戦闘開始らしい
「おやおや? 何がこっちに来るのかと思ったら、やけにごっついエルフだな?」
魔族の男が無造作に、右手の大剣を振り回しながら声を上げた。
相当な重量を保有しているはずのその大剣は、周囲にいるゴブリンやオーク達を邪魔な物として切り捨てながら、さらに足元でざわめいている草を切り払っている。
彼にとっては草も兵も、ほとんど同じ価値しかないらしい。
ゴブリンやオーク達も、男が大剣を振り回している範囲から逃げればいいものを、エルフ達の攻撃に追われて知らぬ間に魔族の攻撃範囲に踏み込むと言う愚を犯してあっと言う間にいくつかの肉塊に断たれて地面に転がる。
「エルフと人間の区別もつかないのか。魔族は身体の出来は別として、頭は悪いんだな」
魔族が振るう大剣の攻撃範囲のかなり手前で立ち止まり、蓮弥は魔族の言葉を鼻で笑う。
大剣の先まではまだ大分距離があると言うのに、魔族が起こす剣風は、立ち止まった蓮弥の前髪を揺らすほどであった。
鉄錆の臭いが混じる剣風を浴びながら、蓮弥は目を細めて魔族の姿を見る。
大剣の振り回される速度は驚愕物であったが、実際の所、蓮弥の目から見てその魔族の剣技は実に適当で大雑把なものだった。
刃筋をきちんと立てていないので、斬ると言うよりは時折撲殺気味にゴブリンの身体を打ち上げたりしているのがその証拠だ。
使っている大剣もあまり品質の良いものとは言い難かった。
ただ、丈夫さだけはかなりのものであるらしく、魔族が力任せに振り回しているのにしっかりと耐えている。
「あ? 人間!? なんで人間がエルフの大陸でエルフと一緒に戦なんてやってんだ?」
「物見遊山の旅行に来て見たと言うのに、阿呆が空気を読まずに仕掛けてくるからだろうが」
何かおかしなものでも見たかのように驚く魔族に、蓮弥が不機嫌そうに返してやると、魔族は大剣を振り回すのを止め、それを肩に担いでからげらげらと笑い声を上げた。
「運の悪ぃ奴だな! 旅行先で死ぬなんてよ!」
「別段、俺の方が運が悪い、と決まったわけじゃあるまい?」
笑う魔族に、蓮弥は淡々と言葉を返す。
何を言われたのか理解できないように、笑うのをやめる魔族。
「なんだと?」
「別に、俺の方の運が悪いと決まったわけじゃないだろう、と言った」
左腰に差している、刀の鞘へ左手を添えながら蓮弥は続ける。
「俺がいる時に仕掛けてきた、馬鹿な魔族の方が運が悪かった、と言う見方とてあるだろうに?」
「はっ! 何を言い出すかと思えば身の程しらねぇ馬鹿が」
軽く苛立ちを覚えたのか、肩に担いでいた大剣を蓮弥の目の前で力任せに横へ振りぬく。
また攻撃範囲に入っていた数匹のオーク達が二つに断たれて内臓を撒き散らしながら地面へと転がり、蓮弥は正面から襲ってきた圧力に半歩、下がる。
ただの風圧で、半歩だけとは言え蓮弥が下がるわけがない。
なんとなくではあるが、蓮弥は魔族の振り回す大剣が、魔力を纏っているのを感じていた。
その魔力が剣風に混じって物理的な圧力を生み出しているらしい。
「人族ごときが、俺ら魔族とまともにやりあえるとでも思ってんのか!?」
「さて、どうだろうな?」
はぐらかすような蓮弥の答えに、魔族の額に青筋が浮かんだ。
馬鹿にされているとでも思ったらしい。
随分と短気な魔族だな、と蓮弥が思った途端に、魔族が足元の草をぶちぶちと引きちぎりながら蓮弥の方向へ一歩踏み込んだ。
攻撃を仕掛けてくると感じた蓮弥は、下がらずに向かってくる魔族目掛けてこちらも一歩踏み込む。
横薙ぎの一撃であれば、踏み込むことは危険度を上げる。
しかし蓮弥から見れば魔族の動作は非常に大きく大げさで、攻撃の出始めに縦斬りか横斬りかがはっきりと分かってしまう。
魔族の次の攻撃は縦斬りだった。
横薙ぎを掻い潜って魔族の懐に入るのは、先程感じた剣圧も相まって、中々難儀に思えた蓮弥であったが、縦斬りなのであれば、かわして踏み込むことは難しくない。
踏み込むままに右半身になれば、魔族の一撃が身体の脇を通り過ぎていく。
驚きの表情を浮かべる魔族を見ながら、蓮弥は右手で刀の柄を握り、魔族の脇を通り過ぎつつ一気に引き抜いて斬り付けた。
魔族の左脇をまともに斬り付けた蓮弥の一撃であったが、蓮弥は自分の一撃の効果を確かめる時間もなく、魔族から離れる。
その蓮弥を追いかけるように、交わしたばかりの大剣の刃が切り上げられた。
魔族の一撃を危なげなく回避した蓮弥は、間合いを開けながら、近くにいたゴブリンとオークを適当に叩ききり、一振りして刃についた血を飛ばす。
切れ味はいつもと変わらない。
斬られたゴブリンとオークが地面に倒れるのを見もせずに、蓮弥は自分の刀の刃を見つめる。
刃が毀れている様子も無い。
視線を刃の上から、魔族の方向へと向けて蓮弥は首を捻った。
「間違いなく斬ったと思うんだがな」
切り上げた大剣をまた肩に担ぎながら、蓮弥の方を向き直った魔族には斬られた様子がない。
間違いなく薙ぎ斬ったはずだとぼやく蓮弥であったが、魔族は蓮弥の刃が当たった辺りをさすりながら、信じられないものを見るような目つきで蓮弥を見る。
「黒鉄の鎧だ。人族の力で抜けるわけがねぇ、と言いたい所だが」
魔族が手をどければ、蓮弥の刃が当たった辺りの魔族の鎧は、ざっくりと切込みが入っている。
相当に深い傷ではあったが、魔族の身体に届いていない所を見ると、その鎧は相当な厚さを誇っているらしい。
「なんなんだお前。こんな傷、人族がつけれるわけねーぞ?」
「それはお前の人族への認識が甘いだけだろうが」
小馬鹿にしたような口調はそのままに、蓮弥は魔族へうんざりとした視線を送った。
正直な所、蓮弥の今の一撃はほぼまともに入ったと思っている。
つまり、それなりに自信のある一撃だったわけだが、それは魔族の身体に届くことなく鎧に阻まれてしまった。
適当には斬れない。
この事実が蓮弥をうんざりとさせる。
適当に斬れないとなれば、狙う場所を定めなくてはいけない。
定石通りであるならば、鎧の繋ぎ目である肘の内側や手首、膝の裏側、太ももの付け根、脇の下辺りが狙い目になるが、どれもそうそう簡単に狙える場所ではない。
後は何故かむき出しにしている頭くらいなものだったが、あれだけ全身がちがちに固めていると言うのに、頭だけがむき出しの状態で、頭が弱点と言うことがあるのだろうかと蓮弥は自問する。
どうにも、その首を飛ばしたとしても死なないような気がしてならないのだ。
これは蓮弥がこの世界に来てから見たことのある魔族がエミル一人である事に由来していた。
腕を飛ばしても頭を飛ばしても、まるで堪えないあの魔族のイメージが、強く蓮弥の頭の中に残ってしまっている。
「ひたすら倒すのが面倒そうなんだよな、魔族って……」
「倒す? 誰が誰を倒すってんだ、手前ぇ!?」
また突進から振り下ろされる一撃を、半身になってかわす蓮弥。
しかし今度は攻撃に移る暇もなく、大きく跳びすさる。
縦斬りが避けられた瞬間に、魔族は力任せに斬撃を止めると、そこから横薙ぎに変化させたのだ。
大剣を片手で振り回すと言う事実もすさまじいが、それを途中で止めた上に横薙ぎに切り返す腕力と言うものは、流石に蓮弥も想像できない。
魔力混じりの剣圧に、押されるようにして間合いを広げながら、飛び退るついでに途中にいたオーガの胴を切り裂いて一匹仕留める。
「このちょこまかとうぜぇ……」
「無駄に固くてうざったいよりはマシだ」
ぎりっと歯噛みする魔族に蓮弥は言い返す。
「ちっとは打ち合ってみろや人族!」
「無茶を言うな。こいつでそれと打ち合いなんかできるか」
蓮弥の持つ刀と、魔族の持つ大剣とではサイズ的に大きな差がある。
普通に考えれば、刀で大剣と正面から打ち合うようなことはできるわけがない。
あっさりと刀が折れるか曲がるかしてしまう。
何を馬鹿な要求を口にしてるんだと呆れる蓮弥であったが、魔族はにやりと笑った。
「じゃあ、無理にでも打ち合いに付き合ってもらうぜ!」
大剣を大上段に振りかぶって、そこから一気に振り下ろす魔族。
間合いがまるで届いていない一撃に、蓮弥は魔族が何をしたいのか理解できずに一瞬動きが止まる。
<いけません、レンヤ! 剣閃が来ます!>
耳元で聞こえたのはクロワールの声。
剣閃が何を示すのか、蓮弥には理解できなかったが、ふと、魔力混じりの剣風が物理的な圧力を伴っていたことを思い出す。
気づいた時には既に遅い。
蓮弥の目の前には、魔族の大剣から放たれた魔力の一撃が迫ってきていた。
反射的に刀を両手に持ち替えて、襲い来る魔力の一撃を刀で受け止める蓮弥。
蓮弥の知らない破壊不能属性が、魔族の一撃を一瞬で散らす。
「本命はこっちだぜ!」
自分の放った一撃を追いかけて、突進してきた魔族が、魔力の一撃を受けたまま動きが止まった蓮弥目掛けて振りかぶりからの一撃を叩き付けた。
魔力の一撃を防御してしまった蓮弥に、その一撃を回避する時間は無い。
次の一撃を刀で受け止める以外に方法のなくなった蓮弥は小さく舌打ちする。
大剣の一撃を受け止めてしまったら、おそらく刀の刃は毀れるか折れる。
最悪は刀自体が駄目になることだろう。
それでも受けざるを得ない。
道具はあくまでも道具であり、壊れることも考えに入れておかねばならないのだ。
そう自分に言い聞かせつつ、蓮弥が取った行動は、上段から振り下ろされる魔族の剣撃を刀で受け止めた瞬間に身体を左へ開きながら自分の右脇へと流し、魔族の一撃を捌きながらその捌いた刀で攻撃を仕掛けると言う行動だった。
これで普通に頭辺りに斬りつければ、剣道で言う所の「面返し面」と言う技になるのだが、蓮弥はこの時点で既に刀の刃は駄目になっているものと思っている。
当然、攻撃に刃は使えない。
目の前には一撃を流し、捌かれて無防備になった魔族の背中が丸見えになっている。
ここで蓮弥は両手で握っている刀の、その柄頭を魔族の背中目掛けて叩き付けたのだ。
攻撃自体は黒鉄の鎧の防御力に阻まれるが、与えた衝撃はそのまま背中へと伝わる。
衝撃に息のつまりかけた魔族であったが、それをこらえて振り向きざまに蓮弥の胴を薙ぐ一撃を繰り出そうとする。
しかしそれは、蓮弥には予想された一撃だった。
振り下ろしから薙ぎへと変化させようとする手首へ足を乗せ、力任せに振りぬいた一撃の勢いに乗ってふわりと後方へ着地する。
着地した蓮弥は、苦々しい思いで刀の刃を見る。
おそらく駄目になっているだろうと思っていた蓮弥だったが、その予想に反して刀の刃は刃毀れ一つ見受けられない。
逆に魔族は自分の大剣を見下ろして信じられない思いに駆られていた。
重さも太さも、刀とは比較にならない程の大剣の刃が、打ち合った所が毀れて刀身にわずかにではあるがヒビが入っていたからだ。
「なんなんだよ、てめぇも、その武器も」
「さて、説明する気は全くないがね」
手の中でくるりと刀の向きを変えた蓮弥は、そのまま一度納刀する。
刀はなんの抵抗も示さずに、するりと鞘に戻った。
「曲がりもなし、か。随分と丈夫な刀だな……異世界補正か?」
「何訳の分からねぇことをぶつぶつと」
いらだたしげに言う魔族ではあるが、その身体の動きは戦闘開始直後からすると大分鈍い。
足物と草の拘束が地味に効いているのと、息が詰まるような衝撃を伴った打撃の直後に無理矢理攻撃を放った事で、身体にダメージが蓄積してしまっている。
対する蓮弥は、何度か刀身を鞘の中で行ったりきたりさせた上で、今のやりとりによる刀身へのダメージはゼロであると結論付けた。
どういうカラクリなのかはさっぱりであったが、現実は現実として受け止めるべきだと蓮弥は思う。
「と、言うことはだな」
一度鞘に収めた刀を、すらりと抜き放つと両手に構えて蓮弥は呟く。
「第二ラウンドは、お望み通りに打ち合いと行こうか、魔族よ」
「人族ごときが舐めた口きくんじゃねぇ!」
荒い息をつきながら、それでも攻撃の威力は落とすことなく繰り出された魔族の斬撃を、蓮弥は今度は真正面から同じく、渾身の斬撃で迎え撃つのだった。
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