マット運動の指導法
 
はじめに
 本質的に、子どもは自分の意志で自分の体を自在に動かすことを欲しています。器械運動はその欲求を最も直接的に満たす手段の一つです。実際に子どもは新しい技ができるようになると大変な満足感を覚えます。夢に見るほどです。そして、それが難しければ難しいほどその喜びは大きいものです。
 教育的な効果に関しては、技そのものができることによって身体支配能力や危険回避力が備わっていきます。また、やんちゃで乱暴な子どもがこの充足感を味わうことによって行動面に良い変化が起きることもよくあります。
 当たり前のことですが、器械運動に関しても児童によってとても優劣の差があります。しかし、教える対象となる子どもが上手であろうとそうでなかろうと、指導者には子ども個々の実状に応じて導きができることが必要です。
 自分自身が様々な技ができれば一番良いのでしょうが、そんな人はめったにいません。しかし自分ができることと指導は別ものです。やりかた次第では体操経験者以上にうまく子どもを導くことができるかもしれません。要は指導する技術を持てばいいのです。ここでは、器械運動を経験したことがない人が、子どもたちを器械運動好きにさせる指導ができるようになるためのノウハウを分かりやすく伝えることをめざしました。
 指導者にできることは、場のアイデアを持ち、たくさんの動きのバリエーションを紹介できること、そして個に応じてめあてになる動きをアドバイスできること。また、その子の動きを客観的に知らせ、キーポイントを教えることです。実際にできる人を連れてくることやビデオに撮ることも有効な手段です。

1.身につけることができる力と危険性
 この学習で身につけることができる能力は、身体支配能力が大きいと思います。身体支配能力とは自分の意志で自分の体を自在に動かす能力です。器械運動は、めざす動きに向けて体の特定部位を意識的に動かして矯正しようとする練習行動の連続になります。このことは、頭で考えたアイデアが意思通りに体にうまく反映することの訓練でもあるわけです。つまり脳神経を中心とした全身の神経と筋骨格系による身体支配能力だということができます。また、バランス感覚や身のこなしという点では危険回避能力も身につけることができます。ただ、これらの能力が身につくためにはある程度のレベルまで高まる必要があります。
 器械運動は一方でリスクも伴います。ごく基礎的なことをやっている間は、けがの心配はあまりないのですが、技が難しくなるにしたがって危険度が増してきます。ですから、指導者がそれぞれの技についてリスクをわきまえ、対策手段を持っていることも大切です。ここでは、そのことも知ってもらうことにしました。(!)が入っているところが危険性があるものの解説です。矢印→で、それを避けるため の手だてを書いています。

2.踏みきりと足の関係
 マット運動においては目的の運動に移るための踏み切りが大変重要になります。その踏み切りのやり方は2通りしかありません。片足踏みきりと両足踏みきりです。
@片足踏みきり
 走ってきて、一定のステップを踏み、片方の足でふんばり、もう一方を上に振り上げる入り方です。利き足が蹴り上げ足、逆が支持足(踏ん張り足)になります。利き足は、通常ボールを蹴る方の足です。倒立の場合は走らないでその場での片足踏み切りとなります。
 → 倒立 ・前転跳び(ハンドスプリング)・ロンダート(後に解説)などで用います。
A両足踏みきり
 通常の跳び箱を跳ぶときの踏み切り方です。両足をトンと揃えて踏み切ります。走ってこない場合もあります。
 → 跳び箱 ・飛び込み前転 ・前方宙返りなどで用います。

@ A

3.前転
 前方向に一回転するだけの動きですが、単なるでんぐりがえしから正式な形まで実に様々なレベルがあります。しかし、正式な形になるほど理にかなっていてスムーズにできます。踏み切りは2通りです。(どちらでもよい)。
@どちらにしても始めは床(マット)をしっかり蹴ることです。これができていないと、勢いがありませんからその後がうまくいっても良い形になるのは無理です。
A蹴りがうまくいけば自然に回ります。回り始めると、今度は頭の重さに負けないように首の筋肉で頭を前に引っ張り、あごをしめます両足はくっつけ、ひざを伸ばしたまま半分回ります。
B起きあがる寸前で足を曲げます。
C上体が起きあがるときに両手で抱っこしながらひざをキュッと曲げます。
 前転はマット運動の基本です。なるべくいい形になることが望ましいでしょう。

@ A B C


4.開脚前転
@踏み切りはどちらでも良いのですが、勢いがつくので片足の方がいいでしょう。回り始めから半分までは前転と同じです。
A足を伸ばしたまま回転し
B回転力を保ったまま足が床に着こうとする寸前に開脚し
CD両手を前につきます。上体の起こしと開脚のタイミングが合えばスッと起きあがります。
※この間ひざを曲げるところはひとつもありません。曲げると技がきれいでなくなります。

@ A B C D

5.後転
@背中を丸め、あごをしめながら両足でしっかり前の床をけります。そのとき両手は耳の横につけ、手のひらは天井を向いています
A回り始めたら足はひざまで伸ばし、つま先が最短距離で床につくようにビシッと伸ばします
B両手が床についた時、それを手で押します。つま先が床についた時にひざをキュッと曲げます。うまくいけばそのまま連続します。ついでに、開脚後転はつまさきが床をとらえる寸前に開脚すれば良いのです。その際も開脚前転と同様にひざを曲げるところは全然ありません。

@ A B

6.棒倒し
@AB直立の姿勢から体を硬直させたまま、まっすぐ前に倒れ両手で体を支えます。はじめはウレタンマットから行い、マット上→床の上という具合に進みます。この技は前転から続けるなどの組み合わせに使えます。ほとんどの場合、始めはひざが曲がったり、お尻を出したりします。まっすぐに倒れる子を度胸があるとして大いに賞賛しましょう。
(!)直立姿勢から前方に自然に倒れると少し勢いがつきます。その時、手で体全体を支えることができなければ、顔面着地となります。
→感覚をつかむためにウレタンマットで十分に慣れさせること。また、腕立て伏せをくり返すことも有効。

@ A B


 ここまでは、だれでもすぐにやれることです(形こそ違いますが)。これから先のうさぎ跳びと倒立は、マット運動を一つ高いレベルに上げる鍵になります。これをマスターする事で、子どもはもっと高いレベルに向かって夢中になって練習に打ち込むようになります。

7.うさぎ跳び …飛び込み前転の基本(空中感覚の養成)
@その場から、体をかがめ、
A@のポジションから斜め前に跳び上がり、
B足が離れたAあと両手をつきます。そのあと両足がつきます。一瞬でも宙に浮くところがあればいいのです。慣れてきたら高く跳び上がるようにします。

@ A B

※このうさぎ跳びは、跳び箱の技術を一歩進めるためのカギにもなります。

8.うさぎ跳び前転
 うさぎ跳びの両手がついたあとそのまま前転をします。うさぎ跳びになっていないと、ただの前転になります。始めは小さく、慣れてくれば勢いをつけて大きく跳びます。

(!)この運動に入るためには完全にうさぎ跳びをマスターしている必要があります。いい加減なうさぎ跳びから入ると、首を変な方向にひねる危険性があります。
→前転に入るときに後頭部から着くこと。また、十分前に向かうための強い蹴りをしていることが大事です。感覚をつかませるために、子どもの左側に座り、左手で頭部を右手で足を持って補助する方法があります。

9.飛び込み前転
 始めは2・3歩軽く走ってうさぎ跳び前転と同じ動きをし、イメージをつかませます。十分慣れたら走ってきて両足踏み切りで高く跳び、前転に移ります。タイミングが分かれば徐々に走る距離を伸ばし、高く跳び上がります。始めはウレタンマットを使う方が無難でしょう。慣れてきたら、空中姿勢において背中を伸ばすように導くとだんだん美しい動きになります。間に跳び箱をおいたり、棒の上を跳び越すような練習をすると子どもたちは喜んで練習します。そして技の精度も向上します。
 十分高くできるようになると、ウレタンマットとロイター板を使った前方宙返りの練習に進むことができます。

@ A B C

10.倒立(右利き…左利きは全てが逆になります。)
※倒立は器械運動における基本中の基本です
@のポジションからA左足で踏ん張りながらB右足を強く天井に向けて振り上げます
両手はやや内側を向けて肩幅でつきます。
C肘を伸ばし、しっかり両手で体全体を支えます。そのとき目は両手幅を底辺とする正三角形の頂点を見続けます。
D横から見ると頭はしっかりと起きています。ここがポイントです。
※頭を起こすのは子どもにとってことのほか難しいようです。しかしこれができなければ倒立になりません。そのため、両手幅を底辺とする正三角形をイメージで描かせ、目は常にその頂点を見なさいという指示をするのです。

@ A B D

練習方法 …写真がないので文章で判断してください。
(1)足パンパン→腕指示感覚の養成
 両腕を床につきながら両足で床を蹴り、体を持ち上げた状態で足を互いに打ちつけます。何回打つことができるかを競わせます。
(2)かえる倒立→腕指示感覚の養成
 しゃがんだ姿勢から、両肘の付近に足のふともも内側をつけながら体重を前にかけていきます。バランスがとれると両腕だけでしばらく体を支えることができます。10秒→20秒と目標をもたせていくといいでしょう。
(3)三点倒立
 両手と頭の3点を床に着き、バランスを取りながら倒立にもっていきます。だんだん足を90度に近い角度に上げ、一定時間どの姿勢を保ちます。(はじめは目標10秒くらい、それから時間を長くしていきます)
(4)逆立ち足登り→腕指示、逆さ感覚の養成
 倒立の感覚をつかませるため、壁に向かって後ろ向きに足を壁につきながらだんだん上げていき、倒立の姿勢になったところでしばらく我慢するという方法があります。これは体重が両肩にかかり、結果として倒立と同じように手で体を支える感覚が身につきます。
(5)壁倒立
@壁に向かってこのような方向に足を振り上げます。
A頭はずっと起こしたまま、目は三角形の頂点を見続けます。
B慣れると、手をつく位置をだんだん後ろにします。
全体重が肩に乗り、肘を伸ばすこと、体をやや反らせ気味に伸ばすこと、頭を起こすことが大事です

@ A B

11.倒立前転
 倒立を経過し、後ろに倒れそうになった体勢@から後頭部を入れ、前転に移ります。AB
この技は開脚前転に続けることもできます。→倒立開脚前転

@ A B

12.側転
 入り方は倒立と同じです。進行方向に向かって手を@のように着きます。Aのポジションから左足で踏ん張りながら右足を強く天井に向けて振り上げますBこの力が回転力となります。手を@のように着いているので体は自然に横を向きます。C左手→右手→右足→左足の順に着地します。
・体を反らせること
・目は床を見ること。(基本的に倒立と同じです)

13.ハンドスプリング(前転跳び)
 前方に走り、勢いをつけたまま片足踏み切りで両手を床に向かって突き放し、体を反らせて前方に回り着地する。
練習方法
(1)ウレタンマットの手前で勢いをつけて倒立し、直立のまま背中から倒れる。@A
   これを何度も何度も繰り返す。

@ A B C

※ここから先は今のところ連続写真は貼り付けていません。でもすぐに写真つきになります。
(2)走ってきて片足踏み切りに至るステップを覚える。
始めはこのようなシールを床に貼り@(右足が赤、左足が青)、歩きながらステップを覚えさせる。
(3)走ってきてそのステップから(1)をくり返す。
※このとき最も大事なことは頭を起こすことです。目はずっと倒立の時に覚えた位置を見ます。

(4)(3)が十分慣れたところで足で着地する意識を持たせる。
   ・十分頭を起こし、肩を入れる。B
・左足の踏ん張りと右足のけり上げを最大に強くする。C
   ・体を反らすことで足を伸ばして着地する体勢をつくる。D 
(5)このような場をつくり、足を伸ばして着地する感覚を身につけさせることも有効です。E
14.ロンダート(側転1/4ひねり前向き降り)
(1)入りのステップはハンドスプリングと全く同じ。
(2)手をつく場所は側転と全く同じです。
(3)蹴り上げた足(右足)にもう一方の足をすぐに揃え、前向きになるように1/4体をひねりながら、足を揃えたまま着地します。

15.バックハンドスプリング(後転跳び)
いわゆるバク転です。ここから先は少し専門的になりますので、経験者の補助と指導が必要です。また、体操選手への道となります。
 単発でやることもありますが、普通はロンダートから続けます。その方が単発でやるよりはるかに楽だからです。このロンダート・バックは連続技、いわゆるタンブリングの基本です。そこまでできるようになると、後方宙返りに続ける練習ができるようになります。
 ロンダートからウレタンマットにマットに向かって後ろ向きに倒れ込むという練習を何度も繰り返します。その際、ロンダートのフィニッシュはなるべく後ろ向きに体重が移動しているように指導します。指導者は、ロンダートのスピードが十分ついた状態で進行方向の横につき、子どもの腰を支えるようにして補助します。
単発の練習では、ウレタンマットに後を向け、跳び箱1段にこのように立ちます。その後、ななめ後に体を反らせて放り出すイメージで30度の方向にけり出します。その際、頭は十分に起こし、手は床に着手する準備のためのポジションをとっておきます。
 指導者は、次のように補助していきます。@まず真後ろに立ち、けり出した体を支えるだけの動作をくり返します。A横から腰と足を中心に体の動きを誘導します。その際、けりの方向と強さ、体の反りを中心に指導します。ここがポイントです。

16.ハンドスプリング連続
続けることは単発よりずっと難しくなります。ハンドスプリングがリズミカルに高くできることが条件です。また、フィニッシュが十分に起きあがり、前向きに体重が移動している必要があります。着地は、次への踏みきりのため振り上げ足→支持足の順となります。さらにレベルが高い次のハンド飛び込みに進むためには、2回でなく4回くらい楽に連続できる必要があります。

17.ハンド飛び込み
 ハンドスプリングから、飛び込み前転を続けて行います。二つの技が完璧にできることが条件です。この技は、飛び込み前転を前方宙返りに換え、さらにロンダート→バックハンド→宙返りなどへと続けるための前段階の練習になります。体操選手としてやっていくなら避けては通れない道です。