古代の人々の心を映し出す「万葉集」。
その最後を飾るのが歌人大伴家持です。
家持は鬱々とした気持ちを歌に表現しました。
僕はこれを詠まなきゃ救われないという事の。
他の人と共有できない感覚あるいは気分っていうかな。
「万葉集」最終回。
「独りの世界」を見つめていきます。
(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…さあ「万葉集」最終回でございます。
楽しみですね。
何かその「万葉集」の中でも初期の方の歌と新しい方の歌でその歌の役割っていうのかなはやりが進化したり変化したりしてるそんな事も分かって面白いですね。
今回も指南役は佐佐木幸綱さんでございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
先生今回見ていきますのは最後第四期でございます。
この時代はどういう時代になりますか?ここが律令制度の出来ていく上り坂の時代ですよね。
都が出来てピークになった。
だんだんだんだん今度ね下り坂になってくんですよね。
そういう事でだんだんだんだん下り坂になっていくんですね。
上り坂の時はねみんなが共同のものを信じる事ができたわけですけどねだんだん下り坂になると個々がバラバラになってってね…それを代表的な歌人として大伴家持。
「独りを見つめる」というタイトルを付けてみました。
まずはこの大伴家持とは一体どのような人物なのかご覧頂きましょう。
大伴家持は歌人大伴旅人の子として名門貴族の家に生まれました。
父の影響で幼い頃から歌に囲まれた環境に育ちます。
生っ粋のプレーボーイだった家持。
多くの女性たちと恋の歌を交わしましたが29歳の時転機が訪れます。
越中の国の長官に任命され北陸へ赴任する事になったのです。
華やかな都での生活から一転静かな暮らしの中で家持は自分の心を見つめる歌を詠むようになります。
そのかたわら先人たちの歌を収集し整理に励みました。
こうして大伴家持は「万葉集」の編纂に深く関わっていったのです。
この大伴家持という人は歌人でありながら「万葉集」の編纂にも関わっていたという。
そうですね。
「万葉集」全部で20巻あるわけですけれども最後の4巻これは家持の歌を中心に配列されてるんですね。
そういう事から…そんな家持なんですが「万葉集」の中には実は家持自身の歌も先生も今仰いましたけどたくさん入ってるんですね。
ちょっとこちらを見て頂きましょう。
およそ4,500首のうち作者不詳が一番多い。
分かんないのが一番多い。
2,000首ぐらい。
その2番が編纂に関わってる大伴家持で470首も入ってる。
何かずるいな。
ほら柿本人麻呂「歌聖」と呼ばれる。
90首しかないのに470首もあるんですよ。
すごい数。
後半ダーッと家持の歌ばかりなんですか?はい。
不思議ですね。
逆に言うとこれだけ極端に多いって人なら自分のものだけを後世に残したいと思いそうなものですけどもそうじゃないんですか?そうじゃないんですね。
家持は文化の意識のようなものを持ってて…先輩から学ばないと駄目なんだと。
一種の伝統の意識というか…家持の有名な言葉の中にね「山柿の門にいたらず」というのがあるんですね。
「山」という字と「柿」という字なんですけど「柿」はまあこれ人麻呂。
柿本人麻呂の「柿」。
「山」は一人は山上。
もう一人山部赤人という人がいましたね。
だからこの「山」か山部赤人か。
あるいは両方だろうって言われてますけどね。
つまりこれ先輩なんですよ。
その先輩に自分はきちっと学んでいない謙遜して言ってるわけですけどね。
歌というものは勝手に自分で作ったんじゃ駄目なんでね…この表だけ見た時には「何だよ自分のばっかいっぱい入れて」と思っちゃいましたけどでも今の補足を聞いてみるとちゃんと真摯な人だったんだなという感じが。
まず歌人としての家持を見ていきたいと思います。
これは家持の有名な「春愁三首」。
春の愁いを詠った三首という事で家持の代表作だといわれています。
春の夕方なんですよね。
そこにかすかな音が聞こえている。
うぐいすの鳴く声が。
これ光という意味。
夕べの光の中にうぐいすの鳴く声が聞こえている。
ほんの小さい竹群を吹く風の音のかすかに響いている。
そういう夕べだ。
春の日にあげ雲雀が鳴いているというそういう歌ですね。
何かどれも小さなボリュームの音の話ですね。
大きな音だとみんなに聞こえるけれども小さい音だと気にしない人には全然聞こえないでしょ。
「僕だけが聞いてるよ」という…前回同じ音鳥の声でも赤人さんのやつはその逆っていうかすごい鳥鳴いてるよっていう。
元気がいいというね。
みんなで感じ合いたいみたいな短歌でしたよね。
今回ちょっと違う。
光も音もほんとに強烈なものじゃないでしょ。
そういう心の状態ですよね。
またちょっと新しいスタイル。
新しいですね。
実は家持はこの歌のあとになぜこの歌を詠んだのかという動機を書いているという事なんです。
春の時間がゆっくりと進んでいると。
そこに鳥が鳴いている。
それでこの歌を作って…何だか分かんないモヤモヤとした気持ちってあるじゃないですか。
これをどうにかしたいっていう感じは今のですごく伝わってきて。
僕はこれを詠まなきゃ救われないっていう事の。
かなり哲学的なニュアンスを持ってると思いますよ。
続いては編纂者としての家持を見ていきたいと思います。
「万葉集」の中でも家持が深く興味を持って集めさせた歌に「防人の歌」というのがございます。
こちらをご覧下さい。
7世紀半ば朝鮮半島で勃発した唐・新羅と百済との戦争。
倭国は百済を救済するため出兵しますが唐・新羅連合軍の前に大敗を喫します。
それ以降大陸からの侵略に備えて北九州沿岸に兵士たちが配備されるようになります。
それが防人です。
防人は東国と呼ばれる国々から集められました。
遠く離れた場所から連れてくる事で逃亡を防いだとも言われています。
3年にも及ぶ任期。
防人は家族と離れ離れになる思いを歌にしました。
「服の裾に取りすがって泣く子を置き去りにして出征してきた。
母親のいないまま」。
また残された家族が詠んだ歌もあります。
「『今度防人に行くのは誰の旦那さん?』。
そう尋ねる人を見るのは羨ましい限り。
何の物思いもせずに」。
「防人の詩」。
さだまさしさんの歌のタイトルあれも物悲しい歌ですけどこれちょっと初めてきちんとその大本を聞くとまあ切ない。
家族と別れるのはしんどいよねというそういう歌ですよね。
これもともとどうやってというかどうしてこういうもの…?家持が兵部省という軍事関係の役所の偉い人になるんですよね。
作って提出させた?ええ。
もう100年たつと大体そろそろそういう国際的な緊張関係はあんまり気にしなくていいんじゃないかというそういう時代的な空気があったんだと思いますね。
それともう一つ…両方あったというふうに思ってますけど。
98首という事はこれはうまいやつだけが詠んだとそういう事でもない?いやみんなに詠ませてうまいやつだけを家持がセレクトした。
「下手な歌はボツにした」というふうに書いています。
それもまた編集者としてすばらしいですよね。
ラジオの投稿を読んでるようなものだと思うんです。
役所から出ずにただデータだけを見てる政治家ではなくて普通の投稿を。
民の声。
「今すごく景気が良くなってるとみんな言ってますけどうちがどれだけ大変か」みたいな事を読んでたりするのと一緒だと思うんだよな。
家持にもそういう感覚があったのかもしれませんね。
どれだけ真実の声が大切なのかみたいな事に関してはちょっと意識がないとそうはならないですもんね。
そういう意味で家持という人はこれも特別な人ですよね。
「万葉集」には防人の歌だけではなくて他にも同じように東国の人々によって詠まれた歌というのがあるようです。
こちらご覧頂きましょう。
20巻ある「万葉集」の中でもひときわ異彩を放つのが14巻。
そこに収められているのは東国の人々によって詠まれた「東歌」です。
「多摩川にさらす手織りの布よ。
さらにさらになんでこの子がこんなにかわいいのだろう」。
多摩川周辺は当時布の産地でした。
この歌は川で布をさらす若い娘への素朴な恋心が詠われています。
東歌は東国の人々の文化や風習を色濃く映し出しているのです。
「多摩川」なんか出てくるとうれしくなっちゃいますね。
人々の生活が知られるというか。
巻十四という中に一括して入ってるんですよね。
そういう点で大変特徴のある巻という事になります。
ちょっと東歌の中から一つ代表的なものをご紹介しましょう。
東歌で一番方言が多い歌ですね。
関東の方言ですけども。
赤で書いてあるところがみんな方言なんですね。
「うべ児なは」「なるほどあの子は」。
「吾に恋ふなも」「我に恋しているらしい」。
「立と月の」新月ですね。
月が現れてそしてその月が流れていくとだんだんだんだん月が太っていくので「恋しかるなも」「恋している事だろう」。
都の言葉に直すとね…。
そういうふうに読みますね。
なるほど。
これ「万葉集」は本当は漢字だったんですよね。
仮名がないから。
こんな感じで書かれてるんです。
全部漢字で書いてあるんですよね。
ほんとですねこれ。
読めますね。
すげぇすげぇ。
ほんとに表音音を表してるんですね。
今の仮名と同じですよね。
だって最初に第一夜目で聞いた時にはその読み方がどうだったのかが分からないものが多くていまだに意味が分からないものすらあるって話してたじゃないですか。
これは意味じゃなくて表音なんですか?音だけ。
これは何で?都の人は分かんないんだもんどうやって発音してるか。
もしこれ書いちゃったらね都の人は「われ」って読む。
「わぬ」と読むとは思わないからね。
どう発音されてるかを大切にしたという事ですか。
そうそう。
東の国ではこのように語られているのだよという。
だから都の人は分かんなかったと思いますねこれ聞いても。
同じ国の言葉の方言だから多少は入ってくるんだろうけれども引っ掛かったりとかするでしょうね。
それを学術的にそうしたかったのかもしくは味ってあるじゃないですか。
その方が味があると思ったのか。
難しいけど両方だと思いますね。
オリジナルはこうなんだというのを正確に伝えたいのとそれからやっぱり「東国では」という学問的な興味とね両方あったんだと思いますね。
「万葉集」はこんな歌で締めくくられます。
「新しい年の初めの立春の今日。
降りしきる雪のようにますます重なれ吉き事よ」。
新年に降り積もる雪は吉事の象徴でした。
大伴家持は新しい年への祈りを込めてこの歌集の最後を飾ったのです。
家持が出てきて自分だけ470入れてると聞いた時のあの印象ね。
自分のばっかり入れやがってと思ったあの印象と今全然違う。
なんてすごいすてきな方だろうと思っちゃった。
そこに正月を迎えた時の歌ですね。
「あらたしき」「新しい」という言葉がまだ出来てなくて「新しい」という言葉は平安朝時代になって出来る。
これ「改める」っていうでしょ。
新年がやって来るのは新しい年が来るというよりまた去年までが終わって新たに新しい年が来るというね。
昔日本ではね…ですから「あらたしき」と読む。
すごく面白い。
何か味がありますね。
新しいって響きと改まるって響き全然違う。
似てるのに。
「年の始の」これ新年1月1日の事。
「初春」は立春の事です。
「今日降っている雪」雪がたくさん降ると寒いので害虫が死んだりして豊作になるんですよね。
そういう事もある。
ですから雪は大変縁起がいい。
新年の初春の雪。
その雪が大変縁起がよく降っている。
そのように吉い事よ降りしいてくれ。
これ言霊ですよね。
そういうのを新年に言うという歌ですね。
最初は原始的な頃は言霊なんていう事を言って縁起のいい事を言うと縁起のいい事になるし悪い事を言うと悪い事が起こるから悪い事は書かない言わないってやってたんだってとこから始まってね。
それこそ庶民の愚痴や恨み言も全部入るようになってという。
でも最後の最後に言霊という考え方を尊重してるものすごく尊重してますよね。
しかも春の歌で始まって春の歌で終わってるんですよね。
これも意識してる。
そこも見事な編集なんだ。
まあそういうふうな形で「万葉集」はトータルが出来てるというそういう事です。
何だかちょっと「万葉集」終わらせるのさみしいですね。
いやまさか…「万葉集」は面白い短歌があるねという話に終始するのかなってちょっと思ってたんです。
でももちろんその面もあったけど言葉とか文字とか歌とかの歴史としてとても面白かったです。
1,400年前のをずっと読んできたわけでね何となく思いとか気持ちとか心とかというのは分かり合うんですよね。
だから僕なんかは今短歌作ってますけどもしかしたら1,400年先の人に分かってもらえるんじゃないかとそういうふうな夢はありますよね。
僕ねずっと思ってる事があって今ツイッター140文字制限。
ツイッター一回に140文字しか投稿できないから今日起こった事とかを140文字にして流すんですけどこれにねものすごい誤解を招いたりとかものすごいこれでケンカになったりとかするんですよ。
よく話題になってますね。
炎上したりとかするじゃない。
短く仕方が下手くそで誤解を生む事がすごくある。
書く方も読む方も一文字の豊かさとか大事さみたいなのを分かってないからそうなってる。
自分にも戒めで思います。
その時に日本人ってそういうの得意だったはずだって「万葉集」でちょっと思い始めて。
ニュアンスとかね。
短歌の世界をやってると分かるような気がしてちょっと僕は本格的に短歌…。
是非是非。
幸綱先生にじゃあ見て頂ける。
そうだね。
短歌やりましょうか。
伊集院さんとやり取りする方はみんな短歌形式で。
佐佐木先生ほんとにどうもありがとうございました。
2014/04/30(水) 23:00〜23:25
NHKEテレ1大阪
100分de名著 万葉集[終] 第4回「独りを見つめる」[解][字]
現存する日本最古の歌集「万葉集」。番組では万葉集に収められている歌を、歌の年代ごとに4期に分類、作風の変化を追う。第4回では、大伴家持が描いた孤独を見つめる。
詳細情報
番組内容
第4期では、民衆が作った歌が急増する。その1つが東国の人々による方言を交えて詠まれた「東歌」だ。また九州防衛の任務を担った防人に徴用され、家族と別れを嘆いた「防人歌」も有名だ。こうした万葉集を、中心になって編さんしたのは、大伴家持だった。繊細な感覚を持っていた家持は、憂いのこもった歌を数多く残している。第4回では、家持の歌に込めた心情を推理しながら、世の不条理と闘いながら懸命に生きる人々を描く。
出演者
【ゲスト】歌人/早稲田大学名誉教授…佐佐木幸綱,【司会】伊集院光,武内陶子,【朗読】檀ふみ,【語り】徳山靖彦
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