プロフェッショナル 仕事の流儀「特別編 北島康介 300日の記録」 2014.05.02

あの男が競泳日本選手権に挑もうとしていた。
(歓声)
(実況)北島いけ!残りは2m!勝った北島!
(北島)気持ちいい!超気持ちいい。
平泳ぎで世界の頂点に君臨してきた北島康介。
(実況)先頭だ!
(解説)よっしゃ勝った〜!やりました〜!やった!何も言えねえ。
現在31歳。
(実況)さあ北島ここから伸びてくるかどうか。
北島上がってこない!北島は伸びてこない!無類の強さを誇ったかつての姿はそこにはない。
それでもなお泳ぎ続けるのは一体なぜなのか。
カメラは勝負の世界に身を置き続ける北島を1年前から追ってきた。
浮かび上がったのは勝利でも記録でもない特別な戦いに挑む姿だった。
胸の奥にしまってきた深い葛藤があった。
プロスイマー北島康介。
その目は何を見据えているのだろうか。
番組の取材が始まったのはロンドンオリンピックから10か月が過ぎた去年6月。
引退がうわさされる中現役続行を宣言した北島の姿を記録するためだった。
北島は30歳になっていた。
体力の消耗が激しい競泳は20代前半が競技生活のピークと言われる。
10代の選手が台頭する中では群を抜いたベテラン。
それでも北島は日本のトップクラスを維持し一月後の世界選手権の代表に選ばれていた。
コーチは北島を中学生の時から見てきた平井伯昌。
北島の練習メニューは20代の頃とは大きく変わっていた。
以前は厳密にメニューが決められていたが今はけがを防ぐためその日のコンディションで調整する。
平泳ぎはあらゆる泳法の中で最も繊細だと言われる。
少しでもフォームが崩れればタイムは大きく損なわれる。
(平井)30秒35!世界選手権に向けた練習は慎重に進められていた。
(スタートの合図)北島が無類の強さを誇っていた北京オリンピック当時。
水の抵抗を極限まで抑えたそのフォームは平泳ぎの究極の形と言われ世界を驚かせた。
(実況)男子100m平泳ぎ決勝北島康介スタート!
(実況)浮かび上がって…北島リード北島リード。
前半50m多くの選手が20ストロークかける中北島は僅か16。
パワーに勝る欧米のライバルを圧倒した。
(解説)よっしゃ勝った〜!やった〜!やった〜!ヤバい!
(実況)北島康介見事なレース!
(解説)康介おめでとう!だが2年前のロンドンオリンピック。
北島の泳ぎは欧米の選手たちに取り入れられていた。
(実況)北島行け!北島行け!北島どうだ?北島追いつけなかった!北島康介は5着。
100mの優勝タイムは北島の自己ベストを0.4秒も上回る世界新記録。
新たな王者ファンデルバーグの手で平泳ぎは新時代に突入した。
北島はトップから1秒以上もの差をつけられ敗れ去った。
今回の取材を始めて間もなく一つの事が明らかになった。
北島の泳ぎに明確な変化が現れていた。
フォームが粗削りでがむしゃらな二十歳前後の頃のものに戻っているという。
北島のストローク数は明らかに増えていた。
北島はかつてのフォームを捨て新たな泳ぎを模索していた。
30歳にしてなお現役を続ける北島は何を目指しているのか。
世界選手権を1か月後に控えた北島に尋ねた。
僕自身もちろん自己ベストというのは常に頭の中にあるしそれはまあ過去に自分が出した記録を超えるという意味ではそこに一つのやりがいを感じるし。
これが完璧な泳ぎだというのは決めつけてないというかその時の状態自分の体型モチベーションに合った泳ぎってきっとあるはずだと思うし。
ただそれを探していくうちにほんとに今毎日変化があるしだからこそどんどん進化してってるし記録も伸びてっているし。
だから常に自分に新しい進化みたいなのを求めてやっている事は事実だし。
自分自身何かのサプライズは期待しながら今はやっているという感じだと思います。
肉体的にとか技術的な事を考えたらやろうと…実際にやってるんで衰えたっていうふうには感じたくはないけれども一つ言うとしたら勢いはなくなったよね。
昔みたいなこう…必ず獲物を奪うんだっていう野性的なものっていうかそういうものはなくなったのかなと思う。
勢いがなくなった分どこに自分に勢いつけてやっていくかっていうかね。
そういうちょっとしたきっかけを少しずつつかみながら前進していく。
歩幅はすごい広くないけどほんとちょっとずつ。
昔みたいに一歩がすごいでかいわけじゃないし泳げばベスト出るわけじゃないから。
そのちっちゃい歩幅をすごい大事にしながら。
はい。
歩幅は小さくともまだ進化の余地はあると北島は言う。
この日大学生に交じってレースに参加した。
北島の100mの自己ベストは58秒90。
記録したのはこの僅か1年前の事だ。
その記録が出せれば世界でメダルを争えるレベルにはある。
(アナウンス)「用意」。
(スタートの合図)しかしこの日北島は技術とは別のある課題を露呈した。
タイムは1分1秒13。
練習からほとんど伸びなかった。
通常レースでは独特の緊張感が加わり練習を上回るタイムが出やすい。
だがそのレースでの伸びが今の北島からは失われていた。
(取材者)お疲れさまです。
すみませんお疲れのところ。
(取材者)ありがとうございます。
はいありがとうございました。
北島はレースに臨む心の在り方について反省を口にした。
もともと北島は大きな大会が近づくと激しく闘争心を燃え上がらせるタイプだ。
そしてオリンピックなどの大舞台で爆発的な力を発揮し自己ベストを更新してきた。
だがロンドンオリンピックではその爆発力が影を潜めた。
本番直前に記録していた自己ベストを出せていれば銀メダルには手が届いていた。
なぜ北島はあの爆発力を発揮できなかったのか。
次の世界選手権は底力が問われる試合となる。
北島は泳ぎ込んだ。
・はい15秒前。
さあここ2回しっかりだぞ〜。
(ホイッスル)限界まで体をいじめ抜いていく。
世界選手権まで残り3週間。
いよいよ練習は追い込みに入った。
3秒前用意はい!50mを1本泳ぐごとにタイムを上げなければならないハードな練習。
泳ぎの精度を高めていく。
その先に新しい泳ぎを求める。
そして世界選手権前最後の本格練習。
レースさながらに100mを泳ぐ。
北島は気合いが入っていた。
用意はい!ロンドンで屈辱の敗北を喫してから1年。
世界と戦えるところまで体は仕上がってきた。
あとはレース本番爆発力を発揮できるか。
(取材者)ありがとうございます。
はい!北島のまなざしは鋭かった。
7月16日。
北島は世界選手権の舞台スペインに入った。
ベテラン北島がオリンピックのリベンジを果たせるか。
劇的な復活を期待する声も多く上がっていた。
(一同)ありがとうございました。
予選の日を迎えた。
北島は第5レーン。
終盤猛烈な追い上げを見せた。
今シーズンベストのタイムをたたき出した。
自分が大体思ってたぐらいのところまでは調子今上げられてると思うので。
まずは記録を上げてファイナルに残る事が一番かなと思いますんで頑張りますそれに向けて。
(取材者)ありがとうございました。
はいありがとうございました。
ここから決勝に向けてどれだけタイムを伸ばせるか。
しかし続く準決勝。
予選よりタイムを落とした。
翌日決勝の日を迎えた。
(取材者)頑張って下さい。
はいありがとうございます。
(英語のアナウンス)
(歓声)
(ホイッスル)北島はゆっくりとスタート台に上った。
(スタートの合図)序盤からトップに大きく差をつけられる。
(歓声)後半も差を縮める事ができない。
(歓声)タイムは更に遅い…失われた爆発力はついに戻ってこなかった。
レース後北島は厳しい表情で宿舎に戻っていった。
北島が再び取材に応じたのは3日後の事だった。
北島はサバサバした表情を浮かべていた。
いただきます。
あっち〜。
今回の敗北をどう受け止めているのか。
自分なりにもここまで悔いない取り組みをしてきたからそんなに「めちゃめちゃ悔しいんだけど」っていうのがほんとなくて。
あの…満足っていう満足はしてないかもしんないけどやりきった満足感はすごい強いから。
まあそう考えると何かやってくれるんじゃないかと期待してくれた人には大変申し訳ないんだけども…。
でも自分の中ではこの結果っていうのはもう分かってた事だから。
うん。
何となく。
こうなるんじゃないかなというのは何となく分かるから。
北島はこの敗北は予想していたと語った。
しかしだとすれば北島は何を求めてこの戦いに挑んだのか。
本当の心の内を語り始めた。
勝ち続ける事がすごい難しい事であるスポーツっていうのは僕は一番よく知ってるし。
だから勝って当たり前というものが…それは僕の中ではなくて。
だから何ていうんだろうまあ結果だけが全てじゃないってあれかもしんないけども…。
じゃあ金メダル取る事が全てなのかって俺が聞きたいですね。
もちろんみんな金メダル取るためにやってるし頑張ってるけど。
まあ取ったからかもしんないけど取ってからの孤独感とかそういうものもすごいその反動も強かったから。
じゃあオリンピックのあの時の興奮を今求めてるかといったら絶対求めてなくて。
今はじゃあ違う興奮を求めてるのかっていったらまたちょっと違くて。
難しいよねなかなか表現するのは難しいし。
やっぱり水泳の事に対してすげぇそんな考えたくないんだよね。
だから自分が水泳に対する思いとか表現ってあんまり言葉にするとうさんくさいから。
だから変な話何も考えたくないのよ。
それが実は本音かもしんない。
(取材者)考えたくない?うん。
考えたらなんか行き詰まってくからね。
いろんな意味で。
だから考えない事が一番だと思う。
うん。
オリンピックでつかんだ4つの金メダル。
それが北島にもたらしたのは底知れぬ孤独と葛藤だった。
人生を捧げてきた水泳と今どう向き合うべきなのか。
北島はその答えを求めさまよっていた。
北島が水泳を始めたのは5歳の時。
他の習い事は続かなかったがなぜか水泳だけは好きになったという。
泳げば泳ぐほどタイムが上がっていくのが楽しく練習にのめり込んでいった。
中学2年の時その才能を平井コーチに見いだされオリンピックに向けた本格的なトレーニングが始まった。
「絶対に金メダルを取る」。
その目標だけでどんなきつい練習でも耐える事ができた。
(実況)北島先頭!北島先頭!さあ金メダルが見えてきている!北島いけ!残りは2m!勝った北島!
(雄たけび)21歳で迎えたアテネオリンピック。
北島は野性的な泳ぎで金メダルをつかんだ。
しかしこの時から水泳は楽しいだけのものではなくなっていった。
次のオリンピックでも当然のように金メダルを期待された。
北島の思いとは無関係に広がっていく熱狂。
・あと3本!その重圧を振り払うように北島は更に厳しいトレーニングに身を投じていった。
平泳ぎの究極の形を求めて足や膝の角度を精密に突き詰め自分の体にしみこませていく。
(実況)大勝利北島康介金メダル!すいません…何も言えねえ。
(アナウンス)「コウスケ・キタジマ」!自分にムチを打ち続け北島はオリンピック2種目連覇を成し遂げた。
しかしこの時何かが限界を迎えようとしていた。
そしてオリンピックのあと北島は日本を離れた。
単身アメリカに渡り自分と向き合う日々を送った。
番組ではアメリカの大学で一人泳ぐ北島の姿を記録していた。
この時北島に次のロンドンオリンピックへの思いを尋ねるといらだちを隠さなかった。
皆さんの捉え方と俺の捉え方は違うから。
「ロンドン行って当然でしょ」とか「次ロンドンオリンピックでしょ」とかね言うけど…まだそれまでにしなきゃいけない準備とかたくさんあるし。
一個一個の試合できちんと力をつけていく事の方が大事だから。
もちろん方向性はロンドンに向いてますけれども。
ロンドン皆さんが思うロンドンイコール…。
北島康介ロンドンイコール金メダルじゃないから。
今俺の中では。
2年後北島はロンドンオリンピックの舞台に立った。
(歓声)
(実況)競泳男子史上初の3大会連続同一種目3連覇へ北島康介。
しかしこの時アテネや北京の時とは違う自分がいる事を感じていた。
(スタートの合図)
(実況)北島の挑戦が始まりました。
北島の泳ぎを支えてきた人並み外れた闘争心。
(実況)北島追いつけなかった!メダルに手が届きませんでした。
それが最高にかきたてられるはずだったオリンピックの舞台でも爆発する事はなかった。
大会後北島の引退を予想する声が多く上がった。
それでもなお北島をプールにつなぎ止めたものとは何なのか。
日常では感じ得る事ができないものを水の中に入ったら改めて感じる事ができるし。
それがレベルが低いにせよ結果が出ないにせよそういうなんかこう…刺激を味わえるっていうのがどんどんのめり込んでいくきっかけだったりするのかな。
水泳を続けるっていう選択肢を選ぶのも簡単だけどやめるっていう選択肢も選ぶのは簡単だからね。
でまあ選手としている以上はねまあ水泳と向き合える時間がある以上はやってた方がいいなと…。
追い求めるのは金メダルでもなく記録でもない。
北島は熾烈な勝負の中で失われた何かを取り戻そうとしていた。
世界選手権から1か月北島が心待ちにしていた大会があった。
地元東京で開催された国体。
都道府県対抗で成績を競う。
長年世界を舞台に戦ってきた北島。
実に8年ぶりの出場となる。
楽しみにしていたレースがあった。
それは仲間と共に戦うメドレーリレー。
北島が小さい頃から好きだった種目だ。
(アナウンス)「用意」。
(スタートの合図)
(実況)さあ北島康介が飛び込んで…いきます!東京は現在5位です。
さあ東京が順位を上げてきたか。
北島康介が追い上げてきた。
北島はがむしゃらに先頭を追った。
(実況)埼玉が逃げる!そして東京が2位!埼玉東京!埼玉東京!ほぼ並んでタッチ!東京逆転!チームの勝利に北島は少年のような笑顔を浮かべていた。
(歓声)多分これが最後になるかなとは思いますけど東京として都民として活躍ができたのでよかったです。
自分の思い出になりました。
・お疲れさまでした。
ありがとうございました。
今北島は水泳のオフシーズンには自ら立ち上げた会社での仕事に取り組む。
水泳教室や関連するイベントなどを手がける。
現役を退いたあとどんな人生が待っているのか自分でも想像がつかない。
それでいいと北島は言う。
そして今年も北島は現役を続ける。
4月の日本選手権に向けてトレーニングを始めていた。
はいじゃあ挨拶しま〜す。
・気をつけ礼。
(一同)お願いします。
スピードアップのためのハードなメニューをこなしていく。
北島はがむしゃらに泳ぎ込んでいた。

(主題歌)
(取材者)ありがとうございました。
は〜いお疲れさまです。
そして今月。
15度目の出場となる日本選手権。
北島に憧れてきた若手選手たちとの真剣勝負。
(アナウンス)「用意」。
(スタートの合図)
(実況)スタート。
(実況)北島はリードを許しています。
ほぼ日本記録ペース。
北島は5位でターンしています。
さあ北島ここから伸びてくるかどうか。
北島は伸びてこない!小関がまだリードしている!小関が逃げ切ってる!逃げ切った!小関がフィニッシュ!北島は笑顔を浮かべていた。
まあここまで続けてる選手もなかなかいないし。
ほんと人生の9割を水泳で占めてきてるようなものだから。
何ていうんだろう…。
人生として一生つきあっていくものかなと思いますけどね。
2014/05/02(金) 00:40〜01:30
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「特別編 北島康介 300日の記録」[解][字][再]

競泳のスーパースター北島康介(31)は、ロンドン五輪で敗北を喫した後も現役を続ける。かつての強さが失われた今なお、北島が泳ぎ続けるのはなぜか?葛藤する姿に密着!

詳細情報
番組内容
競泳のスーパースター北島康介は、ロンドン五輪で敗北を喫した後も現役生活を続けている。アテネ、北京とオリンピック2大会2種目連覇を果たした北島も31歳。日本国内でも、かつてのような無敵の存在ではなくなっている。北島はなぜ、敗北を覚悟してまで泳ぎ続けるのか?そこには北島ならではの特別な闘いがあった。去年、世界選手権に向けての練習の日々から今年4月の日本選手権まで、300日にわたる長期密着記録!!
出演者
【出演】北島康介,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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