからそれこそ何で分からないんだろう分かってあげられないんだろうなというのと何で分かり合えないんだろうなというやつと。
だから私はやっぱりそんなつらい思いもしてないしみんなと比べたら。
だけどやっぱりずっと分かりたくて。
けどやっぱり何かさ人って経験してる事も違うし。
だから結局…
(蓑野)それはみんなに言える事だけど…今すごく大事な事を蓑野さんは言ったと思いますけど「私はあなたではないしあなたは私ではない」っていうのがドキュメンタリーの一番大事な考え方だろうと僕は思って今まで作ってきてるんですけど。
よく安易に共感とか感情移入とか何だろうな…分かった気になって使うけれども本当はあのカメラというのは自分じゃない人間にカメラを向けるわけだからそこで見えてくるのは自分とは違う考え方感じ方を持ってる人とどう出会うか。
見た人にどう出会わせてあげるか。
その事によって…震災のひとつき後に高校生となった3人。
福島の高校生活で震災を忘れる日は一日もありませんでした。
是枝監督との映像作りはその3年間を見つめ直す時間だったのです。
あと私きれい事がすごく苦手で。
そうだ。
ちょっと素直になりましたね。
大変な時を共に過ごしてきた仲間ですら分かり合えていない部分があった。
互いへの配慮からそうした心の壁が出来たという事ではあるんですけどもそれを乗り越えて分かり合っていこうとする高校生たちの姿私たちも学ばなければならないなというふうに思いました。
さて福島県の会津地方を舞台にした大河ドラマといいますとそう「八重の桜」ですよね。
去年多くの方にご覧頂きました。
主役を務めた綾瀬はるかさんが新たな旅をスタートさせました。
四季を通じて福島の各地を訪れてそこでの出会いや自然そして文化の魅力をお届けしていきます。
今回は春らんまんの旅です。
まず訪れたのは須賀川市の桜です。
(大岡)350年ぐらいになってると思うのね。
昨日はこれよりちょっと赤かったです。
ピンクが濃かった。
みんな元気に生活ができるようにお願いします。
お守り下さい。
「花は咲く花は咲く」ですね。
ほんとですねぇ。
おいくつぐらいからこの桜を見てるんですか?恥ずかしいね。
(綾瀬)えっ?恥ずかしい?18歳の12月25日が結婚式でした。
どこいら辺がいいかな。
その日の当たる所?
(綾瀬)いただきま〜す。
白いのも食べな。
うん。
うんうん!おばあちゃんのあんこの味どうですか?おいしい。
(綾瀬)おばあちゃんユニークですね。
次に訪ねたのは福島市の隠れた花見の名所とも言われる…うちでは息子も一緒にやって…。
(綾瀬)あっそうなんですね。
これは…モモハナ?ハナモモ。
(綾瀬)何かさっきの所より…。
あったかいからだ。
(斎藤)ここは南向きであったかいから早いんです。
(綾瀬)わ〜!この風でまたいいですね。
生きてるみたいみんな。
桜のトンネル。
ほんとだ。
かわいい何か。
この綾瀬さんの福島の旅ホームページでは綾瀬さんが撮影した写真なども紹介していきます。
是非ご覧下さい。
さあそれでは被災した地域で暮らす方々の今の思い今日は岩手県山田町の皆さんです。
山田町で自動車整備工場をしております。
津波で工場は被災しました。
友人ユーザーの皆様から何とか早く再開をしてほしいという要望がありまして再開をいたしました。
(福士)ここはいずれ防潮堤が出来るので移転しなければなりません。
ここの仮設団地の自治会長をやっております。
一番困っている事は家の見通しがまだはっきりしていない事です。
山田町の観光施設は被災してしまいました。
そこで仮設の物産館を造りました。
今は補助金で支えられています。
一日も早く自力で運営したいと思っております。
2014/05/04(日) 10:05〜10:53
NHK総合1・神戸
明日へ−支えあおう−「是枝監督×女子高生〜震災3年 福島を描く〜」[字]
映画監督の是枝裕和さんが福島県立相馬高校の女子生徒3人に映像づくりを徹底指導。福島で生きる高校生の生の姿をドキュメントとドラマで描く。ナレーターは長澤まさみ。
詳細情報
番組内容
今年3月、東京で開催された東日本大震災をテーマにした映画祭で注目された、福島の高校生が作った映像。生徒たちの映像作りを指導したのが是枝裕和さん。できあがった作品は是枝さんが「僕には撮れないものが撮れている。だから意味がある」というもの。「カメラを向けると普段と話し方が違ってしまう」「インタビューするのが怖い」という生徒たちは、どのように脱皮するのか。女優・長澤まさみさんのナレーションにも注目です。
出演者
【出演】映画監督…是枝裕和,【キャスター】畠山智之,【語り】長澤まさみ
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
情報/ワイドショー – その他
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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