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新世紀の音楽たちへ 第0回──同人音楽とその環境、即売会について新世紀の音楽たちへ 第1回──なぜ、いま同人音楽なんだろう?
なぜDTMなのか。
それは、DTMが同人音楽の様々な文化、そして多様な楽曲ジャンルを「またいで利用される」システムだからだ。同人音楽ではこうした制度・技術の発展の仕方が、他の音楽文化と大きく異なっていて面白い、ということは前回にちょっと述べたのだが、その片鱗を端的に見てもらえるテーマが「DTM」だ。
例えば、「即売会で音楽を売る」というあり方はちょっと珍しい(ウィーン・フィルハーモニーがコミケで新譜を出したりはしないだろう)。インターネットを使った作品の制作や協働だって、商業ではほとんどあり得ない。これだけとってみても同人音楽はいわゆる伝統的な音楽とは少し異なった文化を歩んでいるらしい、といっていい。
同人音楽において、こうした音楽のあり方をを約束してくれたのがDTMなのだ。
DTMの進化はめざましく、現在ではプロユース仕様のスタジオに迫りうるほどの性能があるとされている。ハード・ソフトの改良やアーティストたちの創意工夫によって、ほんの5年前にできなかったことが次々とできるようになってきているのだ。
DTMの進化は、音楽の変化を約束している。それを単純に「進化」といえるかは分からないけれど、「できること」が増えたことで新しい音色が生まれ、新しい人たちが音楽に参加することができるようになったのは間違いない。
そこで、DTMの歴史の根源として「電子音楽」を参照しながら、DTMが音楽を与えた影響についてを見ていこうただ、これが直接「同人音楽の歴史である」といいたいわけではないし、単純に、同人音楽のディスコグラフィを描くことは他の音楽文化に比べても難しいと思っている。ただ、「同人音楽」が根なし草のカルチャーなのではなくて、そこには様々な音楽的・技術的な思想が合流してもいること、そのような広がりの中に、同人音楽もまた座していることを示したい。
DTMと同人音楽の発展
さて、冒頭に書いた通り、DTMとはDeskTopMusic(デスクトップ・ミュージック)の略語だ。広い意味では「PCでの音楽制作環境」全般を指すし、狭い意味では楽曲制作ソフトウェアだけを指すこともある。もっと広くは「電子音楽」とも呼ぶが、ここでは「家庭用PCで利用可能なデジタル音楽制作環境」を指してDTMということにしよう。昨今の、音楽における自主制作シーンにおいてDTMは必須のツールとなりつつある。かつては機能も音もイマイチであったけれど、絶え間ないマシンパワーの増大、ソフトの改良、豊富な音源の発売や、デジタル録音、波形編集などその多機能性と利便性の向上は2000年台以降様々な音楽シーンを突き動かしてきた。むろん、これからも動かしていくはずだ。
同人音楽におけるDTMの役割は何度強調してもしたりないぐらいに大きい。冨井公、國田豊彦の両名による『同人音楽制作ガイドブック』(秀和システム、2008年)が、事実上丸ごと一冊DTMソフトの使い方の解説書になっている点からもわかる通り、DTMを使って音楽作品を制作することは、同人音楽のあり方に大きな影響を与えている。
DTMとは同人音楽制作における基礎的な「技術」というだけではなく、同人音楽を成立させる一つの「制度」でもあるのだ。かつては、電子的に処理しやすい「打ち込みサウンド」や「ピコピコ音」を鳴らすだけでも精一杯であったそれが、同人音楽シーンを刷新させる技術的進化を遂げた。そのターニングポイントはいくつもあるけれど、しばしば指摘される通り、もっとも大きい影響を与えたのは「生音」の取り込み、すなわち「ボーカル付き楽曲」の誕生だろう。
楽器による演奏を、聴くにたえる音質で家庭用のコンピュータに取り込むことは非常に難しかった。アンプやスピーカーを通さない楽器や声を「生音」というが、80年代の初期のDTMでは、デジタル環境で生音を収録して楽器に合わせることは極めて難しく、特殊なカセットテープやマルチトラックレコーダーが必要だった。しかし、これはトラック数によって収録できる音色が限定され、安価なものだと4トラックほどしかなかった。また、ノイズや収録環境の調整といった問題もあり、収録にはそれなりに知識や技術が必要とされた。
またPCで音の加工が可能な形──つまり、音声を「波形」のまま取り込むためには非常に大きな(現在からするとほんのわずかな)記憶容量が必要だった。だから、もちろん「音声・歌声」もデジタルで収録することはできなかった。
家庭での音声録音を「宅録」という。けれど、音声や楽器などでのノイズの少ない録音を実現するためには今でも高い技術とそれなりの機材が必要である。PCが普及する前にはカセットテープなどで収録することができたものの、デジタル環境で直接編集することは難しかったのだ。
現在では、コンデンサーマイクや波形収録ソフトなどの機材があれば、「DTM+生音」の楽曲をつくることは難しくはない。もちろん、ある程度の機材があっても、宅録では専用のスタジオでの収録には劣る(例えば、通りすがりの救急車の音とかが入ってしまう)のだが、音を波形としてPCへと取り込むことができる宅録の登場が同人音楽に与えた影響は極めて大きかった。ニコニコ動画の歌い手だって、宅録環境が整備されていなかったら登場しなかったのだ。
2000年ごろには、デジタルでの波形編集抜きに「いかにMIDIで生音に近づけるか」といったミクの「調教」にも似た挑戦もなされていたが、個人制作のシーンで、PCへの「生音」の取り込みは21世紀に入ったころから散発的に見られるようになったと記憶する。それが、歌姫と呼ばれる女性ボーカリストたちが活躍し(この歌姫についても話しはじめると長いので別の機会にご紹介したい)、2007年以降のニコニコ動画における東方ボーカルのブレイクを準備した(と考えてもいいだろう)。
しかし、DTMの登場によって「つくれる曲が増えた」というだけでは、同人音楽とDTMとの関係を十分に解き明かしたとはいえない。これらのデジタル制作環境の「思想」が、一部であれ、同人音楽に発現していることについてもう少し掘り下げて少し考えてみよう。
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