何の因果か…6年前天神さんが焼けてしもたんと同じ師走の19日でおました。
内平野から出た火は松屋町筋と谷町筋に挟まれた一帯をなめ尽くして…間に大川を挟んだ井川屋は無事でおましたが真帆家はどこにあったのかも分からんありさまでおます…
(かしわ手)
(泣き声)
(善次郎)ただいま戻りました。
(和助)あっ大事ないか?汚れとるだけだす。
大川の向こうはなどこがどこやら分からんぐらい焼けてしもってるらしい。
梅吉がな…。
見てきましたんか。
へえ…。
どいてえな!
(松吉)お尋ねします!すいませんお尋ねします!あの…真帆家の嬢さんはこれぐらいの背丈でかわいらしくて…!人の事なんて知らんがな!嬢さん…。
い…嬢さん!何でや!何でこないな事に!天神さんに…ちゃんと寄進せんかった罰や!天神さんはそんな事しはらへん!罰当たりな事言うたらあかん!
(嘉平)振り返ったってしゃあない。
前へ前へ進むしかあらへんねん。
(真帆)松吉もうしんどないか?ほうか?明日も来てくれるか?ほなまた明日な!ホンマ大変でしたなあ。
大変でしたなあ。
(善次郎)大坂の町はこれまでに何度となく火事に見舞われてきました。
けどその度に商人らは立ち上がり店を普請して頑張ってきました。
あれからもう3日だす。
わてらも気持ちを切り替えて気張らなあきまへん。
へえ!この度の火事で消息の分からん人はもう諦めるしかありまへん。
一日も早う銀二貫ためて天神さんに寄進する事何よりも大事だす!気ぃ引き締めて気張っとくれやっしゃ!
(一同)頂きます!真帆家は…嘉平さんも嬢さんもみんな生きたはります。
あんさんこの3日の間店が終わってから夜中じゅう捜し歩いてまっしゃろ。
何だす?その顔!そんな顔で寒天売れますか?こういう時こそ気張らなあかんねや!人の命より寒天ですか!?あんさん寒天問屋の丁稚だっしゃろ。
つまらん事考えてんとチャッチャと働きなはれ!つまらん!?松吉!
(梅吉)あかん!人の命より寒天か!?御託並べとる暇があったら死ぬ気で働け!許さん!あかんてえ!あかんてえ!松吉!番頭はんに謝んなはれ!梅吉ほっときなはれ!ほな頂きまひょか。
(一同)頂きます。
邪魔や!どけ!
もう捜すとこおまへんやろ。
どこもかしこも捜したし体も気力も限界やろ。
松吉っとん?
あの…。
何だす?いや…。
旦さん…。
何や?もしもあのアホが…。
どのアホや?松吉だすがな。
ああ…。
捜しに行きまひょか?旦さん!好きにしたらよろしおますがな!梅吉!へえ!番頭はん!?松吉!松吉!
ワンワ…ワワン!こっちや!こっち!こっちやて!こっちや言うてますねん!
松吉!?番頭さ〜ん!アホやなあ…。
どアホ〜!死んだら承知しまへんで!嬢さんどこ行かはるんだす?待っとくれやす!嬢さん!い…嬢さん!嬢さん!目ぇ覚めた…。
目ぇ覚めた!旦さ〜ん!旦さん松吉が目ぇ覚ましました!目ぇ覚ましました!よいしょ。
旦さん…。
松吉。
善次郎がなあんさんしょって帰ってきてくれはったんやで。
え?わてが担ごうとしたら番頭さんの方が先に担いで走りださはったんや。
番頭さんが…。
こんな事しゃべったら善次郎に叱られるかもしれんけどな…。
何…何だす?善次郎がな丁稚やった頃の話や。
番頭さんが丁稚?そらあの男にかて子どもの頃はありましたわいな。
善次郎は河内の貧しい百姓の子でな口減らしに大坂の乾物屋に丁稚奉公に出された。
7つの時やったそうや。
これ何?幸いその店では身内みたいにかわいがってもろうてな…。
善次郎!とりわけ同い年の嬢はんは「善次郎善次郎」ってかわいがってくれはったそうや。
ところが善次郎が13歳の時やった…。
(半鐘の音と悲鳴)南船場焼けいうてなこの間よりはもっともっとひどい大火事や。
それで奉公先が焼けてしもうてみ〜んな無くなってしまはった。
けど善次郎だけは助かった。
その後美濃志摩屋はんの伏見の寒天場で働いてたんやけどな…。
えっ番頭さんも?わてが初めて会うた時は…。
まあそのつらさを忘れるためやったんやろなあ。
死ぬ気で働いてるように見えました。
御託並べとる暇があったら死ぬ気で働け!あ…。
自分の信心が足らんかったせいで大事な人を亡くしてしもうた。
そう思い込んだはりますんや。
せやからわてがな…天神さんに寄進するはずの大事なお金勝手に使てしもた時は…そら腹が立ったやろなあ。
その鬱憤があんさんに行きますんやな。
堪忍したって。
い…いえ。
堪忍して頂かなあかんのはわての方だす。
そうか?申し訳ありまへんでした!昨日までの分が520匁。
今日の分10匁足したら…銀二貫まであとなんぼや?え!?えっと…。
1貫と430匁だす。
甘やかしたらあかん!それに間違うとる。
すんまへん!甘やかしまへんで。
今までどおりだっせ!へえ!死ぬ気で働きます嬢さん…。
梅吉!何や?チャッチャと行くでえ!よっしゃ〜!
早いもんだすなあ。
あれから5年だす。
井川屋はんは相変わらずの面々でなんとか細々と商いを続けたはります。
あっそうそう!5年の間に皆さんのお力添えのおかげで天満宮はすっかりきれいになりました!氏子の皆々様ホンマにおおきに!
(松葉屋)このごろ何や脚が痛うてなあ…。
(善次郎)えっ松葉屋はんもでっか?ハハハッあんさんもか!いえいえわてはまだそんな年やおまへん。
何だすて?うちの…旦さんです。
寒うなったら膝を悪うして…。
そないな年てどないな年や。
え?あんさん。
そこだすか!どんだけ自分が若いと思うてはりまんの!…全く。
それはそうと…天神さんきれいになってよかったなあ。
2年も前の話だすわ。
この松葉屋藤三郎が寄進した銀一貫がお役に立ったかと思うたら氏子冥利に尽きるわ。
この2年間何べん聞きましたやろその話。
…でお宅は?銀二貫ためてからて言うてまっしゃろ!何べん聞いたやろその話。
(善次郎)この忙しいのに年寄りの相手してられまへんわもう!誰が年寄りやて?おじいちゃん!お咲!おじいちゃん!?ああ…孫娘や。
いや〜きれいなお孫さんがいてはるんですなあ。
羨ましおますわ。
あっいやいやいや…。
いつもおじいちゃんのお相手してもろておおきに。
うちはここ3年ほど行儀見習に家から出されてましたんでお初にお目にかかります。
咲と申します。
どうぞよろしゅうに。
いやいやこちらこそよろしゅうに。
ようでけた嬢さんだすなあ。
おおきに。
…でお咲何や?お父ちゃんが呼んではるんや。
さよか。
ほな帰ろう。
(梅吉松吉)行て参じました!おいでやす。
ちょっと待ち!背筋が…。
あっ背筋?この松吉の背筋?シャキ〜ンと無駄に伸びてまっしゃろ。
直しなはれてもうず〜っと言うてまんのやけど…。
すんまへん。
違います。
え?ええ背筋やわあ。
お…お咲!うち奉公人さんが背中丸うしてるんがまあ大嫌いですねん。
何でそないに背中丸うして手ぇすり合わせて愛想笑いせんといかんのです?自分とこの店の品物に誇り持ってはったらそんな事せんでええはずだす。
松吉さんの背筋はシャ〜ッと伸びててかっこよろしいわあ。
(松葉屋)お…お咲ぃ!この口がなあ…。
ああお里はんはどないしたんや?味噌汁のネギが切れてたさかい買うてくるて。
ああほうか。
お里はんもそろそろ年でんなあ。
そない言うたりないな。
「呼ぶより謗れ」ですわ。
・
(お里)旦さん!ホンマや!旦さ〜ん!えらい事だす!何事や?火事…火事だす!
(一同)え!?いやいやこの辺やないんだっせ!どの辺だす?大川のあっち側だすか!?みんな支度しなはれ!
(一同)へえ!いやいやいやいや!違う違う!大坂やのうて京だす!今日の朝に出た火がまだ収まらへんのだそうだす。
京だすか!伏見はどないやろ?美濃志摩屋の寒天場…。
行ってくるわ!善次郎路銀出して。
ああ何言うてはりまんねや!旦さん行かせる訳にはいきまへん。
膝悪うまっしゃろ。
え?第一今から無理だす。
わてが朝一番で行ってきます。
番頭さん!わてに行かせとくれやす!伏見の寒天場ならよう知ってます。
そないな年の番頭さんをどないなってるか分からん京へ行かせる訳にはいきまへん!そないな年て?
(梅吉)松吉の言うとおりだす!わてらに任しとくれやす!いや梅吉は残ってくれ。
わて一人で大丈夫や。
せやな。
どっちもおらんようなったら年寄りばっかりやな。
言い過ぎや!あんさんら…!この子ぉらえらいしっかりした事言うよって…。
ほな松吉に頼もか。
へえ!
天満の船着き場八軒屋から伏見に向かう舟は火事の知らせを聞いたぎょうさんの人らでごった返してとてもやないけど乗船は無理だした
松吉っとんは守口枚方淀と歩き通して伏見に着いた頃はもう日が暮れかかっとりました
よし。
持っていけ。
アホんだら!武士を捨て商人になってこんな目に遭ってそれでも生きなければならないんでしょうか!?
(半兵衛)生きて確かめてみたらどや?お前さんが何者なんか。
まだ荒らす気ぃか!?え!?ええ加減にさらせよ!ちょっ…!ち…違います!何や火事場泥棒と違うんか?あなたは…半兵衛さん!?あっ…鶴之輔です!あんさん!今年の寒天はあきまへんやろか?今年も来年もあかんで。
え?美濃志摩屋の旦那さんすっかり気力をなくしてしまわはってな。
寒天作りをやめるっちゅう事だすか!?そういう事やな。
旦那さんは今年還暦や。
七条の店も住んだはった家も燃えてしもたさかいなあ…。
和助さんに早う知らせなあかんと思うててんけどなあ。
半兵衛さんはどないしはるんです?ここの後始末が済んだら郷里へ帰るつもりや。
そうだすか…。
鶴之輔…あっ今は松吉か。
へえ。
あんさんよかったなあ生きてて。
へ…へえ。
(善次郎)まずは河村屋はん。
あきまへんなあ。
次は坂本屋はんだす。
今日美濃志摩屋はんから文が届きまして正式に店畳むと言うてきはりました。
とうとう井川屋は仕入れ先を失うてしまいました。
今蔵にある寒天売り尽くしたらもうおしまいどす。
美濃志摩屋はんほど質のええ寒天はなかなか見つかりまへん。
寒天のよう売れる夏までに安う売っても質の悪い寒天で我慢するか質のええ寒天が見つかるまであくまで待つか…。
みんなわてはな店休んでも質のええ寒天にこだわりたい。
梅吉と松吉はなわてが懇意にしてる店で働かせてもらうように頼むさかいな。
え!?わてらほかのお店へ行くんだすか!?井川屋はこの先どうなるか分からん。
若いあんさんらを巻き込む訳にはいかん。
善次郎とお里はんはわてと心中してもらう事になるかもしれん。
それでも構へんか?もうこの年ですさかい…。
ちょっと嫌だすわ。
3人で心中やなんて。
嫌か?心中するんやったら旦さんとわて2人にしておくれやす。
番頭はんは3間ほど離れた所で首くくっておくれやっしゃ。
ハハハハハッ!えらい邪魔者ですんまへん!旦さん!何や?わても梅吉もここに置いてもらえまへんか?松吉…。
わてはここで…皆さんと一緒に頑張りとうおます。
どんな仕事でもやりまっさかいここに置いて下さい。
お願いします!内職でも何でもしますよってお願いします!ほかの店で働いた方がなあんさんらのためや。
旦さん…わてには帰る郷がありまへん。
旦さんに命を助けてもろてここへ連れてきてもろてわてにはここしかありまへん!皆さんを身内のようにお慕いしとります。
どうか…どうか一人にせんといて下さい!お願いします!お願いします!旦さん…。
何や?これ。
銀一貫でおます。
え〜!?天神さんに寄進するために鬼と呼ばれながらためた金だす。
え…。
旦さん半分は美濃志摩屋はんへ。
見舞いにあげてええんか?残りの半分でうちも1年もちますやろ。
皆一緒にか?へえ!番頭はんかっこよろしいわあ!今頃気ぃ付きましたんか。
梅吉っとん松吉っとんずっと一緒だっせ!
(2人)へえ!善次郎…あんさんはええ男や!・さよか。
えらいこっちゃなあ。
松葉屋はんにもえらい迷惑をかけますけど申し訳ございません!ああいやいや…。
うちは寒天だけ売っとる訳やないさかい何とでもなるけど寒天問屋に寒天が無うなったらなあ…。
出来損ないの寒天やったらすぐにでも手に入ります。
けどそういう訳にはいきまへん。
そやけどなあ背に腹は…。
出来損ないに手ぇ出したら井川屋はんはおしまいだす。
おおきに。
…ってお咲!あんた何してんのや!?お手伝いしてますんや。
うちにおったかて退屈やさかい。
うちの店手伝うたらええがな。
なにもこんな暇な店に来んでも。
うちの店は古くさい。
あれはあかん。
これはあかん。
しまいには店に出たらあかん。
部屋へ籠もっとき言われました。
それはあんたが言いたい事を言い過ぎるさかいやな…。
ごゆっくり。
あれ何でや?なあいつからや?えっご存じやなかったんですか?今朝から来てはります。
うちのお里と気ぃ合うみたいで。
(松葉屋)実はな行儀見習にやったはええがどうにも手に負えへん言われて何べんも送り返されてきたんや。
それでさっさと嫁に行かそうとしたんやけど口があれやろ?なっかなか縁談が決まらへんのや。
親旦さん譲りの達者な口でっさかいなあ。
そういうこっちゃ。
…え?うわ〜!すんまへん!うおっ!すんまへん!旦さ〜ん!ああっうわっ!旦さ〜ん!何や?どないしたんや?旦さん!うん。
琥珀寒の偽物が出たんだす!真帆家があったとこに新しい店出来てて名物料理いうて琥珀寒出してるんだす。
けど高うてまずいらしいです。
店主は嘉平はんの一番弟子で作り方教わったて言うてるみたいなんですけどそんなはずないやろ?松吉!これはなお父ちゃんの考えた料理や。
その名も琥珀寒や。
こんな…こんなうまいものを生まれて初めて食べました。
もうしんどないか?梅吉!へえ!あかん!侍になっとる!侍になっとる松吉!何をするつもりやったんや?その店行って店ん中メチャクチャにしとうなりました。
力で決着つけようとするのはお侍さんのする事や!ええか?商人はなあくまで知恵と才覚でしぶとう生き抜きますんや。
カ〜ッとしたら一遍立ち止まって…考えなはれ。
きれいな梅の花。
え!?何してはんの?松葉屋の嬢さん…何でこんなとこに?何でやろなあ…。
うちどこ行ってもうまい事いきまへんねん。
え?いっつも息苦しいて居心地が悪いんだす。
ああ…。
それはどこにいても心を開いてはらへんからかもしれまへん。
心?わてもそうだした。
ちちんぷいぷい!これでだんないだんない。
大事ない。
そやからよう分かります。
心配し過ぎや。
せやかて…。
梅吉ホンマに大丈夫や。
ホンマに何もせえへんやろな?見てくるだけ。
それぐらいせんと嘉平さんに申し訳ないやろ。
分かった。
・
(笑い声)・
(皿を割る音)こんなもん琥珀寒とはまるっきり違う!気に入らんのやったらな銭払うてさっさと去ね!こんなまがいもんに払う銭はないわ!何やと!おうおうおう商いの邪魔や!早う去ね!何すんねん!とっとと去ね!大事おまへんか?え?え?ちょちょちょ…あ!あ〜!走りまっせ!何してくれんねや!おい!おいちょお待て!おい追いかけろ!離して!離して言うてますやろ!もうちょっと先まで行った方がええ!ええから!ええから離して松吉!え?い…嬢さん?えっ嬢さんだすか?嬢さんだすな?嬢さんだすな?な?い…生きてた。
生きててくれはった…。
嘉平さんは!?おじいさんは!?生きててくれはった…。
生きててくれはった!嬢さん…忘れてしまわはったんだすか?わてだす!松吉だす!井川屋の…。
知らん!え?あんさんなんか知りまへん。
ちょ…!何や?あれ。
気味悪いなあ。
薄気味悪いなあ。
あんまりや!むごい!いや…!あれは夢やったんと違うやろか。
この子はてつというてうちの娘だす。
真帆家の真帆さんが何でおてつさんなんだす!?どんな事情があるんや…。
真帆家の真帆としてお話しするのは今日限りだす。
2014/05/01(木) 20:00〜20:43
NHK総合1・神戸
木曜時代劇 銀二貫(4)「さまよう心」[解][字]
師走の大火により真帆(芦田愛菜)は行方不明となる。仕事に身が入らない松吉(林遣都)は夜を徹して真帆を探すがそのことをとがめた善次郎(塩見三省)と激しくぶつかる。
詳細情報
番組内容
師走の大坂を襲った大火によって真帆(芦田愛菜)と嘉平(ほっしゃん。)は行方不明となる。仕事に身が入らない松吉(林遣都)は夜を徹して二人を探すが、そのことをとがめた善次郎(塩見三省)と激しくぶつかる。実は善次郎にも火事にまつわる悲しい過去があった。それから5年後、「真帆家」の名物だった琥珀寒の偽物が出回る。松吉はその店を確かめにいくが、そこには店の主人と口論する成長した真帆(松岡茉優)の姿があった。
出演者
【出演】林遣都,松岡茉優,芦田愛菜,いしのようこ,尾上寛之,板尾創路,浦浜アリサ,団時朗,塩見三省,津川雅彦,【語り】山口智充
原作・脚本
【原作】