Listening:<校閲発>春夏秋冬
2014年05月02日
年々歳々花相似たり。目まぐるしくニュースが入れ替わる新聞でも、毎年のように似たような話題が載ります。それとともにいつか見たような間違いが出てくることもよくあります。毎日新聞の情報編成総センター校閲グループは原稿の間違いを正すだけではなく、間違いを繰り返さないためさまざまな情報発信を行っています。毎日新聞ニュースサイトの「毎日ジャーナリズム」内の一コーナー「校閲発」では、月1回ずつ「ここで間違う」「再思三省」と題したコラムで、陥りがちな原稿の誤りを紹介してきました。好評だったものを、今回から3カ月ごとに紹介するとともに、校閲の目で追った季節の話題をあわせて特集します。正確で分かりやすい文章を書いたり、四季折々の言葉の繊細さを理解したりするための一助となるよう願っています。【岩佐義樹】
■巡り来ることば
◆いずれアヤメかカキツバタ
◇ショウブは別種、ややこしい
もうすぐ「こどもの日」。この日にはショウブの葉を湯船に入れる「菖蒲湯」の風習がある。菖蒲の字はアヤメとも読むが、実はショウブとアヤメは別種の植物でややこしい。またアヤメといえば「いずれアヤメかカキツバタ」ということばがあるように、カキツバタとの違いも見分けにくい。このことばの由来や、昔から混同されてきたアヤメ、カキツバタ、ハナショウブの違いを調べてみた。
「いずれアヤメかカキツバタ」は優劣が付けがたく選択に迷うたとえ。源頼政の詠んだ歌に由来するという。頼政は平家打倒のため挙兵したが敗れた武将。一昨年のNHK大河ドラマ「平清盛」で宇梶剛士さんが演じたのをご記憶の方も多かろう。
彼が妖怪の「ぬえ」を退治した褒美として、鳥羽院から菖蒲前(あやめのまえ)という美女を賜った。その際、同じような美女12人から当人を当てるよう言われ、歌人でもあった彼は「五月雨に沢辺の真薦(まこも)水越えていずれ菖蒲(あやめ)と引きぞ煩(わずら)う」と詠んだ。そのアヤメにカキツバタも加え、このことばになったのだ。知らなかった……。
古くからアヤメ科のハナショウブと混同されたが、ショウブはサトイモ科の多年草。「古代中国では菖蒲を服用して仙人になる話があり、不老長生の象徴とされる」(加納喜光「植物の漢字語源辞典」東京堂出版)。魔よけの力があると信じられ、日本で端午の節句に風呂に入れる風習が生まれた。菖蒲湯は「あやめの湯」ともいわれるが、湯に入れる葉はアヤメ科のハナショウブの方ではなくサトイモ科のショウブだ。
ハナショウブとカキツバタの見分け方は難しいが、両者とアヤメとの違いは比較的分かりやすい。まず、アヤメが畑や草原など比較的乾燥した地に生えるのに対し、ハナショウブ、カキツバタは主に湿地に生える。開花はアヤメが最も早く、今時分すでに咲いている所が多い。
実は当方、千葉県香取市の水郷佐原水生植物園(電話0478・56・0411)でアヤメが咲いていると知って、5月上旬に同園を訪ねたことがある。しかし、同園の主な呼び物は下旬から咲き出す400種150万本のハナショウブであり、その開花はもう少し先だったのだ。園内に控えめにアヤメは咲いていたが、観光客は少なかった。
同園では31日から6月29日まで「あやめ祭り」が開かれる。おや、ハナショウブがメインなのに? 同園によると「この地域では単に『あやめ』といった場合、ハナショウブを指していること、またアヤメもハナショウブもアヤメ科アヤメ属の植物であることなどから、あやめ祭りとしています」。
なお、カキツバタはハナショウブより少し前に開花し、外側の花びらに白い線が入るのが一般的な特徴。杜若、燕子花という漢字を当てるが、ともにその漢名は別種と植物学者の牧野富太郎はいう。「何も日本の名を呼ぶのにワザワザ他国の文字を借り用いる必要は決して無い」(「植物記」ちくま学芸文庫)。なるほど。ということで、見出しの文言は片仮名を用いた。
最後に告白。お恥ずかしいことに「いずれ菖蒲か杜若」を校閲で「いずれショウブかカキツバタ」と改悪してしまうという失態が昨年あった。このことばの知識がなかったわけではないが、組織としての緊張感が足りなかったと猛省した。今回の一文は、二度と同じ間違いを繰り返さないという決意のもとに書いたものだ。
■ここで間違う
◆無断引用
◇明示なきコピペは「盗用」
STAP細胞問題で論文の不正が話題になる中、「無断引用」という言葉が出る機会が増えています。この用語は間違いです。なぜなら「引用」は「無断」ででき、それだけでは問題にされないからです。著作権法でも認められています。
「無断引用」という言葉の誤用について、毎日新聞ではこの問題の発生以前の2007年から「毎日新聞用語集」で注意を促していました。そしてSTAP論文の問題が連日報道されるようになった3月に、毎日新聞用語集の記述を引用する形で次の文章をインターネットで流しました。
「無断引用」→○「無断転載」 ◆「無断引用」は誤り。著作権法でいう「引用」は、同法で認められた範囲・方法で著作物を無断で利用すること。「転載」は「引用」範囲を超えた行為で、許可を得るなどの手続きが必要。無許諾の複製による利用は「無断転載」「盗用」「不適切引用」。
これに対し読者から次の指摘をツイッター(短文投稿サイト)でいただきました。
「『無断転載』と単語を置き換えただけでは正しい記述にならないと思います」
虚を突かれた思いがしました。「引用は無断でも行える」という認識のもとに「無断転載」などの言葉に言い換えをしているのですが、確かに「引用」と「転載」の違いがよく分からない人にとっては、言葉を言い換えただけでは何が問題なのかよく分からないに違いありません。
改めて整理しましょう。著作権法では「引用」はこう記されています。
「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」
つまり、無断で引用するのが悪いのではなくて「公正な慣行」に合致しないのが問題ということです。具体的には(1)自分で書いた部分が質量共に主要であり引用部分が従属的であること(2)両者が明確に区別できること(3)なぜ引用すべきなのかという必然性があること(4)出所の明示−−などの条件を満たすことが公正とされます。
要するに、きちんと引用であることが分かれば問題ないのです。そうではなく丸ごと文章・図表をコピーし自分の文章のように発表したり、どこまで引用でどこまでが本文なのか読者に分からない形で他人の文章などを使ったりするのは「無断転載」であり「盗用」ということになります。
昨今、学生などが気軽にネットの文章をコピーして自分の論文として仕立てること(コピペ)が問題になっています。それは著作権法に触れる恐れがあることを、授業などで教えるべきでしょう。そして新聞としても、単に「無断引用」という言葉を言い換えてよしとするのではなく、何がどう問題なのかをきちんと伝えていく必要があります。
■再思三省(再思三省(さいしさんせい)とは何度も考え、何度も自らを省みること。)
◇歌の影響力?
消費税の増税分を価格に転嫁したくてもできない中小企業の苦境が伝えられます。苦しい経営状況はしばしば「青息吐息(あおいきといき)」と表現しますが、「青色吐息」という間違いが後を絶ちません。税金の「青色申告」との混同? それとも、高橋真梨子さんの1984年のヒット曲「桃色吐息」の影響が現在も及んでいるのでしょうか。また、増税分の「てんか」を「転化」「転稼」と誤記したケースがありました。正しくは「転嫁」です。「転化」はともかく「転稼」はパソコンの変換候補にはないはずですが……。
◇はるかな未来に
「20015年」とは気の遠くなるような未来の話ではなく単なる間違いです。これは極端な例ですが、「10億5000円」と万が抜けるような例も含め、数字の桁の間違いはチェックの網をくぐり抜けることも。ちなみに「甲由田申(こうゆでんしん)は筆者の誤り、十点千字は継母(けいぼ)のはかりごと」ということわざがあります。甲、由、田、申などの似た漢字の書き間違いはよくあることだが、十に点が加わり千となるなんていうのは、悪意あるワナと取られても仕方がないので、数字の誤りにはくれぐれも注意しよう、ということです。
◇甘くないワナ
前項で、似た字の書き違いはよくあると書きましたが、もちろん人名の誤りは決して見逃してはなりません。ある記事中3度出てくる女優、壇蜜さんの名前のうち、2度目のみ「壇密」となっていて直しました。色仕掛けの情報活動を「ハニートラップ(蜜のワナ)」といいますが、まさにワナのようです。蜜と密は間違えやすく、京都の案内板で「六波羅蜜寺」が「六波羅密寺」と誤っているのを発見したことも。壇と檀もやはり誤記されやすく、女優の檀ふみさん、檀れいさんが「壇」となるミスはかなり直しています。
………………………………………………………………………………………………………
◇校閲グループから
東京本社校閲グループが中心になって運営しているツイッター(@mainichi_kotoba)はフォロワー(読者)が1万1000人を超え、今回の「ここで間違う」でも紹介したように、さまざまな意見や質問が寄せられて、対話の場にもなっています。また校閲グループは「毎日ことば」というインターネットサイトやフェイスブックも展開。漢字クイズ「読めますか?」やブログを日々更新しています。
さらに、大阪本社校閲グループでも月1回、間違えやすい日本語について「字件ですよ! 校閲の現場から」などを本紙「くらしナビ」面で連載。これは大阪本社発行紙面のみですが、会員登録するとパソコンやスマートフォンなどで読むことができます。
しかし、いくら電子媒体で読めるといっても、それらに縁のない人にとっては目に触れる機会がありません。この特集は、紙面で楽しみたい方にささやかながら日本語の話題を提供しようとお届けしました。
ご意見・ご質問は下記まで。
……………………………………………………
◇毎日新聞・校閲グループ
メール iwasa-y@mainichi.co.jp
ファクス 03・3212・5446