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民医連新聞2012年6月18日/1526号
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緊急特集

生活保護バッシングに異議あり

 人気芸能人の母親が生活保護を受けていた事を発端に過熱した生活保護バッシング。報道や一部議員の発言には事実誤認の情報も含まれています。便乗するように、厚生労働大臣は、生活保護制度の見直しにまで言及しました。問題点を考えます。(木下直子記者)

■保護申請を躊躇する患者

 「病気が悪化して働けず、明日の生活もままならなくなっているのに『歯を食いしばって働けない自分が悪い』と思い悩んでいた患者さんがいました。『生活保護を受けるのはダメな人』という論調の報道の影響で、生活保護の利用を躊躇していた典型的なケース」―。近畿の事業所で働くSWからこんな報告がありました。
 「この方には医師が『あなたは働ける状態ではない』と話し、ようやく福祉事務所に行く気になってくれました。同じような人はもっといるはず。この状況は、憲法二五条が保障する生存権の危機やと思います」。

■生活保護は届いていない

 そもそも、今回の芸能人のケースは、不正受給ではありません。扶養義務者の扶養は生活保護の利用要件ではなく、「扶養義務者に収入があるから」と生活保護を受けさせないのは違法です。生活困窮の責任は「私的」なものではなく「社会的」なものだという考え方がベースにあり、これが世界の流れでもあります。また「扶養義務者」の三親等の中でも強い扶養義務があるのは、夫婦間と未成年の子の親だけ。「今回のケースで問われるとすれば、道義的責任」と法律家も述べています。
 報道ではこうした正確な情報がないまま「不正受給」とされました。そして、批判の先は芸能人個人から生活保護制度そのものへと移っています。
資料 しかし、生活保護の受給者の増加は、「不正受給」が増えたせいではありません。雇用が崩壊し、高齢化がすすむ一方、雇用保険や年金制度などのセーフティーネットがあまりにも弱く、それらの制度で救われなかった人たちが生活保護に頼るしかない構造が、受給者を増やしているのです(資料)。原因に正しく目を向けず、生活保護費の抑制や制度見直しが持ち出されていることは大問題です。
 また、必要な人が生活保護を利用できているかという点では、受給率、捕捉率とも先進諸国の中で異常なほど低レベルです(表1)。捕捉率とは生活保護を受けるべき状態にある人のうち、受給できている人の割合を示す数字で、日本は一五〜二〇%しかありません。
 増えたといっても約二一〇万人の生活保護受給者の背後に、受けるべくして受けられていない数百万人が存在するのです。生活保護の窓口で申請を阻む違法な「水際作戦」や、「生活保護は恥」という認識が広くあるためです。

表1

■生存権を奪う制度改悪が

 「出来レースではないか?」―。一連の報道を受ける形で、政府が制度見直しを言い出したことに、こんな声もあがります。
 「生活保護を恥と思わないのが問題」と、バッシングの先頭に立つ国会議員の片山さつき氏や世耕弘成氏は、実は自民党の生活保護政策の担当者です。同党は、保護基準を一〇%切り下げることや受診医療機関の限定、食費や被服など現物支給制といった改悪案を提言。野田首相も「(自民党の)五つの提案のうち三・五ぐらいは賛成」と表明していました。
 六月四日には小宮山洋子厚労相が「『生活支援戦略』の骨格」を発表。ここで「生活保護制度の見直し」をかかげ、「生活保護基準の見直し」や「指導等の強化」など四点を検討するとしています。

 冒頭のSWが指摘するとおり、まさに「生存権の危機」です。
 全日本民医連が六月一日に発表した会長声明では、最近目立っている餓死・孤立死や、民医連が毎年行っている手遅れ死亡事例調査をあげ「生活保護がもっと利用しやすい制度なら助けられたケース」が少なくないことを指摘。
 「必要なのは、憲法二五条に保障された『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』に則り、生活保護制度を充実させること」とし、改悪を許さない決意を表明しています。

テレビ

「事実誤認」情報の垂れ流し

水島宏明さん 法政大学教授(メディア論)

 3月までテレビ局に勤めていた水島さんは、一連の報道、特にテレビがまともではない、と指摘しています。

*   *   *

 取材者側の誤解や不勉強がひどい。たとえば河本氏の記者会見の生中継で「恥ずかしくないですか?」というレポーターの質問がそのまま放送されました。これは「生活保護は恥ずかしい」というメッセージを国民に伝えたことになります。もしこれが他の差別的発言なら、生放送でもオンエアしません。ところが、生活保護についてはこれが差別だと制作者も認識していないのです。
 事実誤認もある。ある番組でキャスターが「不正受給は1割ほどですかね」と言いながらVTRになりました。実際は1割の10分の1にも満たないのに、訂正放送もありません。また、画面に「不正受給の実態」という字幕を出しながら、VTRでは「裏マニュアルがある」「パチンコに行く人がいる」など不正受給とは別の話を流しているワイドショーも。
 放送倫理上極めて問題ですし、受給者に対して広い意味での人権侵害がなされているわけです。こうなると「生活保護=不正受給」というネガティブなイメージだけが一人歩きして、本当に生活保護が必要な人や、受給している人が非常に肩身の狭い思いをする。結果的に、生活保護が届かずに餓死・孤立死などが起きかねない。
 87年に札幌で起きた餓死事件を取材した際、生活保護に関わる全国の報道を調べたのですが、不正受給のニュースばかりで、必要な人に届いていない問題を指摘した番組はほとんどありませんでした。役所発の情報を安易に垂れ流していたわけです。海外では両者を報道する姿勢がありますが、日本ではいまだに残念な状態です。

データ

「不正受給増加」のカラクリ

渡辺潤さん 全国公的扶助研究会事務局長

表3 「不正受給のデータは、正確に捉える必要がある」と都内の自治体の生活保護課で働く渡辺さんは指摘します。警察官OBの窓口配置や住民による受給者の監視などの形で、生活保護の締め付けがすすむことにも警鐘を鳴らしています。

*  *  *

表2 「不正」と数えられた中には、部活費用を捻出するために高校生が行ったバイト代を、必要と知らされず申告しなかった場合などが多いのです。申告していれば収入認定から外され得る性格のもので、悪質とはいえません。件数や金額の増加は受給世帯全体の増加に伴う現象で、発生率(表2)をみればそれほど増えていません。
 また、増加の大きな要因として厚生労働省が4年前から全ての生活保護世帯への課税調査を始めたことがあげられます。調査範囲も年々広げ、昨年度からは転出者や保護を廃止した人の調査も義務づけました。調査の徹底で、これまで暗数だった不正受給が発掘されているのです。ですから今後、不正受給が増えても、それを単純に「受給者が悪質化した」と見るのは誤りです。
 私たちが懸念しているもう1つの問題は、生活保護への締め付けがすすんでいることです。今年3月、厚労省は福祉事務所に警察官OBを置くよう指示を出しました(表3)。その人件費も厚労省が出します。取り締まりを職務としていた人は福祉の現場にはそぐわない。また、自治体によっては市民に不正受給の告発を呼びかけ、専用電話を設置したところもあります。
 ケースワーカー1人が受け持つ世帯が平均96件と法定の80件を超えている現状を増員で改善し、当事者に丁寧に対応できるようにすれば不正受給も減らせます。また、生活保護法を読んだことがない一般職が窓口業務を行うなど、専門性の不足も、問題を深刻にしています。

 

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