お米を炊くらしい
飯ごうの試験運用場所に、蓮弥が庭を選ばなかったのには訳がある。
これはフラウが常日頃から蓮弥やシオン達に対して、口が酸っぱくなるほどに、庭では火気厳禁なの、と言い続けてきたせいである。
理由については、家事に関することなので秘密だと教えようとしないフラウであったが、かなり真面目に、そこそこ必死に訴えるので、蓮弥達の間では遵守すべき規則として認識されていた。
自分の知らない所で、爆発物でも埋まってるんじゃなかろうかと蓮弥は思ってたりするが、あながちその予想が的外れでもないと言う現実を知る者はフラウ以外いない。
それで試験運用場所を調理場としてみた蓮弥であったが、普通の調理台では飯ごうを使うのにあまり適しているとは言えない。
しかし、蓮弥の家の調理場には丁度いいものが一つ備え付けてあった。
それは一見するとただの石の筒に見える。
最初蓮弥はそれが一体何であり、何故に調理場に備え付けられているのか分からなかったのだが、色々と調べているうちに、それが元の世界で言う所のタンドールと言う壺釜であるらしいことを理解した。
フラウに尋ねてみると、こちらでは普通に肉などを吊るして焼き上げるのに使うのだと言う。
これの上に棒を渡して、そこへ飯ごうを吊るしてやれば、いい具合に炊けるのではないか、と蓮弥は考えたわけだった。
「あの……」
米を炊く前に、まずはその炊く米を調べなくてはいけない。
割れた米や粒の小さな米が混じっていると、炊きあがりにムラが生じてしまう。
全部を調べ上げるのはいくらなんでも時間がかかりすぎるので、ざっとではあるが、これをするのとしないのとでは炊きあがった米の味に微細な差が確実に発生するのだ。
「レンヤ……さん?」
米を炊くのに非常に重要なのは、水加減と水質である。
炊き上げた米のおよそ6割から7割は水分が占めている。
つまりは、炊き上げた米の味を水が左右する、と言っても過言ではない。
米を洗う時は、あまり力を入れてはいけない。
折角の米に傷が付いてしまうからだ。
さっと表面の汚れを取る感じで、何度か水を替えてやる。
飯ごうに入れて上下に振ればいいじゃないかと言う話も確かにあるのだが、蓮弥は手洗いに拘った。
それが終われば後は、米にしっかりと水分を吸収させる必要がある。
そのまま炊いてしまうと、芯が残って美味しく炊きあがらない。
「あのー? レンヤさんやーい?」
「しばらくそっとしておくの。今たぶん、すっごく重要な事をしているの」
蓮弥の家では、水関係は全て魔術によって造られた水を使っている。
原理は蓮弥にはさっぱりであったが、魔術で造られているだけに、この水には不純物がない。
元の世界で言う所のピュアウォーターと言う代物に近いと思われるのだが、これは米を炊くのには適している水であると言えた。
風味やクセがないので、米の風味を邪魔しないのだ。
米に水分を吸わせる作業が終われば、その米を飯ごうに入れて炊く作業に移る。
「私、レンヤさんにご相談があって来たのですが……」
「今、レンヤ、さんの、邪魔、すると、聞いて、もらえる、話、も、聞いて、もらえなく、なり、ます」
「うわっ!? エルフが人の言葉しゃべってる!?」
「その前にエルフがいる事に驚くべきなの」
「え? あ、そう言えば……なんでエルフ!? どうしてエルフがここにっ!?」
しっかりと水分を吸わせた米を飯ごうに入れて、さらに水を入れる。
一般的には米1に対して水1.2くらいが適量とされているが、蓮弥はどちらかと言うとやや固い米が好みだったので、少しだけ水の量を減らす。
蓋を閉めたら火にかける。
本来ならば、直接火にかけてしまうと飯ごうの外側に煤がついて取れにくくなるので、火にかける前に泥等で薄くコーティングしておくと後始末が楽なのだが、蓮弥の家では火も魔術によるものなので、煤が出ない。
だからそのまま直接火にかけて調整する。
「色々とあったの。はい、お茶なの」
「あ、すみません。……紅茶ですか、いいのを飲んでますね」
「後で緑茶を持ってくるの。マスターが炊き上げたアロスには絶対緑茶だって言うの」
「あれ? いつの間にか私、試食要員に……?」
「流れ、には、乗るべき、ですよ。下手に、断る、と、レンヤ、さん、気を、悪く、するかもです。あ、私は、クロワールと、言い、ます。よろしく」
「これは御丁寧に。リアリスと言います。ククリカの冒険者学校の教師をしております」
火加減は、元の世界では始めちょろちょろ中ぱっぱ、等と言う歌があったが、数字にするのであれば、弱火で5分、中火で5分、強火で5分、とろ火で10分、最後に蒸らし10分の計35分で炊きあがる。
この辺りは、きっちり計るべきと言う人と、様子を見ながら体感で、と言う人がいるが、蓮弥はどちらかと言うと後者側の考えだった。
こう言った物は、周囲の環境等によって大分条件が変わってくるものなのだ。
数字は目安として、後は状態を見ながら臨機応変に調整するべきだと蓮弥は考える。
「リアリス。今日はマスターにどんなご用事なの?」
「ちょっと……アズ君のことでご相談がありまして」
「アズ、さん?」
「マスターのお友達で、学校の先生で、リアリスの恋人なの」
「え!? いや、まぁその……そうですけど」
「レンヤ、さんに、恋愛相談、です、か? 適任、とは、言えない、と思う、のですが?」
「地味に酷いこと言ってるけど、フラウも同感なの」
火から下ろしたら蒸らし作業に入る。
飯ごうを逆さにして蒸らせ、と教える人がいるが、実際は逆さにすると水蒸気の逃げ場がなくなるので、水っぽいご飯が炊きあがるので、引っくり返すのはお薦めしない。
火の傍にそのままにしておいておくのが正しい蒸らし方なのだ。
飯ごうを引っくり返すと言う作業は、本来は飯ごうが熱い内に底にこびりついた煤などを草や木の葉で落とす作業をする為であり、それがいつの間にか蒸らし作業とくっついてしまった、と言うのが蓮弥の頭の中にある知識だ。
つまり、煤の出ない魔術の火を使っている蓮弥には必要の無い作業であり、ただ単に炊いた米の味が落ちるだけの無駄な作業であると言える。
「ちなみにだが、失敗が怖い奴は最初から強火でがんがん炊いて、吹き零れたら弱火にして15分程待てばそれなりの出来で炊き上がる」
「誰に説明してるの、マスター?」
「さて、誰だろうな?」
蒸らしが終わったら蓋を開けて、ふっくらと米を起こすように混ぜ合わせておく。
これで余分な水分が飛び、美味しいご飯が炊き上がると言う寸法なのだ。
「今回は試験的だから、取り合えずある程度はこのまま食べてみるか」
フラウが用意した四つの小さな器に、炊きあがった米をよそう。
箸は無いのでスプーンですくって食べるように指示してから、蓮弥は自分でも一口食べてみる。
食べてみた感想は、口当たりはまずまず、甘みがやや弱く、香りも薄い。
それでも十分、米のご飯と呼んで差し支えない品質と出来栄えで、思わず蓮弥の口元が緩んだ。
「ほっかほかなの」
「見たことの無い調理方法ですが、美味しいものですね、これ」
「柔らかくて、芯が、無いのが、良い、ですね。レンヤ、さん、お上手なの、ですね」
三者三様の感想を聞きながら、一度手を水で濡らしてから、まだ残っている米を掬い取ると、やや熱いのを我慢しつつ握る。
本来、おにぎりは空気を含んでふんわりと握るのが正しいのだが、蓮弥は少しだけ力を入れてしっかりとしたおにぎりを握った。
ここで、タンドリーの上へ鉄網を敷き、握ったばかりのおにぎりを乗せて、エルフからもらった醤油を刷毛で塗りながらじっくりと焼いてゆく蓮弥。
調理場に、醤油のこげる香ばしい匂いが立ち込め始めると、流石に三人の視線も蓮弥の手元へと集まる。
「レンヤさん、試食要員としては誠に厚かましいお話なのですが、それ人数分ありますか?」
「当然四つ握るから心配するな。今回は試作だが、好評なら次は多く作る。と言っても飯ごうで炊くのは限界があるから、ちゃんとした釜を用意する必要があるかもな。作る時には連絡するから、アズと一緒に食いに来い」
「え、あ……はい」
ほんのわずかにではあったが、リアリスの顔に影が落ちた。
それをおにぎりの上へ醤油を塗り、焦げ過ぎないように引っくり返したりしながら、蓮弥が尋ねる。
「俺に用って言ったな? アズ絡みだって聞こえたが、どんな話だ?」
「はい。……こんなお話を持ち込むのは、失礼だとも思ったのですが……」
話しづらそうなリアリスであったが、蓮弥はぱたぱたと空いている方の手を振った。
「気にするな。全く話にならないような話でも、まずは聞くだけ聞くから」
アズが蓮弥との関係を良好なものであるようにしたいと思うのと同様に、蓮弥自身もアズとの関係は良好のままでいたいと考えていた。
そのアズの想い人が、話がある、と訪ねて来たのだ。
どんな馬鹿な話だろうと、耳を貸すくらいはしなくてはと思う蓮弥である。
「レンヤさんは、アズ君のフルネームを御存知ですか?」
なんだっけ? と一瞬迷う。
大分前に一度聞いた覚えがある蓮弥だったが、すぐには思い出せない。
しばらく、醤油と米が焼ける音を聞きながら考えていた蓮弥はどうにかこうにか記憶の奥底から、引っ張り出してきた名前を口にする。
「アズ=ハウンドだっけ? 苗字持ちだったよな?」
「はい。そのハウンドと言う家名なのですが、これはトライデン公国の伯爵家の家名なんです」
トライデン公国は、公国であるが故に王が存在しない。
代わりに大公と言う存在が国を治めているが、この下に貴族の階級としては、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続き、下級貴族として騎士爵、準騎士爵と続く。
つまり、トライデン公国にはハウンド伯爵家と言うものがあり、アズはそこの出身だ、と言うことになる。
上から数えた方が早い階級なので、身分としては高い方の家柄と言えるだろう。
「あいつ、良いトコの坊ちゃんだったのか」
「一応、次男だそうでして。家を継ぐ必要は無いそうなんですけど」
微妙なトコだな、と蓮弥は思う。
長男であれば嫡子として家を継ぐことを義務とされるが、次男は長男の補佐に回るか、他の家の娘と結婚してつながりを深める役目を負わされる。
アズのように、冒険者として気ままな生活を送れると言うのは、立場上稀なケースのはずだった。
「半分、家出状態だそうです」
蓮弥の表情から、何を読み取ったのか、リアリスが追加で説明する。
「顔に出てたか。それで、それがどういう話と結びつくんだ?」
「実は、最近。アズ君から正式に交際を申し込まれたのですが……」
どんな顔して告白したのやら、見物だったろうになぁと本人が聞いたら真っ赤になって怒りそうなことを蓮弥は考える。
事前に察知していれば、万難を排して覗きに行ったのに、と少し悔しい気持ちもあったが。
「それは、おめでとう。いい話じゃないか?」
蓮弥の祝福の言葉に、リアリスの表情は晴れない。
「どうも……ですが、私は苗字の無い、ただのリアリスです……家は平民の出ですし」
「ふむ?」
「アズ君は気にしないって言ってくれてるんです。家出同然で出てきた家なのだから、今更何を言われようが気にしないって。ですが、平民の私がアズ君と交際することに関して……アズ君の実家の方からいろいろと横槍が入っているみたいなんです」
「それはつまりあれか? アズと君が付き合うのに邪魔なアズの実家を、こっそりと排除しろと? 難しい事じゃないが、後始末が大変そうだな。何らかの事故に見せかけて、一箇所に集めてどっかーんとやるのが手っ取り早いか……?」
「え、レンヤさん、どうして伯爵家を潰す方向で考えが進んでるんですか……?」
違うのか? と蓮弥が首を傾げてみせれば、慌てたリアリスが首を千切れ飛ぶような勢いで左右に振った。
「じゃあ俺に話しってどんな話なんだ? 自慢じゃないが実力行使以外では、あまり頼りにならないぞ、俺」
おにぎりを引っくり返してまた醤油を塗る。
あまり塗りすぎると醤油の味が強くなりすぎるが、そこそこしっかりと塗った方が蓮弥は好みだった。
醤油との相性がよければ、次はみそ焼きおにぎりに挑戦せねば、とも思っている。
「アズ君の御実家に何を言われても、大丈夫なくらいの実績が欲しいんです」
「学校の先生を続けていては、それは無理だ、と?」
「何年かかるか……その間、ずっとアズ君に返事を保留し続けるのも悪い気がしますし」
あ、返事してないんだ、と蓮弥はアズの心情を慮り、少しばかり哀れに思う。
かなり勇気を出して告白しただろうに、返事を先延ばしにされたのでは、きちんとした返事をもらうまで、アズは生きた心地がしないだろう。
是にせよ否にせよ、はっきりとした返事を貰えなくては、日常生活に支障が出るレベルで問題が発生することもある。
雰囲気と話の流れ的に、実家の横槍さえなければ是と答えることは予想に難くなかったが。
「そこで、レンヤさんにご相談にあがった、と言う訳なんです」
なるほど確かに、普通に相談されたら自分には関係のない話だしとすぐに断っていただろう話ではあった。
しかしながら、相手はアズであり、その想い人である。
早い話がギルドで何か大きめの依頼をこなして、リアリスに実績と名声を与えてやれば、アズの実家が横槍を入れてこようが、それを無視できるようになるだろう、と言うくらいの話だ。
「リアリスの冒険者登録ってまだ有効なのか?」
「はい、学校の先生になっても、登録自体は有効のままです」
さてどうしたものか、と思いつつ、蓮弥は焼きあがった醤油おにぎりを網の上から取り上げると、リアリスへ一つ放り投げる。
思わず、と言った感じで、まともにリアリスは受け取ってしまう。
「あ……って、熱っ!? 熱ーーっ!? 熱いですよ、レンヤさん!?」
「皿に置いて、冷まして食べろ」
「レンヤ、さん。良い、におい、です。私にも、ください」
「マスター、フラウにも!」
欠食児童かお前らはと言う勢いで、お皿を突き出すクロワールとフラウ。
その皿の上に焼きたてのおにぎりを乗せてやりながら、まずはシオン達が帰ってきたら相談してみるか、と思う蓮弥であった。
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