明日はこどもの日ですが社会の様変わりの中で子どもと大人の関係が揺らぎ始めています。
今日の「NHKアーカイブス」はそうした中たくましく生きる子どもの姿を描いたドキュメンタリーをご覧頂きます。
舞台は大阪・西成釜ヶ崎地区です。
親が貧困や病気で暮らしが不安定でも逆に子どもが親の暮らしを支えて家族の絆を取り戻そうとする姿を描きました。
長引く不況にあえぐ大阪・釜ヶ崎です。
親と離れて暮らさなければならない子どもたち。
この子どもたちには親たちに生きる気力を取り戻させる大きな力が秘められていました。
(荘保)1週間ぶり。
うれしいくせに!小学校2年生の…香菜ちゃんはお父さんと2人暮らしですがお父さんは前の年の暮れから入院しています。
(圭祐)香菜来たか。
お父さんは重いアルコール中毒で肝臓の機能が低下しています。
この1週間意識がもうろうとしていました。
おとうさん!おとうさん!香菜ちゃんやで!…おとうさん!近所にある児童館…一人になった香菜ちゃんの面倒を見ています。
香菜ちゃんやで!香菜ちゃんよ。
分かった?ああよかった。
どこにいます?どこに…?うん?香菜大丈夫?どこにいます?こどもの里。
うん。
いるよ。
(香菜)お父さん。
おとうさん一生懸命治さなあかん。
早う。
香菜ちゃんのために…。
なっ?頑張ってや!大阪市西成区にある日雇い労働者の町通称…800m四方のこの地域に3万人を超える労働者が暮らしドヤと呼ばれる簡易宿泊所が密集しています。
その一角に香菜ちゃんが暮らす児童館こどもの里があります。
こどもの里は22年前からこの場所で活動を続ける民間の施設です。
子どもたちに遊び場を提供する一方で親と一緒に暮らせない子どもたちが生活する場となってきました。
館長の荘保さんは一緒に暮らしながら子どもたちの世話をしています。
ここで寝泊まりする子どもたち。
中学3年生の…日本人の父親とフィリピン人の母親の間に生まれました。
父親は亡くなり母親は1年前から病気で入院しています。
博と同い年の健一。
幼い頃に母親を亡くし父親は脳内出血で倒れて入院中です。
子どもたちは皆独りぼっちです。
荘保さんは子どもたちが一日でも早く家族と暮らせる日を願いながら母親代わりを務めています。
行ってらっしゃい。
行ってきます。
行ってらっしゃい!長引く不況は釜ヶ崎に大きなしわ寄せをもたらしています。
「今年も多くの仲間が亡くなりましたからね…」。
日雇い労働者たちにはほとんど仕事がなく多くの人たちが炊き出しに頼るしかありません。
はいどうぞ。
止まらんように流れていってよ。
はいどうぞ。
はいどうぞ。
足らんかったらもう一回並んだらいいから。
行き倒れて亡くなる人も後を絶たず1年間で150人に上ります。
香菜ちゃんは時々自宅の掃除に出かけます。
香菜ちゃんは1歳の時に両親が離婚。
九州にあるお父さんの実家でしばらく暮らしていました。
その後関西の飯場を転々としていたお父さんに引き取られ6歳の時に親子2人で釜ヶ崎にたどりつきました。
香菜ちゃん親子の6畳1間の住まい。
カビがいっぱい。
(聞き手)どこ?うわ…。
(聞き手)これきれいに洗わないかんちゃうん?うん。
ニンジンもあかんわこれ…。
うわ〜っ!カビが生えてるわ…。
どうしよう…。
釜ヶ崎での暮らしは公園でのテント生活から始まりました。
お父さんはアルミ缶を拾って生計を立てていました。
香菜おんで。
(聞き手)香菜ちゃん手伝ってたの?どれ見せて見せて。
ん…。
その後お父さんはためた金で屋台を開き香菜ちゃんは看板娘として店を手伝っていました。
しかしお父さんはくも膜下出血で倒れ不自由になった足にいらだつ気持ちを酒で紛らす日々が始まりました。
それからは幼い香菜ちゃんが炊事から掃除洗濯まで家事全てをこなしてきました。
バイバ〜イ!バイバ〜イ!パトロールや!パトロール!1月中旬こどもの里で暮らす香菜ちゃんのもとに九州から1通の手紙が届きました。
お父さんの病状と娘の暮らしぶりを知ったお母さんからでした。
「かなちゃんへ。
お父さんはいま病気とたたかっています。
お母さんもおうえんしてるよ。
お母さんとかなは7年間もはなれていたからかなずっとつらい思いしてきたね。
もしかながお母さんのところへくるんだったら何でもしてあげるよ」。
分からへん…。
分からへん。
(聞き手)お父さんどうする?香菜…。
分からへんねん。
それは…。
(聞き手)うん?分からへん。
1月下旬お父さんの病状は落ち着いてきました。
香菜ちゃんは毎日学校が終わってからお見舞いに出かけ面会時間いっぱいまでお父さんの話し相手を務めます。
お母さんが香菜ちゃんを引き取りたいと伝えてきた事はお父さんの耳にも入っていました。
しかし「香菜を自分のそばに置いておきたい」とお父さんは首を縦に振りません。
香菜は学校の先生になる。
これ何と思う?
(圭祐)知らん。
看護婦さんの女の人。
(圭祐)えっ?看護婦さんの女の人。
これは?「パンツー丸見え」。
フフフ…。
よう知ってるやん。
知ってるわ。
「パンツー丸見え」。
フフフ…。
荘保さんはお父さんに九州に帰るように勧めていました。
九州の実家に香菜ちゃんと一緒に帰って療養に努めそして時々お母さんと香菜ちゃんを会わせるようにするのが一番いい方法だと考えたのです。
この話の中心は…主人公は香菜ちゃんやからな。
香菜ちゃん自身がどう思ってるかという事が大切な事やろ?何やかんや言うても小学校2年生やで。
おとうちゃん。
…ねえ?だから小学校2年生で洗濯もし部屋の片づけもおとうちゃんの車椅子も押しいの…。
私らから見たらまるで香菜ちゃんおとうちゃんの奥さんみたい。
子どもじゃなくて…。
帰った方がいいと思いますか?私?私はやっぱり香菜ちゃんがお父さんやお母さんと一緒におるのが一番いいと思ってる。
つらい立場におるの子どもやねんで。
夫婦が別れたら…。
男の人と女の人は別れたらそれでしまいやけどな。
子どもはもうどっちか選ばなあかんわ。
でもどっちも大好きやもん。
お父さんもお母さんも…。
しんどい目するのは子どもやからな。
また家族がバラバラにならないでまた一緒になれるいいチャンスやで。
3月香菜ちゃんのお父さんが退院しました。
この3か月間香菜ちゃんはベッドの横でずっとお父さんを励ましてきました。
そんな香菜ちゃんのためにお父さんは悩んだ末香菜ちゃんと一緒に九州の実家で暮らす事を決めました。
はい。
あ…痛い痛い…。
九州行っても絶対酔っ払うなよ。
分かったか?フッ…。
お父さんに説教しよんの。
うん。
ヘヘヘ…。
(圭祐)お酒買うてきて。
なあ…。
なあ!何や?
(圭祐)お酒買うてきてっちゅうねん。
あ〜あもう!…死ぬな。
なあ!お父さん。
何?
(聞き手)何で「死ぬな」と思ってんの?それは死んだら一人になるんじゃない?香菜。
死んだらおかあさんのとこ行ったらいいやん。
お父さんと住んで…。
今はなこんなうちやけどいっぱいお金…貯金ためていっぱい広いおうち住みたいな。
あと弟欲しい。
うわ〜。
その夜2人だけの退院祝に出かけました。
12月の…俺が危篤になって…その時に…。
「好き」っちゅうてもらわな困るわな。
1歳から見とるんやから…。
俺もう駄目や。
ホント子どもの話したら涙出てくるわ。
冷たいやろ?ああぬくい。
気持ちいい。
喉の下。
…はっ?下!こうやで!フフフ…!あっち向いてホイ!あいこでシー!あいこでシー!…はいシー!はい!ホイ!あああかん!あかんで!インチキやないか。
インチキタ〜ッチ!こら!ハハハ…!あかんやん。
ジャンケンシー。
あいこでシー。
フフフ…!やった〜!香菜ちゃんが九州に帰る日がやって来ました。
お父さんの世話を何から何までしてきた釜ヶ崎での3年間でした。
バイバ〜イ!8歳の小さな手でお父さんの背中を押し続けた香菜ちゃん。
おとうさん気ぃ付けて!香菜ちゃんよろしくね!その力がお父さんにもう一度人生を考え直そうと決心させたのです。
香菜!…ホンマめっちゃてれ屋だ。
バイバ〜イ!香菜ちゃん!バイバ〜イ!こどもの里の館長荘保共子さん。
海外で幼児教育を学び22歳の時に初めて釜ヶ崎にやって来ました。
荘保さんはここで暮らす子どもたちの目の輝きに逆にさまざまな事を教えられてきたと言います。
中でも子どもが親を思う気持ちの強さには驚かされました。
荘保さんが一番衝撃を受けたのは母親の前で売春をさせられていたある少女の言葉です。
帰ってきて部屋に入った途端にものすごい声で泣き出した。
あんな泣き声は生まれて初めて聞いた。
ホントにもう号泣というかね。
もう泣いて泣いて泣いてもうホントに泣いて…。
何を言ってもずっともう…。
ホント1時間ぐらい泣いて泣いて…。
それで…1時間ぐらいたって落ち着いてそして言った言葉が「大人は大嫌いや」。
誰の事かと言うとお母さんの事なんだけどね。
「大嫌い」って。
それでなおかつ言うた。
最後に…。
「それでも私お母ちゃん好きや」と言ったの。
その子…。
今その子一生懸命お母ちゃんの面倒見てるけどね。
「それでも私お母ちゃん好きや」。
その時に思ったのよ。
まあその時の小さい子どものあの目の輝きっていうのはやっぱりそういうとこなんかなって…。
人を許すというかね…。
無条件に許すというか…。
4月こどもの里からもう一つの旅立ちがありました。
高校1年生になった博です。
博は日本人の父親とフィリピン人の母親の間に生まれました。
しかし父親を中学1年の時に亡くし母親はその寂しさから酒に溺れるようになり入院してしまいました。
この春博はその母親を引き取りアパートで暮らす事を決めたのです。
でもホンマね行き詰まったり金が足らんようになったりなんかしたら言いに来てや。
ホント計画的にやらんとね。
お金って羽生えてるから気が付いたらないからな。
生活保護を受け炊事洗濯掃除など全ての家事は博がやるつもりです。
新しいアパートは通天閣の真下。
こどもの里からも歩いて10分の所にあります。
1年ぶりに退院してきた…
(聞き手)博君と一緒に住めるのうれしいですか?うん。
うん?フフフ…。
うれしいですか?うれしい。
やっぱり子どもはね一緒住みたい。
アルコールにむしばまれた体はまだ万全とは言えません。
(聞き手)すごいきれいな部屋でいいですね。
そうですね。
手伝いに来ていた博の中学時代の先生がお酒の事を諭します。
飲まない?本当?うん。
大丈夫?我慢できる?お酒…。
我慢できる。
我慢できる?我慢してよ。
…なっ?博も頑張ってるからお母さんも頑張らなあかんで。
分かった?はい。
ねっ?はい。
ああ〜!ババアは寝てばっか!…ヘヘッ。
博には大阪市内の養護施設で暮らす3人の小学生の兄弟がいます。
頂きます。
(一同)頂きます。
1年前お母さんが半ば強制的に入院させられた時中学生の博だけはこどもの里が引き取り幼い弟と妹はこの養護施設に入りました。
お父さんが亡くなった事で酒に溺れるようになったお母さんは子どもたちに激しい暴力を振るうようになりました。
ストレスたまってな暴れてな家がグチャグチャなんねん。
(聞き手)お母さんが?朝は食べてなかったんや。
ずっと…。
(聞き手)誰が?みんな。
(聞き手)昔からお母さんの事は変わらず好き?たまに…怖い。
(聞き手)怖い?意味が不明。
(聞き手)意味が不明?意味不明な事ばっかりするねん。
(聞き手)お母さん?うん。
しとった。
普通の時は普通やけど酔っ払った時とかがホンマすごかった。
新しく買ったばっかりの洗濯機急に線グシャッて包丁か何か忘れたけど手でちぎったりとか。
(聞き手)英輝それ見てどう思ってた?お母さんの事…。
もうビビッた。
(聞き手)ビビッてたか。
(聞き手)博は大丈夫かな?大丈夫や!
(聞き手)何でそんな分かんの?頑張ってるから。
(聞き手)頑張ってるから?ふ〜ん…。
信頼してんの?お兄ちゃんの事。
当たり前や。
(聞き手)何で?えっ?お兄ちゃんやから。
(聞き手)フフフ…。
そっか。
博が新しい生活を始めて2週間。
続けたかった野球部にも入らず家事に忙しい毎日を送っていました。
余裕です。
ほらうまそうに見えてきた!うまそうに見えてきた!こんなにおかんは絶対食わへん。
おかん!おか〜ん!ごはんや。
体調が回復していないお母さんは部屋に閉じ籠もりほとんどの時間を布団の上で過ごしていました。
はい頂きます!頂きます。
ヤバいうまいわ。
硬い…。
肉?うん。
あっうまい!体調あんまよくないん?うん…。
(聞き手)何で…?里の方が楽やん。
全部やってくれるし。
(げっぷ)えっ?
(聞き手)料理は作ってくれるし楽ちんやんか。
でもお母さんと2人で暮らそうと思ったのは何で?
(博)おかんと一緒に暮らした方がええやん。
だるいけど。
(聞き手)だるい?何で?うるさいもん。
(聞き手)うるさいの?何て言うか…めっちゃうるさい。
(聞き手)頼ってくるって事?めっちゃ頼ってくる。
俺しか頼る人おらんけんな。
学校から帰って炊事や洗濯など家事をこなしお母さんが寝るまで面倒を見る高校1年生の博です。
疲れたわ。
今日も一日疲れたわ。
それに寝るの早いもん。
10時…。
5月の連休。
博が幼い弟や妹たちを自宅で過ごさせるため迎えにやって来ました。
長男博の仕事です。
英輝礼央奈礼香!
(博)礼香は…?こんばんは。
(英輝)行ってきま〜す!行ってらっしゃ〜い。
行ってきます。
行ってらっしゃい。
行ってきます。
養護施設で暮らし始めて1年余り。
兄弟そろって新しい家に泊まるのはこれが初めての事です。
どこ?おかんトイレやで。
…ああごめん。
弟や妹がお母さんと会うのも久しぶりです。
(博)礼央奈もケンカせずに仲良うして。
元気?うん。
(英輝)元気!何?それ。
痛い。
…たんこぶ。
この時期お母さんの体調も徐々に回復に向かっていました。
おしっこおしっこ…。
痛い!痛い!小指はあかんて。
俺小指怖いねん。
折れたから1回…。
レディーゴー!プニップニップニップニップニッ…。
かわいいな。
もっと本気!力入れてんのか?…なあ?フフフ…!うん!弱っ。
お兄ちゃんが強いだけ。
あとこれな。
こうやって閉じて…。
これがチョキな。
チョキね。
これがチョキで…。
これがグーで…。
これがパーな。
(2人)ハハハ…!よし。
まず英輝ジャンケンすんぞ!最初はグー。
ジャンケンチョキ!お前何や?それ!じゃあ礼香と英輝やってみい。
最初はグー。
ジャンケンホイ!あいこでしょ。
あいこでしょ。
やった!
(チャイム)あっ10時や。
寝ようかお前ら。
ホンマに。
えっもう10時なん?これ誰の?汚い靴下。
電気消すぞ!痛〜い!
(博)真っ暗!うわ〜っ!うう…う〜ら〜め〜し〜…。
(笑い声)土曜日の朝。
博はお母さんをカウンセリングのために診療所へ連れていきます。
博の目標は養護施設で暮らす兄弟を迎え入れ家族全員で暮らす事です。
そのためにはまずお母さんを立ち直らせなくてはなりません。
バラバラになった家族がもう一度一緒に暮らす。
全ては博の肩にかかっています。
眠てえ〜。
もういっぱいいっぱいやねん俺も。
俺もいっぱいいっぱい。
(聞き手)いっぱいいっぱいか。
逃げ出そうとか思わへんの?う〜ん…。
逃げてもまた戻ってきそう。
だって寝るとこ無くなるやろ。
逃げたら心配やもんおかんが。
眠てえな〜。
こどもの里の七夕祭りです。
笹は子どもたちの願いが書かれた短冊で埋め尽くされます。
博がこどもの里にやって来ました。
一緒に暮らしていた同い年の健一を訪ねてきたのです。
どないしたん?健ちゃんが会いたいって。
健一は小学生の時に母親を亡くし父一人子一人です。
父親は1年半前に脳内出血で倒れて入院しています。
健一はその父親とこれからどう暮らしていけばいいか悩んでいました。
目つき悪いやんな健ちゃん。
何かな冷たい反応が返ってきそう女子にとっては。
(博)「何やねん」とか。
「なあなあ」とか言われたら「何?」って冷たく言い放ちそう。
健一は公立高校の体育科に進学し中学から続けている器械体操に打ち込む日々です。
ゆかが得意種目で7月末の大会では1年生ながら中心選手として期待されています。
(渡部)実際これで…この間イシダ先生も言うてはったけどホンマに演技で使える練習をしているのか。
もういけると思うし。
ただ最近蹴りが弱い。
蹴りが抜けてる。
その辺が怖いな。
今の生きがいは体操しかないと。
それは中学の時に顧問の先生も言うてはりましたから。
ああ〜しんど。
学校から戻ると健一はほとんどの時間を自分の部屋で過ごします。
(聞き手)これは何?いつごろ開けちゃったの?
(健一)ムシャクシャしてた頃。
健一の生活が大きく変わったのは小学校3年の時です。
その年に母親が亡くなって父親は盛り場に入り浸り生活がすさんでいきました。
その後父親は中学1年の健一を置いて家から出ていったのです。
こどもの里に引き取られた健一。
ずっと姿を見せなかった父親は病気に倒れ「また健一と暮らしたい」と言ってきました。
しかし健一はそれを受け入れる事ができませんでした。
(「おさかな天国」)健一のお父さんは釜ヶ崎にある病院でリハビリを続けています。
今では介助なしで日常生活のほとんどができるようになりました。
脳内出血による失語症も相手の言葉を理解しある程度話す事ができるまでに回復しました。
(山本)もし健一君と一緒に暮らすようになったら健一君学校行って帰ってくるのを待ってあげて…。
楽しいやろ?うん。
たの…楽しい。
(山本)楽しい。
もっともっと…あかん。
あかん?「あかん」っていうのは?何であかんの?…これからどうしよう。
どうしよう。
「どうしよう」?それと…。
お父さんは自分がした事を健一が許してくれないのではと思い悩んでいます。
(山本)これからどうしよう?自信は?う〜ん…。
…ないな。
ないけど頑張る気はあるね。
うん。
(大井)応援しに行こうや。
26日に行こうや。
お父さんは息子が出場する体操の大会に応援に行くのを楽しみにしています。
(山本)一緒に行こうって今言ってるんです。
ねっ!大井さんも行くんやろ?
(大井)うん。
病院でお父さんの看病を続けてきた山本さんがこどもの里を訪ねてきました。
お父さんに代わって健一が同居する気持ちがあるか確かめに来たのです。
お父さんと一緒に暮らしてみたいなと思う?それも微妙やな。
(健一)できるかなって…。
(山本)「できるかな」って?でも前は一緒に住むという事自体もしなかったと思うねんけどね。
そう考える事自体がね。
今は少し…ちょっと違う?ちょっと違うね。
うん。
ああ〜…。
(山本)26日応援しに行くって張り切ってるよ。
頑張ってね。
お父さん寝られへんと思うわきっと。
もう健ちゃんだけが生きがいやからな。
ホント「健一健一」。
「健一」って言葉だけはちゃんと出てるやろ?
(山本)そうそう「健一」君。
ほかの言葉は忘れても。
体操の大会を間近に控えたこの日健一を突然の事故が襲いました。
練習中に両足のじん帯を断裂し全治2か月の重傷を負ったのです。
2か月もギプスはめるん?
(健一)いやギプスはそんなに長くはないんですけど。
お父さんが楽しみにしていた大会に出場する事はできなくなりました。
翌日病院の山本さんがお父さんに健一のケガの事を伝えました。
ここじん帯ってあるやんか。
そこが切れたらしくて今ギプスを巻いてるんですよ。
今回は試合に出られませんって。
でな健一君が言ってるのは「おやじにごめんね」ってそう言うとったで。
う〜ん…ああ〜…ホンマ?うん。
お父さんはその日のうちにこどもの里を訪ねてきました。
息子に会うのは3か月ぶりです。
ああ…ども。
(山本)お父さん心配して来たよ。
泣いとったでお父さん。
お〜…うん。
(山本)うれしいやろ?そういう言葉。
なあ。
お父さんの涙を見たのは健一の記憶の中では初めての事でした。
じゃあ健一君また来るわね。
ありがとう。
ああどうも。
ちゃんと顔見て。
「ありがとう」って言ってるんだから。
どうもありがとう。
(山本)もう愛想のない。
ちゃんとこっち向いてみ。
健一君が「ありがとう」って言ってるんだから。
健一君ありがとう。
(忠光)ありがとう。
健一はもう一度お父さんと一緒に暮らす事を考え始めていました。
(聞き手)どんな存在?
(聞き手)「おらんかったらしんどい」か。
博が母親のレオノーラさんと暮らし始めて4か月。
博はお母さんがまた酒を飲み始めたのではないかと思い悩んでいました。
(博)どこも行ってない?今日。
(レオノーラ)どこも行ってない。
(博)さっきピンポン鳴ったの知ってる?
(レオノーラ)知らん。
寝てた?
(レオノーラ)寝てた。
お母さんは博にないしょで度々外を出歩くようになっていたのです。
(博)酒飲まんように見張っとかな。
クソババアやからな。
クソババアやからちゃんと見張っとかな。
(聞き手)何でクソババアだと見張っとかなあかんの?足歩けるようになったら外行きそうやもん。
また酒浸りになれば「家族そろって暮らす」という博の目標が遠のいてしまいます。
(セミの声)家で1人寂しくしているレオノーラさんを気遣い荘保さんがこどもの里に誘いました。
どうぞどうぞ入って下さい。
こどもの里では日本を訪れていたフィリピンの子どもたちとの交流会が開かれていました。
レオノーラさんは21歳の時にダンサーとして日本にやって来ました。
全国を転々とするうち28歳の時に大阪で16歳年上の夫と知り合い結婚4人の子どもが生まれました。
しかしその後夫は脳卒中となり帰らぬ人になりました。
生きる気力を失ったレオノーラさんは酒に溺れていったのです。
お母さんおるで!
(ハニー)博!
(ハニー)一口だけ。
ホンマに?
(ハニー)ホンマに飲んだで。
ホンマに?うんホンマに。
何か1人やったらねイライラするとか寂しいとかな。
飲むなやお前アホ!あかんお前。
一口だけや。
一口も二口も一緒じゃバカ野郎!
(聞き手)酒はあかんの?痛っ!
(聞き手)酒はあかんの?あかんやろ。
しまいにゃ知らんで!
(聞き手)博が産まれた時どんな気持ちだったですか?もう大変幸せやわ。
(聞き手)これはお父さんだ。
ハンサムですね。
(レオノーラ)ハンサムか?
(聞き手)何か…。
(笑い声)
(聞き手)どうしたんですか?そんな男前か?
(聞き手)何かキリッとしてるじゃないですか。
(聞き手)今英輝の顔になった。
礼央奈も顔が分かった。
・「なつかしい痛みだわ」・「ずっと前に忘れていた」・「でもあのとき」・「時間だけ後戻りしたの」松田聖子の歌。
好きな歌。
健一のお父さんが1年9か月に及ぶ入院生活を終えて退院しました。
今すぐに健一と同居する事は子どもの負担が大きいと福祉事務所が判断しひとまずお父さん一人で暮らす事になりました。
(ヘルパー)さあどうでしょう?いや〜おお!当面は介護保険で毎日ヘルパーがサポートします。
(ヘルパー)テーブルに座ろうか?うん。
健一が一緒に暮らすのはお父さんがもう少し回復してからになります。
健一にとっては一度は自分を放り出したお父さんです。
よいしょ。
健一がこどもの里に引き取られたのは中学1年の時。
それ以来独りぼっちで生きてきた健一です。
ちょっと太ったかな?そう。
抱き締めて…抱き締めて…ありがとう。
(健一)でかくなった。
(健一)マメいっぱい出来とる。
(ラジオ)よいしょ。
(ラジオ)大丈夫大丈夫。
(聞き手)この前「不安がある」みたいな事言ってなかったっけ?やってみたら全然大丈夫だった。
大丈夫。
(聞き手)大丈夫。
まだやっていける?お父さんとの感じとかって…まあ2年半たつやん?1年…。
(聞き手)1年半か。
自分の中で「何か違うな」という感じは…。
全然変わってない。
(聞き手)昔のまんまという感じ?懐かしい感じでしたよ。
(聞き手)懐かしい感じした?うん。
11月博の母親レオノーラさんが仕事を始めました。
働き口は釜ヶ崎にある居酒屋です。
週に4日のアルバイト。
外で働くのは7年ぶりの事です。
博は頭を丸刈りにして野球部に入っていました。
お母さんが回復するにつれて博も高校生らしい生活を取り戻しつつあります。
(博)イテテ…。
分かる?
(聞き手)ああ血出てるやん。
おかんも今元気になったしな。
足もだいぶ治っとるし。
あとはここら辺の道を覚えてくれたらな。
(聞き手)そういうおかん見てよかったと思う?うん。
(聞き手)博いつも「ボケ」とか言うてるやん。
おかんの事「アホ」とか。
大阪人はそんなもんやって。
(聞き手)お母さんの事博はどう思ってたの?どういう存在なの?博にとって。
大切な人。
(聞き手)うん?大切な人。
こどもの里には香菜ちゃんのお父さんから年賀状が届いていました。
「新春のお慶び申し上げます。
香菜はお母さんの所に行ってなかよく暮らしております。
暖かくなったら一度大阪に行きたいと思います」。
体が思うように回復しないお父さんは香菜ちゃんは母親と暮らす方がいいと考えたのです。
博の家では家族全員での暮らしが始まっていました。
お母さんの回復ぶりが福祉事務所から認められ兄弟全員を養護施設から引き取る事ができたのです。
ホンマにやったんやで。
俺もうしんどい事ないやろ。
もうしんどい思いせんでええやろ。
(聞き手)頑張った?頑張ったで俺結構。
結構?結構頑張ったって!一度はバラバラになった家族が博の頑張りによって再び一つになりました。
(博)お母さんな間違っても…「明日があるさ」あるやんか。
・「明日がある明日がある明日があるから」間違ってるやろ。
(笑い声)健一もこどもの里を出てお父さんと一緒に住む事が決まりました。
病気のお父さんを介護しながらの生活が始まります。
ほなみんな「さいなら」健ちゃんに。
さいなら〜!
(健一)ありがとう。
「遊びに来てね」って。
健ちゃんバイバイ!香菜ちゃん博そして健一。
3人の子どもたちは親との暮らしを取り戻しこどもの里を巣立っていきました。
子どもたちには親たちの生きる気力をよみがえらせる大きな力がありました。
「NHKスペシャル」ご覧頂きました。
番組からは親が考えている以上に子どもは親を気遣ってそして親が大好きだと。
そういうけなげな気持ちが伝わってまいりました。
スタジオにゲストをお迎えしております。
荘保共子さんでいらっしゃいます。
よろしくお願い致します。
よろしくお願いします。
取材をさせて頂きました大阪のこどもの里の館長でらっしゃいます。
37年間この場で子どもたちに寄り添ってこられました。
こどもの里現在も延べ1万人が利用しているという事です。
ちなみに出ていった例えば香菜ちゃんとか博君健一君今どうなっているか教えて頂きたいんですが。
まず香菜ちゃんですね。
実は番組で…こちらをご覧下さい。
写真を送って頂いたんです。
これ成人式の…。
そうですね今年ですよね。
そうなんですね。
写真で。
お父さんの車椅子を小さな体で押していた香菜ちゃん。
大きくなりました。
そうですね。
香菜ちゃんは九州に帰りましてそれからお父さん一人でまた大阪に戻られまして介護を受けながら生活をしてたんですけど残念ながら亡くなりました。
そうですか。
それでお母ちゃんたちと今は…弟が欲しいって言ってましたけどその弟と一緒に3人で暮らしてますね。
そして博君健一君はどのように暮らしてらっしゃるんですか?博君たち家族は全員がもう独立してますね。
あっそうですか。
お母さんも一人で住んでますね。
そして…。
健ちゃんはお父さんがまだずっと体は不自由ですのでアルバイトをしながらお父さんと一緒に生活しています。
お父さんのベッドに一緒に横たわる姿がもう何度見てもぐっと来てしまうんです。
よく健ちゃんそばで寝たなと私は思うんですけどね。
でもやっぱり子どもで大好きなんですねきっとね。
やっぱり彼が出てきてから言った「変わらない」って。
やっぱりそれは大きいですよね子どものその思いっていうのは。
その思いが親たちを変えていくっていうかね。
そういう事につながっているんだろうと思いますね。
どうなんでしょうか?ちょっと振り返りましても37年間荘保さんはずっとずっと子どもたちを見守って支えてこられた。
その原動力というのは何だったのでしょう?それはやっぱり今見た3人の思いっていうかね。
子どもたちの持つ力というか。
どんな事があっても親を思ってるというね。
その事から生まれる子どもの力みたいなものに魅せられたというか。
例えばこんな子がいましたね。
とっても生活が大変になって日雇いですから時には仕事がなくなる。
お金が無くなる。
そうするとドヤを出ないといけなくなるので…。
まあお父さん家族ですね。
家族がみんなね。
たまたまその子のお父さんが大阪から30分ぐらいの所に実家がありましたのでその実家に子どもたちをお金をもらってこいという訳ですよね。
おやじさんは…。
行けない。
そう。
子どもたちにやらすんですね。
その時2人まだ小学生でしたけど兄弟お兄ちゃんと妹で電車賃片道もらってそして地下鉄乗って行きました。
行ったんだけど彼女たち何回も行ってるしお金返してないから…その時よう敷居をまたがなかったって。
そしてそのまま帰ってきちゃったんですね。
「でも片道しかないのにどうして帰ってきた?」って言ったら「歩いて帰ってきた」って言うんですよ。
帰ってきたらお父さんに「何で借りてこなかった」って怒られる叱られる。
そこで子どもたちはパチンコ屋とかに行ってパチンコ拾って集めてお金もらったりとか「100円頂戴」という形で集めてそれを親に渡していたって。
「100円頂戴」って…。
そうです。
それまでは私そんな事知らなかったですから「そんな事したらあかんよ」って言うだけだったんですよね。
でもホントに同じ「100円頂戴」でもその子どもたちの抱えてる生活をそれをなんとか親を助けようと思ってやってるという。
もうすばらしいですよね子どもの持つ力というのは。
だから子どもの持つ力というのは香菜ちゃんたちがあるようにこの社会の中をそれを素直に受け入れてその中でなんとか生きていこうとする力ですよね。
決してそれを拒否する訳でもなく。
でも大人になっていった時に「これでいいのか?」という事でいろんな反発も出てきますけどもでもそれももってそういう事を思って自分は生きていくんだという事を力強くやる。
これ子どものレジリエンシーという力で大人もあるんですがいろんな事をそれを力にしてしんどいんじゃなくてそれをばねにして生きていくという力ですよね。
その力を信じる事が私は大切だと思います。
そういう意味では子どもの変わらない思いが親たちを変えていく。
でもどうなんでしょう?子どもの周りを取り巻く環境は現状として今どんなふうになっているのでしょうか?この10年はすごく変化がありました。
釜ヶ崎というのは日雇い労働の町ですからいわゆる非正規雇用なんですね。
それが放映があってから5〜6年たって建築業だけじゃなくて製造業まで日本全国に非正規雇用というのが出来ましたね。
その事によって日雇いの形態が日本中にできるようになったので釜ヶ崎が寄せ場だったんですがその寄せ場の仕事が周りに行ってしまって…。
全国に…。
そうです。
日本全国が釜ヶ崎化という形になって広がっていってるのが現状ですね。
同じように貧困も広がっていった。
経済的なあるいは雇用の不安定というところから子どもたちの生活も不安定になっていっている。
今日本の相対的子どもの貧困が6人に1人といわれていますがその事の証明のような形だと思いますね。
だから多分博君や香菜ちゃんのような子どもたちが日本中に今広がっていると思うのでやっぱりそういう子どもたちをキャッチする能力を大人たちがまず持たないといけない。
それともう一つは子どもたちがSOSを出せるような居場所を子どもたちが逃げられる場所であるとかそういう場所をやっぱりちゃんと用意しないといけないと思いますね。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
今日は荘保共子さんとご一緒にお伝え致しました。
2014/05/04(日) 13:50〜14:55
NHK総合1・神戸
NHKアーカイブス「こども 生きる力」[字]
非正規雇用の拡大などで貧困に苦しむこどもが増えている。親の生活が不安定でも、こどもはたくましく、時に親を支える事すらある。こどもの「生きる力」を見つめる。
詳細情報
番組内容
【ゲスト】“こどもの里”代表…荘保共子,【キャスター】桜井洋子
出演者
【ゲスト】“こどもの里”代表…荘保共子,【キャスター】桜井洋子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
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