吾唯知足 - 88世代起業家の備忘録

JX通信社代表取締役・米重克洋のブログ|航空行政・メディア・地方自治

羽田ハブ化には、外資規制緩和とキャリア(航空会社)のビジネスモデル転換が必要

藤沢数希さんが、「羽田空港はアジアのハブ空港になれるのか?」という記事を書かれていた。

内容としては「航空規制緩和を進めて競争を促し、航空運賃を下げよう。JALの破綻はそれを実行に移す良いタイミングだったのに逃してしまった」といったところだ。

これについては、筋論として100%同意する。海外に比べ異常に高い運賃を引き下げ、消費者にとっての「選択肢」を増やすことこそが消費者利益だ。

 

ただ、この記事中には、少し用語に錯綜がある。それを補足的に説明しながら、どうすれば羽田空港が「アジアのハブ空港」になれるのかの私論を述べてみたい。

 

◎オープンスカイ=2国間の航空自由化協定

まず、記事中に航空規制緩和を指す言葉として「オープンスカイ」という用語が出てくるが、オープンスカイは規制緩和と同義ではない。

オープンスカイとは、従来、政府間協議の結果結ばれる二国間協定で便数や乗り入れ社数、枠などを決めていたものを、キャリア(航空会社)主導で自由に決められるようにしようというものだ。

※航空規制緩和を指す用語としては、北米では「デレギュレーション」(規制を緩めるという意)、欧州では「リベラリゼーション」(自由化の意)が用いられる。この用語には、後ほど少し述べる、米欧の規制緩和へのスタンスの違いが現れている。

 

つまり、ざっくり言えばオープンスカイとは「かなり自由度の高い二国間協定」のことだ。

これを今、日本は30カ国近くと結んでいる(旅客数ベースで94%)。オープンスカイは通常、片務的なものでは無いので、当然「相手」が必要になる。日本が空を開くということは、相手の締約国も同じように日本のキャリアに対して空を開かなければならないのだ。

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 上図:日本と海外のオープンスカイ締結/交渉状況(出典:国交省航空局

 

ただ、これに関わらず、既に海外から日本への乗り入れについては、地方空港は事実上ほぼ自由化されている。このため、非オープンスカイ締約国のキャリアでも、政府間協議を通じて先方が希望すれば、日本の地方空港に定期便で乗り入れることは難しくなくなった。

相変わらず入りにくいのは羽田、成田両空港への乗り入れだ。しかし、これは規制を取り払えば皆乗り入れられるようになるという話ではなく、物理的にインフラ(つまり発着枠数)が不足していることの方が問題として大きい。

 

◎残るは「外資規制」

逆に、規制が厳然と残っているのは資本の面だ。

現在、日本国内で定期航空輸送事業免許を取って運航するキャリアは、外国資本のシェアが1/3未満でなければならない。

この規制があるため、旧エアアジアジャパン(現バニラエア)はオーナーシップを国内資本であるANAが持ち、1/3以下の資本と経営ノウハウ、機材をエアアジアが持ち込む形で立ち上げた。
(このため、エアアジアANAの合弁解消時にはエアアジアが機材を取り上げ、バニラエアとしての再就航までに2ヶ月の空白期間が生じた)

また、同様に、今年就航する中国のLCC春秋航空日本法人「SPRING JAPAN」は、春秋航空の出資比率を1/3以下に抑え、残りのシェアを国内資本の商社やベンチャーキャピタル等が保有している。

 

藤沢数希さんが記事中に書かれていた「第9の自由」はここに関わってくる。第1〜第9まである国際航空の「9つの自由」は、国際民間航空条約(シカゴ条約)で定義されており、数字が大きくなるにつれて自由度が高くなる。

国際航空における9つの自由(PDF:東大公共政策大学院Webサイト)

「第9の自由」とは、例えば日本に海外のキャリアが(資本関係など関係なく)参入し、東京=大阪間などで定期便を自由に飛ばせるという自由だ。つまり、他所の国のキャリアでも国内市場に自由に参入し、その国で国内線を飛ばせるというのが、この「第9の自由」(カボタージュ)である。

これを認めようというのが藤沢数希さんの記事の趣旨だろう。

 

ただ、重要な事実として、シカゴ条約は「第9の自由」を認めていない。そもそもシカゴ条約自体が、締約国に国内航空における権益を排他的に認める趣旨の条約なので、厳密には第1、第2の自由しか認めていないのだ。

従って、シカゴ条約締約国である日本が、単独の政策判断として「我が国では第9の自由まで認めます」ということは事実上出来ない。

しかし実質的に、その第9の自由を「ある程度」だけ認める方法がある。それが、外資規制の緩和だ。

 

外資規制で日本の消費者は損している

私は個人的には、外資規制は大幅に緩和し、過半を外資が保有しても問題ないようにすべきだと考えている。

それが海外キャリアの国内市場参入を促し、結果、運賃やサービス面の競争が強まることで、日本の消費者の利益を増大させるためだ。

 

外資規制は国内キャリアを守っているようで、実質的に経営上の選択肢を狭めている側面もある。

記憶に新しいJAL破綻の際は、アメリカのデルタ航空が支援元に浮上した。しかし、この際に外資規制がネックとなったのだ。

再建にあたってJALは資金を必要としていたが、それを注入しようという存在が当時国内の民間セクターには無かった。そこでデルタ航空が浮上し、実際にJALに対してDDも行っていたそうだが、結果頓挫したひとつの理由が外資規制だったのだ。

現在のJALは、稲盛和夫名誉会長によるリーダーシップにより劇的な再建を果たしているが、当時は誰もが二次破綻を真剣に心配する状況だった。債務カットと公的資金注入を行っても、二次破綻により再び巨額の納税者負担が発生する可能性がかなりあったのだ(海外でも北米キャリアには2度、3度の破産に追い込まれる例が多い)。そうした状況下で、納税者負担を最小化し、なるべく民間セクターで問題を処理していく選択肢を外資規制が奪っていた実態がある。

加えて言えば、現在、苦しい状況にある日本の新規航空会社の多くが、ANAと提携している。特にエア・ドゥスカイネットアジア航空(ソラシドエア)、スターフライヤーの3社はANAがそれぞれ2〜4割程度のストックシェアを有し、主要路線のチケットの多くをANAの販売システムで売る状況にある。

彼らは、経営面ではANAへの依存度が極めて高く、もはや単独で存立し得ない状況であるにも関わらず、「新規航空会社」として羽田空港の新規航空会社優先枠の配分を得ている。そればかりか、自社便にANAの便名を付与し、実質的にANAグループとして路線運航を行っている。

(そうしてANAは間接的に新規枠を使っておきながら、先般の羽田枠配分では更にJALよりも数倍多い配分を受けている)

 

国内では航空業界は儲からない業界と見られているが、海外では一定の市場規模を有する日本市場に参入したいと考えるキャリアも多くいる。

もし外資規制がより緩ければ、上記のような新規航空会社にとっての「駆け込み寺」はANA以外にもあったのだ。

その機会を規制が奪い、市場の寡占化がより一層進んだ結果、誰が一番損をしているのか。言うまでもなく、私たち消費者である。

 

ただ、留意すべきなのは、実は航空規制緩和の潮流を一番最初(1978年)に打ち出したアメリカが、外資規制では日本よりも厳しい政策を取っていることだ。

アメリカの場合は、外資の出資比率は1/4以下に規制されており、且つ「アメリカ人が実質的に経営しているという実態」が必要とされている。

 

これは、米EU間のオープンスカイ交渉でもずっと問題になっていた。欧州は、元々国境を超えた域内統合を目指していることもあり、航空行政も規制緩和ではなくあくまで「自由化」(=リベラリゼーション)というスタンスだ。しかし、アメリカは欧州に先行したものの外資規制などのキモは残しており、その点が「デレギュレーション」(レギュレーション=規制、の緩和)という言葉に現れている。TPP同様、自国はさておき他国に参入機会開放つまり自由化を強く求めるというアメリカの"癖"が出ているとも言える。

日本とすれば、やはり外資規制を撤廃する際は、単独で実施するよりも、対米交渉のカードとして使い、アメリカにも外資規制緩和を迫る方が果実が大きくなる。

日米オープンスカイの延長で外資規制を緩和(外資の過半出資を認める)すれば、日本市場での競争促進による消費者利益と、北米市場での日本のキャリアの参入機会とを両方確保することができる。

 

◎首都圏のインフラ拡張と外資規制緩和のセットが有効

まとめると、日本が北東アジアハブの地位を勝ち取るには、首都圏空港(とりわけ国内旅客流動の6割を捌く羽田)の容量拡大と、それに伴う外資規制の撤廃ないし緩和が必要となる。

これには特に後者に相当な政治的エネルギーが必要となる。そのエネルギーを生み出すには、やはり消費者意識を喚起し下から突き上げなければなるまい。

 

1998年から本格化した国内航空の規制緩和は、メニューがほぼ一巡したことで、国交省としてはやり尽くしたくらいに思っているのではないか。従って、改革のモメンタムは強くない。

上記のうち、今政治的モメンタムが多少あるのは前者だが、インフラ投資以前に横田空域の返還や滑走路・航路の運用改善などで枠を数割増やす方法があるため、単に滑走路新設に投資するのが最善とも言い切れない。

というのも、日本の航空市場は、今後放っておけばどんどん縮小するトレンドなのだ。まず人口減少があり、更に陸路では北陸新幹線北海道新幹線の開通に加え、中央リニアの東名間・名阪間の開通が重なる。仮に今議論されている中央リニア東京=大阪間一挙開通が2025年までに現実化すれば、国内幹線の需要は最大5,6割吹き飛ぶ計算すらある。

こうなると国内市場への新規参入の旨みは無くなり、インフラ投資がムダになる可能性すら出てくる。

 

それを防ぐためには、国内線ではなく国際線での需要を増やすことが必要となる。

言い換えると、外資規制を撤廃して海外キャリアとの競争をJALANAに促し、その結果、国内線基盤の収益構造からエミレーツ航空キャセイ・パシフィック航空、シンガポール航空のような国際線中心の収益構造に転換させることが必要だ。

特に学ぶべきは、ドバイの事例である。ドバイは欧州とアジアの中間に位置する「地の利」を活かしてハブ化したが、そのハブ戦略の中核を担うのは政府でも空港でもなく、エミレーツ航空なのだ。

ハブは、航空路線ネットワークの中心にあるもので、多くの太いスポークが無ければ成り立たない。ドバイはそれを見越してエミレーツ航空に潤沢な資本を投下し、同社は300席超級の大型機ばかりを大量導入してネットワークを構築した。

今、エミレーツ航空は旅客キロベースで世界最大の航空会社になっている。その規模は、JALANAを足して合わせても遠く及ばない。

しかし、日本(特に成田)は東南アジアと北米を結ぶ航空路線の乗り換え地点となっており、地の利が無いわけではない。更に、後背地に世界最大の都市を有する点は大きな強みだ。

観光庁を中心にビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)など、インバウンド・アウトバウンドを増やす政策は展開されているが、それに留まらずトランジット需要を積極的に取り込んでいくためのインフラ投資、規制緩和、キャリア側のビジネスモデル転換が必要となる。

つまり、JALANAスカイマークが羽田・成田を国際ハブ空港として使い、トランジット需要を積極的に取り込んでいくようなネットワークを構築する必要があるのだ。そのためには、必然的にエアバスA380ボーイング747-8などの超大型機が必要となるが、JALANAの機材構成はそれらを排除している現状がある。

 

◎独占市場化を防ぎ、キャリアを「外に出す」産業政策を

こうした現状からして、個人的には、単に外資規制を緩める「だけ」ではそういう方向には行かず、内国再編(つまりJALANAの統合)を誘発するのではないかと見ている。

2社にしてみれば、縮小均衡でも国内で独占的地位にあれば、引き続き国内需要とグローバルアライアンスを基盤に商売をやっていくことができる、という動機付けだ。

こうなってしまえば、日本の航空市場からは競争が無くなってしまう。現状でさえ海外よりもかなり高い運賃を市場競争によって引き下げるチャンスは、半永久的に失われることになる。

 

それを防ぎ、日本の消費者の利益を最大化するためには、海外ハブ空港の競争力の裏付けになっている租税制度やコスト等を今一度洗いだして、羽田・成田両空港を国家戦略特区に指定して規制緩和すること、そしてそれとセットで新滑走路に投資することだ。

政権がそこまでを読み切って、大胆な産業政策を展開していけば、必ずハブ空港の地位を手中にできる。

繰り返しになるが、ハブ戦略は空港だけではなく、キャリア側のビジネスモデルをも変える必要がある。

国内の調整に加え、対米交渉も関わる話なので容易ではないが、2020年東京五輪に向けて、そういうモメンタムを作れれば勝ちだ。