大沢たかお主演の去年公開の娯楽大作映画「藁の楯」では、殺人犯を小倉駅から名古屋駅まで新幹線で輸送するシーンで、台湾新幹線がロケに使われていた。
たとえば小倉駅のシーンは左営駅を使用。
駅舎を映す空撮は、短いカットながら、ビルの上の広告看板を小倉競輪やスペースワールドなどの地元のものに変えたり、駅に隣接する三越(日本のデパートだが、小倉には存在していない)の看板ロゴを小倉の「井筒屋」のものに差し替えるなど、かなり念が入れられている。
北九州にゆかりのない人であれば、何ひとつ違和感がなく騙されてしまうことだろう。
駅構内のシーンは深夜の台湾新幹線の駅で撮影したそうだ。ポスターやシールを日本語のものに張り替えて対応。土産物を売る屋台なども出ており、ホームに滑り込んだ700系新幹線のLEDの行き先表示板も「東京行き」などの日本語が表示されていた。
車両は日本と同じなため、中国語の表示を張り替えることで本物らしさを出していた。乗客は現地エキストラだったようだが、同じ黄色人種だけあって言われなければ違いは気づかされるものではない。
朝から晩まで過密ダイヤの東海道新幹線では、映画撮影を行うことは非常に難しい。そこで実現したのがこの台湾ロケというアイデアだったわけだが、今後もさまざまな「新幹線を用いたシーンのある映画・ドラマ作品」で応用されていくものだと思っている。
福田沙紀と松下優也主演のドラマ「カルテット」も台湾を日本の街に見立ててロケをしたことがあるそうだ。ただ、不法移民だらけのスラムとして描写したことに、台湾ネットユーザからは批判が集まった。
佐藤浩市主演のドラマ「リーダーズ」では中国・上海の昔の街並みを再現したオープンセットを戦後期の名古屋に作り替えた。路面電車の走る目抜き通りに、日本語のデパートや銀行の看板を貼り付け、日章旗を掲揚させた。上海市民400人もエキストラとして参加したそうだ。道を歩くシーンだけでなく、食堂での食事など、さまざまなシーンでこのセットは使われていた。
広末涼子主演「ゼロの焦点」では戦後期の金沢の街並みを、韓国の映画スタジオで撮影。もともとは反日ドラマを作るために日本統治時代の京城市(現ソウル)を再現したものだったが、京城市電の路面電車を金沢市電(1967年廃止)に塗装を塗り替えて走らせるなど、かなりの気合の入れようだったようだ。やはり地元のエキストラも作品の中に出演しているという。
韓国のインターネットゲーム「ロストオンライン」は荒廃した現代の都市を舞台にしたSFモノだ。
2006年で日本版のサービスを開始すると、韓国の街並みが日本に置き換えられた。浅草、新宿、横浜港、四ッ谷、八王子みなみ野、高尾山、清洲橋、品川、新横浜、平塚、箱根、沖縄などの実際の地名が用いられ、新宿ルミネエストや台東区役所、川崎駅、田原町駅、台東区役所、日比谷公園、台東商業高校、浅草税務署、成田空港などの具体的な施設の中に入ることができ、そこがストーリーで重要な戦闘の舞台になっていたりしている。
いずれも、街並みのごく一部を日本式に修正し、看板を日本の実在の企業のものに付け替えることで、日本を再現しているのだ。
私はクソゲーだったためすぐに遊ぶのを辞めてしまったのだが、この雰囲気作りの徹底っぷりには感動してしまった。
西欧人がハリウッド映画やゲームで日本を描写にするとメチャクチャになることは「007は二度死ぬ」以来いまだ改善される兆しはない。
だが、それは仕方のないことなのだ。西洋とアジアでは、根本的に文明が異なるのだから、よほど日本の構造をよく理解した人でない限り、西欧から完璧な日本描写が生まれることはないだろう。
しかし、アジアの近隣諸国の場合、植民地支配の歴史を抜きに、箸でコメを掴む食文化や漢字の縦書き、仏教、木造建築の瓦屋根、囲碁、クールジャパンといった共通性がいくらでもあるため、アジアの風景を日本に代替することは割と簡単なのだ。
そんなわけで、アジアを利用して日本を再現したり、またはその逆に日本で台湾・韓国・中国などを疑似再現するような創造表現には可能性を感じるところがある。