エジプトである調査が始まろうとしています。
伝説のファラオツタンカーメンの謎を解き明かすための調査です。
(ザヒ・ハワス)両親が誰かも分かっていないんです。
ツタンカーメンは今も多くの謎に包まれています。
ザヒ・ハワス博士の率いるチームが挑もうとしているのは王家の系譜をたどりツタンカーメンの家族を突き止める事です。
ワクワクします。
チームは最新の科学技術を駆使してツタンカーメンの父親と母親を探し出します。
(カルスティン・プーシュ)初めてのケースです。
歴史上初めてツタンカーメンのミイラからDNAのサンプルを採取しその解析に挑みます。
(アルベルト・ツィンク)母親が分かりました。
3,300年以上の時を超えツタンカーメンの真実が明らかになります。
2005年1月エジプト王家の谷。
ツタンカーメンのミイラを実際に見た者は50人もいません。
ザヒ・ハワス博士は著名なエジプト学者です。
誰もがツタンカーメンの顔を思い描いてきました。
それほど謎と魅力に満ちています。
墓の中では歴史が作られる瞬間を人々が待ち構えています。
調査のためツタンカーメンのミイラを墓から運び出すのです。
ハワス博士のチームに緊張が走ります。
ファラオの扱いに不手際は許されないからです。
持ち上げるのに4人は必要だ。
始めよう。
この黄金の仮面の下に3,300年以上前のミイラが眠っているのです。
そ〜っとだ。
慎重に。
ツタンカーメンのミイラが姿を現しました。
ミイラを窒素で満たしたガラスの棺に納め研究室へと運びます。
古代エジプトの大きな謎に迫る旅がいよいよ始まります。
ハワス博士はその謎を解き明かす事ができるのでしょうか。
現時点ではツタンカーメンの両親が誰かさえ分かっていないんです。
信じられない事にツタンカーメンの血縁関係について正確な事は何も分かっていません。
1922年11月ツタンカーメンの墓が発見されるという考古学史上有数の大発見がありました。
莫大な財宝に囲まれ黄金の棺の中で眠りについていたファラオは多くの謎に包まれていました。
ハワス博士は40年にわたって古代エジプトの研究を行ってきましたがツタンカーメンの謎を解く決定的な手がかりは得られずにいました。
この黄金に包まれた少年王の真実を知るためには父親は誰だったのか母親は誰だったのかを突き止めなくてはなりません。
それが分かったら大きな前進です。
失われた王家の系譜を埋めるためハワス博士のチームはCTスキャンとDNA鑑定を行います。
しかしツタンカーメンのDNAを調べるだけでは何も分かりません。
それを他のミイラのDNAと比較して血縁関係を突き止める必要があります。
しかしどのミイラと比較すればよいのでしょう?カイロのエジプト考古学博物館には身元不明のミイラが何千体も収蔵されています。
数千年の間に墓から墓へ移されたりして誰なのか分からなくなっているのです。
果たしてどれがツタンカーメンの家族なのでしょうか?ツタンカーメンは紀元前1350年ごろ古代エジプトの都がアマルナにあった時代に生きていた事が分かっています。
しかしこの時代は古代エジプトの激動期であったため歴史的記録の多くが失われています。
アマルナ時代は今も多くの謎に包まれています。
古代エジプト人がアマルナ時代を歴史から抹消しようとしたためツタンカーメンの血縁関係を探るのはとても難しいんです。
まだ10歳ほどのツタンカーメンが王位についたのはそんな時代でした。
私たちがツタンカーメンの生涯について知っている事はごく僅かにすぎません。
ハワス博士のチームはさまざまな遺物や墓古代エジプトの象形文字ヒエログリフなどを徹底的に調べできる限り多くの証拠を集めていきました。
それらをつなぎ合わせて歴史的事実に近づくためです。
それと同時にツタンカーメンの家族の有力な候補となるミイラを割り出していきました。
その候補者のDNAを解析すればツタンカーメンの家族が判明し古代の謎が解明されるかもしれません。
第一歩はツタンカーメン自身のDNAサンプルを採取する事です。
しかしツタンカーメンのミイラは最初に発見された際棺から取り出すためバラバラにされていました。
慎重に扱わないとますます傷つけてしまいます。
調査によってミイラを傷つける事を何よりも恐れていましたが担当者の話によればDNA鑑定でミイラが傷つく事は全くないとの事でした。
作業をする者は自分のDNAが混入しないよう白衣やマスク手袋などで身を包みます。
ツタンカーメンは19歳の若さで亡くなったとされるため骨が丈夫です。
そのため大腿骨からのサンプル採取は思った以上に大変でした。
(ヤヒア・ザカリア)胸の躍る作業ですよ。
2時間半かけて15のサンプルを採取しました。
しかしサンプルの状態が良いか悪いかはカイロの研究室に戻らないと分かりません。
エジプト考古学博物館には最先端の設備を備えた研究室があり王族のミイラのDNA鑑定を専門的に行っています。
採取したサンプルをここで解析します。
(ザカリア)1番。
(ソマイア・イスマイール)左大腿骨。
この歴史的なプロジェクトのためエジプトでもトップクラスの研究チームが招かれました。
ツタンカーメンのミイラから採取されたサンプルがいよいよ解析されます。
しかしここで問題が発生しました。
(ザカリア)色が濃すぎるなあ。
これは簡単には解析できないぞ。
何か異物が混入しているようです。
サンプルの色が通常と違っています。
このままでは解析に必要なだけのDNAが抽出できないかもしれません。
ツタンカーメンは数千年の時を経ても自らの秘密を守ろうとしているのでしょうか?一方ハワス博士は考古学的な調査によってツタンカーメンの謎に迫るため「猿の谷」と呼ばれる場所に向かいました。
ツタンカーメンの父親候補の一人アメンホテプ3世が葬られた場所です。
他のファラオたちの墓から離れた場所に造られていますがこの時代では最大の規模を誇る広大な墓です。
この墓を見ただけでもアメンホテプ3世がいかに大きな権力を持っていたかが分かります。
アメンホテプ3世と后のティイはおよそ40年にわたって古代エジプトを治めその最盛期を築き上げました。
アメンホテプ3世がツタンカーメンの父親だったのでしょうか?ツタンカーメン時代の記録ではアメンホテプ3世は「父」という称号で書かれています。
しかし当時の「父」という言葉は「男性の祖先」を意味していました。
祖父であったとしても「父」と称されたんです。
正確な関係を調べるにはやはりアメンホテプ3世のミイラを調べるしかありません。
幸いアメンホテプ3世のミイラは所在が分かっています。
エジプト考古学博物館の奥深く一般の来館者が入れない場所でアメンホテプ3世が眠りについています。
まずはDNAサンプルの採取です。
(ザカリア)ああこれはいい状態だね。
10個ほどのサンプルを採取できました。
すぐに解析を始めます。
次にCTスキャン。
あらゆる方向からレントゲン撮影を行い体の内部を3次元モデルとして見せてくれる技術です。
この調査が行われている間にハワス博士は第2の父親候補の調査を始めました。
謎の多いスメンクカラーです。
はっきりとした証拠はありません。
手がかりは名前だけです。
スメンクカラーはツタンカーメンの前の王でした。
そのため多くの学者が父親の有力候補に挙げていますがミイラは失われていて即位名を刻んだ遺物がツタンカーメンの墓で発見されています。
この箱もその一つです。
「アンクケペルウラー」。
ここに書かれている名前がスメンクカラーの即位名だという説が有力です。
しかしこれがツタンカーメンの墓から発見されたというだけでは証拠として不十分です。
スメンクカラーについてはほとんど手がかりがないためハワス博士は3人目の候補に的を絞りました。
急進的なファラオとして知られるアクエンアテンです。
当時の都アマルナの北西24kmの所に神殿の遺跡があります。
ハワス博士がここにやって来たのはアクエンアテンがツタンカーメンの父親である事を示したブロックが発見されているからです。
ドイツ人の考古学者が保管庫でそれを調査した記録が残されています。
しかし第2次大戦以降ブロックを目にした者はいません。
1939年以降誰一人としてそのブロックを見ていません。
記録台帳にも載っていないんです。
ハワス博士たちは数千にも及ぶアマルナ時代のブロックを3時間にわたって調べ続けました。
ついに何か見つけたようです。
お手柄だよ。
アマルナ時代に関する重要な記録です。
2つに分かれたブロックがピタリと合いました。
ハワス博士がそこに書かれたメッセージを読み解きます。
「王の息子エヌヒェトエフメリートエフトゥトアンクアテン」。
ツタンカーメンがアクエンアテンの息子だという重要な証拠です。
ツタンカーメンの名を刻んだ遺物はアマルナの他の神殿からは見つかっていません。
このブロックだけです。
そこに書かれた文章はアクエンアテンがツタンカーメンの父親である事を暗示しています。
確かに有力な証拠ですが最終的な解答を得るためには失われたアクエンアテンのミイラを見つけてDNA鑑定を行う必要があります。
しかしそれは容易な事ではありません。
アクエンアテンの名前や像はエジプト全土から抹消されているからです。
その理由はアクエンアテンの政治があまりに急進的だったからです。
彼がファラオとして君臨した20年間は古代エジプトの歴史の中でもとりわけ波乱に満ちた時代でした。
彼は2,000年もの間続いた宗教を廃止しテーベにあった都を移したのです。
紀元前1350年ごろアクエンアテンは自らの信じる神アテンのお告げに従い広大な砂漠の真ん中に新たな都市を建設しました。
それがアマルナです。
アクエンアテンが強行した一連のアマルナ改革によって古代エジプトは大きな変化を余儀なくされました。
端的に言うとアクエンアテンが行ったのは古代エジプトの人々が長年にわたって大切にしてきたものを全て覆す事でした。
テーベからアマルナへの遷都はアメリカの首都をワシントンからアリゾナやカンザスの真ん中に移すような大胆な行為でした。
アクエンアテンの都アマルナは今では砂に埋もれ何の手がかりも残されていません。
しかしそこから400km離れた王家の谷に何らかのヒントを与えてくれそうな墓がありました。
第55号墓が発見された時内部は多くの遺物で埋め尽くされそこにアマルナ時代の支配者の名前が刻まれていました。
アメンホテプ3世アクエンアテンその后ネフェルティティスメンクカラーそしてツタンカーメンです。
この部屋から何百という遺物が発見されました。
そのため「アマルナの隠し場所」と呼ばれています。
この墓は第55号墓と名付けられ謎の墓とも呼ばれました。
「謎と魔力を秘めた墓」と称されたんです。
アマルナ時代の魔力です。
ここには神聖な品も納められていました。
「カノポス」と呼ばれる死者の内臓を納めた壺です。
もう一つは棺です。
埋葬者の顔の彫刻はなく身元は不明ですが中に1体のミイラが入っていました。
他の遺物は全てアマルナ時代のものだったためそのミイラも同時代の人物である可能性が高いはずです。
ミイラは遺物と共にエジプト考古学博物館に保管されています。
問題はそれが果たして誰なのかという事です。
アクエンアテン時代の遺物はこのミイラと同じ第55号墓でしか発見されていません。
だとすればこのミイラこそアクエンアテンかもしれません。
ザヒ・ハワス博士はまずミイラのすぐ隣で発見された小さな彫像を調べました。
その多くには「カルトゥーシュ」と呼ばれる王の印が刻まれていました。
アクエンアテンのカルトゥーシュです。
アクエンアテンのカルトゥーシュを見ているところです。
ここに2つあります。
これと…これ。
「アテン」という言葉がはっきり読み取れます。
アクエンアテンの名がここに刻まれているんです。
この身元不明のミイラがアクエンアテンである可能性が高まっていきます。
しかし更なる証拠が必要です。
ハワス博士のチームがミイラと共に発見された遺物の記録を調べたところ棺の中には紙のように薄い純金の書が納められていました。
そこにミイラの名前が書かれているかもしれません。
純金の書はここで何年も保管されてきました。
そこには一体何が書かれているのでしょう?ハワス博士が文面を読み取ります。
この文字は「ワア」こっちが「エン」「ラー」。
アクエンアテンの称号に使われる文字です。
「ワアエンラー」。
それはアクエンアテンの別名としてよく使われていたものでした。
これはごく一部にすぎません。
文章全体を読み解けばこの棺がアクエンアテンのものだと書かれている可能性があります。
これらの考古学的な証拠から第55号墓の棺はアクエンアテンのものと見て間違いないでしょう。
しかし数千年の間に多くのミイラが違う墓や別の棺に移されました。
このミイラがアクエンアテン自身のものだと特定するためには更に別の証拠が必要です。
やはり決定打となるのはDNA鑑定です。
アクエンアテンと見られる身元不明のミイラからサンプルが採取されます。
DNA鑑定がうまくいけば3,300年前の血縁関係が明らかになるはずです。
より多くの情報を収集するためチームはミイラの法医学的な調査も開始しました。
問題となるのは死亡時の年齢です。
以前の調査ではこのミイラの死亡時の年齢は20歳前後と判定されていました。
それが正しければ40歳前後に死亡したとされるアクエンアテンではないという事になります。
(ドドソン)ミイラの年齢は決定的な意味を持ちます。
10代や20代であればアクエンアテンである可能性は否定されるからです。
アクエンアテンであるためにはミイラは40代でなければなりません。
歯と頭蓋骨からはまだ若い人物である事が推察されました。
(セリム)歯や頭蓋骨の調査ではおおまかな値しか出ないのでもっと正確な年齢を割り出すため脊椎を調べました。
すると年を取るに従って骨に増えてくる突起物がたくさん発見されたんです。
その結果少なくとも10代や20代ではない事が分かりました。
脚の骨と膝の調査からも同様の結果が出ました。
(ツィンク)軽い関節炎の痕が見られます。
通常20代の若者には見られないものです。
年齢が40代だった事を示すより有力な証拠となります。
アクエンアテンの可能性が高まってきました。
次にミイラをCTスキャンにかけてさまざまなデータを集めました。
それをアクエンアテンの彫像と比較するためです。
アクエンアテンの彫像は細く長い胴と豊かな腰という大きな特徴を持っています。
謎のミイラにもこれと同じ特徴が見られるのでしょうか?人類学的に見てこの腰の骨は角度が比較的広めですね。
私もそう思う。
確かに広めだ。
豊かな腰で知られるアクエンアテンの彫像と特徴がよく似ています。
CTスキャンと彫像との比較法医学的な見地から推測される死亡時の年齢そしてさまざまな遺物。
どれもこのミイラがアクエンアテンである事を示唆していました。
そしてパズルの最後のピースとなるのがDNA鑑定です。
アメンホテプ3世がアクエンアテンの父親だった事は分かっています。
アメンホテプ3世のミイラと問題のミイラのDNAを比較し親子関係が証明されればアクエンアテンである事はもはや間違いありません。
一方エジプト考古学博物館の研究室では肝心のツタンカーメンのDNA鑑定が立往生していました。
(プーシュ)DNAサンプルの状態は最悪です。
(ツィンク)まるでデータが得られないんです。
こんなひどいサンプルは初めてですよ。
チームはDNAと不純物を分離するため薬品の調合を変えて実験を繰り返していますがまだうまくいっていません。
(イスマイール)また駄目です。
問題はこの黒い物質です。
正体を突き止めて取り除かないと。
分析を繰り返した結果その黒い物質は遺体を保存するための調合薬油と蜂蜜とロウの残留物である事が分かりました。
その調合薬がたっぷりと使われていて骨髄にまで染み込んでいたのです。
(プーシュ)ここはどうだろう…。
21世紀の技術が古代エジプトの化学に敗北してしまうのでしょうか?ツタンカーメンの調査チームがDNA鑑定に苦労している頃他のチームは第55号墓の謎のミイラの身元特定に挑んでいました。
アクエンアテンだと特定されればツタンカーメンとの関係も分かるかもしれません。
私はアクエンアテンがツタンカーメンの父親だとにらんでいます。
それが分かれば失われた王家の系譜を完成させる重要な手がかりになります。
アメンホテプ3世との親子関係が判明すれば謎のミイラはアクエンアテンだという事になります。
次にアクエンアテンがツタンカーメンの父親だと分かれば古代エジプトの王家の系譜を明らかにする作業は大きく前進する事になります。
アメンホテプ3世のミイラと身元不明のミイラのDNA鑑定の結果がいよいよ明らかになる日が来ました。
コンピューターで解析すると2つのグラフが同じ形を示しました。
(ツィンク)これは一目瞭然だね。
答えは明らかでした。
2体のミイラの親子関係が立証されたのです。
(ツィンク)おめでとう。
第55号墓のミイラがアクエンアテンである事がついに明らかになりました。
この瞬間チームは歴史に新たな1ページを書き加えたのです。
エジプト学において最高にすばらしいニュースです。
あのミイラがアクエンアテンだと分かればそれを調査する意味も大きく変わってきます。
本当に喜ばしい事です。
ツタンカーメンの血脈を解き明かすプロジェクトは大きな前進を見せました。
次はいよいよアクエンアテンとツタンカーメンのDNAを比較する番です。
ツタンカーメンのDNA鑑定は遺体を保存するのに使われた物質に邪魔されてきました。
チームはそれを取り除くための薬品を数百種類も調合しついに効果のあるものを発見しました。
(ツィンク)やったぞ。
ツタンカーメンのサンプルから初めてDNAの断片を取り出す事に成功しました。
大きな突破口です。
長い時間を費やしやっと手に入れました。
すばらしい事です。
これでツタンカーメンとアクエンアテンのDNAを比較する事ができます。
チームは夜を徹して作業を続けました。
そして夜が明けた頃…。
こりゃあすごいぞ。
君の言ったとおり完全に一致してる。
2人のDNAは一致していました。
データを入力し解析を始めると共通点が次々と画面上に映し出されました。
探し求めていた答えがそこにあったんです。
驚くべき事だよ。
見てくれこの数値を。
(ツィンク)一致してるな。
(プーシュ)この数値から見て親子関係にある事は間違いない。
上がツタンカーメン下がアクエンアテン。
多くの項目における数値の一致はこの2人が間違いなく父親と息子である事を示していました。
苦労したかいがあったよ。
ツタンカーメンの父親はアクエンアテンだというハワス博士の仮説が証明されました。
科学者として晴れがましい気持ちです。
この2人のファラオの謎を解き明かす信じられないほどすばらしい発見です。
DNA鑑定がツタンカーメンの失われた系譜をよみがえらせました。
アメンホテプ3世が祖父アクエンアテンが父。
それぞれが正当な地位を取り戻したのです。
3,300年の時を超えて古代エジプト王朝の真実が明らかになりました。
アクエンアテンには6人の娘がいましたがツタンカーメンは初めての息子で待ち望んでいた世継ぎでした。
次のファラオとして全てを受け継ぐ少年。
アクエンアテンが築いた新しい都アマルナで新しい宗教を継承していく事を運命づけられた存在でした。
ツタンカーメンの父親がアクエンアテンである事が証明され長年の疑問が一つ解決しました。
しかしそれは謎の半分にすぎません。
ツタンカーメンの母親は誰だったのでしょう?それが分からない限り王家の系譜は完成しないのです。
ツタンカーメンの母親候補はたくさんいますが最も有力な人物はアクエンアテンの2人の妻に絞られます。
1人は側室のキヤ。
異国の王女だったと考えられています。
もう1人は王妃のネフェルティティ。
古代エジプト三大美女の一人と呼ばれ権力にも恵まれた伝説の女性です。
王家の谷の第35号墓でザヒ・ハワス博士が2体のミイラの調査を始めました。
どちらも身元不明で墓荒らしから守るため隠し部屋に保管されていました。
2人ともツタンカーメン時代の女性だと考えられています。
年下の女性と年上の女性。
この女性は美しく流れる髪高い頬骨長い首を持ち腕は王族を示す様式で曲げられています。
年下の女性の腕は曲げられていませんがハワス博士は王族らしい特徴があると言います。
とても状態の良いミイラです。
確かに左腕は胸の上に置かれていませんがだからといって高貴な女性でないとは言えません。
脚や体など他の部分のミイラ化の様式から見て王族のミイラに間違いないでしょう。
ハワス博士の目的は2体のミイラからサンプルを採取してそのDNAをツタンカーメンと比較する事です。
まず年下の女性から。
サンプルに不純物が混ざらないよう注意しなくてはなりません。
うまく採取できました。
次は年上の女性。
サンプルはすぐ研究室に持ち込まれました。
2人の女性とツタンカーメンのDNAを比較した結果意外な事実が明らかになりました。
(ツィンク)全く同じ配列です。
どちらの女性のミイラもツタンカーメンとDNAが一致しています。
この2人の女性のうちどちらかではなく2人ともツタンカーメンと血縁関係にあるという結果が出ました。
2人の女性のうちどちらかがツタンカーメンの母親かもしれません。
しかし母親ではなく姉妹だという可能性もあります。
2人の女性は何者なのでしょう?ツタンカーメンとどんな関係にあるのでしょう?それを知るためには2人のDNAデータを更に別のミイラと比較してみる必要があります。
こちらはイウヤ。
こちらはチュウヤ。
2人はアクエンアテンの祖父母である事が分かっています。
つまりツタンカーメンから見ると曽祖父と曽祖母です。
この2人からサンプルを採取し身元不明の女性2人と比較します。
そこで何らかの一致が見られればツタンカーメンとの関係も明らかになるかもしれません。
コンピューターにイウヤとチュウヤのデータが入力されます。
こっちがイウヤとチュウヤ。
年上の女性ミイラと比較してみよう。
結果はすぐに出ました。
これはすごい。
年上の女性は完璧に一致してるぞ。
完璧だ。
すばらしい。
言う事なしだな。
これは年上の女性がイウヤとチュウヤの娘である事を意味していました。
つまり年上の女性はツタンカーメンの母親ではなく祖母だという事です。
この女性こそティイ王妃でした。
身元不明だった年上のミイラの名前が分かりました。
ティイ王妃。
アメンホテプ3世の后でありアクエンアテンの母親でありツタンカーメンの祖母にあたる女性です。
こうしてツタンカーメンの父方の系譜が4世代にわたって判明しました。
祖母が判明した今残る謎はただ一つです。
ツタンカーメンの母親は何者でそのミイラはどこにあるのでしょう?チームは続けて年下の女性のミイラのDNA解析に取り組んでいました。
そのミイラとツタンカーメンの間に何らかの血縁関係がある事は分かっていますがそれ以上のつながりを突き止める糸口が見いだせず調査は行き詰まっていました。
そこでチームは細胞の核の中にある別のタイプのDNAを解析する事でより詳細な結果を得られるのではないかと考えました。
苦労の末ようやくDNAの解析が完了しました。
その結果分かった事は…。
母親を見つけました。
彼らはついに答えにたどりついたのです。
解読可能な8か所全てが一致しました。
第35号墓の年下の女性のミイラこそツタンカーメンの母親だったのです。
期待以上の結果です。
完全に一致しています。
ここが12と12。
ツタンカーメンが10で母親も10。
ここは19と20でほぼ一致。
ここはどちらも6。
残りの半分は父親から受け継いだものです。
完璧です。
うまくいきすぎなくらいで興奮が収まりませんよ。
第35号墓で見つかったあの年下の女性のミイラ。
あの女性こそツタンカーメンの母親だと特定されました。
ついにツタンカーメンの母親が発見されました。
この女性が伝説のファラオを生んだのです。
3,300年の時を経てツタンカーメンの母親が王家の系譜に書き加えられました。
ファラオであるアクエンアテンが父親第35号墓で見つかった年下の女性が母親です。
輝かしい成果ですが完璧とは言えません。
この母親が何者かは明らかになっていないからです。
アクエンアテンの正室であり夫と共に古代エジプトに君臨した伝説の美女あのネフェルティティなのでしょうか?アクエンアテンとネフェルティティの息子ツタンカーメンを想像してみましょう。
エジプトの歴史を大きく変えたファラオと伝説の美女を両親に持つ少年王としての日々です。
一方アクエンアテンの側室キヤが母親だったとしたらどうでしょう。
キヤはツタンカーメンを生んですぐに亡くなった可能性が高いと考えられているためツタンカーメンの幼少期もかなり違ったものとなった事でしょう。
2人の母親と2つの人生。
どちらが正解かはまだ分かっていませんが今回の発見によってツタンカーメンの真実にかつてないほど迫る事ができた事は確かです。
この結果を発表できるのは非常にうれしい事です。
ツタンカーメンの父親アクエンアテンのミイラを発見し母親を特定する事ができました。
大きな成果です。
ツタンカーメンの系譜にまつわる大いなる謎を解明できたんですから。
古代エジプトで死者を冥界へと導くために書かれた「死者の書」にはこんな祈りが記されています。
「この者に天と地を渡らせたまえ。
そして母と父に相まみえさせたまえ」。
その祈りはかなえられました。
3,300年の時を経て一族は再び一つとなりツタンカーメンは両親と巡り会う事ができたのです。
2014/05/05(月) 00:00〜00:45
NHKEテレ1大阪
地球ドラマチック「ツタンカーメンDNA大解析(1)判明!王家の系譜」[二][字][再]
最新の調査結果をもとに、古代エジプトの王ツタンカーメンの素顔に迫る2回シリーズ。前編では、王のミイラのDNA鑑定により、父親がだれか、王家の系譜を明らかにする。
詳細情報
番組内容
古代エジプトの謎多き王、ツタンカーメン。激動の時代を治め、19才の若さで亡くなったとされる。最新技術を駆使した調査により、失われた王家の系譜や死因が明らかになりつつある。シリーズ前編では、ツタンカーメンの両親は誰なのか、ミイラのDNA解析によって一族の系譜がよみがえる。調査の過程を密着取材。再現映像を交えて、ツタンカーメンが生きた古代エジプトの世界を伝える。(2009年アメリカ)*アンコール放送
出演者
【語り】渡辺徹
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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日本語
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