物量には物量らしい
いつもは静寂を保つ夜の森が、今夜は異常にざわめいていた。
総勢700人のエルフが陣取るその場所は、暗い森の中でそこだけがかがり火に照らされて明々と明るくなっており、まるで大海の中の小さな孤島のような様子であった。
エルフは夜でも目が見える、と信じている人族は多いが、実際は少し異なる。
エルフの目は、温度の高低を色として見ることができるだけで、決して夜の闇を見通すような視力を持ち合わせているわけではない。
それゆえに、どうしても夜間の戦闘、しかも大規模になればなるほど灯りは必要であった。
完全な暗闇の中では、魔物の大軍は真っ赤な塊にしか見えない。
木々の間を渡る風は腐臭と鉄錆の匂いを含み、時折木立のへし折られる音が混じる。
エルフは総じて耳が良い。
長い耳は別段伊達についているわけではないのだ。
それは森の中で生活するにあたり、遠くの物音を聞くことで危険を察知したり、周囲の変化を悟ったりするのに非常に便利ではあったのだが、今だけは、エルフ達は自分達の耳の良さを呪っていた。
エルフの守備隊が防衛線を引く場所から、およそ数km離れた場所まで、魔物の大軍が迫っていたのだが、それらが立てる足音や唸り声、剣や鎧のがちゃつく音が嫌と言うほど聞き取れるからだ。
そして傍らに立つ仲間のエルフの息遣いが耳にうるさいほど聞こえる。
きっと自分達は今夜ここで死ぬのだ、と言う思いがエルフ達を支配していた。
逃げ場も救援もなく、およそ想像できる範囲の内で可能な限り惨たらしく殺されるのだろうと。
それでもここで一兵でも多くしとめ、一秒でも長く足止めすることが背後で避難している住民達を助ける結果になると信じ、逃げようとしたり、取り乱したりするものはいない。
人族の軍であれば、こうはいかなかったことだろう。
若いエルフとは言え、数十年以上の月日を経てきているので、そう言った部分については人族よりもずっと落ち着いている。
覚悟を決め、おのおの武器を握り締め、敵が来るのを今か今かと待ち構えているエルフ達の耳に、背後から駆けてくる足音が聞こえたのはそんな時であった。
援軍が来る予定はない。
街の方向から人が来るはずもなかったのだが、その足音は間違いなくエルフ達の背後から聞こえる。
一体誰がと何人かが背後を振り返った。
「冒険者のレンヤ=クヌギだ! 指揮官のスクルドに話がある! 取りついでくれ!」
暗闇の中から姿を現したのは、何故かメイド姿の幼女を肩車した蓮弥であった。
一体誰だとエルフ達がざわめく中、蓮弥は少しイラついた声で再度叫ぶ。
「時間がないのだろう? 早く取りついでくれ!」
「私がスクルドだが、お前は……?」
立ち並ぶエルフ達の間から進み出てきたのは、ショートカットで金髪碧眼の、他のエルフ達と比べるとやや長身の女性であった。
装備はクロワールが着ていたのと同じものを身につけているが、腰からは短い杖、おそらくはワンドと呼ばれる類のものを吊るしている。
「こちらには物見遊山で来ていた冒険者のレンヤだ。話がある。聞いてくれ」
「レンヤさん!?」
驚きの声を上げつつ駆け寄ってきたのはクロワールだった。
街で見た時には武器は携えていなかったが、今は腰からレイピアを左右に一本ずつ吊るしている。
「よぉクロワール、さっきぶり」
「よぉ、じゃないですよ! なんでこっちに来てるんですか!?」
「うるさい、黙れ。大人しくお前は俺に確保されろ」
詰め寄ってきたクロワールの頭を右手で、アイアンクローの要領で掴みとめて、キリキリと締め上げ始めた蓮弥。
こめかみに走る激痛に、慌てて蓮弥の手を引き剥がしにかかるクロワールではあったが、腕力の差でまるで動かすことができずに悲鳴を上げる。
「い、痛っ!? めちゃくちゃ痛いですよ、レンヤさんっ!? 割れそうです!?」
「いいから大人しくしてろ。なんならそのまま気絶しろ。運ぶ手間が少なくて済む」
「お前、兵士の誰かからその子の事を聞いたな?」
言葉に少し嘲りの色を込めて、スクルドが蓮弥に言い放つ。
「確かにその子だけでも回収できれば、皇帝陛下に恩が売れるだろうな。用件はそれだけか?」
報酬欲しさに、クロワールだけを回収しにきた欲深い人族、とでも見られたのだろうかと蓮弥は苦笑する。
確かにそれは楽な話だが、そんなことをするくらいならまとめて見捨てるんだがな、とは口に出しては言えない。
「阿呆め。人の話をよく聞け。俺はただ蹂躙される以外ない話を、ちょっとはまともな戦にする為に来たんだ。この子の話はもののついでだ」
「馬鹿な。こんな所で死に戦に臨む我々が言うのもなんだが。これだけの圧倒的な物量差を覆す方法などあるわけがないだろう」
頭から蓮弥の言葉を否定するスクルド。
蓮弥はそれを鼻で笑う。
「馬鹿はお前だ。方法がなければこんな所にわざわざ来るか。どうする? 話を聞くか?」
「聞こう。教えてくれ」
方法など無いと言ったスクルドに、あると言い返した蓮弥。
その言葉を聞いたスクルドはすぐに蓮弥の話を聞く気になったらしい。
実利優先と言っていた兵士の話は嘘ではないようだった。
「敵が物量で来るならば、こちらも物量で対抗する。これしかない」
当然といえば当然な蓮弥の提案ではあったが、スクルドはすぐさまそれを否定した。
「ありえない。向こうはこちらの30倍はいるのだぞ? それを覆す物量をどこから持ってくると言うのだ? 人族の大陸から援軍でも飛んでくるのか?」
「来るか馬鹿。現実を見ろ」
反論してくるスクルドを、一言で斬って捨てる。
むっとした表情になるスクルドではあるが、蓮弥にそれに構っている暇は無い。
目の前に敵が迫ってきている状況で、とにかく早く行動する必要があるからだ。
「いいか、よく聞け。ここにいるエルフ達を防御の魔術が得意な奴、それとエルフ固有の魔術に秀でた奴に分けろ。固有魔術優先だ」
「……それで?」
「街に多少の被害が出るのは目を瞑れ。防衛線を街寄りに少し下げながら、戦場になりそうなエリア一面に移動を阻害する魔術と、罠が張れるならそれを張りまくれ。森に働きかける魔術と言うならば、なんかあるだろ。草で足止めするとか、地面を泥に変えるとか」
「あるにはあるが……無理だ。一体どれだけの範囲にどれだけの魔力が必要になると……」
「無理な提案なら最初からしない。魔力は俺が肩代わりしてやる」
蓮弥に肩車していたフラウが、エプロンドレスのポケットへ両手を入れ、中身を掴み出す。
その両手に握られているのは、親指の爪ほどの大きさの魔石だった。
フラウの小さな手では、両手を使っても合わせて十個程掴むのが限界のようだったが、それでも魔力の総量としてはそこそこの量になるはずであった。
しかし、スクルドは首を振る。
「これではまるで足りない」
「誰もこれだけとは言ってない」
フラウがエプロンドレスの袖のボタンを外す。
大きく開かれた袖口を、フラウが地面へ向けると、そこからフラウが掴み出したのと同じくらいの大きさの魔石が何かの冗談のような量、転がり落ちる。
じゃらじゃらと音をたてつつ、小さいながら山を作り始めた魔石の量に、さすがにスクルドの表情が固まり、目が点になった。
「驚いている場合か、阿呆め。少しずつ下がりながらこいつをつかってなるべく敵軍を足止めするエリアを作れ。足りなければ補充する。これ以上下がれない所で防御の魔術と固有魔術でもって防御の陣地を作れ」
阿呆と言われて我に返ったスクルドが、部下にすぐさま指示を飛ばし始める。
その頃には地面に腰の辺りまで来る様な山を成している魔石がすぐさま回収されて、兵士達に分配され、ゆっくりとだが兵士達が下がりだす。
魔物達から見れば、恐れをなして後ずさりしているかのように見えたかもしれない。
エルフ達が引いた後、かなり広範囲の地面に、細く長い草がざわざわと生い茂り始めていた。
その隙間を縫うように、背の低い、トゲの有る木と、長いツルが伸び始める。
「森の結界だ。エルフ以外はあれに足を取られる。お前も例外ではないから気をつけろよ」
スクルドが蓮弥の腕を引く。
アイアンクローからクロワールを解放した蓮弥は、腕を引かれるままにエルフ達と一緒にゆっくりと街の方向へ後退する。
その隣をクロワールが走る。
「こんな大規模な魔術の行使。聞いたことがありませんよ」
自分の背後で次々に伸び始める草木を、肩越しに見ながらクロワールが言った。
「私とて、もう250年程生きているが、見たことも聞いたこともないわ」
蓮弥の腕を引きながらスクルドが言うが、それだけの大規模な魔術の発動を提案した蓮弥はしれっと言い放った。
「それならいい経験だな。俺に感謝しろよ?」
「助かったらな。それより、結界を敷いて防御の陣地を作っても、敵の数が減らなければいずれ押し切られるぞ」
スクルドは歩兵300のうち200を結界の維持に専念させ、残りの100で陣地の形成と維持を行うつもりでいた。
弓兵の200と生徒200は攻撃に回すつもりであったが、生徒200の方はあまり成果が期待できない。
そして200の弓兵で、2万の魔物が結界を突破してくるのを防げるとは考えていなかった。
「被害をゼロにするのは無理だ。それは分かってくれ」
いまだにフラウを肩車している蓮弥がそう言えば、スクルドは即座に頷いた。
元々が全滅を前提として布陣していた兵達である。
一部でも生還できる目を示してもらった上で、恨み言を言えるような立場にはない。
「魔物が2万いようが、交戦距離にさえ入らなければ被害は出ない。要は結界と陣地で可能な限り相手の手がこちらに届くのを遅らせようと言うのが今やってることだ」
「そうだな」
「その上で、可能な限り陣地に篭って敵の攻撃を防ぎ続ける」
「それもわかる。だが守っていてばかりではいずれ負ける」
「そりゃそうだな。……フラウ、魔力の残量は?」
蓮弥が見上げながら尋ねる。
フラウは腕組みをして少し考えてから口を開いた。
「さっきの山で半分消費したの。今またマスターから供給された分で残り六割くらいだと思うの」
「今回、使い切っても構わないから、陣地形成の時にさらに5割出してやってくれ」
蓮弥の言葉に頷くフラウ。
それを耳にしたスクルドの表情が、呆れに変わる。
先程の山を作った魔石の量は、全員に10個前後ずつ配布できるだけの数があった。
どうしても結界を形成する兵士の方が多く魔力を使うので、配布数に偏りはあったが。
それと同じだけの数の魔石をもう一度出せると言うのだ。
どうしたところで、驚きよりも呆れの方が強くなってしまう。
「最後の残り1割と、俺自身の魔力で、俺が火力を担当する」
「それこそ馬鹿な! 一人で何ができるというんだ!?」
「無詠唱による<魔弾>の連続使用。並列術式も併用でかなりの火力を期待できると思うんだが」
「そ……それでも一人の術者が撃てる数など……」
「一度の起動で200までは行けるんだが、足りないかな?」
あまり限界まで試したことはなかったが、一応そこまで可能なのは蓮弥は確認済みだった。
スクルドは、パクパクと口を開けたり閉めたりするだけで、もう声にならない。
蓮弥の隣を走っていたクロワールに関しては、既に話についていけなくなったらしく、諦めて聞き流す体勢に入っている。
「それでも2万を殲滅するのはおそらく無理だ。最後はある程度の乱戦、斬り合いになると思う。そこは覚悟してくれ」
<魔弾>の連射だけで死んでくれる魔物ばかりではないだろうしな、と胸の内で呟く蓮弥。
「……理解できないが、分かった」
何故、どうしてと言う疑問を挙げたらキリがないことはスクルド自身にも良く分かっているらしい。
そして、それを今蓮弥に問いただした所で意味がないことも。
「レンヤさんって、すごいんですね……本当に、ありがとうございます」
色々と諦めたような表情で、それでも言わねばなるまいとお礼の言葉を口にするクロワール。
何を当たり前のことをと、蓮弥の頭の上で胸を張るフラウ。
「マスターは凄いの。もっと褒めてもいいの」
「あ、クロワールは主に俺の報酬の為に、無理にでも生き残ってもらうからそのつもりでいろな?」
「色々台無しです、レンヤさん……」
がっくりと肩を落としながらも、クロワールは何故だか本当に生き残れる気がし始めているのだった。
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