豊臣秀吉が盛大な花見を催した事で知られる桜の名所です。
その中にひときわ多くの人が集まる銘木があります。
樹齢150年以上と言われる三宝院のしだれ桜。
その美しさに心を打たれ一人の画家が日本画の歴史に残る傑作を描きました。
春の日ざしを浴び満開に咲き誇るしだれ桜。
透けるように淡いピンクの花から春の匂いが漂ってきます。
描いたのは奥村土牛。
101歳で亡くなるまで筆を握り探求を続けました。
この絵には日本画の常識を覆す独自の技が秘められています。
よく見ると花びらの輪郭はあいまいで一枚一枚が溶け合うかのようです。
(西田)多くの仕事を花びらの中に実際はされていらっしゃるんですね。
構図も不思議です。
太い幹が中心を占め満開の枝は僅かしか描かれていません。
そこにこそ土牛の深い思いが込められています。
(草薙)その奥に秘められているいろいろなものを思い出させてくれる思い巡らせてくれるようなものが醍醐の桜にあったんだと思う。
日本画家奥村土牛。
心で描いた桜の名画にまつわる物語です。
さあ今日は明治から大正昭和にかけて101歳まで日本画で第一線で活躍した奥村土牛です。
土牛といえば僕以前映像で拝見した事あるんですけれども100歳を越える時に筆を持った時の目つきですかね本当に力強い鋭いまなざしが心に焼き付いてますね。
その土牛の代表作の一つがこちらの「醍醐」です。
実際に見ますと大きな作品というのもあるんでしょうけど本当に桜の木のもとに近づいて木の下にいるかのような錯覚にも陥るようなすばらしい作品でした。
そこに自分がいるかのようなまさにこの桜を見ているかのような不思議な感覚になる絵ですよね。
本当にこうさまざまな不思議が秘められた作品ですが今日はこの「醍醐」から奥村土牛を読み解いていきたいと思います。
東京・広尾にある山種美術館。
今富士山と桜をテーマにした展覧会が開かれています。
その会場にひときわ存在感を放つ桜の絵があります。
昭和の名画100選にも選ばれた「醍醐」。
満開の桜が静かに咲き誇っています。
優雅にしなだれる花びらは柔らかな日ざしをまとい透けるような美しさ。
まさに春爛漫。
日本画家奥村土牛。
富士山を描く貴重な映像が残されています。
「風景は見るたびに変わる」。
100歳を迎えても富士の近くにある旅館を訪れ見て描く事にこだわりました。
醍醐寺の桜に出会ったのは74歳の時。
師匠の7回忌の法要に出席した帰り何かに導かれるように訪れました。
「究極の美を感じた」という土牛は数日にわたってこの場所に通い日が暮れるまで写生に没頭しました。
それからおよそ10年。
今年こそとの思いで描き上げたのが「醍醐」でした。
この作品は土牛さんが83歳の時に描いたんですけれども決してそんなに…83歳になってから描いたというふうには思われないくらい非常に若々しく描かれていてそしてまたそれまでの日本美術の中の花鳥風月的なものではなくてこの桜の花を描いているんだけれどもむしろもう心象風景的に醍醐の桜っていうものとその置かれた風景といったものに土牛さん自身が得た感動とかそういったものがこの絵の中に表現されているように思います。
明治22年東京に生まれた奥村土牛。
幼い頃から絵を描く事が大好きで16歳の時画塾に入門します。
そこで出会ったのが土牛より6歳年上で塾頭を務めていた小林古径です。
古径との出会いは画家人生を決定づけるものでした。
古径は後に近代の日本画壇を牽引する画家となります。
代表作「髪」。
真骨頂は伝統に学んだ流麗な線。
そして対象を徹底的に見つめる写生の精神。
古径は言います。
「写生をするとただ見ていただけの時には全く気づかなかった形や色が見えてくる」。
土牛が古径から教わったのもひたすら「ものをよく見て描く」という事でした。
30代の終わりに発表した「雨趣」。
霞がかった集落。
降り注ぐ雨の一筋一筋。
この作品は大きな公募展で入選を果たしますが土牛自身は決して満足できなかったといいます。
ものを見るとはどういう事か。
土牛は疎開先の長野で模索を続けました。
戦後混乱の時期家族と身を寄せていた場所です。
土牛が写生に打ち込んでいた事を物語る数々のスケッチが収蔵されています。
当時土牛は既に50代後半。
画家として認められる地位を築きながらも身近な自然の写生に明け暮れる日々でした。
この家で父と暮らしていた時の事を今もよく覚えているといいます。
う〜ん懐かしいそのまんまですけどね。
いや全然してないんですよ。
2階が画室になってて下が住まいになってましてね。
こちらが画室になってるんですけどね。
果物でも何でもね描き終わってもそれを捨てると怒られるんですよ。
片づけちゃいけないんですよ。
結局自分が描き終わったあともそのイメージを残しておきたいらしくてね。
もう腐ったまんま何日も置いておくと。
そういうあれはありましたね。
(取材者)本当に始まりから終わりまでこう見ておきたい?そうですね。
だと思いますね。
鯉は結構描きましたねよく。
ある日土牛は鯉を写生したいと言いだしました。
わざわざ人に頼んで池からたらいに移してもらいましたがなかなか筆を執ろうとしません。
結局2〜3時間もの間見つめているだけだったといいます。
見尽くした末に描いた素描が残されています。
鯉の姿を生き生きとした線であらゆる角度から捉えようとしています。
土牛は古径の教えを忠実に守り鍛錬を重ねていたのです。
見てる時間が長いんですよね。
いつ描きだすのかいつ描きだすのかっていうね話し合ってるみたいな感じしましたねやっぱりね。
横で見ててもね何か話しかけてこう描いてるみたいな感じでしたけどね。
内面的なものを描きたいらしくてその気持ちを描きたいっていうんで毎回毎回行くんですけどね。
そして初めて本画として仕上げた鯉。
200歳を超えるという錦鯉を見て土牛は「威厳のある顔をしていた」と語っています。
生前の土牛と交流のあった美術評論家の草薙奈津子さんです。
土牛が古径から学んだ写生とは見たものをただ写し取る事ではないと言います。
やっぱり古径さんから絵の格品格とか画格とかそういうものをね学んでると思う。
写生といったってただ写生ばかりじゃいい絵にならないんですよ。
その対象の持っている気持ちとか精神とかまあそういったものそれと自分の気持ち精神そういったようなものが入りこんだ写生はいい写生になるという事ですよね。
60歳を過ぎた円熟期の作品。
牛の姿に見いだした命の気高さ。
京都の舞妓。
古径を思わせる美しい線。
着飾った姿とは裏腹に表情にはどこかあどけなさが残ります。
古径に学んだ写生の極意。
土牛は対象と自らの心を見つめ続けました。
さあ今日のゲストは写真家の三好和義さんです。
どうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
楽園をテーマにした作品で知られる三好和義さん。
近年は日本全国を巡り四季の風景を撮影しています。
さあ三好さんまずこの土牛の「醍醐」という作品ですが…。
すばらしいですよね。
心が洗われるようというか格調が高いというか僕もこう近くで見てびっくりしました。
すごく明るい光にあふれてるっていうんですかね。
光を感じる。
こう極限までっていうのかなすごく明るいですよね。
シャドー部があまりないですね。
陰の部分が。
うん陰の部分が。
写真撮る時も桜は難しいんですけど晴れてるとわりと写真はきれいに撮れると思ってるんですけどみんなね。
光があんまりありすぎると桜って陰ができてなかなかうまく写真にはならないんですけど。
よく見ると瓦の下や木々の下には全く陰がないですね。
何か幸せにしてくれる光がここにあるっていうかこんなに明るく絵って描けるんだって思いましたね。
ひたすら写生をし続けものを対象を見続けた…。
この鯉もね重なり具合とか鯉の形なのかなすごくシ〜ンとしてる静かな時間がこの中に込められてるっていうんですかね描かれてるっていうんですかね。
水があるないとかそういうレベルじゃなくて鯉と対話してるその鯉に自分を映してるというかそういう描き方ですよね。
自分の気持ちをそこに映して対象物を描くという事ですよね。
内面を描く写生っていうのはどのようなものだと?これだって思うところまで自分を試すっていうのかなそういうところに自分を高めていくっていうか。
だんだんスケッチをするにつれて土牛の中での美しい形というのがここに。
こういうものを描きたいというその「こういうもの」というのが出てるんでしょうね。
ここに至るまでの経過がたくさん何層も積み重ねられているからこそ研ぎ澄まされていてここに。
研ぎ澄まされてるっていうところでしょうね。
そして円熟期60代の頃に描かれた「聖牛」という作品ですよね。
この線ですよね。
線がいいですね。
背中の線とか緊張感があって目に飛び込んでくるんですけれど。
このお尻のところのこのゴツゴツっとした感じとかすごくこう見て写生してると思いますよ。
顎のところのこのひだがこうなってるところとかねまたこの白い牛の立体感というか肉づきとかそういうのがすごい存在感があるっていうのかな。
土牛さん白い絵の具の使い方っていうのかな白いものがすごいいいですよね。
写真ではなかなかその白いものを立体感を出しながら表現するってなかなかできないもんだからこの絵を見てて白の美しさっていうのに心を奪われましたね。
またこれだけこう格調があるっていうのかな…。
品という言葉も出たりしていましたけれども。
品格があるっていうのはああこういう事をいうんだっていうところですよね。
土牛さんの絵っていうのはね。
そういうものというのは本人に品格があればこそというのが前提かもしれないですけどどのようにしたらこのように作品として反映されるのかって思いますよね。
一つには観察だっていう事なんですね。
観察してじっとその対象物を見てそれを筆で写すわけですよね。
だから写実っていうだけじゃなくてこの線にどういう意味を持たせようかとか持つんだろうかとかいろんな事を考えながらすごい時間をかけて絵というのは作っていくものですよね。
写生を極めた土牛。
しかし「醍醐」は不思議です。
古径に学んだ美しい線はほとんど見られません。
花びらはぼやけたように輪郭さえあいまいです。
ここに日本画の新たな境地を切り開いた土牛の探求が秘められています。
転機となったのは68歳の時。
師匠と慕ってきた古径が亡くなったのです。
この頃から土牛の絵に変化が表れます。
姫路城を描いた作品「城」。
土牛はそれまでと変わらぬ姿勢で何度も写生を重ね名高い城の威風堂々とした姿を描き上げました。
しかし線がほとんど見られません。
新たな模索を始めた当時の心境を土牛はこう語っています。
「描きたいと思った対象なら何でも失敗を恐れずぶつかっていきたい。
無難な事をやっていては明日という日は訪れてこない。
毎日そう考えるようになっていた」。
(草薙)土牛さんの中で古径的なものと土牛的なものの両方がこう葛藤してたんじゃないかなと。
師匠と違うというよりもむしろ自分はこういう表現をしたいというような気持ちはおありだったと思いますよ。
実際にそれ以降の作品というのはそれまではわりと線を使って古径なんかと同じような感じで線を使って描く絵がとても多かったんですけれどもだんだん面で描く色で描くそういったようなものに移ってきてますよね。
70歳大作「鳴門」で独自の画風に到達します。
土牛は妻のふるさと徳島を訪れた際渦潮に心を奪われました。
船の上で海に落ちないよう妻に着物の帯をつかんでもらい身を乗り出して写生したといいます。
激しく渦を巻く潮の流れ。
実は薄い白の絵の具を何度も塗り重ねるという独特の描き方をしています。
線は全く見られずそこに古径の面影はありません。
(草薙)写実的でもあるんですけれどもでも何かもっとこう象徴象徴性のある絵画という感じがしてくるんですね。
単なる景色じゃなくて自然の偉大さとか自然の怖さとかいろんな神がつくった造形物の偉大さとかねいろんなものが入り込んでるそういうものがあるのが鳴門じゃないかと思いますよね。
新しい日本画現代が求めている日本画をまあ表している代表する作品だったと思いますね。
弟子として土牛から教えを受けた日本画家の西田俊英さんです。
西田さんは「醍醐」の桜にも土牛が編み出した「鳴門」と同じ技法が使われていると考えています。
どの花の花びらを見ても全部ピンクの色が微妙に濃淡が違うんですよね。
だから決して一つの皿の色で描いてはないんですよね。
細かなニュアンスも伝わってくるくらい薄塗りなんですけども多分この絵は100回以上に薄い薄い絵の具が塗られてると思うんですね。
西田さんに土牛の技の一端を再現してもらいました。
(西田)花びらが重なってきますよというその一番後ろの方からやっていきます。
薄めにこれは薄くです。
土牛も使った特別な絵の具で桜の花を描いていきます。
意外にも一枚一枚丁寧に筆を進めます。
枝と花を描き終えました。
ここまでが第一段階だといいます。
(西田)ここから先生の苦心の部分があるんですが薄く潰します。
ほんとに気が付かないぐらい薄いのを何回も何回も土牛先生はやってらっしゃった気がしますね。
ごく薄い絵の具を塗り重ねていきます。
土牛は塗っては乾かしという工程を100回以上も繰り返したといいます。
単純に絵の具の層を厚くしようと思って塗ってるのは塗れるんです。
100回であろうが200回であろうが単純作業ですよ。
ただ先生のはこの1回を塗ってしまったら大失敗になるかもしれないという緊張感を常に持ったひと塗りなんですね。
だから生きる場合もあるし逆に言えば大失敗をするそのギリギリのところでひと塗りのはけをかける。
左が最初に花を描き上げたもの。
右が薄い絵の具を塗り重ねたものです。
土牛は場所によって塗る回数を変えるなど繊細に筆を走らせ日ざしを浴びた自然な印象を生み出していたのです。
これでも今ちょっと塗り過ぎたかなと思うぐらいですからほんとに気が付かないぐらい薄いのを何回も何回も土牛先生はやってらっしゃった気がしますね。
そういう苦心のあとを一切あまり画面から見る時にあまりにも自然にスーッと描かれてるのでそういう事に気付かないですけども実に多くの工夫がされているんだなぁという事を改めて僕も思いますね。
「無難な事をやっていては明日という日は来ない」と。
また今日もすてきな言葉を頂きましたね。
あんなテクニックで描かれてたんですね。
写真だったらソフトフォーカスレンズもしくは明るいレンズで絞りを開放にして撮るとパッとにじんだようなハレーションが起こったような撮り方ができるんですけどそんな感じで描かれてるのかなとも思ってたけどああやって重ねて。
すごいですよね。
乾かしてまた塗って100回以上。
すごいですよね。
いや〜すごいと思いますね。
全体が決してぼんやりしてるわけでは全くなく見るところによるとふわっとした花びらに触れそうなぐらい…。
特にこの瓦の上の花びらはすごく立体的にちゃんとリアルに描いてある部分もありますよね。
ちょっと透けてるようにもなってるし。
全体に込められた土牛のきめこまやかな…。
思いがその中に入ってる。
そういう細かい部分が見てる人の心をつかむというか揺さぶるというか。
そして同じように重ねて重ねてを100回以上繰り返して作られたのが「鳴門」。
これ実は三好さんにとっては…。
僕はすごい思い入れがあるというか好きな作品ですね。
僕田舎が徳島で母の実家が鳴門で僕が中学生の時かな。
一番最初にコンテストに応募した作品が鳴門だったんですね。
そのころはまだ知らなかったんですけど上京して美術館でこの作品を見て「こういう描き方があるんだ」っていう描き方というよりも感じ方があるんだと思いましたね。
この水の色というのをこの時に初めて知ったというか。
作品になる水の色というのはこういうもんだというのを知ったというのかな。
何回も鳴門は撮影に行くんですけどね。
まさに土牛も「落ちないで」って妻に帯を持ってもらいながらも。
もうね渦潮ってすごい引き込まれるんですよ。
もっとこうくるくるっと巻いてるんですよね。
それを船の上から写真撮る時にも確かに横で誰か見ててもらわないと落ちてしまうっていうぐらいね。
水のくるくるってなってるところの光がものすごい写真ではすぐとんでしまう真っ白になって何にもディテールが出なくなってしまうんですよ。
だけどこれはすごいきれいに調子が出ていやすごいなって。
こういう世界をやっぱり自分の中でも求めたいって思いますよね。
「醍醐」にはもう一つ不思議な点があります。
樹齢150年を超えるというしだれ桜は大きく枝を張り出した悠然たる姿が何よりも印象的です。
しかし土牛は幹を大きく描き狭い構図で切り取っています。
73歳で文化勲章を授章した土牛。
画家として頂点を極めたあとも全国を歩いて写生を重ね独自の表現を探し続けました。
一休和尚ゆかりの寺にある茶室を狭い構図で描いています。
限られた空間の中で柱や壁の歴史を重ねた風合いが伝わってきます。
家の門のようにも見えますが奥の方に瓦のある白壁の塀が見えます。
壁の小さな四角は鉄砲を撃つ窓。
実は姫路城です。
土牛は城全体をくまなく歩く中でこの門の風合いが気に入り構図を探りました。
「醍醐」も狭い構図だからこそ幹や花の繊細な表情が伝わってきます。
そこにはもう一つのねらいがあるといいます。
この画面の外を想像できますよね。
描かれてない部分の桜の豊かさみたいなものが画面から伝わってくるといいますかね。
全部を描くものがいいわけじゃないっていうのが何となくよく分かるなという気もしますけどね。
83歳土牛は醍醐寺の桜を描こうと決意します。
しかし向かったのは京都だけではありませんでした。
言わずと知れた桜の名所です。
実は醍醐寺の桜も元をたどれば秀吉が吉野から運ばせたものでした。
土牛は一本の桜を描くために背景にある数百年に及ぶ歴史まで見つめようとしたのです。
その証しはひそかに刻まれています。
幹に寄り添う支え棒です。
年老いた桜を懸命に支える姿に何世代にもわたって守り継いでいきたいという人々の願いが重なります。
桜への思いそれはまた桜に限らない日本の風土に対する思いみたいなものが全部がスーッと入った状態で桜だけを描いてるんじゃなくて桜を通して京都の文化であったり歴史であったりそういうのが「醍醐」には歴史がね描かれてるような気もしますし日本の心そのものが描かれてるような気がするのでこれは桜の花鳥画というものにとどまってませんよね。
そして生まれた傑作「醍醐」。
晩年にさしかかりながら若き日のように模索を重ねた土牛。
それを支えたある思いがこの幹に込められています。
それは生涯忘れる事のできない師匠・古径の存在です。
思えば醍醐寺の桜と出会ったのは古径の法要の帰り。
土牛は老いてなお満開の花を咲かせるその幹に古径の姿を見たのかもしれません。
どんな時も絵に対してひたむきな姿勢を貫いた恩師の姿を。
(草薙)桜を見て古径さんの事を思ったというのはそれはもう幹も入ってると思いますよ。
それから桜の木って意外と幹がね黒々していてちょっと気持ち悪いようなそういう感じもありますよね。
これは別にそういうふうにあれしてないですけどすごくどっしりしてますよね。
そして非常に複雑な色使って紫とかただ緑だけじゃなくて紫とかいろんな色を使ってますよね。
非常に複雑に仕上げていて。
そういったようなところにも自分が古径さんからずっと学んで兄事してきたというか先生と思っていろんな事を教えて頂いたりしながら過ごしてきたというような事が脳裏に巡ったかもしれませんよね。
83歳にして心新たに桜を描いた土牛。
その後101歳まで筆を握り続けました。
「私はこれから死ぬまで初心を忘れず拙くとも生きた絵が描きたい。
それが念願であり生きがいだと思っている。
芸術に完成はありえない。
要はどこまで大きく未完成で終わるかである。
余命も少ないが一日を大切に精進していきたい」。
「どこまで大きく未完で終わるか」というこの言葉三好さんいかがですか?深いものがありますよね。
そういう境地に達してたんだっていう。
確かにこれでもう完成したこれ以上のものはもう描けないとなったらそういう意味じゃ芸術家ってもうそこで終わりなのでもっと描きたいっていう気持ちがずっと最後まであるというのはうん…いいなというか羨ましいなというかすごいなと思いますよね。
思いますね。
三好さん広角で全てを写すのではなくそれこそズームレンズで幹を中心にねらっていったこのフレーミングというのは…。
この構図のここまで近寄って…僕はこれズームっていうよりはこういう標準レンズぐらいでちょうどいい距離ここでこういうふうに描いたらこの花のディテールも出るし幹も出るしそれ以外にもっと自分の気持ちをそこに反映できるっていう構図それを考えて決めた構図じゃないかなと思いますね。
ある意味すごく緊張感のある構図ですよね。
ちょっと上を向いてるのにちゃんと平行が出ててこの白壁の存在感もあるし。
確かにそうですね。
それを考えるとこの支え棒がすごく利いてますね。
本来はこの支え棒なくてもいいはずなのにある事によって大きさというのがすごく引き立ってるというのかな。
伝わってくるというのかな。
この大きさの作品でしょ。
1m以上ありますからね。
そこで見る人がこの距離で見るだろうからという事も考えながらもこの幹のディテールというのも出してるし構図の安定感というのをかなり計算してるって言ったら何ですけど切り取ってますよね。
多分自分で描きながらだんだん構図も狭めていったっていうところだと思いますけどね。
そこにどういう心を込められるか気持ちを込められるかというところをすごく考えて決めてるところかなぁ。
これより寄っても駄目だし引いても駄目だしその辺の絶妙な構図とこの画面の比率もねすごい安定感があるんですよね。
でももう一つの謎構図にあった部分がだんだんひもといて…。
それをいろいろ考えながら見てみるとまた面白いんじゃないかなと思いますね。
この桜を描く時に吉野山に行ってちゃんと桜をまたそこで感じてつかんで更にその歴史的な背景をしっかりと学ぶという。
吉野にも秀吉が花見をした場所とかあるんですよ。
建物とかあって。
そこにお弁当箱まで伝わってるような。
お庭があってね花いかだがきれいとかねそういう所があるんですけどそういう事を全部自分で吸収してそれでかみ砕いてここを描いた描くっていうね。
日本人の美意識やまさに日本人の心というものを描く前にしっかりとつかんで…。
だから例えばこの前でお茶会があったかもしれないなとかその器がどうのとかそういう事までも感じさせてくれる日本文化の深いところまで感じさせてくれるというところがあるんじゃないかなと思いますね。
タイトルからしても「醍醐」っていうのはね醍醐寺の「醍醐」で。
実際に今日本の美しい四季の姿を三好さんも撮られていますが日本が持ついろんな宝物を残していく事も大切でしょうか?ただきれいな景色っていうだけじゃなくて日本人が持ってる気持ちですよね心っていうのが大事なものだなと思いましたね。
今日は本当にどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
2014/05/04(日) 20:00〜20:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「春、こころの桜〜日本画家・奥村土牛〜」[字][再]
桜の名所、京都・醍醐寺。そのしだれ桜を描いた傑作がある。描いたのは日本画の巨匠・奥村土牛。桜に込めた亡き師匠への思いとは。春を飾る一枚から土牛の真髄に迫る。
詳細情報
番組内容
秀吉が盛大な花見を催したことで知られる京都・醍醐寺。境内に悠然と立つしだれ桜。この銘木に挑み、日本画史上に残る傑作を残した画家がいる。奥村土牛。土牛の絵は、日本画の常識と大きく異なるものだった。輪郭があいまいであるにもかかわらず、質感を感じさせる花びらは、薄い絵の具を100回以上塗り重ねて生み出された。101歳まで探求を続けた土牛。亡き師への思いを重ねた桜の傑作から、その真髄に迫る。
出演者
【出演】写真家…三好和義,【司会】井浦新,伊東敏恵
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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