2014-05-01
緊デジ、私的な総括
緊デジ(経済産業省コンテンツ緊急電子化事業)についての、極めて私的な総括を書こうと思う。
緊デジの目標は大きくわけて二つに集約されると思う。
・東北の雇用を促進
・電子書籍市場の活性化
「東北の雇用の促進」とは、僕流に言い換えれば、東北の会社と人たちに売上や給料というカタチでお金が流れていくことだと思う。
この、東北にお金が流れていくようにすることは、基本的には成功した、というのが僕の総括だ。
僕の概算だけれど、10数億円程度のお金が流れていったと思っている。
具体的には、東北の制作会社に制作をお願いしたこと。
東京などの会社も、東北の会社に外注を依頼したり(売上が生まれる)、東北にある事業所に制作ラインをつくったりした(人員を増やす、雇用を生む)。
緊デジ事業では制作会社から、月ごとの請求書のほかに、この事業で働いた人たちの月の労働時間合計を、人ごとに出してもらった。働いた人の勤務地が東北なのか、東京などなのかも記録して提出してもらった。
集計した労働時間比率では、全制作会社の総労働時間のうち、約70%強が東北の人たちの労働時間となっている。
アルバイトや派遣スタッフなども動員しただろうから、この労働時間比率が、支払われた金額の比率に直結してはいないだろうが、東北の会社や労働者に支払われた金額は、それらを勘案して三分の二あたりだろうと見ている。
なぜ、もっと正確にだせないかというと、それぞれの労働者の給与を書き出してもらわないとならないこと、電子書籍1タイトルの制作費単価が1万〜5万程度の仕事にこれ以上の正確さを求めると、管理費用ばかりが増大してしまうことを恐れたのだ。
緊デジの経産省からの補助金は10億円。さらに出版社が出版社負担分の50%の9億円前後を出して電子書籍を作ったのだから、総額20億円を下回る金額がこの事業で使われたことになる。三分の二程度が東北の会社や労働者に支払われたとすれば12億円程度になる、というのが「東北に10数億円程度の」という考えの理由。
補助金のほぼそのままの金額を東北の会社や労働者の売上・賃金として使われたとすれば、「東北の雇用の促進」という目的は果たされたと思う。
補助金という「税金」を10億円使ったことの意味は達成されたというのが、僕の第一の総括だ。
もう一つの目標である電子書籍市場の活性化については、タイトル数は増やすことができたが、市場そのもの=つまり売上げを増やすことまではできていない、というのが僕の第二の総括だ。
活性化のためには、まずタイトル数の増加が必要だ、というのがこの緊デジの具体的な想定だったと思う。
JPOで発表した緊デジ制作の最終確定タイトル数は、64,833タイトル。
ファイル数では、80,893ファイル=約8万ファイル。
「電子書籍情報まとめサイト」という、個人が一生懸命に調べて公開してくれているサイトがある。それによると、2012年12月の日本の電子書籍の流通タイトルは約7〜8万タイトルだった。つまり緊デジ事業で、電子書籍を倍近く増やせたことになる。
実際に、2012年12月と2014年1月の流通状況を比較すると大きくタイトル数が増加している。
楽天KOBOストアは約11万タイトルから19万タイトルに。
Kindleストアは、約8万タイトルから17万タイトルに。
紀伊國屋書店ウェブストアの電子書籍は、約7万タイトルから14万タイトル弱に。
いずれの電子書籍ストアもだいたい7〜8万タイトル程度増やしている。
出版社は、緊デジとは別に電子書籍を増やしているし、サイトによっては楽譜などをタイトル数に入れているなど、書店ごとの特別な事情もあるので、この増加が緊デジで制作したタイトルによるものばかりだとは言えないが、緊デジの果たした役割はそれなりにあったのだと思う。
電子書籍化に対する著者の反応も、以前は「ちょっと考えさせて」的なものから、「まあ業界全体で取り組んでいるんだろうから」という前向きなものになったよという声も出版社から緊デジの後期に聞いた。緊デジによって、著者の了解を得やすくなった、ということもあったようで、ムードメークな効果も果たせたと思う。
だだし、作られたタイトルがよく売れて、市場規模全体が拡大したかというと、現在のところよくわからない、としか言いようがない。判断するための調査結果がまだないのだ。
販売数は、2012年度の調査(インプレスビジネスメディア)までしかなく、2013年度の調査がたぶんこの6月あたりに発表されるだろうから、それまでは想像するしかない。
個人的には、周囲に電子書籍を読むようになった人が増えた実感はなく、たくさん売れるようになったとはあまり思えない。
市場の拡大にはタイトル数のほかに、なにかもう一つ別なインパクトが必要なのかな、と思っている。
緊デジの目標の一つである東北の雇用の促進は、10億円の補助金に近い額の売上や賃金をもたらせたと思うので一定の成果を上げた。もう一つの目標である電子書籍市場の拡大は、その条件の一つであるタイトル数は増やすことができたが、実際の市場規模への寄与はまだ不明だ。
では、東北の雇用について、実際にどのようなことがあったのかもう少し詳しく振り返って見る。
まず、制作会社選定方法だ。
制作会社を公募して申し込みをしてもらったのだが、東北以外からのものも含めて、かなり多くの申し込みがあった。
書類選考では、ドットブック・XMDFの制作経験を見ることにした。
実際にかなり多くの申請があったので、経験がある会社を優先した。ただし、東北の会社には経験を問わずに受け付けた。事業の趣旨からいって東北の制作会社が優先されるべきなのだからだ。
次は試作だ。
商品として電子書籍をつくるために一定の技術力は必要だ。東北の会社にも、それ以外の会社にも、評価軸は同じにした。
受注を希望するフォーマット(ドットブック・XMDFとフィックス・リフロー・テキスト入力してのリフロー、の組み合わせで合計6パターン)の試作をしてもらい選考させてもらった。
これまでに電子書籍制作の経験のない東北の制作会社にとって、そのノウハウを独自に獲得するのは大変だったはずだ。
サンプルファイルを配って、これに習って作ってくださいとか、制作ツールを紹介したり、実際、何社かには直接出向いてやり方を提供することなどもやった。
けれど、実際に納品されたデータを検品してみると、現場の困難がそのデータの向こうにみえるようだった。
いっぽう東京などに本社がある会社の中にも、東北に事業所や子会社があったり、東北の協力会社を持っていたり、この緊デジのために協力会社をあらたに募集してくれたりした会社がいくつもあった。
ある会社では、もともと仙台にあった子会社に作業スペースを確保して、そこにPCやスキャナを設備し、社員で足りない分を派遣社員やアルバイトを雇用した。雇用にあたっては、はじめはInDesignなどのDTPソフトを使えるといった条件で募集したが、ハードルが高すぎて集まらなくなり、デザイン専門学校を出た人でもOK、PCを触ったことがある人であればOK、とどんどん条件をゆるくした。そんなエピソードも聞いた。
また、協力会社を探すために、東北の印刷会社の名簿で片っ端から電話した会社があった。そうやって協力会社になってもらった東北の会社でも、準備に費用がかかる。
設備投資資金を銀行に借りる際に、東京の発注元の社員がこの事業の説明をしたり、協力会社に仕事を発注するからなどの説明などをしたことも聞いた。
労働者を募集するにしろ、協力会社を募集するにろ、設備の用意をしなければならない。だがもっとも大変なのは、電子書籍制作のノウハウをそうした人や会社に伝えることだ。そのために東京の本社のスタッフを長期間、現地に派遣したり、逆に東北の労働者を東京の現場研修のために呼んだりしたという。
会社の独身寮に空きがあってよかったよ、という話も聞いた。
さて、こうした東北の製作会社、東北でラインをつくった東京などの制作会社への制作費だが、「東北加算」として次のように加算することにした。
東北での制作が全作業の75%を越える場合=基本見積単価の30%増
東北での制作が全作業の50%を越える場合=基本見積単価の15%増
電子書籍を制作するのに必要な平均作業量(1人日単位) のうち、東北での作業量(1人日単位)が75%や、50%を超えるかどうかということだ。
当然、50%未満の場合は加算がない。
この加算をつくったのは、東北の会社が設備投資やノウハウの獲得に費用がかかるだろうという前提からだ。
また東京などの制作会社が、この作業を東北でおこなった場合の、東北へのスタッフの派遣や、あらたなラインをつくることのコスト増に対応するためだ。
こうしたことを通して、東京などの制作会社でも、できるだけ東北で雇用を生み出してもらおうと考えたのだ。
だから緊デジはすべてうまくいったのだ、と思っているわけではない。
制作会社からのさまざまな不満がやはり耳に入ってきた。
第一に、単年度事業で、せっかくつくった体制を次年度以降活かせない、あるいは、その保証がないという指摘だ。
たとえば仙台での説明会で「役所の仕事は毎年毎年大きな変化はなく見込めるけど、この仕事は一年ポッキリ」といった発言もあった。
確かにその通りで、設備をあたらしく導入したり、ノウハウを取得しても、緊デジ事業は一年で終わるので、翌年の仕事に結びつけづらい。
緊デジで偶然割り振られた出版社とのつながりを活かして、直接営業する以外にないのだ。実際、東北の電子書籍制作にはじめて取り組んだ会社のひとから、そうした相談もされたけれど「今回のつながりを利用して、直接出版社にはたらきかけて」というしかなかった。
ただし、東北の制作会社が、今後も出版社から仕事を受けられればすべての問題が解決するかというと、僕はそう思えない。
東京を中心に、すでに出版社の電子書籍の制作を請け負う中小の会社がある。
そうしたところから見れば、緊デジは、自分たちの仕事が税金を使って奪われるものと映ったことだろう。
紙の本のDTP・組版、印刷を請け負っている印刷会社は、当然その出版社の電子書籍制作はDTP・組版と同時に自分たちが請負いたいと考えているはずだ。むしろ、電子書籍制作ができないとやがてDTP・組版の仕事もなくなってしまうのではないか、という危機感すらあるのではないか。
実際には「オレたちの仕事をどうしてくれるんだ」という声は僕の耳には聞こえてはこなかったのだが。
第二に、出版社の申請がなかなか進まなかったため、初期には、人は雇ったものの仕事がない、という状況を生み出してしまったことだ。
夏前にすでに一部のスタッフの雇用をしていた制作会社では、日々給料という費用は出て行くけれど、制作するものがないという状況になった。この時期に不要な費用を支出せざるを得なかったという声は、東北の制作会社からも、それ以外の制作会社からも聞いた。丁寧な言葉遣いで「いつ仕事は入りますか?」と聞かれると、申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
さらにこれは、売上の入金時期が遅れるということでもある。
緊デジの売上を見越して融資を受けて設備投資をした東北の協力会社の銀行との返済打合せに、元請けの東京の制作会社が飛んで行ったりしたこともあったようだ。
第三に、やはり短期間では電子書籍制作のノウハウや技術の習得が難しかったようだ。
電子書籍は基本的にウェブサイトのHTMLというマークアップ言語なので、それほどの難しさではないと思っていたが、やはり、細かいところのノウハウは実際にやってみたり、それを出版社などに納品してチェックを受けて指摘されないとわからないことがたくさんあった。
事務局として、はじめから想定しているべきだったと反省したのが、たとえばフィックス型の底本断裁によるノドの欠落だ。
見開きに画像が配置されている書籍がある。
それを底本にして、断裁してスキャンして、フィックス型の電子書籍にした場合、ノドの部分の画像が切り落とされてしまう。
文字中心の書籍を、スキャンしてフィックス型の電子書籍にする。
紙の本の場合は完全に開くことがないので、ノドの一部が見られなくともそれほど気にならないが、電子書籍の画面はまっ平らなので、裁ち落とされた部分が気になってしまう。
だが、元の写真を保存している出版社ほとんどいなかった。
そこで、本のノド側を一気に裁断するのではなく、カッターなどで、一枚一枚「剥がして」いくようにバラしてスキャンするよう制作会社に依頼した。
また、電子書籍にするときにノド側に細い白い帯を置くことで、違和感を少なくするという対応をしたこともあった。
この件についてはわりとはじめのころに出版社からの指摘があったので、それ以降は事務局で到着した本を開き見開き画像がある場合はフセンをつけて、「カッターで剥がして」といった依頼を書くようにしたのだが、こうした小さなノウハウは、事務局でも、制作会社でもやってみて初めて気づいたことだ。
こういったことは、制作会社からみれば緊デジ全体の不備に見えたのだと思う。
絡み合ったさまざま状況のなかで、こうした問題を一気に解決する方法は残念ながら僕にはみつけられなかった。
この私的な総括をあえて書いたのは、当たり前だけど、緊デジに対する批判が増えてきたからだ。批判に対して逐条的に意見を書きたい気持ちもあった。
たとえば、「対象出版社の定義」が厳しすぎた、といった批判があった。
その中のひとつ、書協などの出版社団体の会員という条件について。
版元ドットコムもそうした出版社団体だし、その会員社であれば条件は満たす。
地方・小出版流通センターとの取引があってもオッケー。
もしどこの団体にもたまたま入っていなくても、あらためて団体の会員になってもいいわけだ。実際、電話でそうアドバイスしたこともあった。
補助金を使うわけだから、その対象範囲を明確にさだめることが必要だ。だが現に出版活動している出版社は、これらの条件をクリアしているはずだし、万一合致しない点があっても、申請時にクリアできる程度のものだ。
この間緊デジによせられる批判に対して、一つひとつ言いたいことはたくさんある。
しかし、問題は大きな課題、つまり「東北の雇用」に何をしてきて、何ができなかったのかということが語られるべきだと思った。
各論に埋没することが大きな課題を見えづらくなると思う。
まず、「東北の雇用」がどうだったのか、ということが語られるべきことなのではないだろうか。
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