ポーの作品はこんなんじゃありませんから!
エドガー・アラン・ポー原作『魔術師の呪い』のヒミツ
稀珍快著探訪も、第15回というフシメを迎えた。いろいろと寄り道をしてきたものの、この連載のテーマは「あの大作家の意外な珍作品」を紹介することである。今回は、エドガー・アラン・ポー(1809~1849)の名作がジュヴナイル(児童向き小説)にリライトされる過程で、とんでもない作品に変貌していたことを紹介したい。
そのトンデモ作品とは、1975年に上梓された「E・A・ポー/福島正実 訳」の『恐怖劇場 魔術師の呪い』(秋田書店)だ。
「原作者」とされているポーはいうまでもなく、アメリカが生んだ最高最大の文豪。同時に推理小説というジャンルの創始者でもあり、またアメリカ屈指の詩人でもある。そして詩のジャンルにおけるポーの最高傑作の一つが『大鴉(おおがらす)』であることに異論を挟むものはないだろう。
『魔術師の呪い』の「はじめに」を読むと、「ポーの名作長編詩『大ガラス』にもとづいて書かれた、奇想天外な魔術小説です」と書かれている。
つまり、単なる翻訳作品ではないことは、一応、説明している。しかし、冒頭部分以外、『大鴉』とは全く似ても似つかぬオリジナルストーリーとなってしまっており、これを読んで『大鴉』を読んだつもりになってしまう読者がいたとすれば、まことに不幸である。
そのトンデモぶりを理解するために、まずはホンモノの『大鴉』の筋から見ておこう。
カラスが「Nevermore」と繰り返す
恋人のレノアがはかなく世を去った悲しみから逃れるため、書斎でいにしえの書物をひもとく若き学徒。深夜、ほとほとと戸を叩く音が聞こえ、扉を開けるが誰もいない。レノアの霊が訪れたのかとおののきつつ席に戻ると、今度は外から窓をこつこつと誰かが叩く。
窓を開けると大鴉が飛び入り、扉の上に飾られたパラス(=知と芸術の女神アテーナー)の胸像の上にとまる。心の惑乱を紛らわそうと戯れに大鴉に名を問いかけると驚いたことに大鴉は人語で「Nevermore」と応える。これには色々訳語が当てられるが「もはやない」「もう二度と」という意味で「またとなけめ」と擬古風の訳語もある。いずれにせよ主人公は魅入られたように大鴉が「Nevermore」と答えるような問いを発し、大鴉は都度そのように答え、次第に彼は苛立ちを募らせていく。
そして最後に「レノアを今一度わが魂がかき抱く時はくるか」「Nevermore」、「俺の心からお前のくちばしを引き抜き、ここから出て行け」「Nevermore」という問答を繰り返した後、主人公の独白で、大鴉の影から己の魂が逃れることは「Nevermore」として詩は結ばれる。全十八連すべてが「・・・・ more」で結ばれ、音楽的リズムに満ち、またポーお得意の死せる美女レノアをめぐる物語が、不吉な雰囲気の中、見事に詠われた名詩である。