劇画「野望の王国」第一巻あらすじ
国立競技場。アメリカ選抜チームと東京大学チームがフットボールの試合を行っている。
激闘の末、ついに東京大学がアメリカを下す。その立て役者となったのはクォーターバックの片岡仁とラインメンの橘征五郎であった。ふたりは万年ドン尻だった東大フットボールチームを世界にまで引き上げたのだ。
政治学中本健の教授室にて、ゼミ生たちから褒めそやされるふたり。征五郎と片岡はフットボールチームの英雄であるだけでなく、学業においても東京大学法学部の主席を争う天才であったのだ。
後継者として教室に残って欲しいと願う中本教授に対し、ふたりは言い放つ。自分たちは教室に残るつもりはない。大企業にも官公庁にも就職しない。そんなことをしている暇などないのだ、と。
「ぼくたちが法学部政治学科で政治学を学んだのは 人が人を支配する仕組み 権力をつかむための方法を学ぶためだったといっていいでしょう!」
「社会の権力構造のカラクリを研究し尽くし ぼくたちが新しい王国を築くための準備を進めてきたのだとも」
「き 君たち気でも狂ったのか……」
「勉強のしすぎで頭がおかしくなったんだ……」
誇大妄想だと恐怖する教授に、ふたりは追い打ちをかけるように宣言する。
「誇大妄想と思うなら思ってください 我々は自分たちの知力と体力を信じているんです」
「この世は荒野だ! 唯一野望を実行に移す者のみがこの荒野を制することができるのだ!」
愕然とする同級生。
数日後、征五郎は東大キャンパスに駆けつけた留吉の知らせにより、父・橘征蔵の死を知る。征五郎は片岡に告げる。ついに我々の野望の炎を燃えあがるときが来た。
そう、征五郎の父・橘征蔵こそは神奈川県最大の暴力団・橘組の組長であったのだ。
川崎市の屋敷で行われる葬儀に赴く征五郎。そんな征五郎を長兄である征一郎は罵倒する。妾の子が何の用だ、その汚い学生服は何だ、と。
征五郎は冷静に反論する。父・橘征蔵は本妻の子も妾の子も自分の子供に変わりはなく、仲良くするようにいっていた。それに学生服は学生にとっての式服であり礼服だから葬儀に参列するに相応しい恰好だ、と。
取りなす征二郎。穏やかに話す征二郎を見た片岡は、征二郎こそが自分たちの野望にとって最大の障害になると考える。
橘征蔵の遺体の前に集う家族。本妻民枝(57)。長男征一郎(30)──本妻民枝の子。三男征三郎、四男征四郎(28)の双子──本妻民枝の子。長女勝子(35)──本妻民枝の子。次女敏子(26)──本妻民枝の子。次男征二郎(29)──二号高子の子。五男征五郎(21)──三号芳子の子。三女文子(18)──二号高子の子。
通夜の席に本妻の子も妾の子も並ばせるとは変わっているという片岡に、留吉は答える。征蔵こそは最後の侠客といった人物であった、と。そしてまた、征五郎がいくら頭がよいといっても、もし征二郎が言いつけに背いて学校に進んでいたら征五郎以上の成績を上げただろうともいう。妾腹ということもあるのだろうが征五郎と征二郎、文子は非常に仲むつまじいという留吉にことばに、片岡はつぶやく。
「兄弟愛か。我々の野望を達成するのに一番大きな邪魔がこんなところに存在するとはな」
片岡は兵隊頭トクに連絡する。トクは手勢を率いて橘組川崎本部・橘興業を襲撃。留守番の若者二名を殺害する。
急報を受け、大吉会の仕業であると色めき立つ征一郎。征二郎は長男がいなくては通夜の客人に失礼であると、征三郎、征四郎を率いて飛び出す。
留守居をする征一郎を、征五郎は客人であると離れに呼び出す。そこにはトクの放った刺客がおり、誠一郎を刺殺。逃げようとする刺客を征五郎は口封じのため殺し、完全に死亡したのを確認すると大声を上げながら刺客を滅多刺しにする。そして警察には兄を殺した暴漢が襲ってきたので正当防衛をしたと供述する。
警察はフットボールチームのエースである征五郎だから助かったのであって、これは完全に正当防衛であると判断する。
「君は東大でもトップを争うほどの成績だしフットボールのスターでもある。君のような模範青年の前途を傷つけるようなことは警察はしないよ」
事情徴収を終え神奈川県警富士見署から出てきた征五郎を片岡は出迎える。片岡の顔を見た征五郎は崩れ落ちる。
「お前の顔を見たら気がゆるんだらしい」
「しっかりしろ」
「おれは人を殺したんだぞ……自分の兄も…」
「十分間だけやる。十分経ったら立ち直れ。そして今後二度と動揺するな」
川崎市慈徳寺における合同告別式。般若心経を唱える僧侶(確認できるのは11名)。
突如タンクローリーが突っ込んでくる。爆発炎上。寺は火の海となる。
パニックを起こし逃げまどう人々。突き飛ばされた文子は踏みつけにされ、足を挫いてしまう。片岡は文子を見つけると、抱きかかえて寺を脱出する。そんなふたりを征五郎は冷やかすのであった。
だが征三郎は火事に紛れて暗殺される。
深夜、徳田建設にて片岡は兵隊頭であるトクと茶を飲む。トクは征五郎に、そして片岡に対して絶対的な忠誠を誓っていると語る。だが片岡は、鬼神すら顔を背ける所行にどこまでついてこられるかと心配するのであった。
10日後、横浜橘征二郎邸。
片岡は文子に数学を教える。文系なのに数学が分かるなんですごいと褒める文子に、高校生の数学が解けなければ東大に入れはしなかった、と答える。しかし文子は理系、文系の数学より難度は高いのであった。
そのころ征五郎は征二郎組長と話し合っていた。
「おやじの死んだどさくさに征一郎兄さんと征三郎兄さんがあんなふうに殺されたということで、橘組の権威は大いに失墜したことは確かです。どこからどう見ても橘組の屋台骨はガタガタになったとしか思えないでしょう……」
征五郎のことばに、征二郎は同意する。
「そのとおりだ。くだらんことだがヤクザの世界では面子にこだわる。その面子を橘組は完全に失ったんだ。このままじゃ橘組はガタガタになっちまう」
「今度のことはやはり大吉会のやったことと思いますか」
「……いや分からん。むしろおれの勘では、これは大吉会の仕業ではないと思う。他の者が大吉会の仕業と思わせるように仕組んだもののように思えて仕方がない」
(う、うう……ま、まさか感づかれているのでは……)
しかし征五郎の不安をよそに、征二郎は続ける。
「しかし本当に大吉会がやったのかやらなかったのか、そんなことはどうでもいい……大事なのは世間の人々、それに大部分の橘組の内部の者が、今度のことは大吉会がやったと思っているということだ! 今するべきことは、橘組の威信を回復することだ。そのためには報復することだ!」
「報復……」
「組の内外の人間が橘組に期待しているのは報復だ。報復することによって橘組の力を示さねば橘組は内外から軽んじられる。大吉会が真犯人かどうかはどうでもいいっ!!」
苦笑すると、征二郎はつぶやいた。
「下らねえことだが組を維持するというのはこんなことなんだよ」
「それが政治というものです! 大衆に必要なのは絶対的真実ではない。彼らの下衆な期待を満たしてやるということなのです!!」
大吉会への報復を自分にやらせて欲しいと願い出る征五郎。東大法学部切ってのエリートがヤクザの抗争に関わろうなど、頭がどうかしたのではないかと驚く征二郎。
「ヤクザの妾の息子がどうしてエリートなんです!? そんなことを本気で言っているんですかっ? いくら東大だから、法学部で一番だからといってヤクザの妾の息子をエリート支配階級に入れるほど日本の社会は甘くはない! 身上調査をされれば官庁にも大企業にも絶対に入れはしない!!」
そして片岡は単身、大吉会本部に赴く。大吉会の命の値段を査定するために。
自分たちが犯人ではないと主張する大吉会会長。
「そ、それにあれだけのことをするには余程の大人数が必要だろう……しかも喧嘩なれした連中がっ! おれたちにはそんな腕ききの者は何人もいやしない。あんなことはおれたちにゃできっこないっ!」
内心ほくそ笑む片岡。
(ふふ…腕ききの者が大人数だと。愚か者めが。計画と指導さえ完璧ならあの程度のことは二十人ほどの素人だけでやってのけられることなんだ)
橘組の顔を立てるために形式上謝るようにという片岡。納得しかける大吉会幹部。
「で、その謝るふりをするためにはいくら払えばいいんだい?」
「現金で十億円。あるいは大吉会の神奈川県下の縄張りを橘組に引き渡すことっ!!」
激高し片岡を追い返す幹部。しかし片岡の目的は、盗聴器を仕掛けることにあった。
関西花岡組の助っ人50人がやってくることを盗聴により知った征五郎は、翌々日、熱海駅で待ち伏せを行う。警察の取り調べを装い、小田原駅で花岡組50人を降ろしたトクは、小田原港外れの倉庫に連れ込み、全員を銃殺。死体を残し使用した拳銃およびトラックをスクラップとして溶鉱炉に放り込む。
兵隊頭であるトクは征五郎と片岡の作戦を絶賛する。トクの手下は決して裏切ることなく、指示された仕事を完璧にこなす。
「片岡さんに言われたとおりに、連中はいつでも四人一組で行動するように決めてある。もし誰かが裏切るような素振りを示したら、その場で他の仲間が殺していいことになっているんだ」
「組織で大事なのは鉄の規律だ。これでもまだ完璧とは言えない。更に完全な統制の方法を考えよう」
「それはそうと、トクには今までにずいぶんな金を使わせたな……今度のトラックもこの間のタンクローリーも、そして今日使ったピストルも全部お前の持ち出しだ」
「征五郎さん何言ってんだよ。今におれはドカッと儲けさせてもらうんだもの。それに実際に金がかかったのはピストルぐらいのもんさ。車は三台とも只同然のポンコツを買ってきたんだから」
二日後、藤森邸。
小田原港はずれの惨劇を朝刊で知り、愕然とする藤森会長。そこに現れた片岡、藤森に新聞を投げつける。
「さて、もう一度あなたたちの命の値段を査定しましょうか!」
片岡は藤森を脅し続け、その隙に盗聴器を回収する。
そこに花岡組若頭の疋矢繁が現れる。疋矢といえば花岡組切り込み隊長と恐れられ疋矢組を率いる人物であった。片岡は学生である自分が立ち会うべき場面ではない、といって去る。
疋矢は小田原虐殺事件は大吉会の仕業であると断定する。橘組と花岡組をぶつけて漁夫の利を狙おうとした、これが花岡組の公式見解であった。疋矢は見せしめとして、藤塚の右腕を日本刀で切り落とす。そして申し開きがしたいのなら三日以内に犯人を連れてこいと命じる。
そのころ徳田建設。
征五郎と片岡は自らが作成したファイルを探っていた。組織犯罪の研究に使うという名目で警察、新聞社、雑誌社の資料室を活用して作成したもので、全国暴力団幹部連の顔写真と経歴をファイルしたものである。
「東大法学部の先輩はみんな大きな力をふるえる場所にいる。どいつもこいつも社会を汚している張本人だが利用する分には便利だぜ」
「全くだ。連中をうまく使いこなすと仲々役に立つ。ただそれだけの価値しかない連中だが」
征五郎は疋矢が無類の犬好きであることを知り、作戦を思いつく。
翌朝、川崎グランドホテル前。
征五郎は飼い犬の散歩をしていた。
驚愕する疋矢。
「な、なんちゅうでかいチャウチャウや。わしはあんなチャウチャウ初めて見たぞっ! それにあのアフガンハウンド……完璧な姿や……」
疋矢は征五郎を呼び止めると、挨拶もせずに犬を褒めちぎる。
「そうや、今思い出したで。去年愛犬クラブの仲間が関東でものすごうごついチャウチャウを育てとるもんがおるらしいと噂しとったが、ひょっとするとこのチャウチャウのことやったんかもしれん」
チャウチャウを撫で回す疋矢。
「この顔、頭の形、胸回り、脚の太さ……どれをとっても非のうちどころがない。しかもこの大きなことちゅうたら仔牛も顔負けやないか。こんなチャウチャウはじめてじゃ」
そしてうっとりした顔でアフガンハウンドを褒めそやす。
「ええ姿じゃ。気品がある。王侯貴族の気高さみたいなもんを体中から発散させとる。こんあアフガンハウンドが日本におったとはのう」
征五郎は疋矢が引っかかったと確信し、犬は死んだ長兄のものであること、長兄は十頭ほどの犬を飼っていたことを話す。疋矢はぜひとも橘邸を訪問したいと懇願する。
橘邸に着いた疋矢たちは驚愕する。橘組の本拠地であることに気づいたからだ。しかしそんな驚きも、犬の素晴らしさに吹き飛ぶ。どれもこれも一目で分かる逸品ぞろいであったからだ。
そこに橘征二郎が現れる。雨樋の補修や植木の刈り込みについて指示していた征二郎は疋矢の正体をすぐに見抜くが、犬を好きな人間にはよく驚かされるから、と貫禄を見せる。先日はアラブの王様までみえたほどだ、とさりげなく自慢する。
小田原50人殺しが征二郎の仕業であったらここまで堂々としてはいられない、と考える疋矢。そんな疋矢に、征二郎は小田原事件の解決に協力しようと申し出る。混乱する疋矢。
そのころ片岡は、征二郎から借りた兵隊を引き連れて川崎マリンホテルに向かう。兵隊には皆、橘組の代紋を着用させている。
マリンホテルでは藤森会長が大吉会の解散を宣言していた。
納得できないといきりたつ組長たち。大島組田原元。ミナト組金田守。大山組大山敏男。山里組山里健一。大平組大平正吉。河原崎組松崎治。
そこに突入する橘組の兵隊たち。
片岡は大吉会の組長たちに、藤森会長が橘組と花岡組の共倒れを狙って失敗したのだと印象づける。そして組長たちが助かる方法を示す。それはただちに大吉会を解散し、橘組に入ること。大吉会が解散してしまえば花岡組の怒りは直接の当事者である藤森会長と不二塚にだけ注がれるのだ。
片岡に付き添われ、高飛びの準備をする藤森。しかし藤森を生かしておく片岡ではなかった。藤森の乗ったタクシーは鉄パイプを積んだトラックに衝突、藤森は鉄パイプで串刺しになる。
トクはトラックを降りると、タクシードライバーの老人に、約束通り金を送ると告げる。老人は、このまま業務上過失致死の罪を負ったまま黙って地獄に行く、と語る。どうせ肺癌で助からない命、娘に嫁入り支度の金を作ってやれてよかった、と。
疋矢はウィスキーをガブ飲みしながら恐怖する。
征二郎は話の中、小田原で死んだ50人が何をするためどこに向かうところだったのか、何ひとつ訊ねなかった。花岡組が神奈川県警内にスパイを放っていることを承知している口振りだった。すべてを承知していたのだったとすれば、大吉会と花岡組の関係を断ち切るための芝居だったということになる。だとしたら50人の乗る列車のことをどうやって知ったのか。花岡組の幹部と藤森、不二塚しか知らなかったことだ。藤森、不二塚が口をすべらせたのか、それとも……花岡組の中に!
征二郎は神奈川土産だといって、犬を持たせた。征五郎は疋矢の前で、藤森が事故死したと宣言した。
疋矢は恐怖した。今は花岡組が進出する時期ではない、征二郎と闘うことを考えるだけで寒気がする、と。
三日後、橘組。
大吉会はひとりの漏れもなく橘組に参入することとなった。そして橘組に新たな幹部が誕生した。
いうまでもない。橘征五郎と、片岡仁である。
そして征五郎と片岡には、大吉会の縄張すべてが預けられる。大吉会は神奈川第二の組織であり、つまりふたりは橘組第二の幹部となったのである。
そして橘組は征二郎が正式に跡を継ぐと宣言される。
大吉会の縄張をすべてふたりに預けることに不満である征四郎。征五郎に、そんな小汚い学生服など着るなと難癖をつける。しかし征五郎は、大学卒業まではこの恰好で通すと反論する。
むくれて立ち去る征四郎。
征五郎と片岡は、これまでの経緯を征二郎に報告する。すべては大吉会の藤森が仕組んだことである、と。
征二郎は、
「そう考えるとつじつまが合うが、どうもおれには納得がいかねえ。あの藤森は征一郎兄さんと征三郎を殺し、その上花岡組の50人を殺したり出来るほどの肝の太い男のはずがない」
といいながらも、考えるのは頭のいいお前たちふたりに任せるし、すべては藤森がひっかぶって死んでいったんだ、と結論する。
だが、征五郎に見せることないその顔は、すべてを悟ってしまったものの苦悩の表情であった。
帰路、征五郎と片岡は、疑われる要因はないはずだがもしや感づかれているのではないか、と相談する。そして征二郎を倒すための行動を採ることを決定する。
そして若獅子会結成記念式典。旧大吉会大島組田原元の司会で式典は進行する。
征五郎は若獅子会の目的を説明する。若獅子会は今までのヤクザ、暴力団の寄り合い所帯、組の連合ではない。その違いは、目的を持っていることである。目的は、権力をつかむこと。裏の世界の、いわば屑である力を合わせて、表の世界も裏の世界も支配すること。今までのように無目的ではなく、目的を目指して生きるのだ。
ちょうどそのころ、征二郎を倒すための計画が実行される。征四郎襲撃。最近囲った女のマンションから帰ろうとする征四郎を、征五郎の刺客が襲う。エレベーター内で拳銃が乱射され、征四郎の部下は全員即死。そして征四郎は、腕を撃たれて重体。
この知らせを聞いた征五郎は、式典会場を後にする。
川崎中央病院。
襲撃の恐怖と怪我の痛みから暴れる征四郎。ベッドに縛り付けられた征四郎を前に取り乱す女たち。その醜さに、征五郎は早急な処理を決意する。醜いものをこの世から消し去る決意を。
三時間後、征二郎は水上温泉の関東遊技会連盟会合に出席していた。征四郎の生命に別状がない以上、主賓として招かれたのだから義理をすませてから戻る、という連絡が入る。征二郎の性格を計算したうえでの計画であった。
目覚めた征四郎を、征五郎は甲斐甲斐しく世話する。そして疑問を口にするふりをして、征四郎の疑惑を植え付ける。
征一郎が死んだなら次は征二郎を狙うのが筋であるのに、どうして征三郎が殺されたのか。そして征一郎と征三郎を殺した藤森がいなくなったのに、誰が征四郎を狙ったのか。それも、跡目を継いだわけでもない征四郎を。
征四郎は思い当たる。征一郎、征三郎、そして征四郎はすべて本家の人間である。本家の人間がいなくなって得をするのは、征二郎だ。そして征二郎は見舞いに来ない。
征四郎は、征二郎を憎み始める。
やっと会合が終わって見舞いに来た征二郎を、征四郎は罵倒する。次は本家の生き残りである自分を殺そうというのか、すべてを藤森の仕業にしようというのか、と。
かっとなって征四郎を殴りつけようとする征二郎を、征五郎はなだめる。今はピストルで撃たれたために神経が高ぶっているのだから、と。
そして征二郎とふたりになったときに、部下は蜂の巣のように撃たれていながら征四郎だけは幸いにも肩を撃たれただけの軽傷で済んだ、と告げる。
征二郎はその不自然さに気付く。
すべては、征四郎の狂言だったのではないか、と。
征五郎はほくそ笑む。征二郎は権力を握った。そして権力を握れば猜疑心は強くなる。いかに聡明な人間であろうとも猜疑心に囚われれば眼が曇る。
征二郎は疑心暗鬼に陥る。征四郎が狂言で撃たれて見せて、またも橘本家の人間が襲われたと宣伝したとする。非難は征二郎に集中する。そしてこれを狙って、征一郎と征三郎までも征四郎が殺したということもあり得る。そう考える。
そして征四郎は、さらに征五郎に煽られる。
征一郎も征三郎も葬儀──人があつまったときのどさくさに殺された。だから次に人が集まるとき、征二郎の襲名披露のときが危ない、と。そして征四郎は襲名披露の取り仕切りを任されていた。怯え、どうすればよいかと問う征四郎に、征五郎は答える。
「殺される前に殺せっ!! 敵は殺せっ!!」
征四郎は即座に退院し、味方となる幹部を集める。
征蔵直系の大幹部、広池会会長・中村善太郎。征一郎派幹部、松山組組長・松山峰二。征一郎派幹部、河原組組長・河原修平。征三郎派幹部、若頭・小森利明。征三郎派幹部、深山組組長・深山正男。征一郎派若頭、平木組組長・平木準二。そして征五郎である。
征四郎を盛り立て、総決起して征二郎打倒を誓う彼らであったが、平木が征二郎のスパイであるということをトクが発見する。征五郎は征二郎に征四郎の動きを報告し、そのうえで征四郎を許してやって欲しいと懇願する。たとえ半分しか血がつながっていなくても、かけがえのない兄弟だ、戦えば征二郎が勝つに決まっているのだから、征四郎を、これまで犯した罪を、許してやって欲しい、と。
帰路、征五郎は良心の呵責に苛まれる。
「おれは悪魔か邪鬼か……兄弟愛に燃える男の姿を恥じもせず演じて見せるとは……
ええい女々しいぞ征五郎、まだこんな迷いにとらわれるのかっ! 野望を達成するためには全てを捨てると誓ったはずだ。野望のためには善も悪も兄弟愛も踏み越えると誓ったはずではないかっ!」
劇画「野望の王国」に戻る