何か用事があるらしい
技能って恐ろしい、と蓮弥はしみじみ思っていた。
その手には今しがた蓮弥が作り上げた品物が、作業場の炉の炎の照り返しを受けて明るく輝いている。
そもそも、自分はなんでこんなものを作り上げてしまったのだろう、とも思う。
随分とお久しぶりすぎて、存在自体を忘れつつある鑑定技能を立ち上げてみれば、蓮弥の視界の端にメッセージが流れた。
<報告:鑑定技能 ミスリル製飯ごう 6等級>
恐ろしく高価で、恐ろしく頑丈で、それでいて恐ろしく無駄な代物である。
性能については使ってみないことには分からない。
まさかエルフ達も自分達が秘蔵している金属が、飯ごうの材料に使われるとは夢にも思っていないだろうし、そんな酔狂な真似をするエルフもいないはずだった。
と言うか、そもそも飯ごう自体がこの世界に存在していない。
事の始まりは、蓮弥達がエルフの国から帰還してから始まる。
街に戻ってきてからと言うもの、シオンとローナはちょくちょく外出をして不在でいる事が多く、エルフの国からついてきたクロワールは、エルフ語も人族の共通語も話せるフラウに師事して、必死に共通語を覚えようとしていた。
クロワールへの教育については、フラウに一任された。
シオンはエルフ語を話せないし、ローナはエルフと関わることをあまり良しとはしなかったからだ。
蓮弥に至っては、この件に関しては全くの無力である。
なにせエルフ語も共通語も流暢に話せるし書けるのだが、使っている本人が何故使えるのかがさっぱり分かっていないのだ。
蓮弥自身は文字も会話も日本語を使っているつもりなのである。
それが書いたり話したりする時にはこちらの世界の言語に変換されているようなのだが、蓮弥からしてみれば自分が話す言葉も、書いている文字も全て日本語のつもりなのである。
これでは教えようが無い。
生まれてそれほど時間の経っていない妖精であるフラウが、70歳のクロワールに物を教えると言うことをクロワールが嫌がるかと蓮弥は思ったりもしたのだが、とても素直にクロワールは生徒役を受け入れ、フラウの事を先生と呼ぶようになっている。
そのあまりの素直さに、本当にエルフと言うのは気位が高くて高慢なのかとローナに問いただしてみた蓮弥であるが、答えはそういうエルフもいたんです、と言う酷く曖昧なものだった。
そんな十数日間、蓮弥はそこそこ暇を持て余していた。
家を買った時の借金は、フラウの魔石販売が軌道に乗り、あっさりと返却が終了した。
だらだらと借金返済を延ばされることを覚悟していた不動産屋は、予想外に早い返却にホクホク顔だったと言う。
さらに、相場が崩壊しないように気をつけながら流していた魔石を、屋敷の店舗スペースを使用してちまちまと売りに出しているものだから非常に安定した資金供給源が確保されている。
こうなってくると、無理にギルドに顔を出して依頼をこなす必要が無くなってくる。
それでも全く顔を出さないと、仕事をしないものと判断されて登録が消されることもあるとローナから言われているので、たまには顔を出しにいく必要はあるのだが、それでも頻度は下がる。
つまり、する事が無くなった蓮弥は、なんとなく店舗で店番をしたり、近場ですぐ終わりそうなギルドからの依頼を一人でこなしたりしながら、日々を送っていたのだが、そんな蓮弥の元に、ある日エルフの国からの荷物が届いた。
数人のエルフが荷車を引いて持ち込んだそれは、クロワールの身の回りの物から家具に始まり、エルフの皇帝が蓮弥に約束した金属、貴金属の数々から宝石や現金、さらに大量の味噌と醤油に、人族の市場ではお目にかかれない野菜の数々と木の箱に収められたこれも大量の米。
ついでに数冊の本とクロワールの人族の大陸における身分を保証する書類とカード。
消耗品については無くなり次第連絡をもらえれば、追加で補充をするが、いつまでも無料と言うわけにはいかないので、そのうちある程度の金額を請求することになるだろうと言うことを言い残してエルフ達は立ち去っていった。
人族の大陸ではほとんど出会うことのないエルフの大量訪問に、周囲がかなり騒がしいことになったのは仕方が無いことと目を瞑ることにして、一人暇な蓮弥は早速荷物の品改めを開始した。
味噌や醤油は長期保存が可能な代物なのでまとめて倉庫に放り込む。
野菜等についてはそのうち、炒めたり煮込んだりして食べようとキッチンの保存庫に保管することとして問題は米であった。
アロスと呼ばれている、どこからどうみても米なこの作物。
早速調理して味見、と思った蓮弥であったが一つ問題が発生した。
調理場に米を炊く為の調理器具が無かったのである。
家事を一手に担当しているフラウに蓮弥が尋ねてみると、この世界において米と言うものは、元の世界でのパエリアのように底の浅い鍋にスープや具材と一緒に入れて煮るのが一般的な調理方法であり、ふっくら炊き上げるようなことはしないのだと言う。
そういわれてしまうと、この世界の米はジャポニカ米ではなくインディカ米なのか、とも思ったのだが、箱の中に入っていた米は、蓮弥が見る限りはジャポニカ米に見える。
これはもう、食べてみる以外あるまい、と蓮弥は調理器具の作成を決めた。
最初は釜を作ることを考えたのだが、どうにも試験的に食べてみる為の調理器具としては大きすぎるような気がする。
そこで蓮弥は飯ごうを作ることとした。
飯ごうの材料は当初鉄を予定していたのだが、なんとなく鉄の匂いが移りそうな気がした蓮弥は別な素材を考える。
腐食に強く、匂い移りもない金を使うことを真っ先に考えたが、報酬でもらった物の中に金そのものは無く、金貨を鋳潰すのは犯罪の匂いがするのですぐに却下。
そうなると今度は適当な素材がない。
こちらの世界にアルミニウムなんてあるわけがないよな、等と考えていた蓮弥の目に留まったのは、報酬の中に入っていたミスリルのインゴットだった。
軽くて丈夫でしかも耐食性がある、と言うのが蓮弥の聞いたミスリルの特性だ。
それはそのままアルミ合金に通じるものがあるのではないか、と思ってしまったのだ。
思い立ってしまえば行動に移るのは早い。
すぐに作業場の炉に火を入れて、ミスリルのインゴットを鋳潰すと、あっと言う間に作り上げてしまったのが冒頭に出てきた代物と言うわけだ。
「クロワールに見られたら、ものすっごい怒られる気がする」
作ってしまったものは仕方がない。
そう自分に言い聞かせてみても、バレた時の事を考えると冷や汗が止まらない蓮弥だ。
これはもう、こっそりと使うだけ使ったらインベントリにしまいこんで知らん振りを決め込む以外ないか、と蓮弥が思い始めた辺りで、作業場の入口に人の気配を感じる。
作ってしまったもののくだらなさに気を取られてすぎていて、蓮弥はその気配に気づくのが遅れた。
慌ててその入り口へと目をやれば、入り口の扉を少しだけ開けて、碧色の瞳が中をうかがっているのが見えた。
「クロワールか。何をこそこそと?」
「レンヤ、さん。お仕事、いそがしそう、でした、ので」
少し決まり悪そうに扉を開けて中へ入ってきたクロワールの答えは非常にぎこちない。
つっかえつっかえ、考えながらしゃべっているその理由は、蓮弥が共通語を使えと言ったせいだ。
フラウから必至になって学ぶクロワールであったが、ぎりぎりなんとか会話になるくらいのレベルでしか共通語を使いこなせずにいる。
学び始めた期間を考えれば、驚異的な速度とは言えたが。
「何を、作って、おられるの、ですか?」
「あーー……いやな。エルフの国からもらった穀物を調理する器材を作ってたんだが……」
隠せば妙な勘繰りをされかねないと思った蓮弥は正直に話すことにする。
「これなんだけどな。あのアロスとか言う穀物を調理する道具なんだ」
「レンヤ、さん。これは、もしかして?」
「たぶん、そのもしかしてだな。ミスリルを使った」
さてどんな反応が返ってくるやらと内心ひやひやしつつ言った蓮弥だったが、クロワールの反応は予想外に冷静なものであった。
おそらくは初めてみるのであろう飯ごうを手に取り、ひっくり返してみたりしてあちこち調べてから。
「調理、道具、ですか?」
「そう。これに水で洗ったアロスと、同量くらいの水を入れて蓋をしめて火にかけて、炊き上げるんだ」
「早速、使って、みる、のでしょうか?」
「そうだな。取り敢えずは使ってみないことには……って怒ったりしないんだな?」
不思議そうに言う蓮弥の顔を、それに輪をかけて不思議そうにクロワールが見る。
「何に、対して、怒る、のですか?」
「いやほら、ミスリルってエルフが秘蔵してる貴重な金属なんだろう? 本来はもっと別な用途に使うのが正しい使い道なんじゃないのか?」
「………」
何か言おうとして、なんと言ったらいいか分からず、頭の中で整理しようにも共通語の文章として出てこないのか、もどかしげにするクロワール。
しばらく蓮弥は待ってみたが、言葉になる気配がない。
「エルフ語でいい」
「あ、はい。レンヤさん、ミスリルの正しい使い道とは一体何なのでしょうか?」
逆に尋ねられた蓮弥は少し考えてから答えを返す。
「そりゃ、やっぱり定番の武器とか鎧の材料に使うのが筋なんじゃないか?」
「エルフがミスリルを秘匿した理由はそれです。まぁ産地の大部分がエルフの大陸にあったからこそ出来たことではあるんですが」
蓮弥が作った飯ごうを、しげしげと眺めながらクロワールは言った。
「確かに、ミスリルを材料とした武具は、一般的な金属を用いた物よりも高い性能を誇ります。ですが、ミスリルは元々、軽くて丈夫で長持ちする美しい金属です。それを武具にしか使わないと言うことは正しい事だとは思えません」
一通り調べ終わった飯ごうを蓮弥に返しながらクロワールは続けた。
「調理器具、良いじゃないですか。もし世界の人々がミスリルをそんな用途に使ってくださるのであれば、エルフはミスリルを秘匿なんてしなかったと思いますよ?」
返してもらった飯ごうを手にしながら、蓮弥は複雑そうな表情で頷く。
「まぁなんとなく理解はできるが……なんだかもらったミスリル、武器にしづらい話だなそれ」
「遠慮しなくても良いと思いますよ? レンヤさんに譲られた分は、どう使ってもいいとエルフの皇帝である父様が認めた上で譲られてるわけですし、ミスリル製の武器が優れているのも事実ですし」
「そっか、なら気にせず使うか」
「試しに、使う、ならば、ご相伴、させてください」
言いたいことを言い切ったのか、クロワールはまた共通語に言葉を戻したらしい。
エルフ語だろうが共通語だろうが同じように聞こえる蓮弥に取っては、単に聞き取りづらくなるだけなので、良いことは何一つ無かったのだが、人族の大陸なのだから人族の言葉を使え、と言ってしまった以上はいまさら覆しようもない。
いずれ、クロワールならば共通語を使いこなせるようになるだろうと考えて、しばらくは我慢しようと蓮弥は思った。
「そうだな。俺の調理方法で調理したものが、どんな具合か見てもらいたいしな」
「マスター」
クロワールをつれて、さて調理場へ行こうとした蓮弥を何時の間にやら作業場の入り口に立っていたフラウが引き止める。
「どうもお客様みたいなの」
「誰だ?」
「たぶん、リアリス先生だと思うの」
名前を聞いても、一瞬誰のことか分からずに蓮弥は記憶を手繰り、しばらくしてから冒険者学校の先生でアズの同僚だった女性の顔を思い出した。
教え子に模擬戦闘で負け、学級崩壊を起こしていた彼女のクラスをなんとかするべくアズから依頼を受けたのはそこそこ前の話であったが、蓮弥はそのリアリスから訪問を受けるような覚えが無い。
一体、何の用であろうかと言う疑問があるが、本人からそれを聞く以外に疑問の解消方法がないことはすぐに分かったので、蓮弥はフラウに言う。
「調理場で米炊きの実験をするから、食堂にでも通してくれ」
「分かったの」
一つこっくり頷いて、フラウは正門に出迎えに行く。
それを見送ってから蓮弥はクロワールをつれて調理場を目指した。
「お客様、ですが、良い、のですか?」
「アポイント無しの訪問なんだから、別にいいんじゃないかな。俺の友人の関係者だから、そんなうるさいことも言わないと思うし」
何かあったらアズにとりなしてもらうし、と言う言葉は飲み込んで、蓮弥は取り合えず調理場の扉を潜るのであった。
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全然関係ないお話なのですが。
どなたか、うちの鎮守府に矢矧さんを呼んでは頂けないでしょうか……?
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