(テーマ音楽)
残照に浮かび上がる山並み。
今も心に焼き付いています
山に寄り添う人たちの織り成す5つの物語です
北海道のほぼ中央。
手前は雪解け水をたたえるシューパロ湖。
その向こう恐竜の背中のような峰の奥にそびえるのが夕張岳です
数千万年前押し合う大地の力によって隆起しました
突き出た岩場。
雪解け水がつくる湿原。
変化に富んだ地質と厳しい気候がさまざまな花を育みます
夕張岳は600種以上の植物が見られる花の名山と呼ばれています
咲き誇るのは短い夏のひととき
最初の物語は去年7月の夕張岳への旅です
ああ記入するんだ。
登山者名簿。
結構登ってるよ人。
夕張の市街地から車でおよそ40分。
標高350m付近の林道から歩き始めます
はいじゃあ出発です。
こんにちは。
あっこんにちは。
どちらから?俺は横浜から。
横浜から!うん。
もっといろいろ有名な山があるのにどうして夕張に?いややっぱり花が好きだからよ。
死ぬまでに1回は夕張に行かないとなと思って決行したんだよ。
おたくも気をつけて。
お互いに。
若くねえんだから。
ハハハ…。
頑張って。
じゃあ。
シラカバやエゾマツに囲まれた林道。
2時間かけてまずは登山の拠点となる山小屋を目指しました
・
(のみを打つ音)ああ何か音がしてるねトントン。
何か工事でもしてるのかしら。
はあ…。
おお小屋だ。
「夕張岳ヒュッテ」か。
夕張岳ヒュッテです
かつては夕張市が予算を出して運営されてきた山小屋。
8年前市の財政破綻を機に地元の人たちがボランティアで引き継いできました。
訪れた時は老朽化のため建て替えが進められていました
建設資材は募金や助成金で購入。
北海道庁の職員や自衛官会社を定年退職した人たちが作業に励み秋の開業を目指していました
せ〜の!もっと右だね。
これ回しながらだといいから。
縦見て。
俺回すからさ。
建て替えを進める中心メンバー藤井純一さんです。
夕張市で生まれ40年以上この山に登ってきました
かつては通信会社に勤務し南極北極などの基地で通信士として働いてきました
遠くの地からふるさとに帰る度に夕張岳は変わらぬ姿で迎えてくれました
(藤井)やっぱり自分の生まれたとこのふるさとの山。
最初に登った山でふるさとの山という事なのかなあ。
もう誇りに思った山で自分のふるさとを理解してもらうのに一番いいものだと思うんですよ山。
翌日藤井さんと一緒に南側のルートから花畑に向かいました
しばらくはダケカンバやエゾマツのうっそうとした登山道が続きます
3時間ほど登ると標高は1,300mを超えました
ああ雪渓だ。
随分残ってますね。
そうですねここ前岳のトラバースの所はいつも。
あともう1か所そっち側にあるかな。
滑るんで十分気を付けて下さい。
やっぱり空気が冷たいここに来ると。
雪渓を何度か過ぎると変化に富んだ地形になります
荒涼とした砂礫の蛇紋岩地帯。
地下深くマントルにあった岩が地表に押し出され風化しました。
栄養分の乏しい土壌です
夕張岳にしか見られない花がありました
(藤井)あの…。
あれですか?あのピンクのがねあそこに枝の向こうに。
離れた所にありますけども。
小さな花ですね。
小さいですね。
けなげに咲いてますね。
ええ。
花は直径僅か1.5cmほど。
栄養の乏しい土壌に合わせて小さくなり生き抜いてきました
歩き始めて4時間。
標高1,400m付近に広がる湿原は一面の花畑でした
シロウマアサツキ。
ネギの仲間で強い香りを放ちます
エゾウサギギクは茎や葉に毛をまとい寒さに耐えられるように進化しました
ここにしかないというもの。
だから誇れる場所でまあちょっと大げさだけども守っていきたい。
後世にずっと守っていきたい伝えていきたいという気持ちで誇りに思ってますねはい。
いよいよ登り最後の登りです。
お手柔らかに。
アハハ…。
登り始めて4時間半
ヨロヨロしてきてるよ。
さっきからヨロヨロして…はあ。
最後の急勾配です
いよ〜…えっ?山頂だ!いや〜つらかった最後が。
急に向こうの方が開けて。
ねえ。
いや〜…。
お疲れさまです。
いや〜よかった。
北には十勝連峰
更に奥には北海道最高峰旭岳を抱く大雪山系です
西には蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山が望めました
続いては都会のそばにそびえる身近な山です
港町神戸。
その背後に立つのが六甲山地です
標高は900m前後
市街地に沿うように東西30kmにわたって連なります
訪れたのは去年の7月。
阪急三宮駅で降りて歩き始めます
週末の朝。
駅前はさまざまな年代の登山者でにぎわっていました
六甲山の登山ルートは100を超えます
多くの人に親しまれているコース西側の再度山を抜け摩耶山を目指しました
市街地から一歩出るとにぎわいが消え静かな道です
地元には日課として山を登るいわゆる「毎日登山」の習慣があります
え〜!でも1週間に3回も?やっぱりもうあれですね登らないと気が済まない?おはようございます。
おはようございます。
お近くの方ですか?はい。
ああ…皆さんお近く?一緒。
大体同じ。
よく登るんですか?
インドの貿易商たちです。
繊維を商い祖父の代から毎日登山を続けているといいます
山歩きの習慣は幕末まで遡ります。
イギリス人外交官アーネスト・サトウ。
徳川慶喜西郷隆盛などとの交渉に当たりました。
サトウが仕事の合間に繰り返し歩いたのが六甲山です。
「登る事を楽しむ」日本の近代登山の始まりでした
「異人さん」の登山を見た人々も六甲を目指すようになります。
日本人が神戸に初めて作った登山会。
100年前のサイン帳です
登山者たちは名を記し登頂した回数を競い合っていました
歩き始めて40分燈籠茶屋です。
かつて10軒あった再度山の茶屋の中で唯一残っています
登った証しをサイン帳に記す習慣は今も息づいていました
登山者のサインを基にした集計表です。
登山回数の順に並んでいます。
2万回以上登っている人もいました
山村賢二さん82歳です。
63年にわたって休まず登り続け2万回を超えました
山村さんは幼い頃患った病気がもとで耳が聞こえません。
お話を筆談で伺いました
何回登りましたか?うわ〜2万3,501。
すごい!
山村さんの初めての登山は19歳。
神戸の縫製工場で見習いをしていた時です。
仕事が思うようにゆかず一人悩む日々。
工場の窓から見えたのが六甲山でした
今山で出会った仲間とのひとときが何よりの楽しみです
19年前阪神淡路大震災の時も2日後には避難所から六甲に向かっていました
一歩一歩登る事で人生が切り開かれていくようだと山村さんは言います
あっこっちが随分開けてていろんな方がいますね。
三宮の街から歩き始めて4時間。
山頂を経て見晴らしの良い場所に着きました
眼下に広がるのは港町神戸の町並み
その奥は大阪湾です
登山の出発点三宮の市街地も一望できました
辺りが闇に包まれる頃
摩耶山を巡るナイトハイキングです
山岳ガイドなどが企画し年間20回ほど行われています
きれいやなぁ。
きれい。
町に寄り添う山
心に輝きを与えてくれます
本州最大の湿原尾瀬。
群馬県側からは木道を8km以上歩いた先に山小屋が点在しています
秋の尾瀬は草紅葉。
旅人をいざなう彩りです
去年10月。
湿原は多くの人でにぎわっていました
山小屋に食料や燃料を届ける「歩荷」です
歩荷歴15年の五十嵐寛明さん。
福島県会津で生まれ育ち尾瀬の風の中を歩くこの仕事に心を奪われました
五十嵐さんが背負う荷は80kg以上になります
その日のお客さんの晩御飯のメニューとかおかずとか無事届けられて…。
その達成感というんですかね達成感がほんとものすごいんで。
ほとんどその一点だけですかね。
こうやって必要とされてるなら多少雨降ろうがどんな天気でもその日その荷物が必要ならば持ってってあげたいなという気持ちはありますね。
歩荷は春から秋にかけての仕事。
冬を前に山小屋が閉じると働き口を求めて別の地に移ります
はいお疲れ。
おう背負ってるな。
大変だ。
4時間歩き無事に荷物を届けました
一回取るよ。
はい。
秋が深まると夏の間に使い切った燃料などを帰りに背負う下げ荷が始まります
山のシーズンに合わせて各地からやって来た歩荷は6人。
山小屋が閉じる10月の末になると歩荷たちも一人ずつここを去ります
五十嵐さんは最後の山小屋が閉じるまで荷物を背負い続けていました
秋深く一人
(五十嵐)尾瀬が何か僕に対するじゃないですけどご褒美なんじゃないかなというような気がするんですけど「今年もよくやったな」みたいな気持ちになりますし「また来年もまた頑張ろう」という気になりますね。
今実際こうやって毎日歩いてれば逆に尾瀬から離れた生活は考えられないくらいのものに尾瀬自体が自分の中でなっているんで。
五十嵐さんは冬から春隣村の造り酒屋で働き今月末に再び尾瀬に帰ってきます
手前に光るのが阿武隈川。
奥にそびえるのが安達太良山。
福島県二本松市からの眺めです
柔らかな峰々
丸い頂を突き出す主峰が安達太良山です
去年10月山肌は赤オレンジ黄色に緑鮮やかに彩られていました
山頂の岩はおよそ12万年前の噴火の痕跡です
山の上に広がるのは「ほんとの空」。
詩人高村光太郎の妻智恵子のあどけない言葉です
この山の麓で育った智恵子は東京から生涯ふるさとの空を恋い焦がれました
岩場が続く険しい西側の登山道
登ってきたのは麓の二本松市で60年以上続く安達高校山岳部です
安達太良山の周辺をホームゲレンデにしています
現在地と胎内岩をコンパスのへりで。
この日は1年生の5人が冬に向けた訓練をしていました
視界が悪い時のためにコンパスを使う地図の読み方
緊急時に避難するシートツェルトの建て方も身につけます
ツェルトは緊急時にね風とか寒さを防ぐために絶対に忘れちゃいけない大事な装備の一つだからね。
紅葉少し紅葉してるところの岩が流れてるところ分かるかな。
あれは震災の時にあの大きな岩が崩壊して流れた跡なんです。
(生徒)ええっ?
(本田)地震の影響爪痕がまだ残っているという事。
古山枝里香さんです。
二本松市で生まれ育ち見上げる先にはいつも安達太良山がありました
古山さんの初めての山登りは安達太良山でした。
頂で家族そろってパンを食べました。
澄み渡る空の下で過ごした時間が忘れられません
中学1年の終業式直前震災が起きました。
原発事故の影響で学校も自宅も除染が必要になりました
くじけずに立ち向かう心を持ちたい。
高校生になって選んだのは山岳部でした
半年で15の山に登りました
中でも季節ごとに身を浸す安達太良山が大好きになっていきました
山岳部に入るまでは山の景色見てもどれも山で同じじゃんって思ってた面があったんですけど山岳部に入って山の…登ってる時とかに全然中が違かったり景色が違かったりするんで。
安達太良山はいっぱい登ってて何回も登っていて見慣れた景色って少しあるじゃないですか。
そういうのがあるから特別なんだと思います。
一歩一歩踏み締め頂へ
大丈夫?
迎えてくれるのは幼い頃と同じ青い空です
てれちゃうよ。
おめでとう。
ありがとう。
いや…ほんとに戻ろうかなとか思って。
ふるさとの空。
ほんとの空
優しい風が吹き抜けます
魚野川が流れる新潟県魚沼市。
奥にそびえるのが越後三山です
のこぎりの歯のような稜線八海山。
丸みを帯びた柔らかい山容の中ノ岳。
そして越後駒ヶ岳。
深田久弥は三山の中で一番立派な姿とたたえています。
最後はこの山での出会いです
越後駒ヶ岳の登山道は5つ。
「銀の道」と呼ばれる350年前の古道から去年の秋頂を目指しました
6kmほど続くこの道は駒ヶ岳周辺で採掘された銀を江戸城に運ぶため造られました
ここを江戸時代から歩いたんだねぇ。
まさにそうだな。
こういう岩の削れ方がほらちゃんと登った跡…足で削ったんだこれ。
当時の古地図です。
越後駒ヶ岳の麓には銀を運ぶ道が張り巡らされていました。
中でもこの峠を越えて年に1万人以上が銀を背負い江戸へ向かいました
人々が踏み固め深く削られた古の道です
銀の道を歩く事1時間半。
古いお堂がありました
こんにちは。
ああこんにちは。
麓の町で暮らす磯部初江さんと夫の剛さんです。
季節ごと山に入り40年以上登山道の清掃を続けてきました
お堂は銀山で働く鉱夫や旅人たちの無事を祈願して建てられたと言われています
今も雨風をしのぐ避難小屋として使われています
昭和47年の秋から仲間たちと自分たちの山を自分たちできれいにしようという事から始まったんです。
は〜…じゃあ20代?20代ですね。
ご一緒になられたのは当然20代で…?はい。
私がちょっと30過ぎたかなくらいですけども彼女は5つ違うんで彼女は20代でした。
それ言わなくていいよ。
ねえ。
ハハハハハ…ごめんなさい。
当時地元の山岳会に所属していた剛さんが町の人に向けた越後駒ヶ岳の登山を企画。
友人と初めて参加した初江さんを剛さんは励ましながら登りました
以来40年。
2人だけの登山を重ねてきました
お堂を掃き清めると2人は必ず稜線に立ちます
ああすごい駒がきれいだね。
(剛)きれいだねぇ。
いつ見てもきれいだ。
秋空に映える赤と緑。
威厳に満ちた山容です
出会いの場が駒ヶ岳でしたのでなければ多分こうしていなかったんじゃないですかはい。
そこはね感謝していいのか悪いのか。
感謝しようか。
感謝しとこうよね。
はい。
標高が上がるにつれ険しい岩場が続きます
登り始めて5時間半。
頂まであと少しです
ああ山頂だ。
こんにちは。
こんにちは。
着きました。
いやあ着きました。
2,003m。
うわ〜眺めがいいですね。
稜線の向こうそびえ立つのは越後三山の中ノ岳
八海山が猛々しい姿で間近に迫ります
そして西の眼下には米どころ魚沼の田園地帯。
奥は日本海です
佐渡の金北山もはるかに望む事ができました
ちょうどですね私ここで…あの百名山やってて百名山目なんです。
そうおめでとうございます。
ありがとうございます。
ここが最後のとどめ。
そうなんです。
どちらから?いろいろ。
僕は福島の郡山です。
私三重県。
三重県から。
東京です。
東京。
東京です。
宮城です。
どういうグループですか?これは。
(笑い声)震災がきっかけでお友達になったんです。
震災が。
東日本大震災の時宮城県に応援に行き知り合った自治体の職員たちです
今日この山へ登ったのはどういう…?つながりですかね。
これからも一緒に山に入りたいという。
はいチーズ。
山が目覚める頃
新潟と福島の県境奥只見湖を覆うように霧が現れました
滝雲です
湖から立ち上る湿った空気が霧となり稜線を越えていきます
山の息吹が心を満たしていきます
2014/04/29(火) 10:05〜11:00
NHK総合1・神戸
特集 小さな旅「山の歌」[字]
「小さな旅・山の歌」の総集編。北海道・夕張岳。兵庫県・六甲山地。福島県・安達太良山。新潟県・越後駒ヶ岳など、山々の映像美と、山人たちが織りなす物語をつづります。
詳細情報
番組内容
各地の山を訪ね、雄大な景色と峰に思いを寄せる人々の姿を見つめる「小さな旅・山の歌」総集編。花の名山、北海道の夕張岳。神戸の背後にそびえ、近代登山のはじまりとされる兵庫県の六甲山地。山小屋に物資を運ぶ歩荷(ぼっか)の思いに触れる秋の尾瀬。智恵子抄の「ほんとの空」の舞台、福島県の安達太良山。滝雲がりょう線を覆う新潟県の越後駒ヶ岳など、多彩な山々の映像美と、山人たちが織りなす物語をつづります。
出演者
【語り】国井雅比古,山田敦子
ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
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