エルフの森での戦いらしい
魔物達は酷く不満であった。
一つ前に襲った砦は、ほとんど抵抗らしい抵抗を示すことなく陥落し、しかも中に入っていたエルフの数は軍の魔物の数に比べてとても少なかった。
しかもほとんどが男性のエルフだったのが、不満に拍車をかけている。
戦闘で死んだエルフはすぐにその場に居合わせた魔物の腹に収まった。
彼らはまだ幸せな方だったと言える。
生きたまま捕まった兵士達は、装備を剥がれ、まるで生ハムか何かのように薄くそぎとられ、魔物達に小突き回され、最後には死を請い願うまでいたぶられてから殺された。
彼らはまだマシな死に方であったと言える。
最も悲惨な死に方をしたのは、やはり砦につとめていた20人前後の女性のエルフだった。
逃げられないように四肢を砕かれるか、断たれるかした後、自害防止に顎を砕かれ、魔物達の間を徹底的にたらいまわしにされたのだ。
最終的にはオークすら興味を示さないようなゴミ同然の様相を呈するようになった彼女達は、それこそゴミ同然に捨てられ、ゴブリン達の手で微塵に砕かれて食い尽くされた。
二百数十人のエルフを徹底的に蹂躙し尽くして尚、魔物達は不満だった。
人数が少なく、時間も無かったせいで、たらいまわしにされたエルフにありつけない魔物は多数いた。
さらに、元々細身で小柄なエルフ達は2万の魔物の胃袋を満たすには圧倒的に量が少なかった。
先陣を任されているゴブリン達は、猛り狂っている。
下手にエルフを捕まえてしまえば、どうしてもオークやオーガ達に横取りされてしまうが、殺してその場で食ってしまえば、横取りされることもなく、上手くいけば腹一杯食うこともできるだろう。
その為には他の魔物よりも先にエルフ達と戦う必要がある。
できるならば全力で走り出したいゴブリン達であったのだが、上からの命令はゆっくりと進軍せよ、と言うものだったので、駆け出すことも出来ない。
エルフ達にたっぷりと恐怖を味合わせた方が、食った時に味がいいのは事実であったが、味よりも腹を満たしたいゴブリン達にとっては非常に不満な命令である。
だからこそお互いに押し合いへし合い、牽制しつつゴブリン達は突撃の命令を心待ちにしながら進軍していた。
そのゴブリン達はふと、足元の感触が変わってきていることに気がついた。
それまで冷たい土の地面だったものが、草の生い茂る地面へと変わっていたのだ。
細くて長い葉を持つそれらは、進軍するゴブリン達の足に絡みつき、その動きを阻害する。
一枚二枚くらいならば、力任せに引きちぎれても、十数枚まとめて絡み付けば、引きちぎるのにも非常な労力を必要とし、ゴブリン達の足が止まった。
さらに棘のある背の低い木の枝がゴブリン達の足を傷つけ、そこに蔦が絡みつく。
ゴブリン達がエルフの結界に踏み込んだのだ。
その結界は、エルフ達が知る限り、過去に例を見ないほどの巨大なものであった。
長さにして200m、幅1kmに渡るそれが、2万の軍勢の前に立ち塞がる。
動けなくなったゴブリン達は必死にもがいて脱出しようとするが、そうそう簡単に足を離してくれるような結界ではない。
結局もがくだけもがいて倒れたりするゴブリン達の上を、事情を知らない後続のゴブリン達が踏みつけてしまう。
踏まれたゴブリンは、骨を折られ、肉を潰されて、痛みに暴れだす。
足元で急に暴れられたゴブリンは、それに足をとられて転び、転んだゴブリンは草と蔦に絡まれて身動きが取れなくなる。
立ち止まれば済むだけの話が、知能が低い上に数の多いゴブリン達では状況の報告も上がらず、ただただ転んで踏まれて潰されて、その上を歩いてまた転んでと言う不毛なサイクルが繰り返される。
ゴブリン達にそこそこの被害が出始めた辺りで、魔物達の司令系統にもエルフ達がなんらかの罠を仕掛けていたらしい情報は伝わったが、停止の命令は出されずそのまま前進が命ぜられる。
それはエルフの結界の正体が、草や蔦による足止めであることに気がついたモノが、ゴブリン達の血肉で罠自体を踏み固めると言う方法に出た為であった。
無論、そんな考えは前線に通達されるはずもなく、ゴブリン達は何も考えずに前進しては倒れ、その血肉でもって後続の為の道を作っていく。
「えぐい方法を取るもんだな。見えないけど」
前線の状況をスクルドから聞いた蓮弥は顔をしかめた。
夜陰の中で、自陣にはかがり火が焚かれているとは言え、200mも先の様子が人族である蓮弥に見えるわけもない。
だが、このエルフの結界は、エルフ族にはその内部の様子がはっきりと見えるのだとスクルドは言う。
その原理は、蓮弥にはさっぱり分からない代物であったが、スクルドは簡単に、森がエルフを祝福してくれるのだ、と説明した。
その祝福が結界内部でのエルフの視界をクリアにし、さらにエルフ達にいつもよりも強い力を授けてくれ、さらに森が敵の足止めまで行う。
本来は一人の術者が10m四方くらいの結界を作成し、維持するのがやっとらしい。
結界の維持に携わるエルフの数は200人。
展開した結界の広さは通常の2000倍になっている。
つまりは、一人一人が蓮弥からの魔力の供給を受けて、通常の10倍の広さの結界の維持を行っているのだ。
「ちょっと不味いかもしれない」
不吉な言葉を呟いた蓮弥。
その脇でスクルドが、魔物の軍の先頭が自陣まで150mを切ったとの報告を上げ、それに応じるかのように弓兵達が射撃を開始した。
エルフ達の弓は届かせるだけならば200mまでは届くらしい。
しかしながら、当然威力は激減しているので、距離と威力の兼ね合いから、攻撃開始距離を150mとしたのである。
これはエルフ達の知識と経験によるので、蓮弥は口出ししていない。
蓮弥の攻撃開始は距離100mを切ってからである。
<魔弾>の射程距離がちょうどその辺りであったからだ。
距離を拡大しても良かったのだが、魔力の消費が増えるだけだと蓮弥は判断した。
今回、魔力の余裕はあまり無い。
回復する端からフラウが魔石に変換しているので、全快状態にならないからだ。
「順調に思えるのですけど、何か問題が……?」
クロワールの目には、結界の中で、頭上から矢を雨あられと降らされて大混乱に陥る魔物達の姿が見えている。
前進する速度を殺されてしまっては、なまじ数が多いだけに適当に撃っても矢が当るくらいの話しだ。
弓兵達は防御の陣地を作ると聞いた時点で、持ち込んだ分以外に街からも備蓄を運び込ませていたので、用意されている矢の数は豊富で、尽きそうにない。
ゴブリン達は当然のこと、前進する速度の遅さにイラついて、前線に出てきてしまっていたオーク達も、浴びせかけられる矢を受けてハリネズミのような有様を晒して倒れている。
「俺はな。結界に気づかれた時点で魔物は迂回すると思ってたんだよ」
蓮弥が頼んだ妨害は、移動阻害の他に罠があったのだが、敷設場所を相談された蓮弥はそれらの魔術が維持が必要なく、設置すればあとは作動するまでそのままだと聞いたので、エルフの結界の外側、ちょうど結界を迂回すると踏むような場所に集中して敷設させていたのだ。
「罠の魔術一式が無駄になった……それもあるんだが、この軍を率いている奴、相当自信があるんだな」
「自信、ですか?」
「兵を使い捨てにしてでも、押し切れる自信。あるいは兵なんぞいなくてもこの戦に勝てる自信」
「レンヤ、そろそろ距離が100を切る!」
「結界の侵食が早いね。一点突破に切り替えたか?」
蓮弥は傍らにいたクロワールの肩をぽんぽんと叩き、陣の前方の結界の際ぎりぎりへと歩み出る。
フラウは作成した魔石をエルフ達の間を走りながら配って回っているので今はここにはいない。
蓮弥に憑いている状態では、あまり蓮弥から離れられないフラウだったが、少しずつそっちの力も成長しているようで、現在ではある程度の時間であれば少々離れていても大丈夫になったとはフラウの話だ。
弓兵の攻撃はずっと続いているので頭の上を風切音を立てながら、矢が飛んでいくのはあまり気持ちのいいものではなかったが、魔術を敵軍に打ち込むには陣の先頭に立つ必要があるのだから仕方がない。
「どっち? まだ俺には見えないんだが」
「真正面です!」
「よし了解、撃ち方始めるっ!」
蓮弥の前方の空間から、次々と魔力の弾が撃ち出されて行く。
着弾地点の様子が分からないので、最初は適当にまっすぐ撃ち出し、慣れてきたら射程を変えたり魔術を<小火弾>や<風刃>に変えたりしながら扇状に撃ち出すようにしていく。
撃ち出した魔術が当っているのか外れているのかすら分からないので、蓮弥からしてみれば唯の魔力の垂れ流しの作業でしかない。
回復量とフラウへの供給量と魔術に消費する量を相談しながら、つまらなそうな顔をして魔術を行使し続ける蓮弥ではあるが、着弾地点が見えているエルフ達の顔色が変わった。
着弾地点はまさに地獄絵図だった。
足を取られて動けないゴブリンの頭が、魔弾を受けて弾け飛ぶ。
風刃を腹に受けて、内容物を草の上にぶちまけたオークは、続いて小火弾をばっくりと開いた傷口に受けて、内臓から焼かれる激痛にのたうちまわった。
盾で魔弾を防御したオークは、数発は耐えたが、着弾の勢いに負けて盾を取り落とし、続く魔弾に穴だらけにされて地面に転がる。
身体の大きなオーガは、身体全体にまんべんなく魔術を受けて、ひき肉にされて背後のゴブリン達の頭上に肉と血を浴びせかけている。
恐慌状態に陥って逃げようとしたゴブリンが、結界に足を取られて転び、腕を魔術に吹き飛ばされて痛みと怒りに暴れ狂うオーガに踏み潰される。
まるで激流に飲み込まれる小船のようだ、とクロワールは思った。
うねりに飲まれ、叩きつけられ、破片すら砕かれて何もかもが消えていく。
「あ、なんだかこれ、楽しくなって来た気がする?」
そんなことは知らない蓮弥であったが、何もない空間に向けてとは言え、無制限に魔術をぶっ放す作業がなんだかツボにはまってきたらしい。
「逃げる奴は魔物だっ! 逃げない奴はよく訓練された魔物だっ!」
「魔物以外の選択肢がありませんが!?」
「ふはははははっ! 死んだ魔物だけが良い魔……いや、こいつら死んだらアンデッド化するんだっけ? 死んでも駄目な魔物だったな」
「たぶん、アンデッド化できないと思います……」
いくら魔物が頑張っても、肉片からはアンデッドにはなれないだろうとクロワールは思う。
本来は、死体を焼く処理を戦後にしなくてはならなかったのだが、この分だと不要になりそうであった。
代わりに、倒した魔物から素材の回収もできそうになかったが。
そんなことをクロワールが考えて溜息をつき、視線をそのさらに奥に向けた時だった。
結界の補助を受けたクロワールの視線の中で、結界の中に踏み込むそれの姿が見えたのだ。
それは身の丈が2m程の大男であった。
全身を覆う黒の無骨な鎧姿で、頭だけを晒している。
その唯一晒されている頭は、薄紫色の長い髪を無造作に背後へと流し、肌の色は褐色。
切れ長の目に金色の瞳で、耳はエルフほどではないが細くとがっていて長い。
手に握られているのは、エルフの身の丈ほどもある大剣で、重さはおそらく人族の大人一人分はあるだろう分厚い刃のそれを、男は右手一本で軽々と持ち上げている。
「レンヤさん! 魔族です! 魔族が結界に入ります!」
「やっぱりいたのか……面倒な」
魔族の男は、うろたえて動こうとしないオークやオーガ達を邪魔だとばかりに切り捨てながら無造作に結界に足を踏み入れる。
途端に草や蔦がその足に絡みつき始めるが、男の歩みは少し鈍った程度で、力任せにそれらを引きちぎりながら、悠々と結界の中を進む。
魔族の相手がまともにできるのは、この場においては自分以外いないだろうと蓮弥は思う。
だが蓮弥が魔族の相手をすれば、周囲の魔物への攻撃の手が弱くなる。
だからと言って蓮弥が砲台役を続けていれば、結局は魔族に結界を突破されて混戦に持ち込まれる。
どちらにせよ被害が拡大することが避けられない。
判断を迷う蓮弥。
その隙に魔族の男は無詠唱で魔術を行使し、炎の槍を形成。
剣を持たない左手でそれを掴み取ると、無造作に蓮弥達の方向目掛けて投げつけた。
「防御陣! 耐えてみせろっ!」
スクルドの檄が飛ぶ。
それに応じて防御を担当していたエルフ達が、行使している魔術へ力を込める。
一時的に強化されたエルフ達の防御陣と、魔族の投げた炎の槍が激突し、エルフ達の視界を真っ赤に染め上げ、振動が大地を揺らした。
エルフ達が全力を込めた防御陣は、魔族の一撃を防ぐことには成功したが、余波を受けたエルフの数人がその場に倒れる。
慌てて倒れたエルフ達を、現在仕事の無い学生達が後方へと避難させた。
「迷う時間すらないか……」
一撃もらっただけで、エルフの防御陣はその力を大きく減らしてしまっている。
二撃目は耐え切れないだろうと蓮弥は見た。
二撃目を撃たせない為には、蓮弥が魔族を抑える以外にない。
しかし、現在魔物達の足止めをしている結界は、蓮弥もエルフではないと判断してその足を絡め取る。
魔族を抑えるからといって、結界を解かせれば、魔物達はここぞとばかりに殺到することだろう。
「足が殺されてるか。ま、なんとかするしかないな」
一歩結界に足を踏み入れれば、途端に蓮弥の足にも草が絡みつく。
蓮弥にとっては引きちぎれない程の拘束ではなかったが、機動力はほぼ殺された状態であると言っていい。
「レンヤさん!?」
「俺が魔族を抑える。スクルドとクロワールは弓兵と……不本意だが生徒達を指揮して、なんとか雑魚どもの攻撃を凌いでくれ」
両足を結界の効果範囲に踏み入れる。
まとわりつく草を引きちぎりながら、蓮弥はなるべく陣地から離れた所で魔族と戦うべく歩を進め始めた。
あまり近くで戦っては、エルフ達を巻き込む可能性が増える。
「レンヤさんっ!」
蓮弥の背後から、クロワールが蓮弥に飛びついた。
足を草にとられている状態で、回避もままならない蓮弥の背中にしがみつくと、両手で蓮弥の頭を抱え込み、クロワールは自分の唇を歯でわずかに噛み切った。
「おい!?」
蓮弥の抗議の声を無視して、血の滲む唇をそのまま、抱きかかえている蓮弥の頭を固定しつつ、蓮弥の唇へとクロワールは押し当てた。
驚きに目を見開く蓮弥。
そして状況も弁えずに、エルフ達の間から軽いどよめきがおきる。
クロワールは蓮弥の喉がこくり、と自分の唇から滲む血を飲み込むのを確認するまで口づけを続け、確認が終わってからゆっくりと蓮弥を解放する。
血が滲んだままの自分の唇とぺろりと舐めてから、クロワールは何か言いたげな蓮弥を制してにっこり笑った。
「御利益確実なエルフの口づけですよ」
少しだけ、クロワールの頬に朱が差しているのを見て、蓮弥はなんともいえない気持ちになる。
「御利益って……」
何か言いかけた蓮弥の足元で、それを拘束していた草がするすると蓮弥の足を解放した。
さらに暗闇に閉ざされていた周囲が、なんとなくと言った程度には見えるようになる。
どうやら、血を混ぜたクロワールの口づけは、蓮弥の身体を一時的にではあるが結界にエルフとして認識させる為の行為であったらしい。
「こう言うことか。……礼を言うべきかな?」
「いえいえ、生きて帰ってきてくだされば、それで十分です」
「そうか……それじゃ、ここは任せた。行って来る」
再び、魔族が来る方向を向いて、蓮弥はエルフの結界の中を走り出した。
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