憲法の基本原則である平和主義が揺らいでいる。それもかなり乱暴なやり方で揺さぶられている。
「憲法9条にノーベル賞を」という市民運動が盛り上がっているのもそうした状況が背景にある。
「日本国憲法、特に第9条を保持している日本国民に平和賞を授与してください」。主婦が始めた活動に共感は広がり、大学教授らが推薦状を送付した。先月初め、ノルウェーのノーベル賞委員会から候補として受理したとの通知が届いた。
受賞を願うことは、同時に「日本国民」は平和賞に値するのかと自問することにもつながる。憲法の理念を生かす努力を続け、平和への思いを共有できているのか‐。
安倍政権下で9条を空洞化しかねない動きが進む。だからこそ、憲法への意識を高めたい。
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1年前、安倍晋三首相は憲法改正の国会発議要件の緩和に意欲を示していた。「衆参両院の各3分の2以上」の賛成から両院とも過半数に緩和する96条改正を主張した。
中身の論議を後回しにして、改正手続きのハードルを下げる。荒っぽい方法に国民の反発は強かった。
首相は今、憲法9条の解釈の変更を狙う。これまで禁じられてきた集団的自衛権の行使容認に踏み切る構えを見せる。
96条先行改正論に続いて、今回も正面突破を避けるやり方だ。「限定的な容認」と説明するが、海外での武力行使への道を開くことにつながりかねない。
憲法は国家権力を制限し、その暴走に歯止めをかけるのが役割である。簡単に変えてはならない原則を定める。政府答弁でも「政府が自由に解釈を変更できるという性質のものではない」としてきた。時の政権の判断によって解釈を変えられることになれば、憲法への信頼性が失われる。立憲主義の危機だ。
9条が意味を失う
集団的自衛権は、自分の国が攻撃されていなくても、密接な関係にある国が攻撃を受けたときに、武力行使をする権利を指す。
国連憲章51条は、自国への攻撃に反撃する「個別的自衛権」とともに、集団的自衛権を主権国固有の権利と位置付ける。
ただ、ベトナム戦争で米国は「北ベトナムの攻撃を受けた南ベトナムから援助要請があった」とし、攻撃は集団的自衛権の行使と主張した。アフガニスタンに侵攻した旧ソ連も集団的自衛権の行使を根拠にするなど、自国の行為を正当化するために乱用されたと指摘される。危険性と隣り合わせの権利といえる。
日本政府は、集団的自衛権について「国際法上は有しているが、その行使は憲法上許されない」との見解を繰り返してきた。
外国からの急迫不正の侵害に対応する正当防衛として個別的自衛権は行使可能だが、最小限にとどめるべきで、集団的自衛権はその範囲を超える‐との立場をとってきた。
阪田雅裕・元内閣法制局長官は政府の9条解釈について「自衛隊は合憲、けれども海外での武力行使はできない、の2点だ」と説明する。自衛隊は「必要最小限度の実力組織」とするのは政治の現実を踏まえた、ぎりぎりの解釈だといえる。
「海外で武力行使をしない」との一線を越えれば、自衛隊は外国と同じ「普通の軍隊」になり、9条は意味を失ってしまう。まさに憲法の空洞化である。
牽強付会の容認論
最近、行使容認の根拠として浮上したのは1959年の砂川事件最高裁判決だ。駐留米軍の合憲性が争われた事件で、判決は「自国の存立を全うするために必要な自衛のための措置を取り得る」とした。
これを「必要最小限の集団的自衛権を否定していない」と主張するが、牽強付会(けんきょうふかい)というしかない。
そもそも集団的自衛権が争点となった事件ではなく、その後も政府は行使を否定してきた。
この判決をめぐっては「司法権の独立」が疑われてもいる。当時の最高裁長官が判決を前に駐日米公使と会って「世論を揺さぶる少数意見を回避するやり方で評議が進むことを願う」と語っていたことが米公文書で明らかになった。一審破棄を念頭に置いた発言とみられる。
そうした裁判を援用して容認論を展開するのは無理がある。
憲法前文にあるように、戦後日本は「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意」して再出発した。平和主義は国是である。
自国が攻撃されていないのに武力行使に踏み切れるようにする。「限定的」といっても、集団的自衛権の容認は9条の歯止めを外し、戦後の歩みを大きく転換させかねない。
粗雑な手続きや理屈で国のかたちを変えてはならない。
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