「入院患者の氏名や病名さえも分からず、院内は一時パニックに陥った」――。
東京大学病院の関係者の1人は、そう声を潜める。停電が起きたのは、昨年10月27日の日曜日。時計の針は午後2時半を指していた。
原因は、院内変電設備の定期点検中に、誤って部品の一部を破損、さらに作業手順の間違いや確認作業の怠慢が重なった人的なミスだ。
もちろん、停電時の予備電源である「無停電電源装置」が稼働したが、停電時間がその限界を超えたため、院内情報システムのサーバがダウン。一瞬で、全患者の電子カルテが閲覧できなくなり、医療事故防止のために入院患者が手首に巻く「患者認識用リストバンド」のバーコードも読み込めなくなったという。
電子カルテやリストバンドには、患者の氏名や病名の他、薬の処方や投与量の履歴、検査や治療の予定などが書き込まれている。この二つが機能不全を起こすと、白紙の状態から入院患者の治療に当たらなければならなくなる。
「週刊ダイヤモンド」の取材に、東大病院は「口頭取材は応じられない」としてメールでのみ取材に応じ、事故の事実を認めた上で、「(電子カルテの閲覧は)ウェブ系のデータ参照システムが障害発生中も利用可能だった。治療行為の遅延もなかった」と回答した。
ところが、である。別の東大病院関係者は「スタッフが電子カルテを参照できるようになったのは、深夜に入ってからだ。実際には、入院患者に点滴ができなかったり、治療行為には確実に遅れが出ていた。事実を隠ぺいしようとしているとしか思えない」と明かす。
患者に悟られぬよう雑談を装って病名を確認
入院患者には、停電時にシステム障害が発生したことを院内放送で流したが、電子カルテやリストバンドが読み込めない状態にあることは伏せられた。医療事故を回避するためには、患者に事故の全情報を伝え、治療スケジュールの情報交換が不可欠だったはずだ。
同じ関係者は「当日の担当医療スタッフは、事故の実態を患者には悟られないよう、遠回しに氏名や病名などを確認して、紙に記録するというばかげた作業に追われた」と打ち明ける。
結局、システムが正常な状態で再稼働したのは、翌28日の午前8時。外来受け付けまで残すところわずか10分という瀬戸際だった。…