ポルヴァーティアの勇者
――カルツィオを見守る存在を一つの"神"と定義するならば、別の大地を見守る"神"は別個でありながら同質の存在。大地が融合すれば、それを見守る"神"もまた融合する。大地の上での出来事は基本、そこに住む者達の選択に任される。
滅ぼし合うも良し、共存するも良し。"神"は人々の選択に感知しない。ただ見守り、与え、育むのみであった。
狭間の世界に浮かぶ大地の一つ。この世界に存在する精霊に見守られし大地の中でも、一定周期に召喚される異世界からの使者を管理、支配し、使いこなす事で魔導技術を発展させた大陸、ポルヴァーティア。
その技術は狭間世界を漂う大陸を細かい制御までは不可能だが凡そ任意の進路に向けて航行させられるにまで至っていた。
「ここにいたのかね、勇者アルシア」
「大神官……」
荘厳な装飾の凝らされた法衣を纏う壮年男性に声を掛けられ、少女は静かに振り返る。背中の辺りで束ねられた腰まで伸びる金髪をさらりと揺らして礼をとる少女に、手を翳して楽にするよう合図を向ける大神官と呼ばれた男性。
ポルヴァーティア大陸に唯一存在する国であり、街でもある"聖都カーストパレス"。その中央に聳え立つ大聖堂の展望階からは、これから"浄伏"を行いに赴く事になる"不浄大陸"の姿が見渡せていた。
「緊張しているのかね?」
「少し」
いよいよ出陣の時とあって、これが初陣となる"勇者"アルシアは、上手く戦えるだろうか、不浄大陸の蛮族はどんな相手だろうかと不安や期待に心を揺らす。
大神官はそんな彼女の髪を優しく撫でると、心配せずとも神のご加護は君と共にあると言って励ました。先に斥候が威力偵察に出るので、勇者の出番は本格的な"浄伏"を行う本隊、"聖機士隊"の出撃する戦場が舞台である。
「大丈夫、君は神に喚ばれた勇者なのだから」
「はい。私、頑張ります」
憂いを払って自室へと戻っていくアルシアを見送った大神官は、窓の外に見える巨大な影、空いっぱいに広がりつつある他大陸の全景に眼を細めた。
神と定める存在を象徴に、仕える神官が治世を行う神聖大陸ポルヴァーティア。統治機構である中枢組織は執聖機関と呼ばれ、民衆は信徒として神の信仰と執聖機関への奉仕を義務付けられている。
世界の崩壊を防ぐ為、バラバラになった神聖な大地を再び元の姿に戻す事を使命としているポルヴァーティアの執聖機関。
彼等が崇める"大地神ポルヴァ"は、この世界に大地を創り、人々を創造した大神。魔導技術の力の源である。――と、されているが、実態は執聖機関が生み出した偶像であった。
これらは他大陸への侵略を正当化する言い分で、別にそれが真実という訳ではない。
この狭間の世界に浮かぶ大陸それぞれに文明がある事を知るポルヴァーティアの権力者たちは、自分達の住む大陸をこの世界の中心とすべく、計画的に他大陸との融合を進めて領土の拡大を続けているのだ。
宗教的な指針は民衆を管理統治する便利な道標として使われているに過ぎない。
ポルヴァーティアの支配者達が狭間の世界とこの世界に浮かぶ大陸の事を知ったのは、純粋な技術の発展による世界の観察からではなく、"勇者"の力によって世界の姿が知られ、それが代々王家などに秘匿される事実として言い伝えられて来た事による。
他大陸の存在を知り、大陸の進路を定める術を得て、支配者に領土拡大を目論む者が選ばれた時から侵攻計画が始まった。
一定周期で異世界から召喚される特殊な存在を、時に捕獲し、時に祭り上げ、その力を管理支配し、研究する事でポルヴァーティアの力として取り込んで来たのだ。
召喚された勇者のタイプによっては、他大陸と融合する際に相手大陸を制圧する役割をもった勇者として旗印に利用される。当代の勇者であるアルシアは、三年ほど前にポルヴァーティア大陸の街外れに召喚された所を執聖機関に保護された。
人外の身体能力を"勇者の力"として発揮する彼女は直接戦闘力に特化した型の勇者であると判定され、神聖軍施設で訓練を受けて今回の侵攻で制圧作戦に参加する事が決まっている。
自室のある階へと下りる為、昇降機に乗り込んだアルシアは、よく見知った一団と乗り合わせた。
「お? 勇者ちゃんじゃないか」
「また上の展望階にでも行ってたのか?」
「そういや浄伏の制圧戦が初陣になるんだってな」
「こんにちは、カナンさん、偵察隊の皆さん」
神聖空軍偵察部隊の若い部隊長とその部下達に挨拶を向けるアルシア。この世界に文字通り身一つで放り出されていたアルシアを最初に発見し、最終的に保護した部隊である。
部隊長のカナンとは訓練場で度々顔を合わせる事もあり、回りにいる軍人達の中では比較的穏やかで軽い性格をしている為か、話し易さから割と親しい間柄であった。
「最初の偵察に出るのはカナンさん達だって聞きましたけど……本当なんですか?」
「ああ、まあね。どうやら今は向こうにも異世界から喚ばれた存在がいるらしくてな――」
アルシアを"保護した実績"を持つ彼らに使命が下されたと言う。"保護した実績"という所でさっと赤面するアルシア。
「あ、あの時は、気が動転してて、ゴメンナサイ」
「はっはっはっ 無理もないさ、気にするな」
知らない街の郊外。降りしきる雨の中、甲冑を纏った兵士に怯え、素っ裸で追い詰められて恐慌状態に陥ったアルシアは、近くに生えていた木を引っこ抜いて振り回し、大暴れした。その騒ぎで神聖地軍の機動甲冑部隊に多数の怪我人という被害が出た。
毛布を掲げながら丸腰で近付き『俺達は君の味方だ』、『保護しに来たんだ』と語りかけてどうにか宥める事に成功したのが、カナンと偵察部隊の面々なのだ。威圧的な機動甲冑の防護兜ではなく、ちゃんと顔を見せながら話し掛けた事が功を奏した。
「ま、威力偵察だから汎用戦闘機に機動甲冑も持って行くんで、問題ないだろう」
「向こうの文明レベルじゃあ、まだ飛行機械もないそうだからな」
「そうなんですか」
心なしか表情を緩めるアルシア。不浄大陸の蛮族達は世界を混沌に導く妖しげな力を身に宿し、文明が未発達である程その力も強力に作用すると聞く。が、流石に生身で空を飛んだりはすまい。
自分の降りる階まで偵察部隊の皆と暫しの談笑を楽しんだアルシアは、頑張って下さいねと激励して自室へと戻っていった。
聖都カーストパレスの地下奥深くには、大聖堂の特別な通路からしか辿り着けない秘密の場所がある。
数千年も前から秘匿されてきたその場所には、嘗てポルヴァーティアの大地に降臨した勇者によって構築されたという魔導装置、大陸航行制御装置があった。"航行"といっても装置そのものに推進機能は無く、舵のような役割を担う。
大陸後部に取り付けられた大型魔導装置を稼動させる事で、大陸の漂う方向をある程度コントロールできるのだ。
「侵入角度このまま、回転抑制停止、接触まで残り一日をきりました」
「うむ。今回は海からの接陸かね」
「はい、目標大陸の外周は全て海になっているので、太陽周期の関係から接陸出来る場所で最も条件の良い所を選びました」
太陽の衝突を避ける為、大陸を接近させるには互いの太陽が離れている隙間から寄せる事になる。
暫くは二重の太陽から影響を受けて双方に天変地異が起きる場合もあるが、二つの太陽はやがて軌道を合わせて融合するので、この混乱に乗じて相手大陸に侵攻を開始。
大陸が融合して安定するまでに相手大陸の主要国を制圧するというのが、ここ数百年の間に大陸融合で領土を増やしてきたポルヴァーティアの、定石の戦略であった。
気をつけなくてはならない点は、太陽周期の向きを合わせること。回転方向を合わせておけば安定も早くなる。
ポルヴァーティアが能動的に大陸融合を始めた歴史の中で、太陽が逆回転状態の他大陸と融合した際、安定するまでに十年近く掛かったという記録がある。
「一番発展している国でも文明レベルは凡そ100年前といった所か、此度も楽に浄伏を進められるだろう」
「ええ、地形も開けた平地が多いので拠点も置き易いでしょう」
大神官の言葉に答える特別高位聖務官、通称"特聖官"は、そう言って今回の目標大陸で最も発展していると観測された街周辺に広がる平地を、描き出された戦略地図上に指し示す。
「一つ懸念される問題があるとすれば、相手の"勇者"たる存在でしょうか」
「時期が重なったのは少々面倒だが、幸か不幸か今回の"勇者"は役立たずであったからな」
思わぬ使い所が出来たと思えば、そう悪くない余興にはなると、大神官は冷ややかに笑う。召喚元の世界より新しい技術や知識を持ち込まない、個人の戦闘力などに特化した"勇者"など、今のポルヴァーティアにとっては最早"無用の長物"だ。
勇者アルシアはポルヴァーティアよりもずっと文明の遅れている世界から召喚されたらしく、色々と教育するのが大変だった。
「敬虔な信徒達には良い宣教のシンボルになるんじゃないですか?」
「まあ、確かに絵にはなるな」
ポルヴァーティアでは異世界から喚ばれる存在を"勇者"と呼ぶ。これは過去ポルヴァーティアに光臨した者達の証言から明らかになっている事で、何れの勇者も召喚される際に"来タレ勇者ヨ"の声を聞いている所からその呼び名が定着していた。
様々な知恵や力を持つ"勇者"が相手大陸に居る時期は避けたい所ではあるが、大陸航行の制御は漂うに任せつつ進む方向に干渉するのが精一杯なので、近くに見つけた大陸を観測して侵攻可能か否かを判断すれば、後は近付くか離れるかしかない。
今回は観測した結果、目標大陸の文明は自分達より低いと判断。原住民に特殊能力の存在も見られるが、こちらの魔導技術には対抗できないだろうという結論が出ていた。
特殊能力に関してはポルヴァーティアの人間もその昔、まだ魔導技術が確立されていなかった頃には、原始的な魔導術を生身で使用していた記録が残っている。
魔導技術の発展に伴い、人々から自力で魔導術を操る力が薄れていったものと解釈されており、これらは機械的に魔導術を扱えるようになった事によって、人体が生命活動の維持に特化するよう進化したのではないかと考えられていた。
実際、近年の平均寿命や体力、筋力など、生命力全般が魔導術を生身で扱っていた頃の人間よりも高いという検証結果が出ている。
「そういえば、軍務総監が斥候に例の二等市民で構成された偵察部隊をあてたそうですが」
「勇者を保護した実績を買ったそうだ。あわよくば、目標大陸の勇者も篭絡できるかもしれんとな」
「本気ですかね?」
「さてな。まあ、使える"勇者"であったなら受け入れを検討してもよいが」
大聖堂の天辺から見える景色を映し出した『遠見鏡』の画面に目標大陸の地表を眺めながら、大神官と特聖官は明日から一般信徒向けに広報される不浄大陸の浄伏開始宣言について、あれやこれやと話し合いを続けるのだった。
サンクアディエットの北側に広がる海岸。何時ぞやの休暇でも訪れた事のある砂浜に集まる闇神隊一行と、同行してきた炎神隊員のヒヴォディル率いる衛士隊。珍しく隠れていないレイフョルド。
さらに、彼等と並び立つガゼッタの白刃騎兵団が五十騎にシンハ王と里巫女アユウカスの姿も見える。
「ブルガーデンとトレントリエッタは代表を見送るそうだ」
「まあ、無難じゃろうな。ここはガゼッタとフォンクランクを前面に立てつつ、後方で動いて貰った方が良い」
「だから、王様が前線に出てくんなと」
「ふっ」
地平線の先まで広がる海を正面に見ながら何時もの軽い口調でガゼッタの代表者に声を掛けた闇神隊長は、シンハのニヒル笑いを聞きながら海の上に浮かぶ巨大な影、正確には空から迫る巨大な大陸を見上げた。
「しかしでかいな」
「おそらくカルツィオと同規模の大地じゃろう」
――先日、ガゼッタ王室から各国に向けて緊急の書簡が届けられ、里巫女よりのお告げでカルツィオに嘗てない規模の大異変が起きる事が伝えられた。
それから間も無く、フォンクランクの北の空に巨大な島の影が見え始め、夜にも薄っすらとした太陽らしき光が空に浮かぶなどの異変が起き始める。
お告げの書簡を受け取った各国の王達は一体カルツィオに何が起きているのか、詳しい情報を求めてガゼッタに使者を送った。そうして教えられた古代カルツィオの歴史、大地の成り立ちに関する真実は、カルツィオの人々を震撼させるものであった。
神技人と無技人の関係など、既に周知の事実となっている四大神信仰の欺瞞、そんな二千年にも及ぶ歴史の闇さえ吹き飛ばすような事実。カルツィオは太古の昔から大地の融合を繰り返して今の姿になったという話は中々に大きな反響を呼んだ。
懐疑的な反応を示す者もいたが、それは内容を疑っているのではなく、なぜ今そんな話を暴露したのかという情報開示の目的について、何か深い裏があるのではないかという疑いであった。しかしそれらの疑念は直ぐに払拭された。
フォンクランクの北の空に迫る巨大な大陸という目の逸らしようのない現実に、里巫女アユウカスから告げられた一言。
"カルツィオの大地に住む全ての人々が団結せねば、カルツィオの人間は全てあの大地の者達に隷属させられるであろう"
新たに大地が広がるという一大イベントは、同規模の大地から侵攻を受けるという壮大なオマケ付きだった。必ずしも相手側からの侵略が行われるとは限らないのではないかという意見も当然あったものの、それに対しては――――
「ワシは里巫女じゃ、この世界の"神"たる意思に触れ、それを通じて諸現象を視通しておる」
向こうの大地の統治者はやる気満々で、しかも意図的に自分達の大地をカルツィオの大地へ寄せてきているのだと答えた。
巨大な大地を操る程の力を持つような者達を相手に、果たしてまともに戦えるのか、取り返しの付かない被害が出る前に和平を申し入れるべきではないか、という消極的な降伏論者の声も多少は聞かれたが、大多数は戦う事を支持した。
そうして先ずは向こうの人間と最初に接触する事になるであろう北部の海岸に各国から代表で使者を送り、宣戦布告か、降伏勧告か、或いは和平交渉など、何らかの動きに備えて相手側の出方を見ようと待機している。
どんな相手がどんな方法で何を仕掛けてくるのか分からないので、あらゆる事態に対応できる者が代表の使者として選ばれたのだ。そんな訳で、フォンクランクからは闇神隊が出るのが必然的であった。
そして、何かあればまず国王が自ら出向く傾向のあるガゼッタからは、やはりシンハ王が顔を見せ、里巫女アユウカスも付いて来た。
「あれって街だよな、サンクアディエットよりでかいんじゃないか?」
「ワシが視た感じ、向こうは単一国家としてやっておるようじゃな」
相手側の大地はこちらに対してほぼ垂直の角度で接近しており、このままぶつかれば貝の蓋が閉じるように地表同士がぶつかるようなエライ事になるのではないかと大惨事を危惧する悠介。
「ブルガーデンのボーザス山も、その昔カルツィオにぶつかった大地がひっくり返ったのではないかと言われておるしなぁ」
「えっ マジすか!」
「うそじゃ」
ただのでまかせだとニヤリ笑いを向けたアユウカスは、流石に大地同士が閉じあって双方全滅は無いと言ってカッカッと笑う。
ジト目な悠介隊長を余所に、上空から見下ろすような形で相手側の巨大な街、蜘蛛の巣を思わせる姿を目の当たりにした他の闇神隊メンバーや、ヒヴォディル達衛士隊も、ただただそれを見上げながら圧倒されていた。
「あんだけデカイ街なら……可愛い子もいっぱいいるに違いない!」
「お前はいつでも変わらんな……」
適応力に定評のあるフョンケの呟きに、ちょっと癒される悠介なのであった。

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