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レジェンド 作者:青竹

0255話

「ミン、ロドス、無事だったか!」

 その声と共に正門から飛びだして来た筋骨隆々の大男が、レイの側にいたローブを着た女とレザーアーマーを装備している少年を力一杯に抱きしめる。

「ちょっ、と、父さん!?」
「っ!? この馬鹿力が! 少しは加減というものを覚えろ!」

 ロドスが抱きしめられる力に思わず悲鳴を上げ、ミンは持っていた杖でエルクの頭を叩く。
 幸いなことに、ミンとロドスの装備は元々この2人が使っていた物だった。人質にされていた建物の一画に放置されていたのを蒼穹の刃のメンバーが発見して返却されたものだ。
 オーガの心臓のように欲深い冒険者達なら着服して自分の物にしてもおかしくなかったのだが、見つけたのが蒼穹の刃だったこともありミンとロドスにしてみれば幸運だったと言えるだろう。もっとも、他のメンバーは微妙に金に汚いカーラに怪しい目を向けていたのだが。
 事件が解決してから数日。アブエロの好意により、馬車を使ってミンとロドスはギルムの街に戻って来ていた。
 そもそも今回の件は特に依頼を受けている訳でも無いので、本来であればレイがそれに付き合う必要は無かった。だが、レイにしてもミンとロドスの2人とはそれなりに親しく付き合っている為にそのまま2人だけで好きにしろと言う訳にもいかずに、セトと共に馬車を護衛しながらゆっくりとアブエロの街から馬車でほぼ丸1日使ってやってきたのだ。

「お疲れ様でした」

 そんな雷神の斧の一行を見ながら、こちらもまた厳つい顔に精一杯の笑顔を浮かべたランガがレイとセトを出迎える。

「ああ。色々と疲れたけど、収穫が無い訳でも無かったしな」

 呟くレイの脳裏を過ぎるのは、今もミスティリングに入っている上物の槍と大量の焼きうどんだ。色々と巻き込まれただけのレイだったが、その2つ、特に焼きうどんは今回の件で得た最大の収穫と言えるだろう。

(ソースの作り方は教えて貰えなかったが、それでも実物があるんだ。満腹亭に持っていって食べて貰えば、もしかしたらギルムの街でも焼きうどんを食べることが出来るかもしれないしな)

 内心でそう思いつつ、ギルドカードを取り出してランガへと手渡すレイ。
 それを素早く確認し、従魔の首飾りと共にレイへと戻しながらランガが口を開く。

「それで、君達が戻ってきたらギルドマスターがすぐにギルドに来るようにとの言伝を受けているよ」
「……だろうな」

 ギルドマスターであるマリーナの力を借りて今回の事件を解決した以上、その報告に向かうのは当然だろう。そう判断したレイは特に異論もなく頷き、未だにぎゃあぎゃあと騒いでいる雷神の斧の一行をそのままに、セトと共にギルドへと向かう。

「お、おいっ! レイ! 父さんをどうにかしてくれよ!」
「家族団らんの場に口を出す程野暮じゃないさ。ただ、ギルドに来るのはあまり遅れないようにな」

 ロドスの言葉に、暑苦しい団らんに巻き込まれるのはごめんだと当たり障りのない言葉を返しながら。





「あ、レイさん。何か緊急の仕事があってアブエロの街にまで行ってたって話でしたが……お早いお戻りですね」

 いつものように入り口でセトと別れてギルドへと入って来たレイに向かい、カウンターから受付嬢が声を掛ける。
 黒髪のポニーテールをしている人族の少女。レイとも馴染み深いレノラだ。
 レノラの言葉に、自分がエルクの代わりにミンやロドスを助けに行ったのは公にされていないと理解したレイは、曖昧に頷く。

「ああ、ちょっとした事情があってな。……それよりも、ギルドマスターに呼ばれていると聞いたんだが」

 そんなレイの言葉に、一瞬小首を傾げるレノラ。
 今回の依頼はそれ程の重大事では無いと上司や同僚から聞いていただけに、何故ここでギルドマスターの名前が出て来るのかが分からなかったのだ。
 だが、それでもさすがにギルドの顔である受付嬢といったところだろう。すぐに小さく頷いて口を開く。

「分かりました。ではギルドマスターに伺ってきますので、少し待っていて下さい」
「ああ。ケニーの相手でも……ん? 静かだと思ったらいないんだな」

 いつもは自分を見つけると笑みを浮かべながら声を掛けてくる相手がいないことに気が付き、思わずレノラへと尋ねる。
 冬で冒険者達が活動を控えている間ならともかく、既に春はもうすぐそこだ。その為に冒険者達もそれなりの数が依頼ボードの前に集まっているのに、受付嬢が暇な訳が無い。そんな思いで尋ねたレイだったが、レノラはカウンターの奥へと進む足を止めて苦笑を浮かべながら口を開く。

「ちょっと熱を出したらしくて、ケニーは今日休みなんです。全く、これから忙しくなる時に頭が痛いって連絡してきて……困ったものです」
「……そうか。季節の変わり目だし病気になりやすいのはしょうがないのかもしれないな。分かった、俺はここで大人しく待ってるから連絡を頼む」
「はい、ちょっとカウンターの方をお願いね」

 近くにいる同僚へと声を掛け、そのまま奥の方へと移動していくレノラ。
 その姿を見送り、一瞬レイの頭の中には今回の事件との因果関係が浮かんだのだが、さすがにそれは無いだろうと判断する。実際にレノラとケニーは会って今日休むと連絡したらしいのだから、取りあえず人質になったりはしていないのだろうと。

「結構な人数がもう活動を再開してるんだな」

 依頼ボードの前にいる冒険者の様子を見ながら、呟くレイ。
 視線の先では、1月前と比べると数倍近い人口密度になっていた。代わりという訳ではないだろうが、ギルドに併設されている酒場は見て分かる程に人数が減っている。
 それでもまだ酒場で飲んだり騒いだりしているのは、既に依頼を終えて打ち上げをしている者達か……あるいは、少数ながらまだ冒険者としての活動を再開していない者達だろう。
 そんな風にレノラが戻って来るのを待っていたレイだが、自分へと近付いてくる気配を感じ取る。

「……レイ。少しは助けてくれてもいいんじゃないか? あっさりと見捨てやがって……」

 どこか恨めしそうな口調と共に姿を現したのは、この短時間で憔悴した様子のロドスだった。その後ろには満面の笑みを浮かべて口を開いているエルクに、苦笑しながらその相手をしているミンの姿もある。
 そんな家族3人へと視線を向け、笑みを浮かべながら口を開くレイ。

「言っただろう? 家族団らんの場に他人がいても邪魔なだけだってな。それに……」
「お待たせしました。レイさんと雷神の斧の3人もギルドマスターの執務室に来て欲しいとのことです」

 レイが何かを言う前に、レノラの言葉が割り込んでくる。
 その言葉を聞き、満面の笑みを浮かべていたエルクの表情が厳しく引き締まり、ミンやロドスも同様にこれまでの雰囲気が一変した。

「分かった。なら早速行かせて貰おうか」

 その場にいた者達を代表してエルクが1歩前に出る。この辺は最年長でありパーティのリーダー、そして父親という役目故だろう。
 もっともレイにとってはあまり関係の無い話だったのだが。
 カウンターの中へと入り、奥の方へと向かっていく4人。そんな4人の後ろ姿を見送ったレノラは、近くにいるギルド職員へと何があったのかを尋ねる為に視線を向けるのだが……その『何か』を知っている者はギルムの街全体で見てもほんの少数しかいない。
 エルクとレイの戦いを見ていた為に、最も今回の件について察しているだろう夕暮れの小麦亭の客達にしても詳細な事情は知る筈も無く、エルクとレイが酔っ払って喧嘩をしたという風に理解していた。あるいは、そのように情報が流されて巧妙に印象を変化させられている。
 今回の件で詳細な事情を知っているのは、ギルムの街ではラルクス辺境伯を始めとした上層部とギルドマスターのマリーナ程度だろう。後は当事者であるレイや雷神の斧の面々。そしてアブエロの街では上層部とギルドマスター、秘書のベルデ、レイに直接協力をした蒼穹の刃の4人だけなのだから。





「ギルドマスター、エルクだ。ミン、ロドス、レイの3人も一緒だ」

 扉に軽くノックをしながら声を掛けるエルク。
 軽いノックだとは言っても、エルク程の巨漢によるノックだ。どちらかと言えば扉を殴っているような音が周囲に響くが、それでもギルドマスターの執務室の扉だけあり、その程度でどうにかなるような柔な扉ではない。

「入ってちょうだい」

 その声に従い、4人は執務室の中へと入る。 
 そこにいたのは、どこか難しい顔をして書類を眺めているマリーナの姿だった。

「良く戻って来たわね。貴方達のような実力のあるパーティが無事で何よりだわ。……まぁ、詳しい話は座ってからにしましょうか。お茶を用意するからそこのソファに座ってちょうだい」

 マリーナの言葉に従い、応接用のソファへと腰を下ろす4人。それを見たマリーナは自らの手でお茶を淹れて4人の前に出す。

「……さて。まずは、そうね。今回の件の原因を聞きましょうか。貴方達のようなランクAパーティが、そうあっさりと敵に利用されたのは何故かしら?」

 マリーナのその言葉に、レイ、ミン、ロドスの3人が不思議そうな顔をする。
 何しろ、レイがアブエロの街に行ってからエルクはずっとギルムの街にいたのだ。事情を聞くくらいは出来ただろうと。
 そんな疑問を読み取ったのだろう。マリーナは苦笑を浮かべて口を開く。

「……エルクにも話は聞いたけど、説明が下手だし貴方達が心配だったせいで要領を得なかったのよ」
「ですがアブエロの街のギルドマスターとは連絡を取っているのでは? 私達が救助された後に向こうで事情はきちんと話しましたが、そちらからは聞いていないのですか?」

 ミンのその言葉に、マリーナは首を振る。

「もちろん聞いてるわ。けど人伝に聞くよりも本人に直接聞いた方が確実でしょう? それに、時間が経ったからこそ思い出すようなこともあるでしょうし」
「……なるほど、確かにそうですね。ロドス、貴方から話しなさい」
「え? 俺?」

 突然の母親からの指名に、思わず尋ね返すロドス。
 だが、ミンは当然とばかりに頷く。

「私が向こうに捕まったのは、ロドスが人質になっていたからだ。そして、エルクが黙って向こうに従ったのも私とロドスが人質になっていたからだ。なら、一番最初に人質になった者が説明するのが最良だろう」
「……分かった」

 ミンの言葉にロドスが頷き、自分を襲った屈辱の出来事を思い出しながら説明を始める。

「港町で父さんと母さんが忙しかったから、1人で街を散策しに出掛けたんだ。そうしたら、俺の目の前で同い年くらいの女の子が連れ去られて、それを追いかけた。そして、その誘拐犯を倒して助け出したのは良かったんだけど……地面に倒れていた女の子を起き上がらせてやろうとして手を出したら、その手を握られて……チクッとした痛みを感じたら段々と身体が麻痺して動けなくなっていった」
「なるほど、ロドスの甘さや純情さに付け込まれた訳ね。……貴方もまだ若いとはいってもランクC冒険者なんだから、女を相手にして油断をするのは甘いと言わざるを得ないわよ。まあ、若いからこそ女を餌にした罠に引っ掛かったんでしょうけど」

 そう言い、小さく溜息を吐きお茶の入ったカップを口へと運ぶマリーナ。
 年若く、猪突猛進気味であり、更にはそれ程女慣れをしていないロドスを捕らえるには、これ以上無い程に的確な罠だったと言えるだろう。

(確かに的確ね。……でも、的確過ぎる。恐らくロドスに対する情報を十分に集めてから行われた作戦だったんでしょう。そして雷神の斧が主に活動しているのはこのギルムの街。つまり、その情報はこの街で入手されたものなんでしょうね。もっとも、その情報を得た者達が今もまだいるとは限らないけど)

 雷神の斧はギルムの街でも相当に有名なパーティだ。そうなれば当然人の口に上がる頻度も高く、情報を得るのはそう難しい話では無い。
 そう考え、ロドスに話の続きを促すマリーナ。

「その後は猿轡を嵌められて、身動き出来ないように身体中を縛られたんだ。それで……」

 ロドスの視線がミンへと向けられる。
 その視線を向け取ったミンは小さく頷いて口を開く。

「そこからは私が話そう。ロドスが出掛けたきり戻ってこなかったので、私とエルクは一応念の為にと2手に別れて街の中を探した。そして、そんな中で1人の男が近寄ってきて、ロドスの嵌めていた火に対する防御力を上げるための首飾りを見せられた。その時点でもう私は向こうの手の中にあったも同然だったのだろうな。せめて目の前にロドスがいればどうにか救出出来たかもしれないが、離れた場所に……しかも、接触してきた男すらも知らない場所でロドスを捕らえていて、私が何か動けばロドスに危害を加える。それも、自分とは面識の無い集団だから自分を傷つけて誘き出そうとしても無意味だとまで言われれば迂闊に手を出す訳にもいかず、降参するしかなかった」
「……なるほど、巧妙ね。そこまで考えて手を出してきたのなら、恐らくどう足掻いたとしても事態は悪い方向にしか動かなかったでしょう。……となると、エルクも?」

 チラリ、と視線を向けられたエルクが苦々しそうに頷く。

「ああ。俺もミンと同じようなことを言われた。それもミンとロドスの2人は別々の場所に捕らえられたままにな。俺の本領である戦闘にすら持ち込ませて貰えなかったよ」
「そうでしょうね。私でもエルクを捕らえるとしたら、戦闘によってではなく絡め手を使うわ」

 呟き、その後は無言で何かを考えるように無言で紅茶のカップを口へと運ぶマリーナ。
 そして1口、2口と紅茶を飲むと、再び口を開く。

「冒険者は基本的に自己責任だから、ギルドからは多少の罰金だけで済ませる予定よ。……もっともアブエロの街のギルドには大きな借りが出来たから、暫く雷神の斧はティラージュから何かの要請があった場合はそれを優先して受ける程度はしないといけないでしょうけど」
「ああ、分かってる。俺の家族を助けるのに手を貸して貰ったんだ。出来る限りのことはさせて貰う」

 マリーナの言葉にエルクがそう宣言し、ミンとロドスもまた同意見だと頷く。
 そんな3人へと満足そうな視線を向けたマリーナだが、次にはレイへとその視線が向けられ……

「そして、レイ。今回の件で最も不利益を被ったのは貴方よ。だから貴方には雷神の斧に対して何らかの補償を求めることが出来る。……どうする?」

 そんな風に問いかけられるのだった。

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