現存する日本最古の歌集「万葉集」。
多くの人々が集まりにぎわいを見せた平城京。
都の生活は多様な価値観を生み出します。
その中から才能あふれる歌人が登場しました。
言ってない青空がバッと出てくるのがこの歌の人気のあるところだと思うんですね。
ほんとだ言われてみれば。
なるほど。
「万葉集」に花開いた色とりどりの個性を見ていきます。
(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…さあ今回も更なる「万葉集」の世界へと足を踏み入れていきたいと思います。
今日の指南役の先生も歌人の佐佐木幸綱先生でございます。
よろしくお願いいたします。
さて今回は第三期。
「万葉集」の時代を4つに分けて今考えていますが三期です。
この三期というのはどういう時代ですか?710年から733年まで大体20年間を言っています。
平城京奈良の都が出来るんですね。
それで大きな都市社会が成立して経済もここに集中してくると。
そういう事でだんだんだんだん…今日やるのはそういう時代を生きている人の歌なんですよね。
「個性の開花」という名を付けてみましたけれども…「万葉集」を教わってて僕なりにすごく面白いなと思うのは歌自体もそうなんですけど特に書き言葉を我々日本人が使いこなしていくその過程みたいのを見られるようなね。
「言葉には言霊があって変な事を言ったら呪われる」みたいな割と原始的な考え方のところからその先に「公式行事にはこういう事を書き残した方が恐らく皆に対しての影響力があるだろう」みたいな事からいよいよ「個性」という。
そうですね。
昨日たまたまかみさんと「明日また『万葉集』教わるんだよ」「今どんな話してるの?」といった時に今みたいな話をちょっとしたらかみさんが「それって写真とかもそうだよね」という話になって。
写真が日本に入ってきた時にはかしこまって皆よそ行き。
ボロなんか絶対見えちゃ駄目。
魂吸い取られるとか噂があって。
まさに言霊と一緒。
ここにはこういうメンバーがいましたという記録の写真を撮るだけだけどそのあとスナップ写真に至るとどんどん使いこなしていく。
もう自由な。
そうすると今回の「個性の開花」はどんな歌の使い方をしてくのかがちょっと楽しみ。
この前黒人さん出てきましたけど今日は赤人さんです。
先生この人はどういう方なんでしょうか?前回見ました柿本人麻呂の次を継ぐ宮廷歌人ですね基本的には。
特に平安朝時代以降になるとこの人が大変人気というかシンボリックな人になってきてね…天皇が吉野に行幸した時山部赤人が詠んだ歌です。
「吉野の象山の山あいの木の茂みにはこんなにもたくさんの鳥が鳴いている」。
「夜が更けゆくほどに久木の生い茂る清らかな川原で千鳥がしきりに鳴いている」。
それまで行幸の歌は天皇の権威を褒めたたえるものでしたが赤人の歌は少し趣が異なっています。
鳥が鳴いてるよっていう。
そうですね。
こっちは夜ですね確実にね。
これも夜かもしれませんけどね朝かもしれませんね。
鳥が鳴いている。
「ここだ」というのは「たくさん」という意味ですね。
「しば鳴く」というのは「しばしば」「頻繁に」という。
両方とも大変たくさん鳥が鳴いてるという…そういう形になってきているんですね。
前回柿本人麻呂の話を聞いた時に天皇陛下をたたえる事も自然を詠む事もちょっと一体になったような感じだったじゃないですか。
何かこれは割と僕の思う短歌の中では親しみやすいというかこんな感じじゃないかしら短歌っていう。
自然に溶け込むというか自然の美を見つけるとかそういうふうな感じ。
自然の元気良さを見つけるとかねそういうふうにだんだん変わってくるんですね。
じゃあ「祝うぞ」みたいな感じではなくなりましたね。
ええ。
でもどうしてここでこういう何と言うか変革というかちょっと変化が起こるんですか?多分ね発表する場が違ったんだろうと。
和歌がそれまで公的な場で主役をしてたの。
それがどうもね漢詩の方に主役を取られてこれはそういう一番のトップの場とは違う場に移ったのかもしれない。
だんだんだんだんそういうふうに移行してきたその過渡のものなんだろうというふうに考える。
このあとね宮廷賛歌というのはなくなってくるんですよだんだん。
そのおかげでより芸術の方に行けるような気が。
公文書みたいなものとちょっと離れてきたりとか公式行事のものと離れてくると。
それまでは場に縛られてるっていうかね要求に合致しないといけないというところがあったけどもおっしゃるとおりなところがあると思うんですね。
今も俳句の方でよく「花鳥風月」という事をいいますよね。
自然ですよね。
それで非常に尊敬されてきたんだろうと思いますね。
もう一首山部赤人の歌をご紹介いたしましょう。
これは有名なんで皆さんご存じだと思いますけどね。
これは聞いた事ありますよね。
東海道をですね奈良の方からずっと関東の方に下ってきた。
薩峠というところそこまで視界が閉じててね見えないんだけどそこを行くとパッと富士山が見えるんですよ向こうに。
山道の話なんですかこれ。
陸の話?山道を馬で来て。
今俺武内さんが言ったのよく分かる。
「田児の浦」って始まっちゃうから船から見てるイメージだったんですけど。
そういう説もあったんですけどね今は大体馬でもって海沿いを来たんだろうというふうに考えてますけどね。
この歌のすごいところは空の事を何にも言ってないでしょ。
空が全然出てこない。
ただ「真白にぞ不尽の高嶺に雪はふりける」。
真っ白な富士山があるというと後ろが青くないと見えないじゃないですか。
なるほど!この歌の人気のあるところだと思いますね。
ほんとだ言われてみれば。
パッともう見えますもんね。
俳句や短歌というのは短いからね…あるいは人気がある。
「田子の浦を通って視界の開けるところにうち出て見ると純白に富士の高嶺に雪が降り積もっている」。
檀ふみさんに読んで頂くと味わいが全然違う。
そして実際の映像がこう見えると。
だから実際の映像の方から俺ら入っちゃってるからちょっと頭の中の感動の装置が緩んじゃってるんだと思うんですけどちゃんとその文章を聞いて浮かべようっていう修練ができてる人にはそうか白が見える。
白という事が分かるって事はそれ以外は青なんだという事がちゃんと分かるんでしょうねこれね。
ちょっとそういうのを味わえる人に戻りたいですね。
戻りたい。
戻りたいですね。
僕らはほんとただ普通だなと思う。
子供の頃は多分これを現代語で教わっても普通じゃねえのって思ったけど想像してみるとすごいですよ。
文字だけで写真以上の立体的な情報をもらってる感じがしますね。
さあ続いての歌人は大伴旅人。
この人はどういう人なんでしょうか。
大伴家という家柄が大変古い家柄で天皇家が天から降りてくる時にね先導する役。
そういう事で「万葉集」の歌人の中では大変詳しく経歴が分かっている人なんですね。
まあ「万葉集」70首ぐらい歌が出ていましてね…大体60代以降の歌生きる事の深みみたいなものを詠っているそういう歌が多い方ですね。
ちょっと一つ幸綱先生が挙げて下さいました。
寂しい歌ですけどね。
これは福岡県の大宰府で詠った歌ですけどね。
それで一つまあ人生の無常を感じてそれに重なるようにして自分の義理の兄弟が亡くなったとそういう悲報が届くんですね。
でまあ無常を感じるというか。
これは第一夜の言霊の時のね「いい事ばかり詠みましょう。
いい言葉きれいな言葉ばかり使いましょう」というのともう全然違いますね役割が。
全然違うその心の内側みたいなものを。
哲学的あるいは宗教的な世界に踏み込んでるようなそういう感じがしますよね。
太宰府での任期を終えて都に戻る事になった大伴旅人は妻を亡くした思いをたくさんの歌に詠みました。
「いよいよ都に還る事になった。
だが都に帰って私は一体誰の腕を枕にして寝ようというのか」。
「妻が往路に見た鞆の浦のむろの木は今も変わらずにあるがこれを見た妻はもはやこの世にいない」。
転勤になって本社に帰る事をふるさとに帰る事を夢みてたのに奥さん死んじゃってるから戻るはいいんだけど俺かみさんと戻りたかったんだよなみたいな。
ぐっと入ってきちゃいました。
より入ってきちゃった。
二首目の方はもうすごいじゃないですか。
鞆の浦って広島県の。
行く時は一緒に行ったんですよねきっと。
それでその時に奥さんが見たその木がこれからも木はずっと無事なんだろうけども見なくなっちゃったという空しさを詠ってるわけですけどね。
やっぱりその一つの景色。
「鞆の浦」という地名があるので非常に具体的にそのイメージが出てきてね悲しみに縁取られるというか。
悲しみの輪郭がきちっとした歌だから歌としてなかなか感動的なところがある。
そういう歌ですよね。
こんなに愛されたらこんなに歌に詠んでもらったら妻は幸せっていう感じがしますけども。
旅人はこの時にこれを含めて全部で13まとめて作ってるんですね。
それを一括して「亡妻挽歌」というふうな呼び方をしてますけどね。
「亡妻挽歌」。
「亡くなった奥様を悼む歌」というふうな意味ですね。
だからテレビをご覧の方の中にも同じ思いの人がいるでしょうから。
愛する人を失うという誰にでも起こるかもしれない事と鞆の浦ってどんなとこなのかなという感情みたいなそれが両方ミックスされてるのがすごく上手。
心を打つ部分がありますね。
やっぱり厚みがあるというか若くちゃ詠えない歌ですよね。
そういう歌だとは思いますね。
さあ続いては山上憶良です。
ちょっと有名な人だ。
大伴旅人とのエピソードがあるんだそうですね。
年齢が非常に近いんですよね。
いろいろ交流があったというふうに考えていますね。
旅人が奥さんを亡くされて…「悔しい事だ。
このように死んでしまう亡くなってしまうという事を知っていたならば奈良にいる時に奈良の国の全体を隈々まで見せておけばよかった。
残念な事をした」。
「奥さんが見た大好きだったあの楝の花は散ってしまった」。
「あふちの花」?栴檀ですね。
夏に咲く花ですね。
いい香りの。
ええ。
「まだ涙が出てしょうがない。
そういう時なのにあの花は散ってしまっただろうね」というそういう無常観というか時の無惨というか時間の過ぎゆく無惨のような事を詠ってるんだと思いますけどね。
山上憶良の奥さんが亡くなったわけじゃないですもんね。
ええ。
人の事を人の立場で詠んでる。
成り代わってね。
これまたちょっと別のものですね。
これ代作というふうな言い方をしますけどね。
額田王が斉明天皇に成り代わって作った歌というのをやりましたよね。
あれと同じ形。
特にこれは自分の仲のいいしかも上司で年齢も近い歌の仲間という事で気持ちを寄せて作ったんだろうなと思いますね。
山上憶良という方はどういう方なんでしょう。
仏教とかそういうものに対して詳しい非常にインテリ階級の人だというふうに考える。
漢語が多かったりね。
いわゆる日本の古い和歌のテクニックとは違うような言葉が使われていたりそれまでいないタイプの人ですね。
山上憶良さんというとどうも子だくさんという貧しくて子だくさんというイメージがあるんですけども。
それは歌のせいでしょうね。
有名なのは「貧窮問答歌」という随分長い作品がありますけれどね。
内容はどんな感じのものなんですか。
ものすごい貧乏な人がいて多分竪穴式住居のようなところに住んでるわけです。
たくさんの人たちがね。
そういう人がいてその人がもっと貧乏な人に問いかけると。
「貧窮問答歌」。
それではその「貧窮問答歌」ダイジェストでご覧頂きましょう。
「天地は広いというが私のためには狭くなっているのか」。
「太陽や月は明るいというが私のためには照って下さらないのか」。
「父や母は枕の方に妻や子は足の方に身を寄せ合ってうめいたりしている。
かまどには火の気が全くなく米を蒸す蒸し器には蜘蛛が巣を懸けて飯を炊く事などとっくに忘れてしまっている」。
「棒を振りかざす里長は寝床までやって来てわめき立てている。
こんなにもつらいばかりのものなのか世の中を生きてゆくという事は」。
山上憶良このイメージがあって私子だくさんで貧乏だというイメージがあったんですけども。
最後にこんな歌が詠まれております。
「世の中を嫌だつらいというふうに思うけれども鳥じゃないんだから飛び立つ事はできない。
現実を現実として生きていく以外ないだろうね」。
「やさし」というのは「つらい」という意味なんですか。
そうですね。
漢字で書くと「恥」という字になりますけれど見ていると恥ずかしくなるほどつらいというそういう意味でしょうかね。
これを何のために詠んだんでしょう。
この人は筑前守として自分のとこの領地を回りますよね。
そういう中でこういう人たちに出会って一種のルポルタージュのような形で気持ちの問題心の問題として貧乏な人たちの生活を報告するようなそういう思いもあったんだと思いますけどね。
その人の気持ちになって詠んでみるという作業が誰からも尊敬されている天皇陛下の気持ちになるという事よりもずっと難しい事だと思うんですね。
だってする事の名誉も含めていい仕事じゃないですか。
逆に世の中の貧しさみたいな人にシンクロして自分の気持ちをシンクロさせて書くという事はそこまで今僕らが見てもすごくリアリティーのある嘆きじゃないですか。
それは相当この人の事を観察したりとか困ってる人の事を見て思わないとできないというのは僕は間違いないと思うんですよね。
僕はそこに今政治をする人にどれだけそういう観点があるだろうかという気がちょっとして。
江戸時代も半ば過ぎにならないとこういうふうなものは出てこない。
ほんとに庶民の苦しさみたいなものを。
西鶴なんかがね貧乏な人たちの話は書いたりしてますけどそういう時代まではないんですよ。
はぁ〜。
だからほんとにこの人は特別なそういう今おっしゃったような共感するとかきちっと見るという才能を持ってたんだと思いますね。
だってさちょっとロックだよね。
ロックンロールだと思うんだよね。
要するに「きれい事ばっか言ってんじゃねえよ」にちょっと近いと思うんですよね。
「みんなきれいなのきれいなの詠んでるか知んないけどそこで暮らしてる人たちは飯が食えねえんだよ」と言うのってちょっとロックだったり。
だからず〜っとね認められなかったんですよ。
「万葉集」にこの人がいるって誰も注目しなかった。
だから「百人一首」にもこの人出てきませんよね。
なるほど。
もう最近。
明治以来ですね本格的にこの人に光が当たったの。
私たちは文学史の中で山上憶良の「貧窮問答歌」は習ってるからそういう意味があったんですね。
何にもよく分かってませんでしたけど。
でもこの時代の代表的な3人を今日見てきましたけどほんとにもう随分変わってきましたね。
個性。
大きな公式の行事のものなんかはもう漢詩になってきた。
…でというところが僕はすごく心が打たれたのはね。
例えばねラジオの時代にテレビが入ってきた時ってラジオ無くなると思ってたんだよね。
だけど例えば深夜放送のような無かったものが出てきたりとか。
何か新しい役割で使われたりするのと一緒で歌がそういう局面をずっと乗り越えてきてる感じが。
結構波というかドラマというかそういうものがある。
次回も先生どうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
2014/05/04(日) 15:48〜16:12
NHKEテレ1大阪
100分de名著・選 万葉集 第3回「個性の開花」[解][字]
現存する日本最古の歌集「万葉集」。番組では万葉集に収められている歌を、歌の年代ごとに4期に分類、作風の変化を追う。第3回では、詠み手の個性が花開いた時代を描く。
詳細情報
番組内容
第3期では、個性的な宮廷歌人が続々と登場する。この時代は、個人としての意識が強くなった時代だった。そのため、人間の内面や他人への共感に重きをおく作品が多くなった。代表的な歌人としては、田子の浦の富士を歌にした山部赤人、亡き妻への思いを読んだ大伴旅人、庶民の厳しい暮らしを描写した山上憶良などが有名だ。第3回は、万葉集第3期の作品から、人間の心や社会の現実を鋭く見つめた歌を味わう。
出演者
【ゲスト】歌人/早稲田大学名誉教授…佐佐木幸綱,【司会】伊集院光,武内陶子,【朗読】檀ふみ,【語り】徳山靖彦
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