上方落語の会「稽古屋」桂佐ん吉・「鯛」桂塩鯛 2014.05.02

ご機嫌いかがですか?落語作家の小佐田定雄です。
「上方落語の会」の時間がやってまいりました。
本日は桂塩鯛さんと桂佐ん吉さんの2席でお楽しみ頂きましょう。
まずは佐ん吉さん。
吉朝さんの6番弟子でして2001年の入門。
という事はまさに21世紀の噺家でございます。
特技のけん玉を日本舞踊に取り入れましたけん玉舞踊という不思議な特技の持ち主でございます。
本日は「稽古屋」というお話を聞いて頂きましょう。
では佐ん吉さんどうぞ。

(拍手)え〜ご来場誠にありがとうございます。
ただいまから開演でございましてお後をお楽しみに私桂佐ん吉のところでひとつよろしくお願いを致しますが私の師匠は桂吉朝と申しましてね8年前に亡くなってるんでございますけれどもまあお稽古の時は厳しい方でございましてね落語の稽古というのは対面に座るんです。
しばらく師匠が落語します。
「こんにちは」。
「おおおまはんかいな。
こっち上がりいな」。
2〜3分してから「さあやってみい」と言われるんですね。
で今まで師匠がしはったところをテープレコーダーのように繰り返すんでございますがなかなかうまい事いきません。
詰まるんです。
「あ〜すんません。
何でしたかね?」言うてますと師匠がだんだんイライラしてきましてね。
「違う。
違う。
違う!」。
しまいに持ってはる扇子をピャッ投げはるんです。
こんなもん当たったらあきませんからパンよけまして違う!シュッ!パン!もう落語の稽古かボクシングの稽古か分からない状況になってまいりましてお扇子投げつけられてお稽古つけて頂きましたがしかしありがたいもんでございました。
1本ネタを覚えた頃には匙を投げられましたけれどもね。
(拍手)ありがとうございます。
ここで終わってもいいんでございますけれどもまあ落語も聞いて頂くという事でございますが昔は一般庶民でもこの習い事というのをしたんやそうでございますね。
まちまちに稽古屋さんというのがございまして歌やとか踊りを教えるんでございますね。
ちょっと色気のあるお師匠はんでございますので男連中も足しげく通ったんやそうでございますが踊りのお師匠はんなんでございますが時には子どもたちにお点前やとかお作法なんかも教えたという便利屋さんのようなお師匠はんでございますが。
ただこのお師匠はんでも唯一教えられへんものがございました。
何かと申しますと男と女のつきあい方でございます。
こればっかりは手引書がある訳やなし指南書がある訳やなしもう自分の力に頼るほかない訳でございますね。
浪曲の文句でも「恋は思案の帆掛け船どこの港に着くのやら」。
思い悩んでもしかたがないというておりますけれども。
落語に出てくる男はと申しますといたってモテもせんぼ〜っとした人間が飛び込んでまいりますと落語の始まりでございまして…。
「ほたら何ですかいな。
芸がでけたらおなごはほれますか」。
「ああほれるな。
歌やとか踊り三味線の一つも弾けたらああ粋な男はんやなってなもんでおなごが寄ってくる」。
「あっさよか。
私踊りやったら1つおまんねや」。
「おうそういう事やっといたらええねや。
ええ?しかしおまはんに踊りが踊れるとは知らなんだな。
どこの流儀や?坂東藤間花柳といろいろあるやろ」。
「あっそういうとこの踊りとは違いまんねん。
私の踊りはね京都の宇治のおっさんに教えてもうた宇治の名物蛍踊りいいまんねん」。
「蛍踊り?あんまり聞かん踊りやな」。
「へえ。
何しろこれ踊れるのんおっさんと私西日本で2人になってまんねん」。
「得難い踊りやないか。
どないすんねん?」。
「まずこうクルクルと裸になりまんねや」。
「そこらあっさりしててええな。
いやわしは男のくせに着物を着込んでしなを作るのはあんまり感心せんねや。
そらなかなかあっさりしててええやないか」。
「ふんどしも皆脱ぎまんねん」。
「あっさりし過ぎてるなそれは」。
「頭に赤いきれこうかぶりましてね体中に墨をバ〜ッとこう塗っていきまんねん」。
「手数のかかる芸やな」。
「ろうそく1本火ぃともしましてこれをお尻に挟みます」。
「何やそれお前。
それ何やねんな?」。
「蛍。
分かりまへんか?頭が赤うて体が真っ黒でお尻が光ってる」。
「それ踊りか?」。
「踊りでんがな。
口上が入りまんねん。
『これより宇治の名物蛍踊りの始まり始まり!』言いますと三味線がシャシャシャンシャンシャンシャンとこう入りまんねん。
それに合わせてわたいが…」。
「これじきできるようですけど難しいんでっせ。
股にろうそく挟んでまっしゃろ。
これ落とされしまへんがな。
チョコチョコ走りですわ。
ピャ〜。
ほんで羽はゆっくり優雅にフワ〜フワ〜。
顔は一夏の恋を楽しむという哀れな気持ちが出てまんねんな。
悲しそうな顔でフワ〜フワ〜。
この兼ね合いとるのに私2年かかった」。
「ホンマかいな」。
「ほんでだんだん蛍が弱ってきましてね地面にベチャ〜っと倒れまんねんけども一番しまいにこのろうそくの火ぃを屁で消しまんねん」。
「あかんわそれ。
そらあかんわ。
そんなもんな昨日までほれてるおなごでもそれ見たら逃げていきよるで」。
「ああこれよりほか知りまへんねんけどな」。
「知りまへんやあるかいな。
どない言うたら分かるねやろな。
長唄清元常磐…。
そうそうそうこの横町1筋東入った所に小川市松っつぁんという稽古屋のお師匠はんがいてるわ。
小さい子どもからお年を召した方までが通うてる。
そういうとこで習わんかいな」。
「あ〜さよか。
そんなとこがあるんやったら早い事言うとくんなはれな。
ほな今から行ってきまっさ」。
「気楽な男やなお前は。
行てきますはええけれどもな手ぶらでは行かれへんねやで」。
「あやっぱりね。
サンドイッチ作っていきまひょか」。
「ピクニックやないねやさかいな。
膝突というのが要んねん」。
「膝突て何でんねん?」。
「お稽古料みたいなもんやな。
まあほかならん。
おまはんのこっちゃさかいわしが立て替えといたげまひょ。
せやな袋には束脩とでもしておこか。
うん。
名前を書かなあかんねんけどな」。
「喜六と書いといとくんなはれ」。
「こういうとこは本名では書かん。
俳名というのがいんねやな」。
「ああ。
死んだおじんのやったらあきまへんやろかな?」。
「おじいさん何か持ってたんか?」。
「へえ。
霊龕奇定信士言いまんねんけどな」。
「そんなこっちゃろうと思たわ。
そらおまはん戒名。
わしの言うてるのは俳名。
しゃれた芸名のようなもんや。
そやなわしが若い時付けてた名前で一二三と書いて一二三と読みます。
一段ずつ芸が上がるようにと付けてもうた名前や。
これ書いといたさかいこれ持って行てきなはれ」。
「あさよか。
ほなやらせてもらいまっさ」と気楽な男があったもんでございまして膝突をば懐へやって参りましたのが稽古屋さん。
大きな格子造りの窓の外からは見物衆が中の様子を見ております。
ちょうど子どもの越後獅子の稽古の真っ最中。
そこへさしてサ〜クサクやって来よった。
「えっと横町の角を1筋東…。
あれやな。
三味線の音が聞こえてくるとうれしいなってくるな。
人がぎょうさんいてるがな。
もしもしあんた何してまんねん?」。
「え?中の子どもの踊りの稽古を見してもうてまんねん」。
「踊りの稽古言いながらあんたお師匠はんの方ばっかり見てまんがな。
後で口説こうと思てんなこのどすけべ」。
「何を言いなはんね。
あんた何や?」。
「わたい今日から稽古に。
のいとくなはれのいとくなはれ。
見してもらうよって。
うわっほんに小さな子どもが稽古してるで。
ホンマに。
しっかり踊りや!」。
「ああそうそう」。
・「咲かせたり」「あちょっと待ってちょうだい。
お花ちゃんあんた何べん言うたら分かりますの?『咲かせたり』の『り』でお手々をこう上げなあかんな。
せやったな?ほなもう一遍」。
・「咲かせたり」「違うがな。
『り』でお手々を上げまんねがな。
はいもう一遍」。
・「咲かせたり」「分からん子やなこの子は。
『り』で上げなはらんかいな。
『り』上げなはれ」。
「『り』上げや!『り』!ここ稽古屋思たら質屋もやってたんかいな。
『り』上げな流れるで!」。
「お師匠はんに『り』上げ『り』上げ言わしなはるさかい表から質屋さんと間違えられてますやないかいな。
お稽古はこのぐらいにしときまひょか。
いんだらおっ母はんにあんじょう言うといとくんなはれや。
結構なもの頂戴しましたいうてな。
あそうそうお花ちゃんあんたなお稽古の時腰が高いさかい腰を折って稽古せなあきません。
よろしいか?一遍立ち上がって腰折ってみなはれ。
ううん。
おいどボンと突き出すねやあらしまへんがな。
腰を折りますの。
腰を折るというたらお膝を曲げてそのままお尻を沈めまんの。
腰を折んなはらんかいな腰を」。
ベリバリバリバリバリバリッ!「表の格子折ったんどなただす?」。
「お師匠はんそんな小さな子どもに折れますかいな。
私が2本抜いたった」。
「家潰しにかかってなはるわこの人。
用事がないんやったら通っとくんなはれ。
用事があるんやったら入っとくんなはれ」。
「用事おまんねがな。
ツツンツンツンツこんちは!」。
「入ってきなはったわこの人。
格子2本持って気色の悪い。
あんさん一体どこからおいなはったんや?」。
「私横町の甚兵衛はんの紹介で来ましたんや」。
「まあ甚兵衛はんとこから。
はあはあ」。
「ふうふう。
お師匠はん出すもん出さんさかい疑うてはりまんねやろ。
ちゃんと持ってきてまんねん。
さあとっとけ泥棒!」。
「まあ口の悪い。
これは一体何だすの?」。
「これあれですわ。
膝突膝突」。
「さよか。
ほな遠慮なしに頂戴致します。
お稽古さしてもらいますけれどもなあんたお下地の方はおまんのんかいな?お下地は」。
「はあ蛍踊り」。
「裸になって墨塗って…。
まあ嫌やわ。
甚兵衛はんえらい人紹介してくれなはったわ。
まあやらしてもらいますけどなあんた陽気なお人やさかい俗曲の本からいきまひょか。
端唄のもんからな。
え〜っと何がええかいな?あこれいきまひょか。
『梅は咲いたか』。
これ手ほどきになってますさかいな。
まず前弾きで『トントテチンリントチンチテンレン』と入りますさかいな『梅は咲いたか桜はまだかいな』とこない言いまんねやわ」。
「それ誰がやりまんねん?」。
「誰がやりまんねんってあんさんがやりまんねがな」。
「あんたがとてもようやってやおまへんで」。
「ひと事みたいに言うてなはんなや。
それ覚えるのがお稽古でっしゃないかいな。
やんなはれ」。
「やらしてもらいますわ。
『うめはさいたか』」。
「目の検査やないねやさかいなあんた。
切れ切れに言うたらあかしまへんがな。
『梅』」。
「うめ」。
「いきなり汚い声になりましたな。
『梅は咲いたか』」。
「『…めぇはあぃ〜たか』」。
「あんた私バカにしてまんのか?はっきりと言いなはれ。
『梅は咲いたか』」。
「『うめはさいたか』」。
「『桜はまだかいな』」。
「『さくらは散ってもた』」。
「あのな。
書いたあるとおり歌いなはれホンマにもう。
あっ三味線入れたら感じつかめますさかいちょっと前弾きから弾いてみとう」。

(三味線)「おい」。
「はい?」。
「いや入らんかいな」。
「え?どこへ?」。
「何を言うてまんねん。
ちょっと待ってちょうだい。
何を言うてまんねんあんた。
今私きっかけを渡したんだがな」。
「今のきっかけでしたか。
いやわたい歌おかいなと思てたらお師匠はんいきなり『おい』ってな事言いますさかいもうおいとお前の間柄になったんかいなと思て」。
「けったいな人やわ。
そっち行って文句覚えといなはれ。
お子たちのお稽古残ってますさかいな。
奥のご連中さん今日から入りはりました一二三さんっていいますのやと。
ちょっと変わった人ですけどよろしゅう頼んまっさ」。
「ハハハハ見てみなはれ。
来るなりお師匠はん笑わせてまっせ。
一二三さんこっち!ここで子どもの稽古見てまひょか」。
「うわ〜奥にもぎょうさんいてんねやな。
あんたらと一緒に見てられますかいな。
わたいはここでお師匠はんと見せてもらいまんねん。
なあお師匠はん」。
「どこにいてはってもよろしいけどな邪魔だけせんように頼んます。
よろしいか?誰が残ってんねやったかいな?あっおみっちゃんやったな。
おみっちゃんこっちおいなはれ。
はいお願いしま…。
まあ袂からお芋がドサッと落ちたやないかいな。
そこの芋菊で買うてきたってかいな。
そんなもん入れてたらお稽古でけしまへんやろ。
お師匠はん預かっといたげまひょ。
後で一緒に食べまひょうな。
あんさんな会も近いねやさかい一生懸命お稽古せなあきまへん。
よろしいか?え〜『手習子』の『蓮葉な者ぢゃえ』までは分かったさかい今日はそのあとの『恋のいろは』から。
お頼申します。
お手拭いを出して。
こっちの方へずっと走っていきます。
そうそう。
走っていってはいおじぎをします。
はいそうそう。
足曲げてそう。
反対側へずっと走っていってそっちのお客さんにもおじぎをします。
そうそう。
まだ座んねやない。
真ん中へ帰ってから。
そこで大きくおじぎをします。
はい座って。
手拭い返した。
テンツルテンツルひとつとひいふうやっとんおい。
はい墨すってお手紙書きます。
お筆置いて前走って見せに行きます。
のぞき込んで恥ずかしいしてちょうだい。
そう。
今度ぐるっと回ります。
もっと肩落として。
肩を落として。
そうそうそう。
はい足拍子。
ようい!もう一つ。
はいそう。
今度後ろへずっと回ります。
もっと首を落として。
そうそう。
足滑らして。
『心奥山』で後ろの山を見ます」。
「『逢うた夢見し』こっち向いて」。
「はい目が覚めた。
はあ!」。
(手拍子)「ちょっと!ちょっとちょっと!ちょっと待ってちょうだい。
どないしたんな?おみっちゃんワアワア泣きだしてからに。
涙で着物がベトベトになってるやないの。
どないしたんな?お師匠はん耳貸せってかいな。
嫌やわ。
何かあんねやったら大きい声で言うたらええやないの。
どないしたんな?ええ?『今来たおじさんが私のお芋を食べてます』」。
「何をしてまんねやあんた!」。
「ブ〜ッ!小腹がすいたさかいねつい手が出ましたんやがな」。
「あんた子どものもん取ったりしなはんな。
お師匠はん買うたげますさかいちょっと続きを。
買うたげます。
泣きやんで。
あんたそっち行ってなはれ。
お酒飲むところからいこか。
はいお扇子広げてはいついでもらいます。
後ろへ下がりながら…」。
「はい涼しい涼しい。
『京ぞ恋路の』でお清書肩から掛けます。
『清書なり』でお首3つ振ります。
こっちの方から」。
「お師匠はんホンマに怒りまっせ。
最前までワアワア泣いてるかと思たら今度はゲラゲラ笑いだしてからに。
泣いたり笑たり忙しい子やな。
どないしたんな?また耳貸せってかいな。
嫌やわ。
どないしたんな?はあはあ。
『今来たおじさんがお師匠はんの帯を解いてます』。
何をしてまんねやあんたホンマにもう!いらん事ばっかりして。
あんた一体うちに何しにおいなはったんや」。
「何しにて歌やとか踊り教えてもうてねおなごにモテようと思いましてな」。
「それでしたらせっかくですけどうちではあかしまへんわ」。
「何でだんねん?」。
「よう言いまっしゃろ?恋は指南のほかでおますがな」。
(拍手)さて後半は桂塩鯛さんの「鯛」をお聞き頂きましょう。
文枝師匠の創作落語の中でももう古典になってる気がしますな。
この話の内容はという事はこのあと作者であります六代文枝師匠よりお伺いしましょう。
では師匠お願いします。
次の落語は私が24年前に作った「鯛」というお話でございます。
これはですねあるお店の生け簀って真ん中に大きなプールみたいなんがあって魚が泳いでるのを見てこの魚がしゃべったらどうなのかなとこういう話を作りたいな。
それとですね落語の中には古典の中には犬とかきつねとかたぬきとか結構動物がしゃべるっていうネタあるんですけども魚がしゃべるっていうのがないんですよ。
ですから魚にしゃべらせたらどうかなと前から考えておりましてねでうちの弟子が三太っていう弟子がいて三太から枝三郎っていう名前を襲名する時にお祝いにと思ってこの「鯛」を作ったんですけどもただお祝いに作った「鯛」の話の内容はすごい生け簀の中で料理されるのんちゃうかなんてひやひやする話なんですけども今日はその「鯛」にピッタリのお名前の塩鯛さんがいやもうこの塩鯛さんの「鯛」はいつも私は安心して見られるすばらしい「鯛」ですので見て頂きたいと思います。
どうぞ。

(拍手)
(拍手)え〜代わりまして私の方もよろしくお願いを致します。
桂塩鯛と申しましてとても人間の名前ではございませんがこれから聞いて頂くお話も人間のお話ではございません。
読んで字のごとく「鯛」のお話を聞いて頂こうという事でございます。
落語というのは非常にイマジネーションの世界でございますんで話の中にちょっと入ってきてもらわんといかん訳でございます。
よく店の中に大きな生け簀がございましてねその中に生きた魚がダアッと何種類かありましてお客さんの注文を受けてバッとこうすくうてね目の前でピチャピチャと生け作りにするというような店がチョイチョイございますけれどもその生け簀の中の鯛のお話なんでございます。
ですから鯛同士の会話なんでございますね。
今も言いましたように皆さん方一人一人が鯛になってもらわんといかん訳でございます。
そういう鯛同士の会話をする訳でございますんで鯛になって頂きまして話の中に入ってきて頂かないとこの話は前へ進んでいかないという訳でございます。
皆さん方のご協力がいるお話なんでございますけれども。
え〜何とぞよろしくお願いをするんでございますけれども。
準備はよろしいでございましょうかね。
どうぞよろしくお願いをするんでございますが…。
「おい新入り危なかったな」。
あの…鯛でございますよ言うときますけど。
分かってますね?もう後戻りはできませんのでどうぞひとつよろしくお願いを致します。
「おい新入り危なかったな」。
「危なかったです危なかったです。
もうちょっとでした。
もうちょっとで生け作りにされるとこでした。
危なかったです」。
「危なかったな。
わし見とったんや。
お前もう体が網の中半分入っとったがな。
あれでシュッと返されてたらいかれてるとこやでお前。
ようあそこでピシャッと跳ねたな」。
「無我夢中でございましたんでなピャッと跳ねたんです。
でも生け簀の角で胴打って痛…」。
「ほんに胴…。
ほんにそこちょっと赤うなっとるな」。
「いや皆赤いんですけどね鯛はね」。
「なるほど。
そのうろこの取れてるとこ痛そうやな。
しかしなかなかあそこまでピシャッと跳ねられへんで。
あの若い板前ビックリしとったがな。
胸スッとしたがな。
なかなか跳ねられるもんやない。
あんた何かやってたん?」。
「え?」。
「何かやってたの?」。
「何を?」。
「スポーツ」。
「スポーツ?そんなもんやってやしませんけれどもね昔から泳ぐのは速かったでんな。
ほかのもんに負けた事はございませんでした。
もうあちこちシャ〜ッシャ〜ッ!群れから外れてピュピュピュピュピュ〜ッ行ってました」。
「そんな事してたらお前人間に捕まるで。
人間はとにかく鯛と見たら目の敵にしよんねやさかいに気ぃ付けなあかん。
で捕まるやろ。
ほんだらな金串でブスッと突かれてなうろこの所ひれの所塩いっぱい塗りたくられてこんな形で焼かれんねんちゅうて」。
「ほかの魚は皆普通の形で焼かれんねんけど。
鯛だけ何でこんな形で焼かれんねや訳分からん言うてましたけどあれ何であんな形で焼かれまんねやろな?」。
「あれはな昔から鯛はめでたいてな事言うてな祝いの席に出される機会が多いやろ。
せやさかいなあないして焼かれんねん。
塩つけるのは化粧塩ちゅうてきれいに見えるやろ。
ほんでこんなして焼かれてるとな勢いよう見えるやろがな。
せやからあないして焼かれんねやがな」。
「なるほどね。
それからごんぼと一緒にみりんと醤油でグツグツと炊かれるあら炊きちゅうんですか?あれも醤油が目にしみてたまらんらしおまんな」。
「まあそういう事聞くな。
しかしホンマにえげつないのは舟盛り料理やな」。
「舟盛り」。
「そう生け作りやがな。
お前考えてみい。
あの出刃包丁を身と骨の間にグッと差し込まれてシュッと引き裂かれるんやで。
その時の痛さと怖さで思わずフッ!気を失うてしまうねん。
そのあと三枚おろしちゅうのにされよる。
今度柳刃包丁刺身包丁ともいうけどなあれを持ってきてうす〜にそぎ切りにされんねん。
そいだやつをまたどういう訳か骨の方へ返しよんねやこれが。
人間のやる事ちゅうのは分からんわい。
で客の前へ出た時に我の方は覚醒する訳や」。
「覚醒するといいますと?」。
「気を取り戻すんやないかい。
その時のあまりに自分の変わり果てたこの姿を見ながら身をピクピクピクピクっと動かしながら意識が遠のいていくらしい」。
「なるほど」。
「それを人間は見て新しいやの新鮮やのそういう事言いよんねん」。
「なるほどな。
ろくな事しまへんな。
しかしね私の身代わりになったやつがおましたやろ?代わりに捕まったやつ。
あれ気の毒やった思うてね」。
「何を言うてんねんお前。
そんな事言うてたらあけへんがな。
明日は我が身やないかい。
ちょっと順番が変わるだけのこっちゃ。
ここにおる間は食うか食われるかやないわ。
食われるか食われるかや。
食われてばっかりやさかいな。
こういう川柳があるのん知ってるか?『順番のない順番が待っている』」。
「初めて聞きましたけどな。
切ない川柳でんなそれな。
私六いいまんねんけどあんさんなんちゅうお名前です」。
「わし安ちゅうねん」。
「安っさんいいまんのん。
安っさんここへ来はってどのぐらいになるんです?」。
「かれこれ1週間やな」。
「1週間!?1週間!?ほら大したもんでございますな」。
「何を言うてんねやお前。
1週間ぐらいでそんな大きな顔はでけへんがな」。
「ああさようか」。
「そうやがな」。
「すいませんな。
ちょっとそこのお二鯛さん。
すんまへん。
ちょっとそこのお二鯛さん」。
「何です?そのお二鯛さんちゅうのは」。
「人間やったらお二人さんちゅうとこでんねやけどね鯛やさかいお二鯛さんちゅうて…」。
「しょうもない事言いなはんなあんた。
何です?」。
「あの…その新人の方のお方」。
「わたいでっか?六いいまんねやけど」。
「六さんいいまんのか。
向こうでちょっとお呼びでんねやけど」。
「誰が?」。
「ぎんぎろはんが」。
「ぎんぎろはん?安っさんぎんぎろはんって誰でんねん?」。
「ぎんぎろはんちゅうのはこの生け簀の主や。
一番長い事この生け簀の中にいてはる」。
「さようか。
一番長い事。
どのぐらい前からいてはりまんの?」。
「この店の開店以来いてはんね」。
「開店以来いてはる!?」。
「まあ言いたい放題やけどもな。
この生け簀の中に10日以上おったもんはおらへんねやさかい何言うても分からんちゅうたら分からんわい。
けどまあわしが来てから1週間以上たつんやさかいそれ以上いてはるちゅう事はまあ大したもんやわいな」。
「なるほどこの店どのぐらい前に開店しましたんや?」。
「20年前やちゅう事聞いてんねん」。
「えっ!?ほな何ですか?ここに20年前からいてはるちゅう…」。
「まあそういう事になっとんねん。
見てみい。
向こうでじっとしてはるやろ。
年行って背中なんか丸うなってるやろ?」。
「いや皆丸いですけどね鯛は」。
「せやからな一遍お前…」。
「そのぎんぎろさんが私に何の用事でっしゃろな?」。
「何や分からんけどな」。
「分からんけどて新入りのくせして生意気な事してと怒られるのと違いますか?」。
「分からんけれどお前とりあえず入ってきたんやさかい一遍仁義きって挨拶しに行った方がええで」。
「さようか。
ほんならちょっと行ってきますわ」。
これ一応鯛のつもりでやってるんでございますけれども。
これやってますと「お前それアンコウやな」てな事を言われるんでございますけれど。
「あの〜新入りの六いいまんねん。
どうぞよろしゅうにお願いを致します」。
「ああ。
ぎんぎろや。
よろしゅうにな。
おい新入り最前はえらい危なかったな」。
「危なかったです危なかったです。
もうちょっとで…。
気が付いたらピシャッと跳ねてましたんでえらい申し訳ない事がございました?」。
「なにも謝る事はないわい。
わしゃ一部始終見とったけどななかなかあそこまで跳ねられるもんやないわ。
あら結構やった。
久しぶりに胸がスッとしたわい。
ああ。
しかしまあお前のような姿色艶形すばらしい鯛を見たんわしゃ初めてやな」。
「さようでございますか。
こらどうもありがとうございます」。
「お前天然もんやろ」。
「そんな事が分かりますか?」。
「分からいでかお前。
わしゃだてにこの生け簀の中に20年はおらんわい。
ここらにおるやつは皆養殖もん半養殖もんばっかりや。
天然もんしかも明石の沖で取れたんと違うか?」。
「ええそのとおりでございます」。
「明石海峡という所はな流れが急なんじゃ。
そこを逆ろうて泳いでるとな身が締まる。
筋肉が締まる。
これを鯛の中の鯛本鯛真鯛という。
この胸の所にこぶがあるやろ?泳ぎこぶちゅうてな。
あるやろ。
それが明石の鯛のまあ証しみたいなもんやな」。
「ああそうでございますか」。
「実はなお前を呼びにやったというのはほかでもない。
わしもその本鯛やからなんや」。
「ぎんぎろはんも!」。
「そうやがな。
その証拠にな頭のとこにこぶがあるやろ。
でな尻尾の縁がちょっと黒い」。
「どこでございます?」。
「ここのなちょっと尻尾の縁の…。
まあちょっと年が行って白いもんも混じっとるけどもな。
まあこれが明石の鯛の証明みたいなもんや」。
「ああさようでございます」。
「まあいずれにしても同じ本鯛同士や。
これからもよろしゅう頼むで」。
「こちらこそ末永うによろしゅうにと…言いたいところですけれどもないつまでこの生け簀の中におれるかどうか分かりませんけれども」。
「いやいやお前のさっきの跳ねよう見たら少々の事では大丈夫や。
わしが太鼓判を押してやる。
しかしなこれからお前を取り逃がした若い板前あいつだけには気ぃ付けなあかんぞ。
これからお前の事を目の敵にしてきよるさかいなあいつだけには気ぃ付けとかないかん。
まあこの生け簀の中で生き延びる方法というのはいろいろあるんやけれどもな今日はお前にはその方法というのを教えたろか」。
「そんなもん教えてもらえます?」。
「ああそんな事はめったに言わへんねんで。
そんな事言うたらわしの身が危のうなんねやさかいな言うたるさかいもっとこっちおいで。
耳をこっち貸せ。
耳を。
この生け簀の中で生き延びようと思たらな若さ気力体力こういうものはもちろんいるんやけれどもやっぱり一番使わなあかんのはここやな」。
「はあ頭」。
「そらそうやがな。
ここの大将というのは商売がうまいねや。
とりあえず銭もうけがうまい。
そういうものが若い衆にもずっと仕込んである訳やがな。
そやさかいにな客から注文受けて魚をすくう時に客が目の前で見とるなと思たら元気なやつ生きのええやつをピシャッとすくいよる。
『生け作りの店』看板上げとんねやさかいな。
元気なやつをすくいよる。
ところが客が見てないなと思たら今度は半分死にかけておるようなやつ。
弱っとるやつ。
それをシュッシュシュッシュ上げていきよる。
まあここらは商売のコツやちゅう事を言うてんねん。
せやさかいにな生け簀におる我々の方はやな客が見てるなと思たらわざと弱ったように…弱ったようにこう泳がんといかん。
腹を裏向けたりなんかしてな。
この腹を裏向けて泳ぐちゅうのは難しいぞ。
『あ〜あかん。
今わし食べたら病気になるで』てなもんやがな。
今度は客が見てないなと思たらシュシュシュシュ〜!シュ〜シュ〜!『今わし食べたらもったいないで』。
シュシュシュ〜!ここの兼ね合いのところが誠に難しい。
それがお前に分かるか?」。
「へえ分かります。
客が見てるなと思たらシュ〜ッといったらよろしいねやろ?」。
「食われてまうがなそんな事したらお前。
お前体はええ体してるけどあんまり頭ええ事ないな。
分かってるか?」。
「分かってます」。
「そのあとは客の好みをよう覚えとくちゅうこっちゃな」。
「客の好みですか?」。
「そうやがな」。
「ぎんぎろさん。
誰ぞお客さん入ってきはりましたで」。
「ああ。
電気屋の尾崎さんや」。
「えっ?あんた覚えてはりまんの?」。
「当たり前じゃ。
客の名前と顔はよう覚えとけ。
ああ〜心配すな心配すな。
この人はめったに鯛食べへん。
財布のひもは固いねやこの人は。
そやな大事な得意先を連れてきた時ぐらいのこっちゃ鯛の生け作りなんか食べるのは。
ふだんはイカとかサバとかそういうものを食べはんねん。
この人がこの間鯛の生け作りを食べたんは1年2か月前やったな」。
「そんな事まで覚えてはりまんの」。
「そうや。
大体まあ頭に入ってんねんけどわし主に血液型で分けてんねん」。
「け…血液型ですか!?」。
「そうや。
この尾崎さんちゅうのはA型や。
A型は真面目な人が多い。
一旦注文したものを途中で変えるちゅう事はないわ。
こらもう鯛なら鯛シュッと食べよる。
一番やりやすい。
B型。
これはヘンコなおっさんが多いけれどもなこれも一旦注文したものを途中で変えるという事はない。
これも大概大丈夫。
難儀なんはO型やがな。
コロコロ変えよるさかいな。
鯛や言うてたやつヒラメにしてんか。
ヒラメや言うてたやつシマアジにしてんか。
最後までよう聞いてんとウロウロするさかいな」。
「なるほど。
ほなAB型はどうなります?」。
「これはエビが好きやな」。
「なるほど。
そういう事になるんですな。
しかしまあいずれはこれだけの生け簀ですさかいね食べられてしまいまんねやろな」。
「お前なそういう夢のない事を言うな。
若い鯛はもっと志を大きく持て!昔からよう言うやろ。
『少年よ大志を抱け』」。
「大志言われましてもね。
この生け簀の中でそんな事言われましても」。
「よし。
お前には一つええ話をしたろ」。
「何でございますか?」。
「昔なこの生け簀の中にお前と一緒や瀬戸内海で育ちよった元気のええペガという天然の鯛が入ってきよったんや。
ピャッピャッピャッピャピャッピャッピャッピャいっとるもんやさかいな『お前あんまり目立つ事せん方がええで』ってわしゃ言うてたんやけど言う事聞きよらへん。
ある日一瞬の隙をつかれよった。
捕まえてシュッ!すくわれてしまいよったんや。
ところがこの店で料理をされるためにすくわれた訳でも何でもなかったんや。
これを注文したのは布団屋の山本さんという人や。
この山本さんの趣味というのが魚釣りや。
山本さんその日も魚釣りに出かけてはったんやけれどもあいにく台風の影響でシケやったんやな。
一匹も釣れなんだ。
つまり坊主ちゅうやつやな。
ところが家には『今日は生きのええ鯛釣ってくるさかいに晩ごはんのおかずは要らんで』ってな事言うて行ってる手前鯛を買うて帰らんならんはめになってしもてこの店へ寄りはったんや。
まあそういうお客さんもぎょうさんいてはるさかいにここの大将かて心得たもんや。
このペガを袋に入れて中に酸素まで入れて用意をしたんや。
山本さんそのままシュッと帰りゃよかったんやけれどもなここの大将と一杯世間話しながらやってるとええ具合に出来上がってしもたんや。
帰り道袋を手にしてフラフラフラフラ千鳥足や。
帰る時にな橋があるんやがな。
その橋の所でヨロヨロヨロ。
欄干にドン!ぶつかったんや。
ここぞとばかりにペガは袋の中でピシャ〜ッと跳ねよったんや。
その拍子に袋が手から離れて川の中へドボン!折からの台風の影響で川の流れが急や。
ダ〜ッと流れていく。
途中に杭があってそこに袋が引っ掛かる。
ピリッと破れた破れ目からペガがシュッと跳んで出て海へ逃げ帰ったというな」。
「それ一体誰が見てましたんや?それ。
ホンマでっかいな?それ。
そんなあんたうそみたいな話それ信じられまへんな」。
「アホ!ペガと一緒に海で泳いどったやつが捕まってこの生け簀へ入ってきよったんや。
そこで逃げたちゅう事が分かった訳や」。
「は〜なるほど」。
「そやさかいお前な夢を諦めたらあかんちゅう事言うてんねん」。
「私ね夢おましたんや。
瀬戸内海で育ちましたやろ。
せやさかいね日本海の方はよう行きましたんやシュッシュシュッシュ。
いつでも行けるわいと思てあんた太平洋ちゅうとこで泳いだ事がおまへんでしたんや。
太平洋は広い所やそうです」。
「広いな太平洋は」。
「ぎんぎろはんは?」。
「わしは何べんも泳いだ事がある。
一遍な和歌山の沖を泳いでる時になクジラとすれ違うた事があるんじゃ。
あら大きなもんやったな。
くわ〜!すれ違うてる間小一時間ほどかかったな。
その後ろの方からまたこれも大きな大きなサメや。
知ってるか?ジンベエザメちゅうの。
これがな赤い甚平着てシュ〜ッ!行きよったんや」。
「は〜なるほどね」。
「実はなわしも一つ夢があんねん」。
「ぎんぎろはんも?やっぱり海へ逃げ帰る夢ですか?」。
「アホな事言えお前。
この年になって海へ逃げ帰って何がおもろいのや?わしの夢というのはなこの生け簀の中で老衰で死ぬこっちゃ」。
「またえらい寂しい夢でんな」。
「アホな事言え。
また人間に捕まってたまるかい。
わしゃこの生け簀の中で自然死がしてみたいちゅう事言うてんねや」。
「なるほどね。
そうでっか!ぎんぎろさんあのね私の身代わりになったやつが出てきました。
出てきました。
あ〜!うわ〜!もうピクピクピクピク震わして。
あれ見てられまへんな」。
「ああ。
まあまあそう言うな。
かわいそうやけどあいつは養殖もんや。
怖いもんを知らんと大きなってこんな事になった時にあんなんしてみっとものうピクピクピクピク身を震わしよる。
なあしゃあないわ。
おいちょっと皆寄ってこい寄ってこい。
皆寄って黙とうしたろ黙とう」。
「黙とうですか?」。
「ああこのごろは皆黙とうしたる事に決めてんねん。
おいエブリバディーカムヒア!」。
「今の英語でんな?」。
「このごろは輸入物もぎょうさん入ってきとるさかいな。
お前の横におるやつニュージーランド沖で取れよったんや。
ちょっと目が青いやろ」。
「ほんにそうでんな」。
「あ〜なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶ。
迷わず成仏しいや」。
「あ〜見てられまへんわ。
あれ見てみなはれ。
ピクピクピクピクピクピク動いてます」。
「ああなあ。
おい六お前にはな一つ言うてやりたい事がある」。
「何でっか?」。
「わしらは天然の本鯛真鯛や。
ヒョッと人間に捕まってもあんなみっともないまねだけはやめとけよ。
なあ!もう覚悟を決めよ。
なあ。
人間に捕まったらもうしゃあないねやさかい。
『まな板の上の鯛』やさかいな」。
「それ鯉と違いますか?それ」。
「鯛とも言うんじゃ。
『腐っても鯛』という言葉があるやないかいお前。
身をピリッとも動かさんと歯をグッと食いしばって人間をグッとにらんで。
にらみ鯛というやっちゃな。
そういうプライドを持ってわしは死んでいこうと思てんねん。
それを思い上がっとる人間どもやこの生け簀のやつに思い知らしたろうと思てんねん」。
「ああさようか。
私にそんな事ができまっしゃろか?」。
「お前ならできるに違いない」。
「ああさようか。
ぎんぎろはん。
また誰ぞ入ってきましたで」。
「ああ不動産屋さんの金子さんや。
金子社長や」。
「か…金子さん。
あの人鯛食べますか?」。
「ああ。
あの人は鯛食べる」。
「あっちょっと気ぃ付けんとあきまへん」。
「ちょっと待て待て待て。
ちょっと待て待て。
今日はちょっと様子がおかしい。
いつもはな若い女と来はんねん。
そういう時にはな見え張って鯛の生け作りなんか食べはんのやけど今日連れてんのはどうやら奥さんみたいやな。
あとぎょうさん来てんの奥さんの友達やろ。
うん。
まあどういう訳か日本の男は皆そないやねんけどなうん…嫁はん連れてきた時はあんまり高い物は食わへんのやこれな。
『釣った魚に餌は要らん』てなもんやろな。
いやいやいつも来てる若い女ちゅうのは大体分かってんねや。
会社の経理でなひとみちゅうのがいとんのや。
これとこの社長ができとんのやがな。
ええ。
本名本田ひとみ26歳や。
このごろな天満にマンション借りたっとんねん」。
「あんた何でもよう知ってはりまんな」。
「カウンターの話を聞いてたらそれぐらいの事は分かるんじゃ」。
「なるほど。
あ〜しかしこれ今日は大勢で来て何ぞあったに違いないな」。
「大将!」。
「ああこれは金子社長。
いらっしゃいませ。
どうぞ」。
「予約してあったんやけど」。
「はいこの前の席ず〜っと取ってありますんでどうぞどうぞお掛け」。
「掛けさせてもらうわ」。
「今日はどないしはったんです?また大勢さんで」。
「いや〜違うんやがな。
今日はうちの家内の誕生日でね」。
「あ奥さんのお誕生日ですか」。
「そうやがな。
ほんでこれが嫁はんの友達。
これ一緒にお祝いしてもろたんやこれな。
ほんでな『誕生日のプレゼントやけど何がええ?』ちゅうたらな『落語会に連れていってくれ』って。
落語会。
えっ?そんなおかしなプレゼントあるか?落語会ってそんなん行った事ないがな。
『その落語会ちゅうのは一体どこでやってんねん?』ちゅうたら『今日はNHKの大阪のとこで上方落語の会というのがあるさかいにそれに是非連れていってくれとこう言うもんやさかいなそら本人が『行きたい』言うんやったらしゃあないな。
そんなもんはだまされたつもりで行ってみよかと思て行ってみたところがこれが結構おもろいのやがな。
今日はちょっと笑わしてもろたお礼になこれ皆連れてきてフグでも食いに来たんや」。
「ああさようでございますか。
そらどうも奥さんおめでとうございます。
いや金子社長にはねいつもお世話になっとりましてね。
分かりました!ほな私からの誕生日プレゼントでね鯛の生け作りでもさせてもらいますわ!」。
「鯛を?気ぃ付けなあかんぞ」と言うておりますとぎんぎろさんが網ですくわれてシュ〜ッ!「あ〜!ぎんぎろは〜ん!すくわれた…。
20年も生きてきはったのに。
えらい事になりました」。
「あのね今ぎんぎろさん私の身代わりになりはったと思いますわ」。
「さよか?」。
「そうです。
今狙いに来たん私を取り逃したあの若い板前でっしゃろ。
私を狙いに来ましたんやがな。
網に体が半分入ったところでぎんぎろさんが後ろから来てドンと突いて自分から網の中入っていきはったような気がしまんねん」。
「なるほどな。
いやいやぎんぎろさんあんたの事えらい気に入ってはったさかいなひょっとしたらあんたにな自分の若い時分の事を思い浮かべてはったんかも分からんわ。
うん。
六さんとかいいなはったな?あんたぎんぎろさんの最期その目でちゃんと見届けてあげなはれや」。
「へい」。
「ぎんぎろさんありがとうございました。
あんたの最期はこの私がちゃんと見届けさしてもらいまっせ〜」って言うておりますと生け作りにされましたぎんぎろさんが目の前へド〜ン。
「うわ〜立派な鯛やな大将!おおきにおおきに。
ほな呼ばれるわ。
うわ〜ホンマにこれは!呼ばれよう」。
「おい大将。
これ今生け簀からすくったんか?」。
「へい。
今生け簀からすくわせてもらいました」。
「生きの悪い鯛やなおい。
動かへんがなこれ。
えっ?これちょっと古い鯛使たんちゃうか?」。
「アホな事言いなはんなあんた。
今目の前ですくいましたがな。
どこでんねん?あれ?ほんに動きまへんな。
あれ?あら?えっ?何やこいつ歯グッと食いしばっとんな。
目なんか涙目になってるがなこれ。
いや〜しかしけったいな鯛やけどまあ。
私もねこれ『古い』てな事言われたらねちょっとけったくそ悪いんでね。
ほなもう一匹新しい鯛すくわしてもらいまっさ」。
「大将待った待った。
今新しい鯛を」と言うた途端目の前の鯛ピクピク暴れだしよった。
(拍手)2014/05/02(金) 15:15〜16:00
NHK総合1・神戸
上方落語の会「稽古屋」桂佐ん吉・「鯛」桂塩鯛[字]

「稽古屋」桂佐ん吉、「鯛(作:桂三枝)」桂塩鯛▽NHK上方落語の会(26年1月8日、3月6日)から▽ご案内:小佐田定雄(落語作家)▽インタビュー出演:桂文枝

詳細情報
番組内容
NHK上方落語の会から2席をお届けする▽稽古屋・何か色事をするくふうはないかと甚平衛さんのところに聞きにいった男。「色事をするには何か芸がないといけない。習いに行ったらいい。」と言われて横町の稽古屋を訪ねるのだが…。▽鯛:料理店の生けすの中にいる鯛の会話からなる桂三枝作の創作落語。▽ご案内:小佐田定雄(落語作家)▽インタビュー出演:桂文枝(落語家)
出演者
【出演】桂佐ん吉,桂塩鯛【インタビュー】桂文枝,【案内】小佐田定雄
キーワード1
落語

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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